「『いらっしゃい、花休みへ』」
花が落ちている。
誰かが歩くたびに、花が地面に落ちていく。
誰かが言葉を発するたびに、花が口から落ちる。
赤、灰色、紫、青、黒。
ピンク、黄色、緑、水色、白。
色が溢れて、気持ちが悪い。
ぽろぽろと無残に花が落ち、人はそれに気が付かず踏み潰していく。
気づいていない。
そう、誰一人気づいていない。
自分から花が落ちていることに。
普通に考えたら分かることだ。
人から、人の口から、綺麗に咲き誇っている花が落ちるわけない。
香りがする。
甘ったるい香り。
お菓子のように、惹かれてしまう香り。
それなのに気持ちが悪い。
胃から何かが突き上がってくるような、吐き気が止まらない。
何が起こっている?
僕の身に、どんな現象が起こっている?
立ち上がっていることすら難しいほどの毒々しい香り。
立ち上がっていることが苦しく、その場にしゃがみこんだ僕に声をかけた人がいた。
「どうしました?体調、悪いんですか?大丈夫ですか?」
黒くて、長い、髪。
くるくると毛先が好きな方向に跳ねていた。
黒い、紫色の眼。
奥が見えない。
その人からは何も香らない。
いや、甘ったるい香りはしないし、花も落ちてこなかった。
香るのは、石鹸と太陽の香り。
一輪たりとも花は落ちてこない。
「花、何で」
言葉を文章にするだけの、日常においては簡単なはずの頭の働きも、花のせいで脳が溶けているのか、上手く纏めてくれない。
「花?」
少女と女性の中間にいるような風貌の女性は、きょろきょろと辺りを見渡した。
僕が言った、「花」を探しているのだろう。
そんなことをしても何の意味もないのに。
だって、その花は、僕にしか見えていないから。
「……ん~」
少女は僕の背を撫でながら言った。
「そうですねぇ、『いらっしゃい、花休みへ』」
「……は?」
急に何を言っているのか分からなくて、僕は少女の方を見る。
少女が最後に行った言葉である『花休み』とは何なのか。
それを聞こうにも、少女は笑っていた。
前を見ると、花の香りは鼻につかなくなっていた。
目の前は多くの色に囲まれ、僕の意識は反転した。
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