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振り子  作者: 糸東 甚九郎
第三幕  姉と妹の、進む道
30/211

三十・父と娘

三十・父と娘



   じゅわあああああぁ・・・・・・

   じゃーじゃーじゃー・・・・・・

   ぐつぐつぐつぐつ


「お姉ちゃん! それ、焦げてる! フライパンにくっついてるよ!」

「くっそ! なんでこのピーマン、言うこと聞かねーんだよ! さっきから・・・・・・っ!」

「お姉ちゃんーっ・・・・・・。油ひかなきゃダメだって!」

「え? 油? どれだ? もう、ゴマだか何だか知んねーけど、これでいいや!」


   ・・・・・・ドジュウウウウウウゥ

   ジュワアアアアアァ!


「お姉ちゃん! こっちに油飛ばさないでよ! しかも、焦げ臭い! さいあくー」

「うるっさいよ! 優璃は、楽でいいよな! 芋を適当に茹でてるだけだろ!」

「あのねー。ゆりは、おいしく『煮てる』の! お姉ちゃん・・・・・・料理、ヘタだねー」

「な! お、お前! ・・・・・・アタシのこと、完っ全にバカにしてんだろ!」

「してないけど、あまりにもヘタなんだもん! ゆり、焦げたのイヤよー?」

「だったら、お前が炒めろよ! アタシが芋をやる!」

「いやだよ。ゆりがおいしく作ったお芋煮、お姉ちゃんじゃ、ダメにするもんー」


 紅色の髪留めが、二つ、キッチンで揺れる。姉妹喧嘩をしながら、紅葉と優璃が調理中。

 小紅はリビングのソファーへ横になり、二人の様子を微笑んで見つめている。


「(何だかんだで、いつ以来かな? 紅葉が一緒に料理や夕飯なんて・・・・・・)」


   ・・・・・・むー  むー  むー  むー  むー


 テーブルの上で小刻みに震える、小紅のスマートフォン。


「・・・・・・パパだ! ・・・・・・もしもし?」

「〔あ、もしもし! ママ? ・・・・・・どうしたの? 声が、何か、力無いけど?〕」

「はぁ。・・・・・・腰痛めちゃって・・・・・・。まいったよー」

「〔え! だ、だいじなの? ・・・・・・いま、ベッドで寝てるとかなの?〕」

「ううん。リビングで横になってる。紅葉と優璃が、お夕飯、作ってくれてる」

「〔く、紅葉? 今日はちゃんと、家にいるの?〕」

「うん。なんか今日は、いつもとちょっと様子が違う気がする。いま、優璃とケンカしながら賑やかに料理してるよ? ・・・・・・パパも、帰ってきたら、紅葉とちょっと話そう?」


 小紅は、キッチンを見ながら、夫の(ゆう)()と電話している。


「〔わかった。進路のこともあるしね。実はさ、どうやら再来週、家に戻れそうだよ!〕」

「ほんと! じゃ、帰ってくる日は、あたしが腕によりをかけて、料理作って待ってる!」

「〔嬉しいな! ぼくも、帰る日を楽しみにしてるよ! それまで、ママには家のこと任せちゃって悪いけど、帰ったらきちんと一緒にやるからさ?〕」

「あたしはだいじだよ! パパもずっと富山県の生活で、ひさびさの栃木になるんだから。いつも、お疲れさま。・・・・・・娘二人と、待ってるよっ!」

「〔無理しないでね? じゃ、ぼくも頑張る! はやく、家に帰りたいよ。またね!〕」

「あ! ちょっと待って! パパ!」


 小紅は慌てて電話の向こうの優太を呼び止め、キッチンに向かって大きく手招きする。


「え! ・・・・・・状況見てモノ言えよ、ママ! アタシは今、ピーマンと・・・・・・」

「いいから、早く来いっての! 紅葉! ほら! それは優璃に任せときな!」

「・・・・・・ちっ! なんっだよ、いいとこなのに! 優璃? 焦がしたら、どーなっかわかってんだろうな? アタシの料理、焦がすなよな!」

「焦がしたらも何も、既に焦げてるじゃん。・・・・・・お姉ちゃん。ほら、ママのほう行って」


 紅葉は優璃にフライパンを渡し、渋々と小紅のスマートフォンを受け取る。


「・・・・・・はい? ・・・・・・もしもし? ・・・・・・アタシ」

「〔紅葉かぁ!〕」

「アタシ以外に、こんな声のヤツがこの家にいるかよ!」

「〔いやぁ、ママや優璃も、電話越しだと同じような声だし。三人ともそっくりだよ〕」

「そんなこと言うために? ・・・・・・もう、切るぞ! ・・・・・・はいはい、さよーなら!」

「〔ちょ、ちょっと待って。・・・・・・紅葉。・・・・・・最近、どう?〕」

「・・・・・・なにが?」

「〔なにが、って・・・・・・。その、いろいろと。ほら、なんか、あれこれあるでしょ?〕」


 優太との電話に、無言でだんだんと苛立ちを見せる紅葉。


「いろいろとだの、なんかだの、あれこれとだの・・・・・・。パパ、わっけわかんねぇ!」


   ・・・・・・ぶんっ!  ぼすっ!


 紅葉は、小紅のスマートフォンを、クッションの上に投げた。


「あ! く、紅葉! あたしのやつに、なんてことを!」

「なんっでパパは、アタシをイラつかせるのが上手なんでしょうかねーっ!」


 ふてぶてしく、紅葉はキッチンに戻る。小紅が、慌てて電話に出直す。


「もしもし? ごめんね? なんか、ちょっと・・・・・・」

「〔うん、いろいろあるんだね。でも、そうやって謝れるんだから、いい子だ!〕」

「は? ・・・・・・ねぇ、パパ? 紅葉じゃなく、あたしなんだけど・・・・・・」

「〔え! ご、ごめん。なんか本当に、ママと紅葉の声、電話じゃ判別が難しくてー〕」


 小紅は、苦笑いながら優太とまた数分話し、電話を切った。

 そうこうしているうちに、キッチンテーブルにはちょっと遅めの夕食が並ぶ。

 雑穀ご飯、エゴマのスープ、レタスとトマトのサラダ、じゃが芋のタレ煮、謎の焦げたピーマンと肉の炒め物らしき黒い料理、だ。


「ママ。お姉ちゃんが、焦げたのをゆりのせいにするんだよ」

「紅葉。優璃に謝りな! こーんなに焦がして。まったくあんたはもうー・・・・・・」

「はぁ! なんでアタシが! 優璃が横で芋なんか茹でてるから、アタシは・・・・・・」

「いや、意味わかんなーい。お姉ちゃんが単に、料理下手なだけー」


 女三人で食卓を囲む。その中で一番笑顔だったのは、紅葉でも優璃でもなく小紅だった。


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