九十五・昔の記憶から
九十五・昔の記憶から
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「ままー、えほんかってー。ほしいのがあるの」
「くーは、本当に、絵本が好きね。どれが欲しいの?」
「『ぽこぽこきいろ』っていうえほんがね、おもしろいの。ねぇ、かってー?」
「じゃあ、ちゃんとおりこうさんにしてたらね。くーは、お姉ちゃんになるんだよ?」
「おねえちゃんに?」
「そっ。よかったねー。弟かなー? 妹かなー? どっちかなー」
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「おめでとうございます、常盤さん。かわいい女の子ですよー」
「ふぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・。ありがとうございます・・・・・・。はぁー・・・・・・っ」
「おつかれさま、ママ。本当に、よかった! 家族が増えたね!」
「くー、おいで。・・・・・・ほら。妹だよー。今日から、お姉ちゃんになったんだよ」
「いもうと。・・・・・・わぁー」
「ぼく、名前もう考えてあるんだ。紅葉のときはママの一文字を取ったから、この子はぼくの一文字を取って、『優璃』でどうかな? 優しくて、瑠璃のようにきれいな心をずっと持つように、って」
「優璃、か。・・・・・・良い名前だね! パパ、ありがとうね」
「ゆりちゃん? ぱぱー、いもうとのおなまえ、ゆりなの?」
「そうだよ。くーちゃんも、今日からゆりちゃんのお姉さんだからねー?」
「くー? お姉ちゃんだから、しっかりと、妹のお手本になるのよー」
「はぁい! くれは、おねえちゃんになったんだぁ! こんにちは、ゆりちゃん」
「偉いね、くー。良いお姉ちゃんになってね! 優璃のいいお手本になるんだよ?」
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「・・・・・・ふええぇ。やめてよぉー。ふええぇーん。ゆりのくつ、かえしてよぉー」
「やーいやーい。のろまなゆりの、ばーか! やーいやーい! ここまでおいでー」
「おまえらぁーっ! このやろーっ! ゆりのこといじめるな! かえせ、ばかーっ!」
・・・・・・ぽかぽか ぱきっ ぽかんぽかん ぽかっ!
「い、いってぇー。ゆりのねーちゃん、おっかねぇーっ! くそー、にげろーっ」
「・・・・・・おねえちゃぁん。ふえーん・・・・・・」
「ほら、ゆり! アタシがとりかえしたよ! やっつけてやったよ。あんしんして!」
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「だめでしょう、紅葉! いくら優璃を守ったからって、乱暴は。女の子なんだよ?」
「なんで? ママ! だって、あいつらがわるいんだよ? ゆりをいじめたんだよ!」
「だからって、いきなり殴っちゃダメ! そんな姿、優璃が真似したらどうするの?」
「・・・・・・ごめんなさい、ママ。でもね、アタシ、ゆりをまもりたかっただけなのに」
「乱暴なお姉ちゃんじゃなく、優しくてお手本になるお姉ちゃんが良いなー、紅葉は」
「はぁい・・・・・・。・・・・・・ママ。アタシって、ダメなおねえちゃん? だめなこ?」
「なぁに言ってんのよ。優璃を守ってあげたのは、偉いよ! だめじゃないよ」
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「紅葉ー? ・・・・・・どう、調子は? はかどってる? そろそろご飯だけどー」
「頑張ってるね、紅葉! 良い集中力だね。うん。さすがだね!」
「・・・・・・もう少しだけやっちゃうから。そしたら、下行くよ」
「そっか。でも、進路、宇河商業でいいの? 柏沼か宇河女子にするかと思ったのに」
「紅葉の成績なら、柏沼はバッチリ受かるよ? それはぼくもママも保証するよ」
「・・・・・・宇河商業のままでいい。柏沼は、なんか嫌・・・・・・」
「柏沼は嫌? あたしとパパの母校で、いい高校よ? 紅葉に合う学校だと思うけど?」
「宇河商業の高校見学行ったら、良さそうなとこだったから。・・・・・・そこにするの」
「ママ。きっと紅葉は、将来の夢があって決めるのかもよ? 柏沼も勧めたいけどね」
「(違うよママ、パパ。・・・・・・勝手なこと言わないで。別に、夢なんかないんだけど?)」
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「紅葉! そんな短いスカート、みっともないよ! 長女なんだから、しっかりしな!」
「だって、ママ! 高校ではみんなこれくらいにしてるよ? このくらい、よくない?」
「あんたがそんな着方したら、優璃が真似するでしょ! ほら、制服、戻しなっての!」
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「紅葉ー。・・・・・・いいかげん、進路どうするのよ? 就職するのか進学するのかさぁ」
「アタシだって、焦ってるよ。だからちょっと、待ってよ、ママ。焦らせないで?」
「心配してるから言ってるんだよ? 就職なら、あたしがいくつか当たってみるよ?」
「だからっ! ママの人生じゃなく、アタシの人生だよ? 自分で決めさせてよ!」
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「紅葉? あんたさぁ、いい加減に進路の話をしてちょうだいよ。心配でしょうよ」
「だからぁ・・・・・・。アタシはまだ迷ってるんだってば。まだわかんないんだよぉ」
「心配する親の身も考えてよ。あんたがあたしだったら楽なのにさ、ほんと疲れる!」
「う、うるさぁーいっ! もういい加減にして! アタシはママやパパの人形じゃないんだよ! 何なんだよ! すっごく傷ついた、今の一言! ママなんか大ッ嫌い!」
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「な、何その髪! ちょっと、紅葉! いつ染めたの? 何してんのよあんたは!」
「うるっさいなぁ! アタシが何しようと勝手だろ。アタシはママじゃねーんだよ!」
「待ちなさい、紅葉! ・・・・・・どうしたっていうのよ。あたしは心配して・・・・・・」
「もう、アタシのことは構うな! ママは、アタシに愛情なんかで言ってるんじゃなく、世間体だけ気にしてアタシを縛り付けたいだけだろ? 大っ嫌いだ。ふざけんなよ!」
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「・・・・・・―――れは!? 紅葉っ! ・・・・・・ケガしてない? だいじなのっ!?」
鳥嶋の顔を蹴っ飛ばした小紅は、振り向いて紅葉の顔をじっと見つめる。そして、ぎゅっと紅葉を抱きしめた。安堵の表情を見せる母に抱かれ、紅葉はふっと目を瞑り、何か囁いた。
「(ママ・・・・・・。・・・・・・アタシ、やっぱりママのことが・・・・・・)」
すると、蹴った右足の太腿を両手でさすり、小紅はその場でしゃがみ込んでしまった。
「え!? ママ!? ・・・・・・足、だいじかよ? どうしたの!」
「いったたた・・・・・・。準備運動なしで、いきなり蹴ったからだわ。足、つっちゃったかも」
「・・・・・・つかまって、ママ。・・・・・・しかし、すげー蹴りだったなぁ・・・・・・」
「一応あたし、空手三段だからね。・・・・・・もう、十五年はロクに稽古してないんだけどさ」
「小紅! だいじ? ウチもこっち、肩貸すから。紅葉ちゃん、そっち支えて?」
「あ、はい」
紅葉は、小紅を苺と一緒に支えながら、ゆっくりと出入り口へ向かって歩く。その様子を、トチベリー25のメンバーは震えながら見ている。
「・・・・・・な、なんだったのよ、あの男は・・・・・・。怖くて、動けなかった・・・・・・」
野上は、青ざめた顔で震えて座り込んでいる。
紅葉は真顔で、吹っ飛んだ鳥嶋を見つめていた。顔面を押さえてもがいている。そして、鳥嶋から野上へ目を移し、じっと見つめた。
「野上アン。・・・・・・ケガも火傷もなくてよかったな」
「ふ、ふんっ・・・・・・。別に・・・・・・。礼なんか言わないかんね。イベント、台無しじゃん」
目を逸らす野上。遠くからは、パトカーや救急車のサイレン音が聞こえてくる。
その後、警察官が三名ほど駆けつけ、転がった鳥嶋は現行犯逮捕された。最後まで、鳥嶋は奇声を上げながら「うんにゃらぴっぴー」と、意味不明なことを騒いでいた。
警察官が現場検証を行い、関係者に状況を聞いている。小紅や紅葉も、状況を説明した。
「だ、だいじょうぶかい、ママ? 警察の人、すぐ来てくれたよ!」
「だいじ。ちょっと、足がつっただけよ。・・・・・・衰えまくったねー、あたしも」
優太が駆けつけ、小紅と肩を組んだ。苺はその場で、小紅の右太腿を軽くマッサージする。
「ご、ごめんねぇ、苺」
「いいから、いいから。さっ、そこに座って? ・・・・・・肉離れまでは、いってないね」
「さすがだね、苺さん。プロだ!」
慣れた手つきで、苺は小紅の足を揉みほぐす。紅葉も心配そうに小紅を見つめる。
「常盤紅葉さん。ちょっと! すぐにこっちへ戻って!」
一之瀬が、紅葉を中から呼んだ。それに振り向く紅葉。
「あ・・・・・・。じゃ、じゃあ、ママ。無理すんなよ? アタシ、戻るようだ・・・・・・」
「(紅葉・・・・・・)」
小紅と優太は、舞台袖へ戻ってゆく紅葉の後ろ姿を、いつまでも心配そうに見つめていた。




