三・紅葉の母と、妹
三・紅葉の母と、妹
「ねぇ、赴任先の仕事、あとどれくらいかかりそう? 今月、帰るのは無理?」
「〔ごめん。まだ、滞っててさ。おそらく、再来月、いや、それよりは早いかな・・・・・・?〕」
「そうかぁ・・・・・・。でも、できるだけ、帰れるときは家に戻ってきて?」
「〔うん。もちろん。ぼくも、なるべく早く完了させるよう、頼んでみるからさ!〕」
「紅葉がね、最近、また危なっかしくて。夜遅くまで帰ってこないの。ほんとに、あたしだけじゃ、目が届かなくて困るわ。優璃の進路もあるし、まったくもうって感じ!」
「〔ごめんよ。ぼくからも、紅葉にメッセージ送ってみたりするんだけど、あまり反応が無くてさ? ・・・・・・家のこと、ママばかりに負担かけて、申し訳ないよ・・・・・・〕」
「ううん。あたしは、だいじ(大丈夫)だよ。・・・・・・ごめんね、疲れてるのに。パパもファイト!」
トッ ・・・・・・プツッ
スマートフォンをタップする音が響き、通話は切られた。
・・・・・・チッ チッ チッ チッ チッ チッ・・・・・・
紅葉の母親である小紅は、キッチンチェアに座り、溜め息をついて時計の針を眺めている。
その向こうで、薄暗いリビングのソファーに、中学三年生の女の子が寝転がっている。
「・・・・・・ったく。早く帰ってこいっての。不良娘なんだから! はぁー、もぅ!」
・・・・・・ごそごそ ばさっ むくり
「・・・・・・むにゃ。・・・・・・なぁに、ママ? お姉ちゃん、まだ帰ってこないのー?」
桜色のタオルケットをばさりと剥いで、紅葉の妹、優璃が身体を起こした。
「もう、夜の十一時半過ぎよ? 優璃! あんたも早くお風呂入っちゃって!」
「はぁい。ママ、カリカリしてるねー。さて・・・・・・今日は何の香りにしよっかなー?」
「はぁ? もう、あたしが先に入ったよ! ラベンダーのやつ入れちゃったよ!」
「えぇー? なーんでぇ! ゆりが今日は、入浴剤選ぶ日じゃーん! さいあくー」
「あんたがそこに寝ちゃったからでしょ! 文句言うな! とっとと入ってきなよー」
「なによ、もぉー。・・・・・・ママ。お姉ちゃん、きっとまた『バカ狩り』してるんだよ」
優璃は、下着とバスタオルを持ち、小紅の横に座って、グラスでごくごくと水を飲む。
「なにそれ? そんなことする紅葉がバカよ! 学校もサボって、危ないことして!」
「弱い奴を狩るとカツアゲだから、粋がってるバカそうな奴を狩って稼ぐんだそうよ?」
「どっちだって、ろくでないことでしょう! 帰ってきたら、問い詰めてやるから!」
小紅は頭を抱えて、また溜め息を吐く。こめかみを、ぐりぐり指で押しながら。
「ゆりはそんなバカなことしないからさー? はい、ママ。冷たいお水飲んでっ?」
「ありがと、優璃。まったく、毎日心配だよ、紅葉め。・・・・・・誰に似たんだか・・・・・・」
「さぁねー。ママもパパも、優等生っぽいのにね? じゃ、お風呂入ってきまーすっ」
優璃は手を振って、浴室へ向かった。小紅は、壁の電波時計の針を眺め続けている。
リビング横の和室では、古い振り子時計も、かちこちと針音をゆっくり鳴らしていた。