5.実在する妖精
カナ子が歩くと、幼女はジッと目で追ってくる。炎のように燃える目がこちらを見ているので、悪寒が背筋を走り、腕の肌が粟立つ。
(足の生えたお化け? 物の怪? 何なのかしら?)
部屋を出ようとする時も横目で睨む。ちょっとどいてくれればいいのに、ドアの半分を体で塞いでいる。
なので、すれ違いざまにわざと体をぶつけてどいてアピールをしたら、左手の甲が幼女の上腕に触れ、人とは思えない氷のような冷たさにゾッとした。
実体があるから、幽霊とか物の怪ではなさそう。となると、何なのか?
考えを巡らすカナ子は、ゴミ箱のそばに立ってから一度振り向いた。
幼女は体ごと振り返ってこちらを見ている。
はぁーと息を吐いたカナ子が拾い上げた花束は、色とりどりの花の茎が全て折れていた。渡されたときと同じ匂いを漂わせる花たちだが、花弁も千切れてガックリとうなだれ、無残な姿を見せる。
この痛々しい姿を見れば見るほど、自分の衝動的な行動に罪悪感が募ってきた。パワハラ上司への怒りを花にぶつけた自分が愚かしい。
右手に花を持ち、花を引っ張り上げた時に散らばったメッセージカードの破片を左手で拾ってゴミ箱に戻していると、背後から幼女が名乗りを上げた。
「私は、フルール。あなた達の世界では、妖精と呼ばれている存在」
いきなりの幼女の言葉を聞いて、カナ子は心臓がビクンと跳ねた。フルールって、フランス語で「花」だからだ。
なぜ妖精が現れたのかがわかったカナ子は、反射的にフルールの方へ振り向くと、怒りに燃えるような顔のフルールはドアノブから手を離して音もなく近づいてきた。
「見てご覧なさい。罪もないのに残酷な仕打ちを受けた花たちの姿を」
「ご、ごめんなさい」
「謝って済むことかしら?」
「とにかく、ごめんなさい。酔っていて、つい」
「そういう言い訳、聞くに堪えないわ」
「平にご勘弁くださいまし!」
「許さないわよ」
「この通り……」
カナ子は、花を手にしたまま額を床に付けるほどの土下座をした。それを見たフルールは、ハーッと可愛いため息を吐いた。
「ちょっと聞いていいでしょうか」
ほんの少し顔を上げたカナ子は、目を上に向けてそう言った。
「何?」
「あなたは、もしかして花の妖精ですか?」
「そうよ」
――妖精が目の前にいる。
夢ではないことは、先ほど頬をつねって確認した。だとすると、妖精がこの現実世界にいて人間を会話していることを認めざるを得ない。