二・口に合わない茶碗蒸し
二・口に合わない茶碗蒸し
「おーい、こっち、大トロ十貫! あと、アワビにイクラも五貫ずつもってきてよ!」
「茶碗蒸しもちょーだい! あと、アタシは、ヒラメ十貫! ウニも十貫ね!」
紅葉と玄桐は、寿司屋で豪遊している。
次々と、高級なネタばかり注文し、お店の仲居さんもさすがに困惑の表情。
「あ、あのー。お客様? 高校生・・・・・・ですよね? お足は、あるんでしょうね?」
「はー? 何いってんすか! ほれ! ほれほれ! おいらの金が、目に入らぬかー」
玄桐は仲居さんに、扇のようにひらひらと札束を見せつけ、自慢げな顔。
「やめろって、玄桐! さすがにそりゃ、やられたらムカつくわ! しまえ!」
「へいへい、っと。・・・・・・じゃ、店員のおばちゃん! ちゃんと持ってきてねーっ!」
仲居さんはむっとして「かしこまりました」と言い、暖簾の奥へ。
「それにしてもよ、紅葉って、ほんと茶碗蒸し好きなのな? なんで?」
玄桐は、小皿になみなみと醤油を入れ、箸でぐりぐりと意味も無くかき混ぜている。
紅葉は、手鏡で眉と前髪を直しながら、上の空。
「おーい、くれはぁーっ! な、ん、でー?」
「は? 何か言った? アタシ、もちっと眉、太めにしてもいいんじゃないかなー」
「あー、もういいよ! 大したことじゃねーから。それよりもよ、この金、寿司だけで使っちまうのは、もったいなくねーか?」
玄桐は、まるでババ抜きのトランプをシャッフルするかのごとく、一万円札を何枚も指で入れ替えては抜き、入れ替えては抜きを繰り返している。
「だから、しまっとけって言ってんだろ! おい、玄桐! その金、全部がお前のじゃないからね? むしろ、アタシがほとんどもらってもいいくらいだ!」
紅葉は、玄桐の手から札束を奪い取り、小さなリュックのポケットにしまった。
「あ! な、なにすんだよ! ひっでぇー。おいらも貢献したじゃんかー・・・・・・」
「いいじゃん! それよりも、もっと金持ってるバカ共、見つけなよ! ショボい金額しか持ってねーような相手は、アタシ、やらないかんね? あと、骨の無いのもイヤ!」
「勘弁してくれよ。おっかねぇ奴を挑発する、おいらの身にもなってくれよなー?」
紅葉と玄桐が話し込んでいるうちに、テーブルの上に大量の寿司と茶碗蒸しが置かれた。
「うひょーっ、すっげぇ! じゃ、紅葉! 今宵の打ち上げディナーってことで!」
「・・・・・・勘違いすんなよ。アタシ、ここで打ち上げする気はない。別の店に行こう?」
紅葉は、茶碗蒸しを一口食べて、不機嫌そうにぼそっと呟く。
「え! 別の店ぇ? じゃ、そりゃ紅葉の金でだぜ? でも、何で急に?」
「頼まなきゃ良かった。これ、アタシ好みの茶碗蒸しじゃない。気に入らない味!」
「へ? そ、そんだけ? だからなんで茶碗蒸しにこだわるかなー。わっかんねぇや」
わずか二十分で、二人は店を出た。
「釣り銭はいらない」と、万札六枚をばらりと投げて。