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湯浴みを済ませ、化粧を施す。ドレスを着て、髪を結う。装飾品で身を飾り、香水で纏い準備は終わる。
「リディア様……。良くお似合いです。まるで物語に出てくる姫君の様です」
お世辞ではないのが、ハンナの様子から伺えた。目を見張り感嘆の声を上げている。
このドレスは、母のドレスをリディアに合うように仕立て直した物だ。リディアは、母より小柄で、残念ながら胸もない。故にそのまま着る事が出来なかったのだ。
ずっと着る機会も、着る勇気も無かった。リディアには不釣り合いな大人の雰囲気を感じさせる柄や形。とても着こなせる自信などなかった。
「ありがとう、ハンナ」
だが、今夜はこのドレスで舞踏会へ行くと決めた。母が見守ってくれている様に感じる……少しだけ強くなれる気がした。
大広間の大きく重量のある扉が開く僅かな間が、長く感じた。
リディアは、息を整え前を見据えると、ドレスの裾を上げ優雅に歩き出す。
騒がしい広間は瞬間静まり返った。だが直ぐに、ひそひそと囁く声が聞こえてきた。誰もがリディアを見ている。無論その目は、好意的なものではない。
歩む足が少し震えた。だが、止まる事はしなかった。リディアは広間の奥にいる国王や王妃の元へと向かう。無論挨拶をする為だ。
「あら、リディア様。ご機嫌よう」
甲高い耳障りな声に、リディアは足を止めた。何時かの夜会の時、ディオンと一緒にいた女性だった。あの夜の様に、胸元の大きく開いたドレスを着ていた。自信に満ちた笑みを浮かべている。
「ご機嫌よう」
リディアも怯む事なく、笑みを浮かべ挨拶を返した。
「で、申し訳ないのですが、何方様ですか」
嫌味に聞こえるかも知れないが、実際リディアは彼女が何処の誰かなど知らない。だがリディアの言葉が癇に障った様で、睨まれた。
「嫌ですわ~。お忘れですか?私はディオン様の将来の妻なんですよ。一応貴女の義姉となると言うに、その様な物言いは感心致しませんわ」
心臓が跳ねる。恐れていた事を言われ、動揺した。信じられないし……信じたくない。
「あぁ、でも。リディア様はディオン様とは血の繋がりはないんでしたね。私がディオン様と結婚しましたら、リディア様はグリエット家とは関係ないのですから出て行って下さいね。だって、本当なら子爵の血筋なのでしょう?それなのに侯爵令嬢なんて……烏滸がましい」
冷淡な声と笑い声が重なる。
何時の間にか彼女の後ろには数人の女性達が立っていた。その女性達は彼女の言葉に反応する様に、くすくすと笑っていた。
「聞きましたよ。リディア様のお母様、未婚のまま貴女を孕って産んだのでしょう。父親は誰か分からない。随分と節操の無い方だったんですね、下品だわ」
リディアは唇を噛んだ。母の事など何一つ知らないこんな人に、悪く言われる謂れはない。
「だから、何だと言うんですか。他人で関係のない貴女に、とやかく言われたくありません。母を侮辱するのはやめて下さい。母がどんな人だったか、娘である私が良く知っています」
女性の爪先から頭までゆっくりとリディアは見遣と鮮やかに笑って見せた。
「少なくとも貴女の様な品の欠片も無い女性ではありませんでした」
その言動に、彼女は一気に顔を真っ赤にさせ、怒りに震える。
「私の何処が品がないって言う訳⁉︎」
「っ……」
女性から身体を勢いよく押されたリディアは床に尻餅をついてしまう。広間は水を打ったように静まり返り、雑談一つ聞こえなくなった。
その時、リディアの背後から軽快な靴音だけが聞こえ、妙に耳に付いた。




