四十四・紅葉という名の由来
四十四・紅葉という名の由来
テーブルを挟んで、キッチンチェアに座る、母と娘。二つのマグカップには、アプリコットティーをベースにしたハーブティーが注がれている。
小紅は、片手で写真を持って眺めながら、紅葉にしみじみと語る。
「九月八日生まれで、あたしの一字をとって、紅葉。・・・・・・この写真、あのアルバムに紛れてたのかー・・・・・・。本当に良かった。見つかって! ありがとね、紅葉」
「別に・・・・・・。たまたまだよ。・・・・・・アタシ、その写真、初めて見たんだけど」
「あんたが生まれた時、あたしは二十三歳だったなー。他の同級生は、まだ就職したばっかりだったり、遊んでたりでさ。・・・・・・もう、あんたも十八になるから言っちゃうけどさ、あたし、授かり婚だったのよ。逆算すれば、わかるでしょ?」
「・・・・・・まぁ、そーだね。・・・・・・別にアタシ、そんなの気にしないけどな・・・・・・」
「パパも、今の会社『太平洋商事』に入りたてでさ。新人で、バタバタとあちこち飛び回って忙しくてさー。・・・・・・あたし、ひとりで不安で、悩んで、怖くてね。でも、あたし自身が決めたことだし、きちんと自分で自分を乗り越えて、やっとあんたが生まれたの」
小紅は、ハーブティーをすすりながら、紅葉の顔を見つめて、微笑んでいる。
「・・・・・・アタシも、来月十八歳。・・・・・・その五年後に、子供抱いてる姿は想像できないな」
「まぁ、普通はそうだよ。・・・・・・でもね、あたしは、あんたが元気に生まれてきて、本当に嬉しかったよ? 同級生たちが遊んでたりしてても、あたしは、パパとあんたとの家庭があるから、ぜーんぜん平気だった! 三年後、優璃も生まれて、また幸せが増したんだしね?」
「・・・・・・ママは、ポジティブ思考だかんな。・・・・・・アタシは、いま、先があんまり見えなくて、何をすりゃいいのかわかんないんだけど・・・・・・。つい、成り行きで、玄桐の家を助けるなんて軽く言っちゃったけど、そういう口の軽さも、自分自身でイヤんなるよ・・・・・・」
紅葉は、ハーブティーを一気に飲み干し、天井を見上げている。
「やっと、ちょっとずつ、本心言えるようになったね、紅葉。・・・・・・あたしも、毎回短気であんたの心の内、聞こうとしてなかったのかもね。・・・・・・ごめんね・・・・・・」
「いいよ別に・・・・・・。アタシも、今まで意味もなく、親に反抗してただけだし・・・・・・」
小紅は、紅葉の言葉に一瞬目を丸くしたが、にっこり笑って、娘のマグカップに再び冷たいハーブティーを注ぐ。
「・・・・・・玄桐は、アタシが反抗的に家出した時に知り合ったの。あいつんち、超ヤバイくらい貧乏で、家潰れるらしーんだ。それでアタシ、何とかしてやるって約束してさ・・・・・・」
「紅葉? 玄桐くんと約束をしたなら、それは、自分自身で何らかの責任を持たなきゃダメよ? 約束事を簡単に丸投げは、無責任でダメだかんね?」
「わかってるっての。でも、なかなか、そう簡単にはいかねー約束で・・・・・・。ま、まぁ、何とかするから。・・・・・・とりあえず、ガブーンバイパーのバイトで・・・・・・」
小紅は、マグカップをテーブルに置いて、頬に両手を当てて紅葉の目を見つめる。
「その、ガブーンバイパー社って、本当に信用できるとこなの? アルバイトって言ったって、あんた、ちゃんと雇用の契約とかあるんじゃないの?」
「・・・・・・だいじ。もう、ちゃんとサインして、契約してきた」
「は? えぇ? な、なんっであんた、そんな大事なこと言わないの! その契約書の写しとかは?」
「え? 特にもらってないけど?」
「ダメじゃないの! そうでなきゃ、どんな契約内容か、わかんないじゃない!」
「えぇ? ・・・・・・あぁ、そうか。そーだな・・・・・・。じゃ、今度のバイトの日に、会社の人に言ってもらってくるから。・・・・・・心配ねーって。アイドル警備のバイトだよ。アタシじゃなきゃだめだって、見込んでもらったんだよ?」
「・・・・・・はぁー・・・・・・。やっぱりあんた、心配よ・・・・・・。頼むから、危ないことだけは、しないでよねっ?」
「なんだよ! ママは、なんでそんなに、『危ないこと』ってのに神経質なんだよ?」
紅葉は口を尖らせて、頭を抱える小紅に問いかけた。
すると、小紅はゆっくりと顔を上げ、数秒間、紅葉の顔をじっと見て、口を開いた。




