五・紅葉は夜空を見上げて・・・・・・
五・紅葉は夜空を見上げて・・・・・・
パァーオパァァーオ!
パァオパァオパァオ パァーオ・・・・・・
《 前のスクーター、停まりなさい! ヘルメットはどうした! 停まりなさい! 》
紅葉と玄桐は、県南の大山市を南下中。
後方から、ノーヘルの二人をパトカーが赤色灯を回転させ、追跡を始めた。
「ちっ。・・・・・・面倒なのが来やがったな! 玄桐、逃げるよ!」
「了解ーっ! そいやー。どぉけどけーぃ! へへっ!」
ギュリィンッ!
ザザザザァッ!
バルルルルルーンッ
玄桐は強引にハンドルを切って、歩行者の歩いている歩道へ入りこむ。そこから、ビルの合間を通る一方通行の路地を逆走し、別な県道へ出て、また強引に走る。
紅葉は、身体を後ろに向けて、皮肉を込めた笑顔を見せて、パトカーに手を振っていた。
「すっとろい警察ね! アタシたちを捕まえたかったら、十台くらい用意しなって!」
バルルルルルルルゥーーッ!
バルンバルンバルンバルン!
「い! や、やばい・・・・・・。紅葉、前! 前!」
「え?」
玄桐は目を丸くした。紅葉がその横からひょこりと前を見ると、先程のパトカーが先回りして、今度は前から迫ってきていた。
「やべーよ! やべーやべー。・・・・・・へへっ! ・・・・・・こーなりゃ、こうだ!」
再び、二本のタイヤが半円を描き、パトカーの追尾から逃れようとUターンする玄桐。
「玄桐! 街中はだーめだこりゃ! 川沿いか田んぼ道へ行きなよ! 警察うざい!」
「そーしようと・・・・・・おいらも思ってたぁー。いやっほぉーっ!」
ギャリリリリッ
バルンバルルルルルルゥー
赤信号もお構いなく通過。玄桐は目を見開き、西へ西へとスクーターを走らせていった。
紅葉のポニーテールは、風に靡き、吹流しのようにぶわっと振り乱れている。
「・・・・・・追ってこなくなりやがったか。めんどくさいよな、警察ってやつらは!」
「なー、紅葉。・・・・・・今日はもう、やめにしねーか? 金も、まだ二十万はあるしさ?」
「はぁ? なんだよ、つまんねぇの! ・・・・・・アタシ、家には帰りたくないんだけどなー?」
「じゃ、じゃあ、おいらとどっかで寝泊りを・・・・・・」
「おい。それは、無理。ふざけんなよ? さすがにアタシ、そういう女じゃないから!」
「じょ、冗談だよ・・・・・・。でも紅葉、スマホで一回だけ見せてもらったことあったけどさ、お前の母ちゃんも父ちゃんも、若くていい人そうなのに、なんで家が嫌なんだよ?」
玄桐がちらりとミラーで紅葉の顔を見る。そこには、遠くの街灯りを、目を細めて眺めている紅葉の横顔だけが映っている。
「・・・・・・いい人そう、か。・・・・・・。あぁー、帰りたくねー。もっと小遣いほしいー」
「紅葉んち、父ちゃんは商社マンのチーフだっけか? 母ちゃんも、柏沼市にある花屋の副店長なんだろぉ? 金にだって、そんな困んねーだろうし、おいら、そこが不思議でさ?」
「・・・・・・お前にゃ関係ねーな。アタシにはアタシの事情や思いがあんの! ・・・・・・ちっ!」
「おいらの家なんか、きったねぇ油まみれで、毎日わけわかんねー機械いじくってる親父がいるだけだぜぇ? 紅葉の家が羨ましいけどな? 西宇河宮の、立派な一軒家だしさー」
「うるせーって! ・・・・・・ママはアタシを縛りつけたいだけ。パパも仕事ばっかでアタシのことなんかどーでもいいの。・・・・・・ま、別にあの二人には、優璃がいるからいいけど」
「ゆり・・・・・・って? たしか、妹だっけ? あんまりおいら、知らねーけどなぁー」
「アタシは、ママやパパにとって、邪魔な娘だ。優璃は、あの二人の理想どおりの娘だな」
紅葉は、腕組みをしてシートに跨ったまま、蒼く輝く月を見上げ、目を瞑った。
その紅葉の真上には、ひとつの流れ星が弧を描き、瞬きながら夜空に消えていった。