七十八・玄桐くん、がんばりました
七十八・玄桐くん、がんばりました
「・・・・・・お待たせいたしました。こちら、スズキの洗いに、茶碗蒸しでございます」
「・・・・・・どうも」
黒い漆塗りの卓上へ、涼やかな器に盛られたスズキの洗いと、絶妙な蒸し加減で作られた茶碗蒸しが運ばれてきた。
紅葉は、その茶碗蒸しの器をそっと手で寄せ、蓋をとって、小さなスプーンで茶碗蒸しを食べている。
「そ、それでぇ? ・・・・・・そのあと、どーなったんだぁ?」
玄桐は、口から寿司飯を飛ばしながら、叫ぶ。
「きったねぇな、玄桐! 飲み込んでから喋れっての! あー、もう!」
「わ、わりぃー。・・・・・・。・・・・・・で、でもさ、まさかトチベリー25が、そんな連中だったなんて、おいらも知らなかったぜ!」
「しっ! ばか! 声が大きいんだよ。・・・・・・アタシだって、あんなの、夢にも思わなかったよ。・・・・・・くっそぉ。ガブーンバイパー社め・・・・・・」
「でも紅葉? おいら、あの時言ったじゃんかぁ! 契約書、よく見た方がいいってさ?」
「うぐ・・・・・・。ま、まぁ。それは、アタシも、悪かったよ・・・・・・」
「まぁ、それでも、明日が過ぎれば終わりだろ? しかも今日は、よくわかんねーけどボーナスみてーな五十万円まで手に入れて! 紅葉サマサマだぜぃ!」
イクラの軍艦巻きを箸で掴み、満面の笑みではしゃぐ玄桐。
「みっともねーからやめな、玄桐。・・・・・・ほら。イクラ、箸から落っことすぞ?」
「え? うおお・・・・・・。おー・・・・・・。あっぶねぇ。へへっ!」
「・・・・・・アタシ、ちょっとばっかし許せねーな。あの一之瀬って野郎、トチベリー25が大麻を吸ってようと、黙認だよ。平然としやがってさ。しかもアタシのバイト料は、その口止め料込みだとさ! ・・・・・・ふっざけやがって! ろくでなしどもだよ!」
紅葉は、珍しく料理を慎ましやかに食べているが、口調はいつも通りだった。
「紅葉らしくねーじゃん! いつもなら、そこまでされたら、ぶっとばすだろぉ?」
「だって、しょーがねぇだろ! 玄桐んちへ渡す金がもらえねーんじゃ、元も子もねーし」
「・・・・・・へへっ! 実は紅葉さぁ、それなんだけどよー・・・・・・」
「ん? 何だよ?」
玄桐は、指で鼻の下を擦り、得意気な顔でにやっと紅葉に対して笑顔を見せた。
「もしかすっとだけど、おいらんち、何とかなるかもしんねーんだ! いーい人らが、今日の会場にいてよぉ!」
「え! どういうことだよ!」
「太平洋商事って会社で、何か大量にネジが必要なんだとさ?」
「いや、それだけじゃわかんねーし。・・・・・・てか、そこ、パパが勤めてる会社だぞ!」
「へへっ! そうらしいね? 紅葉の父ちゃんとも電話した。おいらもびっくりだぜぇ!」
「え?」
玄桐は紅葉に、経緯を話し始めた。
―――。
「・・・・・・え、えーと? 何でしょうか、あなたは?」
「なぁ! なぁなぁ! い、今の話くわしく! おいらんち、ネジ作れる町工場っす!」
「え! そ、そうなんですか? えーと・・・・・・。ただのネジじゃないみたいですけど?」
「だいじっすよ! おいらの親父、どんなネジだって、作っちまいますから!」
「いや、君ね・・・・・・。いきなりそんなこと言われても・・・・・・」
「おいら、宇河工業高校の三年、水崎玄桐っす! 実家は、南宇河宮で、有限会社ミズサキっていう鉄鋼業の町工場をやってんすよ!」
「・・・・・・そ、そうですか。覚えておきましょう」
「いやいやいやいや! 覚えておくだけじゃなくて、ご検討をー。ネジ、何本っすか?」
「我々に言われても、ちょっとね。担当者は我々じゃないんだが・・・・・・」
「まぁ、待て。・・・・・・水崎さんと言ったね? 何か、おたくで作っているネジのサンプルなどはないのかな? または、カタログやウェブページなどでもあれば・・・・・・」
「へ? サンプル? カタログ? ウェブ?」
「ないのかな?」
「ありませんっ!」
「じゃあ、この話もここまでで・・・・・・」
「いやいやいやいやいや! まてまてまて! どうっすかねー? おいらが直々にその担当者って人に、サンプルのネジを渡すってのは? 連絡先、教えてくださいよー」
「「 うーん・・・・・・ 」」
「ど、どうっすかね! 担当の人に、ぜひ聞いてみて下さいよ?」
「じゃあ、待ってて? ちょっと、電話して確認取ってみるから」
「お願いしますよぉー? へへっ!」
「あ。すみません、休日のところ。・・・・・・常盤さん、今、大丈夫ですか? 実は・・・・・・」
―――。
「〔モリブデン鋼で、そのサイズができるんですか? 本当ですか!〕」
「まっかせてください! できますよ! うちの親父なら、そんなネジ楽勝っすよ!」
「〔じゃ、じゃあ、ちょっと早急にサンプルを作ってください! 取りに伺います!〕」
「やりぃ! わかりやしたっ! 今夜、親父に話しますんで!」
「〔ありがとうございます。なにとぞ、よろしくお願いいたします!〕」
「話変わりますけど、常盤さんて、宇河商業の三年に、紅葉さんって娘さんいません?」
「〔え? え、ええ。おりますが・・・・・・。紅葉のことをご存じで?〕」
―――。
「え! パパが今、そんな状況になってんの? アタシ、知んなかったぞ!」
「まぁー、いろいろ大変らしいぜ?」
「それより、パパとそんな約束してだいじなんかよ、玄桐!」
「なーに、うちの親父にまかせとけって! サイズも聞いたし、十本程度作ればいいんだからよぉー。楽勝だぜぃ、きっと!」
玄桐はホタテの寿司を頬張りながら、勝ち誇ったかのような笑顔。
紅葉は茶碗蒸しのミツバを口に入れ、今ひとつ浮かない表情で玄桐を見つめていた。
「まぁ、まーかせとけって! もしこれがうまくいけばさー、うちは、太平洋商事のプロジェクトだかに関われて、一気に立ち直るかもしんねーぜぃ!」
「まぁ、そーだけどよ・・・・・・」
「紅葉だって、ガブーンバイパー社なんかとすぐに手を切れるんだぜぇ?」
「それも、そーだけどよ・・・・・・」
「あとは、ちゃちゃっと親父に作ってもらって、紅葉の父ちゃんに渡しちまうから!」
「・・・・・・そうだ。ほらよ、玄桐。・・・・・・この百五十万で、家の工場にある機械だのを直したりできるんか? まぁ、約束どおり全額渡すから、使えよー・・・・・・」
紅葉はバッグから、一之瀬に手渡された札束を玄桐に渡した。
玄桐はその金を見て、「一回くらいホテルに」と紅葉に呟いたが、その場で紅葉にひっぱたかれ、右頬には真っ赤なモミジ模様がついていた。
「・・・・・・まったく、どこまでふざけてんだ、お前は・・・・・・」
「い、いってぇー。本気で叩くことないだろぉー、紅葉ぁー・・・・・・」
紅葉は黙々と寿司を食べ、茶碗蒸しを平らげ、お茶をすすっていた。




