12/鏡の妖精さん①
「あ~やっちゃた」と思う事その1。
短編を書こうとして、軽い長編を書いちゃった時。
バックボーンはひょろひょろなのに、
設定やら伏線やらを肉付けしたらそうなったパターンが多いです(笑)
自粛期間で太った腹まわり同様、
肉付けをつけるのは簡単ですよね(自嘲)
●住宅街/路地裏(夜)
ひどく、自分の呼吸が耳障りだ。
心臓も激しく脈動し、その都度、身体が上下する。
その様子を、自分の膝がせせら笑う。
よくこの状態で、海藤マサキを振り切れたものだ。
「くそっ! どこ行った!? エリコぉー!?」
壁に背中を押し付けて、狭い路地に身を細めるエリコ。
数メートル先の通路には、海藤が血相を変えているだろう。
再度、叫んだ後に声と足音が遠ざかっていく。
「…………ッぷはっ!?」
息を忘れていたようだ。
さっきまで走っていて浅い呼吸だったのにも関わらず、海藤の気配で息を止めていたようだ。
荒れた呼吸を整えるために、深呼吸を繰り返す。
目をつぶり、両足から力が抜けていく。
そして、ぺたりと壁づたいに尻もちをついた。
「……ぁ……せっかく買ったばかりのパンツなのに……」
と、遅れた反応。
膝を抱えた自分が座っている事に後悔する。
思考を切り替えて、もう1度、深呼吸。
まずは助けを呼ぼう。
「ぁれ、バッグ…………あぁよかった」
足元に落ちていたバッグを這いつくばって手に取る。
幸運だ。
海藤の手を振り払った時、落としたかと思った。
「スマフォ……スマフォ……」
なんとか海藤の手を振り払ったものの。
エリコとシュンの間に海藤が立っていた。
そのため、シュンからも逃げるように路地に逃げ込んでしまったのだ。
それから無我夢中で走った事しか覚えていない。
「シュン。早く出て、ねぇシュンってば」
興奮のあまり、携帯を上下に振る。
『菊池シュン』と映った画面。
呼び出し音が長く感じる。
『――お、大峰ッ! 無事かッ? 今、どこだ!?』
「シュンッ!?」
と、一気に安堵の感情が押し寄せる。
知らずに涙が頬を伝う。
「わ、わからない! でも、た、たぶん3丁目のあたりだと思うけど! 私達の大学みたいのが見えるからッ!」
『3丁目ッ!? そっちかッ!? わかった、今から行くからなッ!?』
エリコ、狭い路地から見渡せる最大限の目印を伝える。
どうやらシュンは、人が多い繁華街方面に向かっていたらしい。
最寄り駅や繁華街は、1丁目。
さきほど襲われた場所は、2丁目。
逃げ惑う最中、Uターンをして大学方面の3丁目に戻ってしまったのか。
「シュン、待って! 電話切らないでッ! ずっとこうしてて、お願いッ!」
『……わかった。このままにしてるけど、少しだけ無言になるからな。気にするなよ』
×××× ×××× ××××
携帯の画面には『菊池シュン』。
加えて通話時間が忙しなく、動く。
時間の流れが妙に長い。
秒は正確無比な働き者だが、今となってノロマな亀に見える。
シュンとの通話時間が、まだ5分も経っていない。
だが、次第に耳元の携帯から漏れる声に落ち着きが出てくる。
「シュン。ごめんね」
『あッ? な、何が、だよッ!?』
と、向こうの声は逆に途切れがちだ。
走り回っているせいか、息が上がっている。
「変な事に巻き込んじゃって。きっと今日の喫茶店で相談した事で焚きつけちゃったんだと思う」
『アホ!? いっただろ、お前は、悪くないってッ! っ、これ以上謝ったら本気で、キレる、ぞ!?』
「私って秘密を隠すの下手だ、ホント。すぐバレちゃう。ストーカーにぎゃふんといわせようとした途端にコレだもん」
エリコのそれは、吐露に近い。
独り言のように、ぽろぽろと言葉が零れ落ちていく。
「息まいてたのに、実際に本人が出てきたら逃げちゃってさ。まだ足がすくんで立てないんだもん。笑っちゃうよね」
ダサいなぁ私って、と苦笑する。
『ダサいわけねぇだろ』
「え?」
『自分に悪意をッ、向けてくるヤツと会ったら、怖いのはあったり前! でもッ、お前は誰かのために、ッ、頑張ってる! それのどこが! ダサいんだよッ!?』
「……シュン……」
「――み~つけった♪ エ~リ~コちゃん♪♪」
「ッ!?」
視線の先には、海藤マサキ。
残念ながら、電話しているシュンではなかった。
三日月の笑顔をしつつ、にじりよる。
右手には、いつの間にかナイフが握られている。
一歩、また一歩。
近づく事で恐怖するエリコの顔を味わうかのように、エリコの元へ足を進める。
「やぁあぁあああああッ!! こないでぇえ!!」
不意に落としてしまった携帯。
唯一、菊池シュンと繋がるそれ。
『おい! 大峰ッ!? だいじょ――』
海藤、無情にも携帯を踏みしめる。
さらに吊り上がる口元。
「あぁいいねぇ、その顔。いいねぇ」
異様に膨張した股間。
空手の左が、ズボンの中に潜り込んでいる。
這う蛇が中にいるかのように、黒のズボンが内部から暴れる。
「ひッ!?」
無駄な足掻きだと知りながらも、後ずさる。
バッグが落ち、中身が飛び出した。
「さぁ今日はずっと外にいて疲れたろ? 一緒に帰ろう。やっと君にボクの部屋へ招けるから楽しみだよ!!」
「いや! いや!」
海藤、毛深い左手をズボンから抜く。
すえた臭いが鼻につく。
いや、栗の花の臭いともいうべきか。
エリコ自身、想像したくない。
言葉にもしたくない。
「さぁ早く行こう! また悪い害虫がたかる前に!!」
と、差し出される左手。
薄暗い路地裏でも、はっきりとわかる。
手のひらには、こびりついた白濁。
その手がゆっくりとエリコの顔に――
『あらあら、面白そうだから静観してたけど……私の前でシュンちゃんを侮辱した事は見逃せないわね……』
読了、ありがとうございます。
設定が先走った内容になりますが、今作は簡単にまとめていきたいと思います。
生暖かく見守っていてください。




