3膳目 新芽(しんめ)
たくさんの作品の中からご興味を頂きありがとうございます。作品内のリアリティのため実在する地名、人名、商品名、企業名を利用している場合はございますがストーリー自体はフィクションとなります。実在する人物、及び、商品、企業とは関係ありませんのでご注意をお願い致します。
前回の予告通り新しい仲間が登場するのでお楽しみください。
今、僕は放課後の保健室のベッドの上にいる。保健医の先生の姿は見当たらない。ボクの傍らには3年生の女の先輩が申し訳なさそうにボクの顔色を伺う。
なぜこんな状況になったのかを話そう。事は今日の部活の始まりまで遡る。
昨日と同じように授業をすべて終え、リオ(折尾 理央)と部活に向かった。先輩たちとゴールを出したり、ボールの準備をしてウォーミングアップをはじめた。昨日と同じように男女入り混じりのウォーミングアップだった。
「ピーッ」
と笛の音がする。音の方を見ると副部長が手をあげて集合を呼びかけている。
ボクは副部長がいる方に向かおうとするとそれをボクの手を引いて阻止する者がいる。
「今日がはじめて?女子部はこっちだよ。」
振り返ると男子部員並みに背の高いポニーテールの先輩が手首をつかんでそこにいる。ボクは掴まれた感触で女の子の物だと感じて卒倒しそうなのを何とか堪えた。
「そんなの分かってますよ。ボクは男子です。」
と言いたかったけど声が出ない。
「えっ、あ、うっ・・・」
と情けなさ過ぎて言葉というよりは、口から空気が抜けただけのようなものを吐いて倒れないようにするので精一杯だった。
体育館が狭いから男子と女子で交代で体育館を使っている。体育館を使えない方はウォーミングアップのあと市民体育館に移動してコート練習をする。昨日ツカサ先輩からそこら辺の説明も受けていた。昨日が学校の体育館だから今日が市民体育館で、集合の後、各々の荷物を持って移動する必要があることも知っている。
「あ、あのう・・・、ボクは・・・。」
「『ボク』?ボクっ娘?可愛い!え、それとも君、男の子ぉ~?」
とポニーテールの先輩はいぶかしげにボクの顔を覗き込む。そのまま視線を顔ごと落として胸のあたりに顔を近づけ、ボクの胸をポンポンと叩いて再び「う〜ん」と唸る。ボクはゾクゾクっと全身に鳥肌が立って今にも消え入りそうな意識を必死に保つ。
「あっ、1年生では分からないこともあるか!」
とポンっと手を鳴らす。ボクが今にも卒倒しそうな事は気にもしていない様子でボクの体も舐めまわすように見回す。
「ちょっとゴメンね。」
と言うとボクの股間を掴んできた。
「あっ、あった。」
そんな素っ頓狂な声を最後まで聞くことなくボクは卒倒した。
そして今である。ボクの横にはさっきのポニーテールの先輩が申し訳なさそうな面持ちで丸椅子に腰かけてボクの顔を覗き込んでいる。
「あ、目が覚めた!大丈夫?」
先ほどの快活なイメージとは違ってしおらしくて別人のようだ。
ボクはポニーテールの先輩の心配に応えるように体に痛いところがないか探してみるが大丈夫なようだ。
「大丈夫みたいで・・・。」
ガラガラガラッ!
勢いよく保健室の扉が開くと同時にカナメ部長の声が部屋中に響き渡る。
「おい、リム!ゴリラ女に金玉握りつぶされたって?!」
「誰がゴリラ女よ!それに握りつぶしてない!!!」
ポニーテールの先輩はカナメ部長の遠慮のない言葉に透かさず反論する。
「お、チエ!犯人がいるじゃん!うちの新人の金玉のトドメを刺しに来たのか?」
「か~な~め~!そんなわけないでしょ!!!」
「だって、体育館中で噂になってたぞ。チエがうちの新人の金玉を握りつぶして気絶させたって。」
「き、気絶させちゃったのはホントだけど握ってない!軽く触れただけよ!」
チエと呼ばれたポニーテールの先輩は顔を真っ赤にして反論する。
「それだけで気絶するわけねぇだろ!このゴールデンボールクラッシャーゴリラ!」
「ちょっと、さっきからゴリラってなによ!ゴリラじゃないし!」
「じゃあ、ゴールデンボールクラッシャーは認めるんだな?!」
「それも認めな~~~い!」
「あ、あのう・・・。」
ボクが倒れた理由を説明しようと割って入ると、二人ともボクのことを忘れていたかのようにハッとした表情をしてボクの方を見る。
「すみません。ボクは女性恐怖症で触られるとダメなんです・・・。」
「「えぇ~~~!」」
とハモる二人。その後、「何が原因」とか「いつから」とか「何歳くらいの女性からダメなのか」とか色々聞かれた。原因についてはトラウマもあって話すだけでも気分が悪くなるから答えるのを控えさせてもらった。いつからかとか何歳くらいの女性からダメなのかとか答えられる分には今後のことで協力してもらいたいこともあり答えた。
女性恐怖症プラス女性アレルギーになったのは小学5年生からで、小さい女の子やおばあちゃんは大丈夫だけど同じくらいの歳の女の子からは無理だと言うこと。触れるのも触れられるのも無理な事。最初は話すこともダメだったけど今は話すくらいなら大丈夫な事。心療内科で治療が続いていること等を話した。
チエ先輩はボクの話しを聞いて申し訳なく思ったのか何度も謝ってきた。カナメ先輩は、
「何ができるか分からないけど、協力はするから何でも言ってくれ。」
と男気ある事を言ってくれた。
「チエ~、そろそろ戻って来れる~?」
唐突の第三者の声に全員で声の方を向く。保健室入口、そこに立つ姿は低い身長と幼い顔立ちに似合わず立派な胸を持つ少女が立っていた。
「チトセ、ごめん。もう少しで戻るから待ってて。」
「まだ付き添い必要なら変わるよ?」
「ううん、大丈夫。意識は戻ったから。」
「そう。なら安心ね。」
快活な話し方をするチエ先輩とは正反対におっとりとした話し方をするチトセ先輩という人物。こちらに向かってきてボクの顔を見ると驚いた顔をして両手で口元を隠す仕草をする。
「どうしたの?チトセ。この子を知ってるの?」
「うん。少し。」
チトセ先輩の言葉を聞いてボクは『うん?』となる。母方の実家であるこの地方にいる知り合いなんて数回会った事のある程度の従兄くらいである。しかも、3人兄弟で全員男の子だ。チエ先輩を呼び捨てにするからには同じ3年生だろうし、そうなると従兄の次男がオトコの娘にならなくては辻褄が合わない。さらにあの胸の大きさは確実に女の子だから絶対にそれもありえない。
「ねえ、チエ?私が残るから先に部活に戻ってて。」
「うん?まあ、じゃあ任せるから適当なところで戻ってきてね。」
そう言ってチエ先輩はもう一度ボクに謝罪してから保健室をあとにする。それに続くようにカナメ先輩もでていこうとするが、ドアの前に立つと急に振り返り、
「あ、瀬戸!そいつ女性アレルギーだから気を付けろよ?触れるだけでも気を失うヤツだから、お前みたいな女性フェロモンむんむんのやつは近づいただけでも気を失わせるかもだからw」
「えっ!えっ?どうしよう(汗)」
そう言うと狼狽えた様子で後退りボクとの距離を置く。
「だ、大丈夫ですよ先輩。話すくらいは大丈夫です。」
とボクは慌ててフォローする。チトセ先輩はホッとした様子で再び歩みを進めるとうしろからカナメ先輩が、
「無理すんなよ。」
と言ってチエ先輩と扉を抜けて去っていくところだった。チトセ先輩もそんな二人に小さく手を振って見送る。
二人の姿が見えなくなるとチトセ先輩はボクに振り返り尋ねる。
「ねぇ、リムくんだよね?私の事憶えてる?」
「・・・ごめんなさい。さっきから思いだそうとはしているんですが分かりません。」
「そ、そんな敬語なんていいよ。わたし、瀬戸 千歳。リムくんのおばあちゃんの家の近所で小さい頃一緒に遊んだの憶えていない?」
それを聞いて、昔おばあちゃんの家に遊びに来たとき一緒に遊んだ近所の子供たちのことを思い出す。男女数人いたからチトセ先輩がいたかまでは思い出せないが、
「あぁ、何となく思い出しました。男女何人かで遊んでましたね。」
「あ、また敬語。わたしのことも昔みたいに『ちぃちゃん』でいいよ~。」
とは言うもののやはり・・・、
「えっと、学校ではやっぱり先輩後輩なんであんまり馴れ馴れしいのは、他の先輩たちの目もありますし難しいです。」
と言いながら『ちぃちゃん』で少し思い出した。小さい頃おばあちゃんの家に遊びに来た時に遊んだ近所の子供たちの中にいつもボクのうしろに隠れてボクにしがみついていた小さな女の子の存在。確かにボクはその子の事を『ちぃちゃん』と呼んでいた。『千歳でちぃちゃん』ではなくて、『小さいからちぃちゃん』と言うことであだ名として憶えていた。そして、そんなだからちぃちゃんはずっと年下だと思っていた。
「そっかぁ。寂しいけどそりゃしょうがないよね。あ、でも、学校以外だったら昔みたいに『ちぃちゃん』呼びでいいし、敬語使わなくていいからね。」
「わかりました。学校以外ではそうしますね。」
ボクは渋々といった感じでそう返事した。
「ところで、女性アレルギーってどういうこと?昔はそんなんじゃなかったよね?」
と言われてカナメ先輩とチエ先輩にも話した内容を繰り返した。ただ、チトセ先輩には少しだけ原因になった出来事を話した。話せる雰囲気だったのもあるのかも知れない。でも、それよりも危機回避が強かったかもしれない。昔、ボクにずっとしがみついていた『ちぃちゃん』。どことなく今でも昔の感覚のままでいそうな、昔の感じでいたいと思っている節があるように感じて、いつしがみつかれるか分からないといった懸念から距離をとる意味もあると思い話をした。
「・・・ひどいね。同じ女として許せないよ。」
「でも、大丈夫だよ。世の中そんな人ばっかりじゃないし、いつかリムくんにもきっと素敵な人ができてその病気も治るよ。」
不思議とチトセ先輩に言われるとそうなるような気がしてくる。悪い気がしない。いや、むしろ居心地の良さを感じてる。温かく優しく包み込むように抱きしめられているような気分だ。
「・・・でも、無理は禁物よ。」
チトセ先輩のうしろで悲しそうな顔をした女性、学校医の先生が立っていた。
「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったの。扉も開いたままだったし、戻ってきたら聞こえてしまって。」
「それでね、私は専門ではないけど心の病気っていうのは一生完全に治ることはないとも言われているの。良くなったと思っても同じような経験をすれば前より症状が酷くなることもあるそうよ。」
「ごめんなさい。脅かすつもりはないの。そう言うこともあるから注意してほしいの。それに、あなたは若いから瀬戸さんの言う通りいい人に出会えば治るかもしれないわよ。」
そう言って最後にはニコリと笑ってくれた。先生は簡単に帰り支度を済ませると、
「頭は打っていないようだから大丈夫だと思うけど、今日のところは部活禁止!このまま帰ること。あと、頭を打っている可能性があるから、この後すぐに病院に懸かること!いいわね?」
「私はもう帰るからここも鍵を閉めるけど、君・・・、えっと俵くんだったかしら?一人で帰れる?出来れば万が一を考えて誰かと一緒か保護者の方に迎えに来てもらった方がいいわ。」
「あ、先生!わたし、家が近いので送っていきます。」
チトセ先輩が小さく手を挙げて控えめな声で言う。
「あら?それなら助かるわ。待っているから荷物を持って来なさい。」
「はい。」
と返事をするとチトセ先輩は保健室を出て行った。幸いリオがボクの分の荷物は持ってきてくれていたのでチトセ先輩は自分の荷物だけだ。あっという間に戻ってきた。その間に自分も保健室で制服に着替えて先輩を待った。チトセ先輩が戻ってくると保健室の鍵を閉めて3人で校舎をでる。校舎をでると学校医の先生は駐車場の方に向かいチトセ先輩と二人きりになる。
女性恐怖症になる前はどうだったか憶えていないが、少なくとも女性恐怖症になってからは女の子と下校なんてしたことがない。全くもって会話が弾まない。見た目通りにおとなしいチトセ先輩の方から一生懸命に話しかけてくれているのに、気の利いた返事もできないから会話が弾まない。段々と暗雲が立ち込めてくるのを感じる。バスケットはいつからやってるとか、どのチームが好きかとか誰が好きかとか男同士なら何の苦も無く弾む話題も何故か続かない。そして遂に本題ともいうべき話題になる。
「ねえ、昔の事どのくらい憶えてる?」
「いつもボクのうしろにしがみついてたよね?何となくは憶えているよ。」
苦し紛れに憶えている限りのことを口走る。
「良かったぁ。全然憶えられてなかったらちょっとショックだったかも。」
そう言って胸をなでおろす表情は傍から見ればドキッとするような可愛らしい表情なのかも知れないがボクには『面倒なことにならずに済んだ』と言う安心感を与えることしかなかった。
「わたしにイタズラしてた男の子から助けてくれたのは憶えてる?その男の子とケンカまでしたのに、その後はリム君その子とも仲良くなってわたしもイタズラされなくなってみんなで遊ぶようになれたんだよ?」
そんなマンガみたいな事をやっていたなんてと気恥ずかしくなり顔を背けて頭を搔いてしまう。
「・・・正直憶えてない。親の帰省の時くらいしかこっちに来てなかったから余り印象に残ってないんだよね。」
「そっかぁ。そうだよね。それじゃあ、仕方ないよね・・・。」
またボクは会話を途切れさせてしまったようだ。正直、会話がないのも焦るが会話を途切れさせてしまった方がチトセ先輩に気を遣わせてしまうので余計に焦る。しばらくの間、沈黙が続く。
「あのね。」
チトセ先輩が再び口を開く。
「あのね、あの頃私の方が背が低くて年下を思われてたと思うんだけど・・・。」
「あ、いや。そのぉ・・・、ちょっと憶えてなくて・・・。何か失礼な事しました?」
と焦るボクをみて逆に焦って両手をブンブン振って否定するチトセ先輩。
「ち、違うのっ!わたしは分かってたら気にしてないの!それより、自分よりも年上で身体も大きい男の子に立ち向かっていったリム君がすごくカッコよくて、それで誰とでも仲良くなれるリム君を尊敬してて、わたし昔リム君の事好きだったんだよ。」
唐突な告白に虚をつかれてたじろいでしまう。好かれていたのは正直嬉しいけど、自分の今の病気のせいでどう答えていいか分からず無言になってしまう。
「毎年、お盆と年末年始に会えるのを楽しみにしてたの。だからリム君が小学校に上がったくらいかな?全然こっちに帰ってこなくなったがすごく寂しかったんだぁ。」
「あ、あの・・・、ごめんなさい。母親も仕事復帰してからはこっちに来ることはほとんどなくなったから・・・。」
「いいよ!リム君が悪いわけじゃないんだし、謝らないでいいよ!」
といってまた両手をブンブン振って否定するチトセ先輩。
「だから、だからね!今日再開できたのは憶えてくれてなくてもすごく嬉しかったの!」
勢いよくでた言葉の後、急に失速し妙な間が空く。
「・・・病気の事はあるから出来る範囲でいいんだけど、また少しでもいいから仲よくしてくれたら・・・、嬉しいなって思ったの・・・。」
そう言ってチトセ先輩は顔を真っ赤にしている。
あれ?今ボクは告白されたのだろうか?いや、昔みたいに仲良くしてほしいって言われただけで告白では無いような!?!?
「えっ、あっ、はい!」
自分でも理解しきれていないうちに返事をしてしまっていた。滅茶苦茶焦った。告白をOKしてしまったんじゃないかと思って慌てて訂正しようと思ったり、それは自意識過剰でここで訂正してしまうと『友達もダメです』と受け取られて悲しませるのじゃないかと頭の中で色んな考えがグルグルと駆け巡り訳が分からなくなってしまった。
「・・・良かったァ~。」
と言うとチトセ先輩はその場に座り込んでしまうんじゃないかと言わんばかりに脱力している様子で歩みを止めてしまっている。その表情も今にも泣きだしそうだった。
ボクも歩みを止めて先輩の方に近寄る。でも、なんて言葉をかけていいか分からないからボクは只々立ち尽くしてしまう。
空気の抜けた風船のように脱力していたかと思うと今度は急にパンパンに空気の入った風船のようにシャキッとすると両手の拳にグッと力を込めてガッツポーズのような恰好をすると、
「今度はわたしがリム君を助けるね!学校でも部活でも病気の事も!!!」
そう言う彼女の顔は清々しく満面の笑みで輝いていた。ほんの少しボクの心が動いたような気がした。99.9999999999%のフッ化水素の純度のような比率の女性への恐怖心の中に0.0000000001%のトキメキが生まれたような気がする。でも、まだその感情はパンドラの箱に残された最後の『希望』のように箱の奥底から出られないでいるようだ。
しかし、そんな微かな希望もボクが彼女に笑顔を返せるくらいの変化を生み出したのだ。自分の変化に自分自身戸惑いつつもこの場はこの方がいいと客観的な思考から流れに身を任せることにした。
つづく。
今回もご覧いただきありがとうございました。今回登場したチエ先輩とチトセ先輩にはモデルがいます。自分が小学生のころ習っていた空手で3つ上のお姉さん二人です。この二人によく可愛がられていたのを覚えています。ちなみに自分語りですがチエ先輩のモデルになったお姉さんに羽交い締めされチトセ先輩のモデルになったお姉さんにファーストキスを奪われました。当時10歳です。びっくりして泣きましたwww




