8.ロトへの誘惑
その後のカナ子は再就職先もバイト先も探さず、一人暮らしをいいことに、PC版の某オンラインRPGに入り浸りになった。親には一応職を探しているとは伝えているが、それは嘘である。
昼に目覚めてブランチを食べながらプレイし、気がつけば夜中。
家で炊事なんか面倒。コンビニが冷蔵庫代わり。毎日が日曜日という曜日感覚のない生活に、後ろめたさはもうない。
例の仏花は枯れたので捨てた。その時は頭痛がしなかったのでホッとする。
四六時中ネットにつないでいるので、仲間も増えた。頻繁に彼らとチャットで語り合う。
はしゃいだり愚痴ったり。それが心底楽しかった。
ネト充生活を満喫。そんな毎日がこの上なく愉快。
彼女は、RPGでは回復魔法を扱う魔女「キリ子」を演じていた。可愛い魔女っ子のアバターでスキルも高く、ゲームの中では広く知られていた。
ある時、いつものようにチャットで盛り上がっていると、誰かがゲームの内容ではなくリアルな生活の話題を振ったものだから、次第に話がそちらへシフトしていった。
こうなってくると、ちょっと後ろめたい気持ちが首をもたげてくるのでイヤなのだが、一応は付き合う。
話は蓄財方法に発展した。参加したくない話題なので無視していると、突然話を振られた。
『キリちゃん、実は、ガッツリ貯めてる系?』
カナ子は「はうう」と嘆息を漏らしながらキーを打ち込む。
『全然。貯金、ヤバし』
『なら、一発当てなよ』
『株?』
『いや』
『FX?』
『でもない』
『仮想通貨!?』
『ロト』
『あれって、買っても当たらないっしょ?』
『そゆけど、買わんと当たらんよ』
そもそも、宝くじは、買って損する人が大勢いるから成り立っているのであって、それにのめり込むと大損するのは目に見えている。
いくらつぎ込んでも外れる確率が一様なので、100倍つぎ込めばハズレも100倍に増える。300円に対して期待値が30円なら、3万円つぎ込んで3000円。つまり、2万7千円損するのだ。
でも、彼女は貯金が減っていることと無収入であること、つまりインがゼロでアウトがゼロではないことが気になり始めていたので、『一発当てなよ』の言葉が心に刺さり、次第にロトへ気持ちが傾いていった。