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ハウスメイド八重子の手記3


 某月某日 都内某所


「みんな…こんにちは…。私、迷惑系oretuber八重子…。今日も『ドキッ…BLだらけのストーキングもとい見守り道中…ポロリ(と盗撮画像の流出)もあるよ』はじまるよ…………」


 私はスカートを揺らして、画面の向こうの閲覧者に向かってアイドルらしきポーズを決めた。

 我ながら「お前が迷惑系自称するの草」「昭和かよ」など、どこからどう突っ込んでもいい(BLだけに)趣深い口上である。

 しかし、少し高度すぎたのか、本日のお供である桜峰湊の心は掴めなかったようだ。

 明らかに「何を言っているのかわからなかった」顔で、目をぱちぱちと瞬かせている。


「あの…八重崎さん?今のは一体…?」

「八重子よ」

「…えっと」

「マンネリ化を防ぐため…本日は雑踏のライブ配信風…」

「はあ」

「ご奉仕メイド桜子も…もっとアゲてこ…」

「いや、別に今日は桜子ではないですけどね!?」


 メイド服を持参してお揃いにしたかったが、湊に街中で目立つ格好をさせると、メンズブラックホールと化すため、自粛した。

 モブ姦は、未遂でも好みが分かれる。


「湊……あまり大きい声を出すと……マルタイに気付かれる……」

「マルタイ?」

「捜査や警護の対象のことを指す……警察用語……」

「へぇ、そんな風に言うんですね。…じゃなくて、今のこの状況なんですけど、同性とのおつきあいにまだ不安がありそうな鈴鹿のデートを見守るって…、こっそりじゃないと駄目なんですか?同行させて貰えば……」

「モラハラ夫は外面がいいもの…。二人きりの時にこそ、真の姿が見える…」

「久世様に限って、モラハラとかはないと思いますけど…」

「それは……わからない。高学歴高収入の空き家がとんでもない事故物件は婚活あるある……」

「う、うーん、まあ、そんな話も聞くような聞かないような……。あ、二人がお店に入りますよ」

「何故に個人経営の小さな中華飯店……。もっと…個室のある高級料理店にすればいいのに…奥に布団が敷いてある赤坂の料亭とか…」

「そ、そんなお店があるんですか?」

「我々の業界では……日常……」

「(どこの業界かなあ……)」


 それにしても、カウンターとテーブル席がいくつかという小さな店では、観葉植物に隠れて会話を盗み聞きするような真似もできない。

 これだから最近のアベックは……と、舌打ちをしていると、不意に視界に入った男が、じっとこちらを見ている。


「あれ?君……、」


 一体どんな偶然か、それはこちらが一方的に顔を知っている間接的な知り合いであった。

 もちろん、相手がこちらを知っているはずはないので、私は知らぬ顔を決め込んだ。


「……何か……?」

「あ、違うか。ごめんね、突然声をかけてしまって。知り合いによく似ていたものだから」

「……人間は……一匹見たら同じ顔が百匹いる、って……どこかの誰かが教えてくれた……」

「八重子ちゃん、それは虫…」

「そうだっけ?うーん……『論語』かな?」

「『君主論』……かも……」

「なるほど!メキャベツの仕えた君主は影武者が百人いたんだね!」


 とんだ芽キャベリズムに湊は頭を抱えているが、『君主論』の著者名を薄ぼんやり知っていて、且つその内容についても薄ぼんやりと認識している風でありながらこの切り返しができるとは、なかなかの使い手であると、私は好敵手と出会った手応えを感じていた。


「ところで、鈴鹿…って聞こえたような気がしたけど、もしかして、君達はうちの子の知り合いなのかな?」

「えっ、うちの子って……」

「さっきそこのお店に入って行った二人組の、小さい方」

「え、鈴鹿の…万里君のお父さんなんですか…!?」

「テロップ……まさかのお父さん登場……」

「八重子ちゃん、動画はもういいですから…。いや、でも、奇遇?ですね?」

「本当、奇遇だね!」


 鈴鹿父……鈴鹿春吉は、気まずさの欠片もない笑顔を向けてくる。

 メイド服姿の美少女と談笑している中年男性ということでかなりの衆目を集めているが、一切気にした様子はない。


「バンリクンのお父様は…こちらで何を…?バードウォッチング…?」

「いや〜それが、最近息子が難しい年頃で、あまり色々話してくれないから、ちょっとデートを出歯亀もとい清い交際かどうか見守ろうと思って」

「成人している息子の清い交際は……少し不安に思うべきところ……」

「八重子ちゃん、しっ」

「君達は?」

「八重子たちは……ベストフレンドの恋路が上手く行くように草葉の陰から応援しているチア冥土……」

「そうなんだ!それはありがとう。そんな風に応援してくれる友達がいるなんて、万里は幸せ者だなあ。……あっ……!」

「ど、どうかしましたか?」

「このお店の天津麺、すごく美味しそうだね……!」

「ご一緒に……餃子もいかがですか……」

「いいかも!お腹減ったし。ちょっと入ろうか!」


 鈴鹿春吉は、先程息子たちが入っていった店の中へと突進していった。

 固唾を呑んで(湊が)中の様子を窺っていると、「ちょ、父さんこんなところで何してるの!?」「え?天津麺美味しそうだったから、メイド服姿の美少女が…あれ?いない」「何言ってるのか全然わからないんだけど。誤魔化すならもう少しましなこと言ってよ」というやりとりが遠く聞こえてくる。


「……………………見つかっちゃってますね」

「約束された…結末…」


 一瞬で平和な中華飯店を混沌異空間に変えてしまうとは、流石は我が好敵手。

 私は同志鈴鹿春吉に、心の中でそっと敬礼をおくった。


「今日は…未知との遭遇があったから…お開きにする…」

「そ、そうですね。その方がいいと思います」

「この後は…松平家で第二部…」

「えっ、うちで?」

「久世昴と鈴鹿万里の本番を見損ねてがっかりしてるみんな…この後はBL極道定番の俎板ショーを…配信するよ…」

「やりませんから…」

「顔には…モザイクをかけるから…大丈夫…。ガチ五郎にも聞いて」


 そこでおもむろにスマホを取り出した湊が基武に通報して、私は取引中のブツのように回収された。

 どうやら基武から、対処に困ったらそうするようにと指示されていたようだ。

 相手がガチ五郎ならなんでも良さそうな湊が、何故断るのか解せない。

 oretuberとは難しいものである。


 つづく(かもしれない)


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