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振り子  作者: 糸東 甚九郎
第三幕  姉と妹の、進む道
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二十九・母の溜め息と娘の舌打ち

二十九・母の溜め息と娘の舌打ち



「えぇ? バイト決めたぁ?」


 キッチンで、小紅はレタスを洗いながら、大声を出して驚く。

 その声に、インコも驚いて、かごの中でバタバタと暴れている。


「そうだよ。アタシ、今度の金曜に、たぶん面接だから」

「ちょっと、あたし、聞いてないよ。・・・・・・何のバイト? コンビニ? スーパー?」

「・・・・・・芸能プロデュースなんちゃらだよ・・・・・・」


 紅葉は、リビングのソファーに、頭の後ろで両手を組んでだらしなく座っている。

 テレビには、女性タレントと女優とのトーク番組が映っている。


   ・・・・・・じゃああああ  ・・・・・・ぱり ぱりっ


 レタスのちぎれる音と、蛇口から流れ出る水の音が、響く。


「はぁー・・・・・・」


 溜め息をつく小紅。


「なんだよ! なんでそこで溜め息?」


 声を荒げる紅葉。


「あんたねぇー、芸能なんて・・・・・・。なに? スカウトでもされたっていうの?」


 タオルで手を拭き、小紅はエプロン姿のまま、キッチンチェアに座った。

 そこに、紅葉が十六夜の名刺を差し出した。


「こいつが声かけてきた。アタシのルックスと腕を見込んだ、ってさ・・・・・・」

「はぁ? ガブーンバイパー社? 十六夜岳? ・・・・・・あっやしいなぁ。なにこれ!」

「芸能関係で、派遣した仕事先できちんとやれば、お金くれるってさ。いいでしょ?」


 ジャージのポケットに両手を突っ込んだまま、紅葉は小紅を見下ろして言う。


「お金、ってあんた。こんな話、怪しくて危ないのがわかんない年齢じゃないでしょ!」

「・・・・・・ママなら、そう言うと思った・・・・・・。だからイヤなんだよ・・・・・・」

「だいたい、あんたの『腕』ってなによ? 職人でもあるまいし・・・・・・」

「本気なら、誰にも負けない喧嘩技・・・・・・を、見込まれたんだと思うけどな?」


 座ったまま、小紅は紅葉を見上げて、呆れ返った表情を見せる。


「『本気なら、誰にも負けない喧嘩技』? 紅葉、あんたねぇ、そんな二流の川柳みたいなこと言って。・・・・・・そんなものをね、自慢しないで!」

「『そんなものをね、自慢しないで』って、ママも、下の句をつけやがったね!」


 ケラケラと笑う紅葉。小紅は呆れて溜め息をつく。


「ほんっと、誰に似たんだかわかんない、生意気娘だ・・・・・・。はぁーっ・・・・・・。それであんた、本気でそのガブーンバイパーってとこでバイトする気? やめなってば!」

「いちいちうるさいんだよ、ママは! まだ、危ないかなんて、わかんねーじゃん!」

「あんたが浅はかな考えだからよ。それがまず、危なっかしいから言ってんの!」


 真剣な顔の小紅を見て、紅葉は、さらに何か言い返そうとしたが、口をつぐんだ。


「・・・・・・あー、もう。・・・・・・パパが単身赴任から帰ってきたら、ちゃんと三人で話そう?」


 小紅は、紅葉との言い合いをやめてキッチンに戻ろうと、再び立ち上がろうとした。


   ・・・・・・(ぴきっ)・・・・・・


「え! ・・・・・・い、いったぁ! ・・・・・・くぅーっ・・・・・・。や、やっちゃった?」

「え? な、なに? どうしたんだよ、ママ! なんだ? どうしたんだよ!」

「いたた・・・・・・。まいったなぁ・・・・・・」


 腰を押さえて、苦悶の表情を浮かべる小紅。紅葉は慌てて小紅の肩を支え、再び座らせた。


「・・・・・・今日、重い箱や球根コンテナ持ったり、月末集計で座りっぱなしの時間も長かったりしたからなー。いたた・・・・・・。腰やっちゃうなんて、あたしも歳かなぁー・・・・・・」

「・・・・・・ちっ。まったく、何なんだよ・・・・・・。・・・・・・ほら、ママ。動くなっての・・・・・・」


 紅葉は、渋々、小紅の背中と腰を黙って両手で揉む。何も言わず、ただ、揉む。


「いったた・・・・・・。・・・・・・ありがと、紅葉・・・・・・」


 脂汗を数滴垂らしながらも、娘に向かってにこっと微笑む小紅。


「・・・・・・別に。さすがのアタシも、痛がるママを前にしたら、無視できねーもん・・・・・・」

「はいはい。・・・・・・素直じゃないんだから。あたしは、あんたは小さい頃から何も変わってないんだなって、今更気づいたよ。好きなときに、好きなことを言って、ほんと、おてんばで。・・・・・・でもやっぱりあんたは、親にも妹にも優しい、あたしの自慢の長女だね」

「うるっさい。・・・・・・やめろって。・・・・・・アタシ、自分の昔話は、今はイヤだ・・・・・・」

「そう。・・・・・・もう少ししたら、優璃呼んで? 三人で夕飯作って、ご飯にしよう?」

「無理すんなっての。・・・・・・アタシと優璃で作っから。ママは、寝てろって・・・・・・」


 紅葉は、渋い表情をして、小紅の背中を揉みながら、テレビを見続けていた。


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