五十八・とんでもない額じゃないか
五十八・とんでもない額じゃないか
ブイイイーンッ・・・・・・ ブロロオォォーーー・・・・・・
「・・・・・・で? あの玄桐くんって子は、その後どうなの?」
小紅は車を運転しながら、助手席で気怠そうに座る紅葉に、にこっと笑って話しかける。
「どう・・・・・・って。相変わらず、ぶっ潰れそうな自分ちを必死に守ってるよ。鉄鋼業の小さな工場でさ、ほんと、ヤバいよ! ビスだかネジだかを、コツコツと作ってたんだって。でも・・・・・・今時、ネジなんて、ホームセンターで楽に買えるじゃん」
「あんたにちゃんと話聞いてわかったけどさ、その家、大変よね。町工場みたいな小さな企業、いま、本当に苦しいものね。あたしの務める店だって、ギリギリだし・・・・・・」
「そうなの? ・・・・・・ママの花屋は儲かってると思ってたんだけどな・・・・・・」
「店長といろんな経費を切り詰めてるけど、苦しいのよ。小さなお店はいま、どこだって同じような感じじゃない? ほんっと、大変!」
「・・・・・・ふーん。アタシ、玄桐に変な約束しちゃったけど、やばいかな?」
「正直さ、紅葉がバイトで稼いで助けてやるって言っても、ひとつの小さな工場が立ち直るには、よっぽどのお金が必要だよ? ・・・・・・でも、あんたは、ほっとけなかったんでしょ?」
「・・・・・・まぁね。あいつんち、ヨレヨレの親父さん一人しかいなくて、その人も、うちのパパみたいに若くないし。もう、爺さんみたいな感じでさ。なーんか、さ・・・・・・?」
「あんたの気持ちは、玄桐くんちも嬉しいだろうけど。・・・・・・現実的に、厳しいかもね」
小紅の言葉を聞き、紅葉は助手席のシートをフラットにし、寝転がって目を瞑る。
「・・・・・・銀行員の田村って男がいる前でさ、アタシ、啖呵切っちゃったしなぁ・・・・・・」
「田村? それって、足園銀行の田村尚久って人?」
「え! 知ってんの、ママ?」
「まぁ、ね。・・・・・・うちの店も、融資してもらってるの、足園銀行だし。異動しちゃったけど、その人はね、以前うちの店を担当してくれていたのよ。あたしの十歳下の後輩でもあるし、話しやすかったねー。・・・・・・そうか、尚久も絡んでるのか・・・・・・」
小紅は、ふうっと息を吐き、ハンドルを回す。交差点を曲がり、住宅街の路地を走る。
「アタシ、今度のバイトで得た金、玄桐んちに『無償融資』しちまうけどさ、いいかな?」
「・・・・・・良くはないけど、しょうがないね、まったくもう。でも、土日だけじゃ、そんなに人んちを助けられる額にならないでしょう?」
「だいじだよ。一日、百五十万だから、二日で三百万!」
・・・・・・ギュキイッ! キキキィィイッ!
小紅は、急ブレーキを踏んだ。その勢いで、身体がごろんと揺らされる紅葉。
「な、何すんだよ、ママ! あっぶねぇーっ・・・・・・」
「あ、あんった今、いくらって言った?」
「え? だから、二日で三百万・・・・・・」
「なぁっ! ばっ、ばっかじゃないのぉ! なにそれ? あたし、そこまで聞いてなかったよ!」
「あー。言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ! てーっきり、時給九百円くらいか、日給六千円くらいかと思った!」
「ね? すっげぇ稼げるじゃん! 美味しいよね、二日で三百万なんて!」
「ば、ばかじゃないの紅葉! あんたねぇ、夜の妖しい商売でもあるまいし、そんな額・・・・・・」
「だって、むこうがその額くれるって言ったんだよ! アタシが言ったんじゃないって!」
車を停め、両手で顔を覆って呆れる小紅。溜め息が三連続で、漏れた。
「・・・・・・紅葉。やめな、そのバイト。・・・・・・いくらなんでも、危なすぎるって」
「なんでよ? たかが明日と明後日の二日間だよ?」
「その二日間が基で、もっと危ないものに引きずり込まれたらどうすんの!」
「なんだよ! ママは、昔の記憶にこだわりすぎだっての! その、何だっけ、あの組織。えーと・・・・・・デスアダー? そんなのはもう、いねーんだから、だいじだって!」
シートをまた元に戻し、ケラケラ笑って深く座る紅葉。小紅は、そんな娘の様子を呆れた表情で見つめ、またゆっくりと車を走らせた。
「きっとパパ、もう帰ってるかもしれないわね。・・・・・・はぁーっ・・・・・・」
「・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・わーかったよ。まぁ、三百万もらったら、玄桐に渡して、ちゃんとしたバイト探しゃいーんだろぉ? ・・・・・・だからぁ、溜め息やめてよ、ママ!」
小紅は娘とその後、家に着くまでほぼ無言だった。
紅葉の頬は、風船のようにずっと膨らんでいた。




