第02話 新たな魔王
教会を出ると、そこには大きな街が広がっていた。
目の前に広がる大通りには、多くの人々が歩いていた。
僕やアイラのような人類はもちろん、耳の先が尖っていて、まるで透き通っているような白い肌のエルフ族に、筋骨隆々で大柄な見た目のドワーフ族、全身モフモフの動物が歩いている様な見た目の獣人族。いくら眺めても飽きないほどの景色に胸が踊る。
「凄い!! 色んな種族がいるよ! お店も沢山ある!」
「そりゃそうよ。ここは世界最大の国、フローレン王国。世界中の種族がここにあるギルド本部まで女神様の『祝福』を授かるために来るの。冒険者はほとんどこの国を拠点にしてる。そしてギルド本部はちょうど教会の真横の……ほら、あれ」
そう言ってアイラは隣をゆびさした。
その方向を向くと、石造りの大きな塔の様な建物があった。
あれがギルド本部、僕達の旅のゴールだ。
緊張してきた……どんどん心臓の鼓動が大きくなる。
「じゃあ早速行こうか。2人でこのドアを開けたかったから、シオンが起きるまで待ってたんだよ」
アイラが微笑みながらこちらを見つめる。僕は了承し、ついていった。
アイラと僕がギルドの大きな扉の前に立った時、アイラが急に話しかけてきた。
「ねぇ、そういえばさぁ、魔王との戦いの前にした『約束』も忘れちゃったの?」
「えっ……た、多分……」
全く記憶にない。約束ってなんだろう……気になる。
「あはは。やっぱり。まぁこの話はまた後で」
アイラは少し笑って、そして2人で手を合わせギルドの扉を開け中へと入る。僕も遅れないようアイラについていく。
ギルドの中はとても広かった。丸いテーブルと5つの椅子のセットが20個ほどあり、そのほとんどを冒険者のパーティが使っている。
扉の開いた音に気づき、こちらを向いた冒険者達がヒソヒソと話し出した。恐らくアイラのことを話しているのだろう。魔王を倒せる程の実力者だ。有名人に違いない。
しかしアイラは他の冒険者には目もくれず、入口と反対側にあるカウンターへと向かった。
カウンターには受付係らしき女性がいた。
「こんにちは。アイラさんですね。今回はどのようなご用件ですか?」
アイラは覚悟を決めたようにひと呼吸置いて話し出した。
「……私達『魔王』倒しました!!」
「え……えっ、えっ!?!?」
受付係の女性の営業スマイルがみるみるうちに驚きの表情へと変わっていった。周囲の冒険者達もザワザワと騒ぎ出し、私達の周りへと群がってくる。
「そ、それでは『魔石』を鑑定いたしますので、提出をお願いします」
アイラは魔石を取り出すために右手をポケットにいれた。僕は固唾を呑んで見守っている。ギャラリーの興奮も高まっている。
「これが……魔王の『魔石』です!!」
アイラが自信満々に魔石を取り出し、カウンターにドン!! と置いた、次の瞬間……
魔王の『魔石』が、粉々に割れた……
「「ええーー!!」」
ギャラリーが一斉に驚きの声をあげた。僕は開いた口が塞がらなくなった。アイラの話によると確か魔石って割れないはずなんじゃ……
「え……わっ……割れた……魔石が……割れちゃった……」
アイラの声が震えている。随分取り乱しているようだ。
「ア、アイラ!! 落ち着いて!!」
そう言いながら、僕も十分取り乱している。なんで割れたのか検討もつかない。
僕達が騒然としていると、
「おいおい…… 一体なんの騒ぎだ?」
カウンターの奥の扉から、大声を出しながらスキンヘッドの威厳に満ち溢れた大男が出てきた。
「所長!! 実は……」
受付係の女性は今起こった出来事をそのまま所長と呼ばれる大男に伝えた。
「何ッ? 魔石が粉々に割れただと!? しかも魔王のだとは……」
「所長さんは……何故割れたか分かりますか?」
アイラは戸惑いながらも質問した。
所長は少し考える素振りを見せたあと、
「取り敢えず場所を変えるぞ。野次馬どもは仕事に戻れ」
と言い、僕達を所長室へと招き入れた。
所長は僕たちを客用の椅子に座らせた後、向かいの椅子に座り、話を始めた。
「……アイラ。魔王の魔素化は見届けたか?」
と低い声でアイラに質問をし返す。
「いや……見てないです。魔石を取った後、倒れたシオンを連れてすぐ転移魔法で教会に行ったので……。魔王の魔素化なんて何日かかるかわからないし、それを見張ってたらシオンが手遅れになっちゃうと思って……」
「そうか……仮説を立てるとするなら、魔石が割れたその瞬間に、新たな魔王が誕生したのだろう。魔石は割れたんじゃなく、新たな持ち主に戻っていったのだ……と思う。というか、それ以外に説明がつかねぇ」
「新たな魔王って……」
アイラの顔が見る見るうちに険しくなっていく。
「……俺はアンタの強さをよく知ってる。どれだけ魔王を殺したがってたのかもだ。魔石の鑑定はしてねぇが、持ってきた魔石は魔王ので間違いないだろう。だからこそ魔王が復活したなんて情報は世界に無意味な混乱を招くだけだ。すまねぇがアンタらが一度魔王を倒したことは無かったことにしてもらいたい」
「っ……」
アイラは悔しそうな表情を浮かべる。
その後少しの沈黙が流れた。
「すいません所長さん、あの……魔素化って何なんですか?」
重い空気での沈黙が気まずかったので僕は知らない単語を所長に聞くことにした。
「こりゃあ驚いたぜ。魔素化を知らねぇ冒険者なんているのか……」
所長は驚いた顔をしながらそう言った。
「あ……シオンは魔王との戦いで記憶を失ってて、私が説明します。シオン、魔石っていうのは魔族の核なの。それを失えば、少しずつ身体が塵のように消える。それを魔素化って呼ぶの」
「そうなんだ……ありがとう」
なるほど。その魔素化というのが終わる前に魔王が引き継ぎの儀式でもしたのだろうか。
「……記憶喪失にまでなっちまってんのにすまねぇ。改めて頼む。どうか無かったことしてくれねぇか」
所長は椅子から立ち上がり、僕たちに向かって深く頭を下げた。
「所長さん、頭を上げてください。魔王が復活したのなら、また倒せばいいだけです。ね? シオン」
アイラは少し落ち着きを取り戻したかのような口調で言った。
「えっ……うん」
魔王をまた倒す……って、そんな簡単なことなのか?という疑問もあるが、荷物持ち係の僕がとやかく言えることでもないのだろうし、アイラの発言に従うべきだ。
「それでは、私達はこれで失礼します。シオン、行こうか」
そうして僕たちは所長に礼をし、部屋を出て、ギルドの空いていた席に向かい合うように座った。
それからアイラはずっと俯いている。そりゃ落ち込むのも当たり前だ。けれど記憶を失っている僕は気休めの言葉すらかける権利がないような気がする。改めて自分の無力さを思い知る。
「それでさアイラ、これからどうするの?」
僕は俯いたままのアイラに話しかけた。さっきの言葉どおりならアイラはもう一度魔王を倒す旅に出るはずだ。
所長もアイラが魔王を倒したがっていたと言っていたし。
でも僕は記憶喪失だ。荷物持ちすらも満足にできるかすら危うい。荷物持ちどころかただのお荷物だ。何も覚えていない僕は、アイラの言葉に従うべきなのだろう。
ところが、アイラから帰ってきた言葉は意外なものだった。
「ど……どうしよう……全然分かんない……シオンはどうするべきだと思う……?」
アイラはうろたえているような表情でこちらを見てくる。
「えっ……ど、どうって……魔王を倒しに行くんじゃないの?」
「そりゃ倒したいよ……けど……それじゃシオンがあまりにも危ないし……」
「危ないって……それなら僕を置いていけばいいじゃんか!! 別の強いやつでもひきつれてさぁ、ていうかそっちのほうが絶対いいじゃん!!」
「……それだけは無理。シオンがいないと私は魔王を倒せないし……シオン以外の仲間をパーティーに入れるつもりもないよ。」
「……どうして?」
「……ごめん。それだけは言いたくない。……とりあえず魔王討伐の報酬を当てにして、ただでさえ少ない貯金のほとんどを教会に渡しちゃったから、今から今日の宿代を稼ぐために何か依頼を受けに行かないと。私が受付してくるから、ここで待ってて」
そう言ってアイラは先ほどの受付嬢のところへ向かい、何やら話をしている。話題を逸らされたなと思いながらその姿を遠くから眺めていると、
もしかしてシオン?という声がこちらに投げかけられた。
声の方向を向くと、そこには2人の男女がいた。
服装から判断するに、どうやら2人は冒険者のようだ。二人のうち女性のほうが話しかけてきた。
「シオン君……だよね?久しぶり。私たちのこと覚えてる?」
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