三十七・常盤紅葉の実戦力
三十七・常盤紅葉の実戦力
「さぁ、どうすんのさ! やるなら、早くしなよ!」
「まぁまぁ、常盤紅葉さんは、だいぶ気が短いようだ。一応だが、ここでのルールを説明しよう?」
「はぁ? ルール? ただぶっ倒せばいいんじゃないの?」
一之瀬が、指を左右に振りながら、紅葉に説明をする。紅葉は薄手のグローブをつけ、スカートの下にはハーフパンツを履き、紺色のセーラー服のスカーフを玄桐に預け、準備万端の様子だ。
「この三人は、私の合図で一気にキミにかかっていく。これはね、実際にイベントの場や、キミが任された場でのトラブルを想定してのことだ。・・・・・・常盤紅葉さん、キミを雇う我々としても、今後のことを考えるため、このテストを用意した。この三人を倒すやり方は自由だ。ただし、目つぶしと、息の根を止めることは、やめてほしい」
紅葉は、三人の男たちから、目を離さずに一之瀬の話を聞いている。
「く、紅葉ぁ! この人、今、平然と『息の根を』なんて言った。や、やべぇよぉー」
「うるっさい! 黙ってて、玄桐!」
「ふんふふーん。専務がいま言ったとおりだ、常盤紅葉。制限時間は十分間。そこそこの実力者を揃えたから、思う存分やってみなよぉ! ふっふんふーん」
十六夜も、鼻歌を歌いながら、紅葉の肩をぽんと叩く。
「さて、と。では、そろそろ見せてもらうとしようか」
「そうですね。専務、タイマーは、お任せを・・・・・・」
一之瀬と十六夜が、ホールの端にある椅子に座った。十六夜の手にあるスマートフォンには、ストップウォッチの画面が映し出されている。
部屋の隅には、天井に監視カメラも二台設置されている。そのカメラが、まるでフクロウが首をゆっくり動かすかのように、紅葉の動きを追って左右に動く。
「ふおおお! こんな小娘一人相手して六十万円なんて、美味しいバイトだ! うっす!」
「バカ言ってんじゃねーよ? アタシがお前みたいなやつに、やられるわけねーっての!」
「おうおうおうおう! いきがってんじゃねぇぞ、女! なめてんのか? あぁ!」
「いきがってんのは、どっちだろぉねー? なめられるお前が、情けねーんじゃない?」
「ふひひ。ふひふひ。・・・・・・ミー、お前、好きかも。・・・・・・うきゃきゃぁ! ぷぷぷー」
「・・・・・・こ、こいつは。・・・・・・アタシ、見なかったことにしようっと・・・・・・」
鼻息荒い男たちを、逆に挑発する紅葉。
チッ チッ チッ チッ チッ・・・・・・
一之瀬の高級腕時計の秒針が、かすかに、音を立てて動いてゆく。
「準備はいいようだね? では・・・・・・始めてもらおう!」
ダンディな渋い声が響いた。一之瀬の合図で、男たちは一斉に紅葉に向かってゆく。
「・・・・・・アタシは最近、暴れ足りないんだよ! そーこなくっちゃぁ!」
「ふおああぁ! うおおおおぉ!」
黒いグローブを両手につけ、牛原が猛突進。紅葉の腕や襟首をめがけて、掌を開いて伸ばしてくる。それを、紅葉はひょいとかいくぐって、牛原の後ろに回り込む。
「おい、一之瀬のおっさん。こいつ、借りっかんね? ふふふふーっ!」
「え? お、おい!」
紅葉はにっこりと笑って、ホールに置いてあるバケツを手に取った。一之瀬と十六夜は、目を見開いて、何がこれから起きるのかわからないといった表情に。
「でやぁぁーっ!」
・・・・・・ガボオンッ
「うぬぬ! ぬお?」
牛原の頭に、アルミ製のバケツが後ろから被せられた。紅葉は、その牛原を楯にして、鹿山や鳥嶋の突進を止めている。
「なっさけねぇ! こんな程度のことに、呆気なくひっかかるなんてさ! はぁー・・・・・・」
溜め息をつく紅葉は目をきらりと光らせ、右膝で牛原の股間を後ろから蹴り上げた。
悶絶して身体を曲げる牛原。そこへ、紅葉は両拳を一気に左右から何発も叩き込む。
ドゴォン! ドゴシャアァ!
バキャアァ! ドガァンドガァンドガァン!
「ぶ、ぶべぁっ・・・・・・。ごはあっ・・・・・・。うぐおは・・・・・・。もげらっ・・・・・・」
・・・・・・バカァン!
ドガァンッ! ・・・・・・どしゃ
「あーぁ。何が、柔道五段の喧嘩百段だよ! 準備運動にもならなかったぁー」
僅か一分半で、牛原を沈黙させた紅葉。ぺろりと舌で唇を舐め、バケツを片手に持って、にこっと笑って今度は鹿山に近づく。
「な、なんなんだぁ、てめぇは! 牛原って野郎を、あっけなく・・・・・・」
紅葉よりも四十センチ近く上背で勝る鹿山。紫色の特攻服には「殺人毒蛇三代目」と刺繍がされている。
「ほぉら! お前には、これやるよ! アタシからの贈り物、ありがたく受け取れ!」
ぶんっ! がいんっ!
「ぐぉ! いって・・・・・・」
斜め下から、鹿山の顔にバケツを投げつけた紅葉。鹿山がそれに気を取られた瞬間、紅葉は思いっきり鹿山の両脛を蹴り飛ばした。
「ぬぅぅ! あ、あおお!」
たまらず、その場にうずくまる鹿山。頭の位置が低くなったことで、目線の高さが紅葉とほぼ同じに。鹿山と目を合わせ、にやっと笑う紅葉。そして胸ぐらを両手で掴んで、顔面へ思いっきり頭突きを見舞った。
・・・・・・ゴスウンッ! ゴチインッ!
「ぐ、ぐああ!」
鼻血を噴き出し、悶絶する鹿山。やぶれかぶれのパンチを放つが、紅葉はひょいと躱し、また三発目の頭突きを入れる。
「なんだよー。なぁにが、暴走族の元総長だよ。つまんねーのー」
・・・・・・ビュウンッ! ドバキャアッ!
・・・・・・ドンガラガッシャァンッ!
紅葉は、ホールの奥に積んであった木箱の山へ、鹿山を思いっきり蹴っ飛ばした。そのまま、崩れた箱に埋もれ、鹿山も沈黙。ここまで、わずか四分足らず。
「さぁて、と・・・・・・。残りは、こいつだけか・・・・・・」
残った鳥嶋へ視線を向ける紅葉。
一之瀬や十六夜も、呆気に取られた表情で、紅葉の戦いぶりを黙って見つめている。




