7.消えた記憶
翌日、昼過ぎに起きてリビングに現れたカナ子は大あくびをすると、ダイニングテーブルの上に置かれた花瓶の花と付箋が目に止まって目を見開いた。
「あれ? 誰が花を置いていったの? それに、何、この付箋?」
カナ子は昨夜の出来事を思い出そうとしたが、送別会の終盤から後の記憶が欠落していることがわかった。読者の皆様がご存じの帰り際に小さな花束をもらったところからフルールが煙のように消えたところまで、彼女は何も覚えていないのである。
「飲み過ぎて記憶が飛んだのかしら? 家まで送ってもらったとか? その人がこの花束を置いていったとか?」
この後、彼女はゴミ箱に花束が捨てられているのを見つけたが、細長い花瓶に入らない花を包み紙ごと誰かが捨てたのだろうと思った。
「もったいない」
そうつぶやきながら、千切れたメッセージカードには目もくれないで、コンビニのゴミ袋にゴミを移した後、持ち手で袋を固く縛った。
こんなことをしたのは誰だろうと推測しながら頭をボリボリ掻いたが、部長はあり得ず、住所を知っていそうな上司やお局ならゾッとする。
「今さら、あの人たちと連絡取りたくないし。……ま、礼は言わなくていいか」
居酒屋で無視したことを悪いと思った誰かが、ベロンベロンに酔った自分をマンションの自室まで送ってくれて花まで置いていった。彼女は、そう結論づけた。
「それにしても、これ、仏花じゃない? 嫌み?」
退職に仏花なんて縁起でもないと衝動的に花を捨てたくなったが、急に頭痛がしてきた。再度花に手を伸ばすと頭痛がひどくなるので、気味が悪くなり処分を諦めた。
それから、彼女は付箋をパラパラとめくりながらフンと鼻で笑う。
「この付箋に何か書き置きをしようと思って忘れたのよね、きっと。ドジよねぇ」