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振り子  作者: 糸東 甚九郎
第三幕  姉と妹の、進む道
25/211

二十五・水崎家は、風前の灯火

二十五・水崎家は、風前の灯火



   こぽこぽこぽぽぽ・・・・・・


「ま、飲みなやー。・・・・・・ふぅーっ・・・・・・」

「・・・・・・どうも。・・・・・・い、いただきます・・・・・・」


 紅葉は、工場内の古ぼけたパイプ椅子に腰掛け、信治が注いだお茶を飲んでいる。


「呑気にお茶なんか注いでる場合じゃねーべな、おやじぃ! さっきの、いったい・・・・・・」


 玄桐が、慌てふためいたように、信治へ詰め寄る。


「・・・・・・アタシ、今日初めてここへ来たんですけど・・・・・・。いったい、どういうこと?」


 紅葉も、玄桐をちらりと見てから、お茶をすすって、ゆっくり信治へ目を向けた。


「・・・・・・ふぅーぃ。・・・・・・なんつーかなぁ、もう、銀行からの融資が受けらんなくなっちまうみたいだー。いよいよ仕事も底をつき・・・・・・だな。売っとばすもんも、もうねーしな」


 信治は、タオルでごしごしと顔を拭き、「まいったな」といった顔で、紅葉を見つめる。


「か、金なら、おいらが何とでも! ・・・・・・ほら、おやじぃ! 今月もこれ、つかえよ!」


 玄桐は、バッグから札束を取り出し、信治の前にどんと置く。


「・・・・・・玄桐、お前が一生懸命バイトして、とーちゃんのために金を作ってきてくれてるのは、本当にありがたい・・・・・・。だがな、もう、これじゃ、返済の額ギリギリだなやー」

「え? バイト? ・・・・・・玄桐、お前! この金は・・・・・・」

「こ、これでギリギリ? うぁー。寿司だのステーキだの、食うんじゃなかった!」


 玄桐は、逆立てた髪を両手でわしゃわしゃと掻き、工場内をじたばたと走り回っている。


「・・・・・・き、聞きにくいんですけど・・・・・・。あのー・・・・・・おじさんの奥さんは?」

「んー? ・・・・・・もう、十年近く前に、逝っちまったよ。おらがずーっと、玄桐を育ててんだが、仕事も最近、無くてな・・・・・・。従業員もいねー工場の、七十歳近いじじいにゃ、なっかなかいい仕事が入ってこねーんだわ・・・・・・。その日食うのが、やっとこさだー」

「そ、それは・・・・・・辛いですね。・・・・・・なるほど・・・・・・。二人暮らし、なのか・・・・・・」


 紅葉は、湯飲みのお茶に視線を落とし、声を小さくしながら、黙り込む。


 ―――。


「紅葉ー。・・・・・・いいかげん、進路どうするのよ? 就職するのか進学するのかさぁ」

「アタシだって、焦ってるよ。だからちょっと、待ってよ、ママ。焦らせないで?」

「心配してるから言ってるんだよ? 就職なら、あたしがいくつか当たってみるよ?」

「だからっ! ママの人生じゃなく、アタシの人生だよ? 自分で決めさせてよ!」

「紅葉。ママもパパも、心配なんだよ。進学なら、パパが良い大学を選んであげるよ?」

「パパまで、そんな言い方するの? そんなに心配だ心配だって言われたらさ、アタシも気が休まらないよ! 二人には、優璃がいればいいよね! アタシなんかよりさ!」

「ちょ、ちょっと! 紅葉? 待ちなさい! ねぇ、どこ行くの! 紅葉ってば・・・・・・」

「紅葉! どこ行くんだ! パパは、お前のことが心配だから言ってるんだけど・・・・・・」


 ―――。


「・・・・・・ぐすっ! くすん・・・・・・。何で、ほっといてくれないんだよ・・・・・・。アタシだって考えてるよ。自分の人生だもん、自分で決めたいよ・・・・・・。大嫌いだ、二人とも!」

「・・・・・・よぉ? ・・・・・・宇河商業のねーちゃん、どしたよ? おーい? 泣いてんの?」

「・・・・・・何よ。誰、あんた? ・・・・・・アタシのことは、ほっといてよ・・・・・・」

「だって、こんな夜に、女が一人、道端で泣いてんだぜぇ? ほっとけねーよー」

「うるっさいな・・・・・・。チャラ男! あっち行ってよ!」

「まぁ、そう言うなって! 何があったか知んねーけど、おいらと、思いっきりはっちゃけねーか? ちょっと、気分良くスカッと、こいつで思いっきり、走ってこよーぜ?」

「・・・・・・ナンパか。・・・・・・スカッと、ね・・・・・・。あー、もう、どうにでもなれだ!」


 ―――。


「うわ! アタシ、初めて乗ったけど、これ気持ちいいなーっ! ・・・・・・ねぇ、名前は?」

「へへっ! スクーターだけど、でかいし、爽快だろ? 水崎玄桐ってんだ、おいら!」

「ふーん。・・・・・・どこ高? いくつ?」

「宇河工業の三年! ねーちゃんは? おいらより、下か? それとも、タメ?」

「アタシも三年。常盤紅葉っていうの。・・・・・・ふーん、みずさきげんと、ねー・・・・・・」

「くれは、かぁ! きれーな名前だな! 紅葉って呼ぶぜ? おいらは、玄桐でいいよ」

「ねぇ、玄桐! アタシ、もう、最近ずっとムシャクシャしててさ! なんか、もっとストレス発散できること、ないんかな? あー、もぉーっ! むっかつくーっ!」

「へへっ! ・・・・・・実はさぁ、おいら、ちょっとしたことを計画しててよー。紅葉はさ、聞きにくいんだけど・・・・・・格闘技とか喧嘩とか、嫌いかー?」

「は? ・・・・・・好きか嫌いかと言われれば、好きでは無い方だけど。・・・・・・でも、昔さ、ひいじいちゃんに護身術程度は習ってたから、いざって時はアタシ、やるよ?」

「へへっ! やっぱ、その目つき、おいらの勘に間違いは無かったか! いい小遣い稼ぎの方法があって、それは、喧嘩ができねーと、うまくいかねーんだよなぁー・・・・・・」

「なにそれ? 小遣い稼ぎって・・・・・・。アタシが、誰かに喧嘩ふっかけんのー?」

「いやいやいやいや。喧嘩じゃなく、サッカーやってたおいらの早足を活かしてからさ、紅葉のその腕前を発揮してくれれば、問題無く稼げると思うんだぜぇー」

「なーにそれぇ!? わけわかんなーい! ま・・・・・・何でもいいや! 暴れたーいっ!」


 ―――。


「・・・・・・やったな、紅葉! これぞ、おいらの考案した『バカ狩り』だー。いぇい!」

「確かに、いーぃストレス発散になるーっ! しかも、これがお小遣いってわけか!」

「そういうことだー。へへっ! じゃ、おいらが三万円。紅葉が二万円で、と・・・・・・」

「はぁ? なんで! ちょっと、玄桐! 倒したのはアタシなんだからなっ!」

「え、ええぇ? こ、困るぜ、紅葉。・・・・・・おいら、すぐに金がいるんだけどー・・・・・・」

「つべこべ言うな! ほら、アタシに三万ちょーだいってばぁ! 玄桐はそっちだ!」


 ―――。


「(そういうことだったんか。玄桐、だからあんなことを・・・・・・。アタシ、バカだったな)」


 紅葉は、お茶をぐっと飲み干し、玄桐と信治を交互に見つめた。


「で? おじさん、どーすんのさ! ここ潰れたらヤバいんだろ? どうすればいいの?」

「・・・・・・もうすぐ、銀行の融資担当の人が来る。また、何とかしてもらえるように、話をしてみるが・・・・・・。債務の返済もこれじゃあ、もう・・・・・・。・・・・・・はぁ・・・・・・」

「は? お、おやじぃ! 銀行の担当者が来るって、い、今からかよ!」


 信治は、深い溜め息をつきながら、紅葉と玄桐の顔をじっと見ている。


   ・・・・・・こつ  こつ  こつ  こつ


「ん! ・・・・・・あー・・・・・・噂をすれば・・・・・・ってやつだぁ・・・・・・」


 うなだれる信治。紅葉と玄桐が、足音に気づいて、後ろへ振り向いた。


「こんばんは。・・・・・・(あし)(ぞの)銀行(ぎんこう) 南宇河宮支店 融資部の田村(たむら)(なお)(ひさ)です。すいませんねぇー」


 そこには、黒いスーツ姿で、橙色のネクタイを締めた銀行員が、黒い革のバッグを持って、にこやかに立っていた。


「あー・・・・・・。また来てもらって、申し訳ない。・・・・・・どうにか、なりませんか? どうかこの通り! どうかーっ・・・・・・」


 信治は、田村という銀行員に向かって、何度も土下座をするように頭を下げ、声を張り上げて懇願する。


「いやー・・・・・・。水崎さんー。そう言われましてもねぇー・・・・・・。当行としても、こちらへの融資は、もう、回収の見込みもないので、厳しいらしいんですねぇー・・・・・・」

「そ、そこを! なんとかーっ・・・・・・。む、息子もまだ、この通り高校生のガキなもんで金がかかって・・・・・・」


 信治は、土で汚れた両手で、田村のもとにすがりつく。その様子を、紅葉と玄桐は眉をひそめて、黙って見つめる。


「・・・・・・か、金なら、ここに! 息子がバイトで稼いだ、金だや! これで・・・・・・」


   ・・・・・・パシッ


 田村は、信治の両手を掴み、ゆっくりと口を開く。


「水崎さんー・・・・・・。私も、これが仕事なので、とても辛いんですー。この金額だと、月々の返済額ギリギリですねぇー。・・・・・・この工場が、債権回収の目処が立つような業績が戻れば、まぁ、何がどうなるか先はわかんないですが、考え直しもできなくは無いとは思うんですがねぇ・・・・・・。今日は、すぐにどうこうという話じゃないんでー・・・・・・」


 うなだれて、溜め息をつく信治と目線の高さを合わせ、田村はぽんと肩を叩く。


「ほ、本当け! ・・・・・・し、仕事さえ入れば! また、機械動かして、ここは復活できんだよー。・・・・・・だけど、その機械を新しくするにも、金がないと・・・・・・」

「今のままでは、うちも融資はもうできませんからねぇー・・・・・・。返済が滞った段階で、申し訳ないんですが、差し押さえの手続き等に入らせてもらいますので。何とか、業績を伸ばして、頑張っていただきたいですねぇー。水崎さん、何とか頑張りましょうー」

「ち、ちくしょう! バカ狩りの金じゃ、返済額ギリギリだってぇ? マジかよ!」


 玄桐が、田村を睨んで、ぎりっと奥歯を鳴らす。


「とにかく、頼みますね? 水崎さん。私も、こちらとは長い付き合いだから、何とかしてあげたいんですけどねぇ。こればっかりは・・・・・・銀行も、慈善事業じゃないのでねぇー」

「わ、わかりやした・・・・・・。何とか・・・・・・。何とか、復活しますから・・・・・・。月々の返済は、これまで通り、滞ったりはしねーんで・・・・・・」

「おやじぃ! 何とかしねーと、こりゃ、本当の本当にやべーよ! 田村さんっつったっけか? 月々の金を返してりゃ、差し押さえだのは、なんねーんすよね?」

「ええ。返済さえされていれば。ただ、当行との銀行取引約定書にもあるとおり、明らかな遅延や滞納となった場合、すぐ、法的に手続きを行わねばなりませんのでねぇー・・・・・・」


 田村は、玄桐に対して、ファイルを開いて細かい文字を指でなぞり、説明をしている。


「(玄桐んち、まさか、これほどなんて・・・・・・。金が要る、か・・・・・・)」


 その時、紅葉はポケットに入っていた名刺を取り出し、真顔でじっと眺めていた。


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