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振り子  作者: 糸東 甚九郎
第十一幕  静かに始まる、三十五億の争奪戦
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百五・優璃とインコは首を傾げて

百五・優璃とインコは首を傾げて



「ただいまーっ! ん? ・・・・・・優璃ーっ? 帰ってるのー?」


   ぱたぱた ぱたぱたぱた・・・・・・


「おかえりなさぁーい! ゆりも、ついさっき帰ってきたとこだよ! あれ? お姉ちゃんも一緒だったの?」

「まぁな。・・・・・・くっそぉ! 最悪な一日だった! まったく!」

「え? なに? なに? ・・・・・・ママ。お姉ちゃん、ご機嫌ナナメだね?」


 紅葉は、両親と帰宅。バッグを玄関先に放り投げ、ものすごく不機嫌そうな顔のまま、トイレに籠もってしまった。


「・・・・・・ちょっと、大変だったのよ。イベント会場がね・・・・・・」

「え? なにか、トラブル? てか、ママ、なんかすっごく疲れてない?」

「優璃は、昨日、イベントに行った時は特に問題は無かったんだよね?」

「うん。特に、何もー? パパも、なーんか、ぐったりだね?」

「すっごく疲れた。いろんな意味でね。・・・・・・紅葉も、心身共に疲れてるみたい。なーんか、今夜はあたし、料理する気力無いかもー・・・・・・。はぁー、疲れた・・・・・・」

「ぼくもだよー。・・・・・・でも、優璃ひとりに作ってとは言えないしなぁ・・・・・・」


 小紅と優太はリビングで、二人とも溶けたようにぐったりしている。


   ばあんっ! ・・・・・・だだだだだだっ


 紅葉が、トイレのドアを思いっきり開け、スマートフォンを持ってリビングへ駆けてきた。


「おい! ちょっと・・・・・・。パパ! 電話!」

「ちょっとぉ、紅葉? ドアが壊れるじゃないの! そんな勢いよく開けないでよ」

「そんなこといーから! ・・・・・・早く出てよ、パパ!」

「ええ? どうしたんだい? 相手は?」

「玄桐! ネジがどーのこーのって・・・・・・」

「え! ど、どれどれ! ・・・・・・もしもし? 太平洋商事の常盤優太ですが・・・・・・」


 優太は紅葉のスマートフォンを受け取り、慌てて電話に出た。


「〔よかったっすーっ! 何度も何度も紅葉にかけたけど出なくて。それで、ネジなんすけどー〕」

「ええ。それで、サンプルはできそうですか?」

「〔それなんすけどー・・・・・・。えっとー、そのー、なんつーかー、モリブデン鋼が、なんか、うちになかったんすよー・・・・・・。なので、規格だけをまず見てもらうのに、明日の朝イチで、普通素材の特殊サイズを渡しても、いーっすかね?〕」

「そ、そうですか! モリブデン鋼なら、当社の工業部が素材を持ってます。とりあえず、そのサイズのネジを、見せて下さい。明日、工業部から素材を提供してもらいますので、夕方過ぎでよろしければ、それを渡してまた作っていただくという形でも・・・・・・」

「〔わっかりやしたー。それでいーなら、ぜひぜひ! じゃ、そうしますー〕」

「助かります! いやぁ、本当にありがとうございます」


 優太は、電話をしながらその場でぺこぺこと頭を下げる。


「〔うちもとりあえず、機械は動くようになったんすけど、なにせ従業員がおいらしかいないようなもんなんすよー。でも、がんばるんで、よろしくお願いしやっす!〕」

「ネジのサンプルをいただければ、ぼくの方も、上司に報告ができます。相手先の業者にもそのサンプルを見てもらって、OKが出れば、一気に発注になるかと思いますので」

「〔マジっすか! ぜひぜひ、有限会社ミズサキをよろしくお願いしますー。いぇい!〕」

「では、明朝、お待ちしております。あ、ぼくの家は、わかりますか?」

「〔だーいじっすよ! よーく知ってます! ・・・・・・あ。あのー。紅葉に戻せます?〕」

「え? あ、ああ。では。・・・・・・紅葉? 電話、戻してくれって」


 優太は振り向いて、紅葉にスマートフォンを返す。

 紅葉はキッチンチェアに座り、いつの間にかインスタントのフカヒレスープをマグカップに入れて、すすっていた。


「え? なんだよ、玄桐は。アタシ、スープ飲むとこなのに。・・・・・・はいぃ? なにー?」


 マグカップを置き、紅葉はぶっきらぼうに電話へ出た。


「〔よ、よぉー? そう言えばさ、今日のギャラは、明日にまたおいらんちへ?〕」

「・・・・・・。」

「〔ん? あれ? もーしもーし? 紅葉さぁーん?〕」

「・・・・・・てねーんだよ・・・・・・」

「〔え? なに? よく聞こえねーよぉ?〕」

「一円も、出てねーんだよっ! あぁー、もぉーっ! むっかつくーっ!」

「〔な、なになに! ひえー。す、すんませんすんません!〕」


 わけもわからず、紅葉の怒鳴り声でビビってしまった玄桐は、電話越しに謝っている。


「あ。わ、悪ぃ! とにかく、今日のバイト代は、あの一之瀬のおっさんがビタ一文払ってくれなかった! 経緯はあとで話してやっから。とりあえず、ネジ作り、がんばれよ?」

「〔お、おう! この、水崎玄桐さまに、まっかせとけぃ!〕」

「・・・・・・そのノリだから、なんだか心配なんだよお前は。・・・・・・じゃ、また明日な」


   ・・・・・・ピッ


 溜め息をついて、ぱたりとテーブルの上にスマートフォンを置く紅葉。

 優璃は、インコを肩に乗せ、心配そうに姉の顔を見つめる。


「・・・・・・お姉ちゃん、だーいじょうぶー? ・・・・・・なんか、ママもパパもお姉ちゃんも、みーんな疲れてるね。あのイベント、熱気がすごかったもんねっ! 楽しかったなー」


 小紅と優太は、ソファーに座り直し、無言のまま。


「・・・・・・アタシも優璃くらい、平和にほのぼのとした生活を送ってみたいよ・・・・・・」

「え? なにそれ? どーゆーことー?」


 首を傾げる優璃と、疲れ切った三人。

 リビングには、ただ、時計の音だけが静かに響いていた。


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