七・時計の音とハーブティー
七・時計の音とハーブティー
チッ チッ チッ チッ
チッ チッ チッ・・・・・・
こぽこぽぽぽぽ・・・・・・
ちょちょちょぉ・・・・・・
とんっ
「はい。・・・・・・飲みな? 気持ちが落ち着くから・・・・・・」
小紅はテーブルの上に、白黒の牛柄マグカップにハーブティーを注ぎ、優しく置く。
紅葉は目を閉じて、ふて腐れたまま、足を組んでだらしなくソファーに座っている。
「・・・・・・ごめんね、紅葉。・・・・・・さっきは、ひっぱたいて・・・・・・」
「・・・・・・。」
小紅も、桜色のマグカップに同じものを注いで、紅葉の横へゆっくり腰を下ろす。
「あたしも、ついカッとしちゃって・・・・・・。紅葉・・・・・・。あたしはね、あんたのことが心配だから、言うんだよ? 毎日、毎日、本当に心配よ・・・・・・」
「・・・・・・。」
「さっきも、バイクみたいな音したけどさ? バイク乗りまわして夜遊びに誘い出すような人と一緒とか、あたしは心配なの・・・・・・。もっといいお友達、作ってほしいのに・・・・・・」
小紅は、両手でマグカップを包むように持ち、横にいる紅葉へ優しくゆっくり語りかける。
紅葉は、目を開けた。しかし、ぷいっと横を向いたまま、未だに口は開かない。
「あんたも、九月で十八歳だよ。・・・・・・いつまでもね、遊んでいられないよ?」
「・・・・・・。」
「あんたさぁ、学校も行ったり行かなかったりなんでしょ? ・・・・・・担任の笹塚先生から、今日も電話あったよ? カウンセラーの麦倉先生とも今度、一度、話さないかって?」
「・・・・・・。・・・・・・ちっ。笹塚め、余計なことすんなっての・・・・・・」
「商業簿記検定も、どうしますか? ・・・・・・ってさ。先生、紅葉の進路も心配してたよ?」
小紅は、ゆっくりとハーブティーをすする。
それを横目で見た紅葉も、マグカップへ渋々手を伸ばし、すする。
「・・・・・・アタシは自分の好きなように生きて、好きなように稼ぐ。ほっといてよ・・・・・・」
「だから、そんなこと言っても、どうするのよ? きちんと資格とって、学んで、必要としてくれる会社や職場に入るなりしてさー・・・・・・」
「・・・・・・あー、めんどい。・・・・・・ママはさ、アタシの人生を、自分の思うように仕向けたいだけなんだろ? ・・・・・・あー、うざったい! マジで、最悪・・・・・・」
紅葉はテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押す。そしてテーブルに放り投げる。
すぐに小紅はそれをそっと取り、電源ボタンをもう一度押し、画面を消す。
「・・・・・・。・・・・・・何すんだよ!?」
「何時だと思ってんのよ。優璃も寝てるのに。・・・・・・まだ、話も途中だからね?」
「アタシはママともう、話す気ないし。・・・・・・あー。もう、イヤ・・・・・・」
「あたしはね、自分があんたの歳の頃に、苦労したから言ってるの。他の同級生はみんな大学や短大に進んでいったけど、あたしは、学年で唯一の就職組だったの。じーちゃんと二人暮らしだったから、バイトもして・・・・・・」
紅葉は、立ちあがってリビングから去ろうとしたが、また戻ってきてソファーに座った。
「・・・・・・ゲンじーちゃん・・・・・・かよ・・・・・・」
「じーちゃんは、進学しろって言ったけど、あたしはできなかった。そのままバイトしてた花屋に就職できたからよかったけど、じーちゃんは最後まで寂しそうだったな」
「・・・・・・そんなの、ママが勝手に、大学でもどこでも行けばよかったじゃんかよ・・・・・・」
「行けるわけないよ、あの状況で。じーちゃんに負担かけたくなかったし。大した資格も持ってなかったし、いざ進路って言っても、漠然としてて。だから、あんたや優璃にはね、あたしみたいな苦労をしてほしくない。だから・・・・・・」
「・・・・・・だからアタシに、ママが歩めなかった道を押しつけんの? 笑っちゃうね!」
「だから、そうは言ってないって! あたしの経験から、あんたのために言ってるの!」
「知らないね。アタシの人生はママの人生じゃない。・・・・・・だいたいさ、ママはアタシに説教できるような人生だったのかよ! アタシや優璃の歳んとき、そんな偉そうなこと言えるようなこと、してたのかよ? アタシ、何も知らないんだけど? 偉そうにッ!」
紅葉はマグカップをテーブルにどんっと置き、小紅へ次々と強い口調で言葉を浴びせた。
小紅は、紅葉の言葉を受け、またゆっくりとハーブティーをすする。
「紅葉・・・・・・。あたしは今の優璃の年齢の時にね、ちょっとした事件があって、両親を亡くしたのよ。・・・・・・あんた、想像できる? 父親と母親が、ある日突然いなくなることが」
「・・・・・・っ!」
紅葉は、口をつぐんだ。
「そして、今のあんたと同じ頃ね・・・・・・。あんたが言うように、偉そうなこと言えるような人生じゃなかったかもしれない。・・・・・・思い返すと、ある意味で、あんたと変わらないような感じだったかな・・・・・・。危ないことばかりして、じーちゃんやみんなに心配かけて」
「・・・・・・。」
母と娘は、目を合わせたまま、話を続ける。二人のハーブティーが次第に、減ってゆく。
「・・・・・・今のあたしじゃもう、当時には還れないな。・・・・・・若かったんだね。無鉄砲で、怒られても何言われても、曲げなくて。よく、じーちゃんの忠告も無視してねー・・・・・・」
「・・・・・・ゲンじーちゃんは・・・・・・。その頃のママに、何て言ってたんだよ・・・・・・」
紅葉は、小紅と目線を外し、ポケットに両手を突っ込んだまま、窓の外をじっと見ている。
「危ないことに首突っ込むな。毎日心配でたまらん・・・・・・って言ってた。当時のあたしはね、正義感からやってたことだけどさ。でもね、そのせいで、いろいろ危ないこともあったし、痛い目にも遭った。・・・・・・正当防衛だったけど、おてんばなことしてたのよ」
「・・・・・・。・・・・・・なんだよ。説得力ねーじゃんか・・・・・・」
「・・・・・・だから紅葉。ママのそういう経験から、あんたや優璃には、そういう人生を歩んでほしくないって思ってるの。パパだって、そうだよ? 紅葉と優璃、どっちも変わらないかわいい大切な娘だから。あたしたちは、そう思ってるから・・・・・・。・・・・・・ね?」
「・・・・・・。」
「紅葉? 聞いてる?」
「(・・・・・・なんだよそれ。アタシは、そういうのが窮屈なんだよ・・・・・・)」
紅葉は窓に映った自分の目を見つめ、小声で呟く。
「・・・・・・紅葉?」
「・・・・・・何でもねーよ・・・・・・」
「あんた、根はそんな不良じゃないでしょ。だから中途半端にワルぶって、って言ったの」
紅葉は、立ったまま、目をつぶっている。小紅の言葉を聞きながら、ぐっと唇を噛んで。
「・・・・・・ちっ。なんだよ、わかったようなふりして。アタシは、ホントに傷ついたんだよ。今日はもう、面倒だからその話はしない。・・・・・・疲れた。・・・・・・もう、寝たい・・・・・・」
くるりと紅葉は振り向いて、足音を大きく立てて洗面所へ向かった。そして、しばらくして二階にある自分の部屋へ上がっていった。
「(・・・・・・大切な娘だってんなら、アタシの窮屈さもわかれってんだ! ・・・・・・ったく!)」
思いっきりドアを閉め、自分の部屋に入る紅葉。
紅葉が去ったリビングでは、小紅が俯いて、ハーブティーにぽたりと波紋を拡げていた。