七十二・ここから逃げられない紅葉
七十二・ここから逃げられない紅葉
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「リーダーの野上アンさんは、三島華蓮さんやミランダ野沢シーナさんのファンだとのことです! ゲストのお二人も、今日はほんと、嬉しいステージでしたね!」
「ありがとうございます。野上さん、いつか共演しましょうか。機会があれば・・・・・・」
「オホホホ! まっ、ワタクシも、光栄ですわぁん。ラベンダー、ぜひ使ってねぇん!」
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初日公演が終わり、楽屋内のモニターで、会場の様子を見つめているトチベリー25のメンバーたち。
紅葉は、噎せ返るような香水の匂いや花の香りに顔をしかめながら、部屋の隅にぽつんと一人で座っている。
「野上さん、これぇ、ほんとぉ?」
「「「「「 キャハハハハハッ! キャハハハハハッ! 」」」」」
甲高い声で笑いまくるメンバーたち。
「ばっかじゃねーの? そんなわけないじゃーん! 三島華蓮にミランダ野沢シーナぁ? どこのババァだよっ! ファンなわけねーし。きゃはは! ひっぱたいてやりたいわ!」
「「「「「 ですよねぇーっ! やっちゃえ、野上さぁん! 」」」」」
野上の言葉に賛同し、一斉に拍手するメンバーたち。紅葉は「早く帰りたい」とぼそっと呟いて、近くに放り投がっていたファッション誌をめくっている。
「(ほんっとに、腹の立つ奴らだな。やけにテンション高くてうるっせぇし・・・・・・)」
ふてくされながら、雑誌をめくる紅葉。
タタタタタタッ! ドガアッ!
「ぐ! い、いってぇ! ・・・・・・何すんだよ!」
野上が、突然紅葉に駆け寄り、横から蹴っ飛ばした。
「おい、バイト! 何で勝手に人のもん読み漁ってんだよ! いつ許可しましたかーぁ? おい!」
「・・・・・・ってぇなぁ! おい、お前。いくらなんでも、そろそろ、アタシも・・・・・・」
腕をさすりながら、紅葉は立ち上がって野上を至近距離で睨みつける。
「何? クビになりたいのぉ? ほら、やりたいならやればぁー? やってみろよ!」
「(くっ・・・・・・。が、我慢だアタシ。ここでぶっ飛ばすのは簡単だけど、そうしたら、玄桐んちを助ける金が・・・・・・。・・・・・・でも、ほんっとにぶっ飛ばしてやりてぇーっ!)」
「何だよ! 腰抜けのブス女! ・・・・・・いきがってんじゃねーってんだ!」
がしっ! ・・・・・・ドガッ!
「つ・・・・・・っ! ・・・・・・い、いってぇ・・・・・・」
野上は、近くに置いてあったモップで、紅葉を殴りつけた。他のメンバーはそれを見て、ケラケラと腹を抱えて笑ったり「野上さん最高」と囃し立てたりしている。
「(あ。そ、そうだ・・・・・・)」
紅葉は近くに置いておいた小包を手に取り、野上へどかっと投げつけるように渡す。
「はぁ? 何これ? どういうつもりよ?」
「知らねーよ。アタシはただ、これをお前らに渡してくれって頼まれたんだ。四日市副社長ってやつから、らしいけどな・・・・・・」
「四日市副社長ですって? おい、ブスバイト! 何でお前が副社長なんかから!」
「知らねーっての! 何でもいいよ。アタシ、確かに渡したかんな!」
野上は、楽屋内のテーブルに小包を運び、それをハサミで開封した。
その中から出てきたのは、何と、乾燥した干し草のようなものと、干からびたキノコ。そして、紙に巻かれたタバコのようなものが三十本ほど入っていた。
トチベリー25のメンバーは、それを見て、「きゃあ!」と喜び叫ぶ。
「野上さん! これ、副社長がこっそり仕入れてくれたってこと?」
メンバーの一人が、興奮気味に野上へ叫ぶ。
「そうみたいねー。・・・・・・明日、きもちわりぃ握手会もあるし、これ、みんなでさっそく、やってみようか! ・・・・・・今日からずーっと、キメっぱなしでアゲアゲにしとこうよ!」
「「「「「 キャハハハハハッ! きゃあ! きゃあ! 」」」」」
紅葉は、その様子を楽屋の隅で、片眉をぴくんと上げて見つめている。
「(なんだ、あれ? ・・・・・・干し草? キノコ? キメっぱなし・・・・・・って?)」
「ん? おい、バイト! 何見てんだよ!」
「・・・・・・なぁ、それ、何だよ! ヤバいもんじゃないのか、もしかして!」
「「「「「 ・・・・・。・・・・・。 」」」」」
トチベリー25のメンバーは、一気に真顔になって黙り、紅葉をじろっと睨んだ。
「野上さん、どうする?」
「めんどくせぇバイトを入れたな、十六夜部長も。・・・・・・まぁいいや、バレることはないんだしさぁー。・・・・・・ヤバくなったら、このバイトがやってたことにすりゃいいんだよー」
「・・・・・・はぁ!? ・・・・・・ふっざけんなよ。いったい、それ・・・・・・」
紅葉に向かって、野上は干し草の入った小袋を一つ、投げつけた。
「おい、ブスバイト。・・・・・・お前も試してみればぁ? そんなイライラしなくて済むよ?」
「何言ってんだお前? ・・・・・・これって・・・・・・。何かの、葉?」
紅葉は、床に落ちている小袋を、触れずにじっと見つめる。
「乾燥大麻。・・・・・・まぁー、ここでは『はっぱ』とか『おくすり』って呼んでるけどねー」
「かっ、乾燥大麻だってぇ! ・・・・・・か、確実に犯罪じゃんかよ!」
紅葉は目を丸くし、驚いてその場から一歩退く。野上たちは、そんな紅葉を見て、大笑い。
「副社長も、気が利いてるね。このキノコは、マジックマッシュルームってやつよー」
「(こ、こいつら、ヤバい! ヤバすぎだろ!! ・・・・・・はっ! そうか! この異常な香水は、大麻の匂い消しのために・・・・・・)」
トチベリー25のメンバーたちは、紙で巻いた大麻に火を点け、吸い始めた。
「こ、こんな中にいたら、アタシまでおかしくなっちまうーっ! ダメだ、ヤバい!」
「キャハハハハハッ! どぉぞ? 出たければ、出なよぉ。・・・・・・で? 誰にチクりに行く気ぃ? 言ったところで、だぁれも信用しねーよ。お前の話なんかなー」
「「「「「 キャハハハハハッ! キャハハハハハッ! サイコォーッ! 」」」」」
みな、その煙を吸うほどに目の焦点がぼやけ、とろんと微睡んだ目つきになっている。紅葉は口と鼻を手で覆い、慌てて楽屋を出た。
「(こっ、こんなことが! ・・・・・・どうする。とりあえず、まずは華蓮さんやミランダさんの楽屋に行って、このことを・・・・・・)」
・・・・・・ダッ ・・・・・・がしいっ!
「な! えっ?」
華蓮たちの楽屋に向かおうと走り出した瞬間、紅葉は誰かに腕を掴まれた。
「ふぅ。・・・・・・どこへ行くんです? トチベリー25の警備は?」
それは、首を横にふるふると振って溜め息をついている、一之瀬だった。
「けっ、警備どころじゃねーだろ! なんだあいつら? いくら何でもヤバイだろ!」
「なにが?」
「なにが、って・・・・・・。乾燥大麻だの、マジックマッシュルームだの、アイドルどころか、ヤク中の集団じゃんか!」
「はて? 誰がそんなものを彼女らに? 見間違いではないのですかね?」
「すっとぼけんなよ。あんたらだろ? そんなヤバいのを裏であいつらに与えてんのは!」
「さぁ? 私は知りませんね? 誰が与えたかを、聞いたりはしませんでしたか?」
「四日市副社長からだと言え、とは言われたけど、何なんだよ! アタシ、これ以上ヤバイようなら、このバイト降りっかんな! ・・・・・・そして、警察に・・・・・・」
・・・・・・ぺらりっ
「え?」
一之瀬は、紅葉の前に、かつて交わした労働契約書の写しを突き出した。
「ほら。よーく見てご覧なさい? 常盤紅葉さん。あなたはもう、この仕事を降りることもできないし、ましてや、知り得た秘密を外部に漏らすことも許されませんよ?」
紅葉は、その紙に書かれたものを見て、はっとした。条項の一部を、目で追って読んでいる。
[第十六条] 職務の放棄
契約者は、雇用者の指示無く職務を中止できない。故意に中止し、自らの意志で職務を放棄した場合、雇用者は多額の損害賠償を契約者に求めることができる。
また、契約者は職務を放棄した後も、知り得た秘密を一切漏らしてはならない守秘義務の効力は永久に発生し、これを破った場合は雇用者が契約者に対し、一定額以上の賠償金を請求できるものとし、契約者はそれに応じて賠償せねばならない。また、その額に異議申し立てはできないものとし、契約をすることとする。
「どう? 契約したのは、あなただ。常盤紅葉さん。きちんと、あなたが自署したものと、指で捺した拇印も、見えるよね?」
令和 2023年 〇月×日 常盤紅葉◎
契約書の最後には、確かに紅葉が書いたサインと、親指できっちりと捺した拇印が。
「(く・・・・・・っそぉ! な、なんてこったよ! アタシ・・・・・・)」
それを見て青ざめる紅葉。
一之瀬は、にやっと笑って紅葉に「さぁ、戻りましょうか」と促した。




