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あの日、シルヴィが自邸に戻ると珍しく先にリュシアンが帰っていた。


『兄さん……』


『シルヴィ、お帰り』


『た、ただいま』


気まずさを感じたシルヴィは不自然に目を逸らしてしまった。だが、リュシアンは特に気にした様子はなく自分の隣に座る様に促して来る。


『丁度食事にしようと思っていたんだ。シルヴィ、一緒に食べようか』


『うん……』


おずおずと隣に腰を下ろす。何時もと変わらず、リュシアンは至って普通に見えた。だが、シルヴィは先程の事が頭から離れない。


実は、城の中庭でリュシアンとリディアが対峙しているのを目撃してしまったのだ。


始めは、兄を応援する気持ちで二人を覗き見ていた。だが、次第に空気も話しの内容も不穏なものになっていき……シルヴィは唖然とした。


それは兄の様子が明らかにおかしいからだ。リュシアンの話していたリディアの兄の話も衝撃的ではあったが、それよりもリュシアンの狂気じみた目や口調、終いにはリディアを妻に迎えるべきだと言い出し、リディアに強引に迫っていった。


あの人は、誰……?


無意識に、身体が小刻みに震えた。

確かに兄であるのに兄ではない。怖くなった。シルヴィは、リディアを助けなくては、そう思ったが足がすくみ動けなかった。そうこうしている内に、マリウスが現れリディアを助けてくれた。


一先ずは胸を撫で下ろしたものの、兄の変貌振りにシルヴィは困惑を隠せずにいた。昔から何時も優しく、他者を気遣い、少し弱気な面もある兄。それは大人になってからも変わらず……それなのに。


初めて見た兄の一面にシルヴィは、恐怖を感じずにはいられなかった。


『あぁそうだ、シルヴィ。今度剣術大会があるんだ』


気まずく感じながらも食事を始めて暫くした時、リュシアンがそう口を開いた。


『剣術大会って、あの毎年開催しているやつでしょう?』


例年白騎士団と黒騎士団合同で剣術大会を開いているらしい。と言うのも、シルヴィは見物にはいった事がない。貴族ならば基本誰でも見物する事は出来るのだが、これまでリュシアンがシルヴィを招待してくれた事は無かった。自発的に行っても良いのだろうが、兄がそれを望んでいないのなら敢えて行く事もないだろうと、そう思っていたのだが……。


『良かったら見に来ないか?』


『え』


誘われるのなんて、初めてだ。驚いてシルヴィは目を見開く。今年に限って一体どういった風の吹き回しだろうか。


『あー、その。リディアを連れて二人でおいで』


リディアと聞いて、身体が無意識にびくりとなった。そう言う事か……。だがあんな現場を見せられた後で、素直に大切な友人であるリディアを連れて行くのは躊躇われる。公然の場でリュシアンがリディアに何か危害を及ぼす事はしないとは思う。だが、きっとリディアに嫌な思いをさせてしまう。

何か適当な理由を付けて断ろうかと、悩む。


『情けない話しなんだが……実はこれまで私は、万年2位だったんだ。だが今回こそは必ず優勝して見せる。その雄姿をリディアに見届けて欲しい。それに彼女が見守ってくれていたら頑張れる気がするんだ』


リュシアンの必死さに押され、シルヴィは言い淀む。その様子は何時もと然程変わりなく見えた。眉根を寄せ気弱に笑っている。優しくて真面目で、少しだけ情けない兄。


何時もの、兄だ。


まるで先程の兄が嘘みたいだ。やはり、あれは何かの間違いだったのだ。


きっと兄は疲れていて、中々進展出来ない焦りもありあんな風になってしまっただけ……きっと、そうに違いない。あれは間違い。あれは違う。


そうでないと、だってあんな……。


シルヴィは無理矢理そう思い込み、一人納得をする。


兄さんは疲れていただけ。兄さんはあんな人じゃない。兄さんはただ、リディアちゃんを案じているだけ。兄さんは……兄さんは……。


シルヴィはリュシアンをチラリと見遣る。目が合った兄は優しく笑む。


やはり、何時もの兄だ。安堵しシルヴィもまた笑みを浮かべた。そして、リュシアンの言葉に頷く。



『分かったわ。リディアちゃんの事、誘ってみるわね』





次の日シルヴィは城の廊下を歩いていた。


昨夜、あれから一人考えた。リュシアンが焦る気持ちは痛い程分かる。自分も人の事は言えない……。それに、リディアに()()されたままでは、兄が余りにも不憫だ。どうにかして誤解を解かなくては……。

その為にここは、剣術大会で活躍する兄の雄姿を見せ好印象を与え、尚且つ信頼を取り戻したいところ。それから、ゆっくり話を聞いて貰えば、きっとリディアは分かってくれる筈だ。



そうは言っても、やはりリディアには率直には言いづらいものがある。そのまま「兄が来て欲しいと言っている」などと言えば、あんな事があった後だ。誤解をしているリディアからは、断られるのは目に見える。

故に何か別の口実が必要になる。


『うわっ⁉︎』


『きゃっ』



考え事をしていたら誰かにぶつかった。それは良く知る人物だった。


『すいませんっ、大丈夫ですか⁉︎』


『ちょっと、ちゃんと前見て歩いてよね』


『す、すいません……シルヴィさん』


自分のことを棚にあげ、そう注意するとフレッドは平謝りしてきた。


『全く本当鈍臭……』


そこまで言ってシルヴィは、フレッドを凝視する。フレッドは困惑した顔で後退った。


『口実が、いるじゃない』


『口実?一体なんの話ですか……』


『フレッド。剣術大会に私達を誘いなさい』


シルヴィは満面の笑みでフレッドを脅迫した。




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