魂守り
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友人の百合子の事故死の知らせを受けて、私と夫は数年ぶりに田舎に戻った。
私と夫の純、そして百合子は幼なじみだった。私と純は高校卒業後に上京して同じ大学に入学し、そこで交際を経て今年籍を入れた。
私も仕事に追われて百合子とは最近連絡を取れていなかったが、式への招待状を先日送ったばかりだったので、あまりに急な知らせにまだ信じられない思いだ。百合子にも私達の晴れ姿を見てほしかったのに、それが叶わないなんて。
葬儀は異様なほど静かだった。
私以外に泣いている人が一人も見当たらず、百合子の両親すらどこか冷たい表情をしていた。
棺の中の百合子は穏やかな表情で、こんなことを思うのは不謹慎かもしれないが、美しいと思った。
彼女は白い肌と艶やかな黒髪の持ち主で、村でも評判の美人だった。それを鼻にかけない気さくな性格で、いつも優しくしてくれた。
こんなことになるならもっと連絡を取っていれば、会いに行っていれば……そんな後悔が湧き上がってくる。
この村の葬儀には、変わった風習があった。
それは、故人の髪を一房ずつ切り分け、御守りの中に入れておくことだった。
これは『魂守り』と呼ばれ、死者のことをいつも思っているという証であり、死者の魂に守護してもらうために行われるのだそうだ。(ちなみに髪がない遺体の場合は火葬の際、遺骨や遺灰で代用される)
魂守り作りを初めて体験したのは小学生の頃、祖母の葬儀でだった。母に作法を教えられ、特に疑問も持たずに魂守りを作った。上京して大学の友人にその話をしたところ酷く驚かれ、その時初めて魂守り作りは他の地域では行われないことを知った。
気味悪がられることもあるが、私にとってはごく当たり前のことだし、今更何とも思わない。
読経と御焼香が終わると、棺の前に並んで親族から順番に髪を切っていく。
百合子の親戚と思しき女性からハサミを手渡され、綺麗な黒髪を一房切り取り、予め渡されていた手縫いの御守りに入れ、紐を縛る。
魂守りを作っている間、なんとなく百合子に見られているような気がした。そんなはずないのに。
それから数日後、悲しみは癒えないものの、私は少しずつ日常を取り戻していた。魂守りは入浴の時以外肌身離さず持つのが習わしで、寝るときにはパジャマの胸ポケットに入れていた。
ある日、息苦しさで目を覚ますと、首に何か絡みついていた。
慌てて枕元のヘッドライトをつけると、首に絡んでいるのは黒い髪の毛で、胸ポケットに入れた魂守りから伸びていた。
なんとか手で引きちぎろうとしても頑丈で切れない。首を締める力はどんどん強くなり、朦朧とする意識の中、なんとかハサミを手に取って髪を切ると、魂守りごとライターで火をつけて燃やした。
夫も同じ目に遭うかもしれないと思い、出張中の彼に電話をかけた。繋がったもののどれだけ呼び掛けても応答がない。ザーッとノイズの後、「純くんは私のものよ」と女性の声が聞こえた。その声は百合子のものとよく似ていた。
時刻は深夜二時、とっくに終電も終わっている。
夫の出張先の横浜のホテルまでタクシーを拾い、フロントに事情を話して部屋に入ったが手遅れだった。
ベッドの上で息絶えた夫の首にも髪の毛が巻きついていた。
夫の葬儀を済ませ落ち着いた頃、百合子の母親から手紙が届いた。そこには「生前、自分の身に何かあった時にはこれをあなたに渡すようにと言われていた」と書いてあった。
メモの他に入っていたのは三人で撮った写真と、百合子直筆の手紙だった。
写真は私の顔がカッターのようなもので切り刻まれた跡があり、その傍には黒マジックで『裏切り者』と乱暴な字で書かれていた。
手紙には彼女も純のことをずっと好きだったこと、家の事情で大学には行けず一人田舎に取り残されて悔しかったこと、純を奪った私が憎いと恨み節がつらつらと書かれ、最後はこんな文章で締め括られていた。
「この世では一緒になれなかったから、あの世で一緒になることにします」と――