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「ズルい……」
散々ディオンと言い合いをした後、レフの口から出た言葉はそんな子供染みた言葉だった。
「ディオンは、ズルいよ!」
少し声を荒げて言うと、ディオンは顔を顰めた。
「……俺の何処が、狡いんだよ」
「全部だよ!何もかもズルい‼︎」
ズルい、ズルい、ズルいと言い続けていると、ディオンとルベルトからの呆れた視線が刺さる。
だが、それ以外の言葉なんて思いつかない。事実、昔からディオンがズルいと感じていた。
「ねぇ、何で?ディオンは何でも持ってる癖に、何にも執着しない。まるでどれも自分には必要ないとでも言う様にさ。見ていて腹立つんだよ!何時も周りと一線を引いて、冷めた目で蔑む様に見ているよね。自分とは格が違うと莫迦にしてるんだよね⁉︎」
苛々する。一度話し出したら、もう止まらなかった。ディオンは、無表情で黙ってただこちらを眺めていた。相変わらず何を考えているのか、分からない。それがまた、腹立たしくて仕方がない。
「まあ、そうだよね。ディオンはさ、侯爵家嫡男で、今では最年少で侯爵位を継いで、それでいて最年少で黒騎士団長だもんね。凄いよね!本当にさ!格が違うって見せつけられているみたいで、苛々するんだよ!同じ侯爵家の生まれでも、三男で後を継ぐ所か兄達と比べ落ちこぼれの僕とは、全然違う……」
物心ついた時には、優秀な兄二人と比較される生活だった。記憶にはないが、それは生まれた瞬間から始まっていた。
侍従達が話しているのを聞いた事がある。レフが生まれた時、父や母は喜ぶ以前に、顔立ちについて容姿端麗の兄達と比べて鼻が低い、顔立ちが悪と評価を下していたと。
その後も事あるごとに、言葉遅い、立つのが歩くのが遅い……それは成長すればする程酷くなり、兄達に比べて頭の出来が悪い、容姿が悪いなどと比較された。
その影響か、レフは幼い頃は大人しく引っ込み思案な性格だった。両親には無論兄達にも逆らえず、何時も言われるがままだった。両親や兄達からの、あの蔑む目が怖かった……侍従達からの哀れむ目が嫌だった。
いつか大きくなったら屋敷を出て、自由気ままに生きたい、いつからかそう願う様になった。そしてそれは意外にも早く訪れる事になる。
その日は、両親の知人が屋敷を訪ねてきていた。たまたま聞こえた会話から、騎士団という単語を拾い上げ、興味を引いた。
正直、レフは頭が余り良くない。それは自覚していた。だが、武術はそれよりは多少はマシだ。実は兄達二人は、頭は良いが武術などはからきしダメだった。
騎士団に入って出世出来れば、両親や兄達を見返す事が出来るのではないか……いつか、認めて貰えて家族の輪に入れる日が来るかもしれない。そんな淡い期待を抱いた。
善は急げと考えたレフは、直ぐに手続きを済ませ入隊した。この時、レフは八歳だった。
両親から反対されるかも知れないと思ったものの杞憂に終わった。騎士団に入りたいと伝えた時、まるで関心を示してくれず「勝手にしなさい」「ロロット家の家名に泥を塗る事だけはしてくれるなよ」それだけだった。
黒騎士団に入隊してからは、生活は一変した。誰も自分の事を莫迦にしたり蔑む人間はいない。それどころか、程なくしてレフは年少組の中で一番の実力者となった。生まれて初めて自分に自信を持ち誇った。
だが、それも直ぐに終わりを迎える。レフが入隊してから暫くして、ディオンが入隊して来たのだ。
ディオンは明らかに別格だった。
それは初めて彼と剣を合わせた時、思い知る事になった。息が詰まるほどの気迫に、息苦しさを感じた。情けないが、腰が引けた。自分の意に反して、手が震えた。練習用の木剣で、別に斬られて死ぬ事などない。そう分かっているのに、立ち向かうのが怖くて仕方がなかった。
そしてレフは、何も出来ないまま、負けた……。
それから彼はあっという間に最年少の実力者となり、その数年後には騎士団の上層へと上り詰めた。ディオンは完璧だった。侯爵家嫡男で、頭脳明晰、眉目秀麗、剣術も文句の付け所がなく、全てにおいて完璧で非の打ち所がない。
そんなディオンが赦せなくて、赦せなくて……ただ、羨ましかった。
正直、勝てないと思った。ズルいと思った。歳だって、たった一歳しか違わない。同じ侯爵家の生まれなのに、どうしてこんなに違うのか。
悔しくて、ディオンに付き纏い、鬱憤を晴らす様になった……八つ当たりだと分かっていた。だが、レフにはそうするしか出来なかった。
苦しくて、辛過ぎて、誰にも言えない、分かって貰えない……何処かに当たらないとおかしくなりそうだったから……。




