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間際の魔法

作者: チョコバナナチップス

この街には夜がいる

噂が噂を呼び尾ひれがついた与太話

信じる人は誰もいない


彼はどこでもやって来る

彼は月のように淡く輝いている

彼はあの世からの使い

彼は幼子の姿をしている


嘘か真か

会った人のみぞ知る事実











「本当に開いてる」


廃墟ビルの非常階段の柵を乗り越えひたすら駆け上り辿り着いた13階。廊下に忍び込み数段上がり屋上へのドアノブを回せば抵抗することなくすんなりと外へ出られた


ネット掲示板で聞いた通り都市部に関しては管理が杜撰なようだ。そのおかげで入れたけど反面危ないじゃないかと思う


時刻を確かめるため携帯を見ると23時47分を示していた


腰の高さほどしかない鉄柵へ近づくと冷たい風が熱い息を拐っていく。カーディガンを着てくるか迷ったけど置いてきて良かった

風が気持ちいい


『私片瀬さん嫌いなんだよね。ほら好きなもの幼稚じゃん?』

『分かる、見てる番組も子どもっぽいよねー』


うるさい


『えー誰この人』

『知らなーい。同じクラスに居た気がする』

『泣いてんじゃん、きも』

『キャハハハ』


黙れ


『えっ?この曲知らないの?ミリオンヒットしたんだけど、世間知らず』

『見てみあいつほら、ウケる』


嗚呼、もう!


死ぬ間際までこれが聞こえるのか

ゴウゴウ吹く風の音に混じって聞こえてくる陰口に頭が痛くなる


決別するために来たのに、これでは変わらないじゃないか


ため息は拐っていくくせにこの忌々しい幻聴は持っていってくれないなんて。やっぱり神様は私に意地悪だ。少しも私に優しくしてくれたことなんてないんだから…1回だけあったっけ

子どもの時に一生のお願いを聞いてもらったけど今思えば勿体ない気もする

それから聞き入れられたことなんてないから今更嘆いても意味はないのだけれど


「わっ!?、メール……」


突然響いた味気のない着信音にビックリしてしまった。人生最後になるであろう受信メールを確認すれば贔屓のネット通販サイトが10%OFFを知らせてくれただけだった


ろくに友だち作らなかったもんな

作れなかったとも言うけどどうでもいい


最後の最後まで義務的で事務的なメール。私らしくて最高に面白いじゃないか

コンクリートを蹴り鉄柵を跨ぎ正義への一線を越えた


おぉ、なんとも開放的な気分だ。これが何にも縛られない正しく自由と言うのかもしれない。あの映画みたく両手を広げ全身で風を感じれば、チカチカしたネオンも天国への階段のライトアップのように思える


綺麗だ…


自分だけが見ている景色。最期の贅沢。これくらいは神様も許してくれるらしい


嗚呼神様あなた様がお許しにならなかったこの命を投げ出し忌み嫌われた魂をお返しいたします。返品不可で


そういえば結局噂は噂だったな

彼が真夜中ここに現れるってのは嘘だったみたいだ


「のっけから信じてないけど」


「何を?」


「夜」


「よる?」


「そう、深夜にこのビルの屋上にいれば会えるって噂」


「会ってどうしたかったの」


「別に用はないけど」


もし会ったら一生自死が許されない。なんて口約束以下のネット上でのやり取りだ。守る義務もないけど破る意義もない


「ふぅん。つまんないの」


あれ、私誰と話して…


声がした隣を見てみると少女が屋上の縁に腰かけていた。ブロンドの長い髪に茶色の瞳に白装束。幼い顔の中に大人びた雰囲気を持っていた


「幽霊みたい。あなた誰?」


「たぶん、よる。皆そういうよ」


「夜…、そっかそうか。嗚呼最悪だ」


「ひどいこと言うんだね」


彼じゃなくて彼女だし何故私の目の前に現れたのか。いや、でも約束を守らなければ良い話でネットの向こう側の人との約束を守る義理もないのだから


「どうしてそんな事いうの?」


「死ねなくなったから」


「会ったからしねないの?」


「そう」


「そっか、ごめんね。でもそう言ってくれたのあなたが初めて。みんなそのまま死のうとするんだもん」


少し口角を上げ嬉しそうに笑う夜に毒気が抜かれてしまった。もうここに用はなくなったのだから彼女と話してみてもいいかもしれない

夜にならい腰をかけるとまた花が咲くように笑うのだった


「ねぇ、皆って誰?」


「あなたみたいにここに来た人。みんなね、目が虚ろで空を飛びたがるの」


飛べないのにね、と悲しそうに目を伏せる彼女がどうしてそう思うのか疑問に思い質問を重ねる


「だってよるがいきたかった時間をいきてるのに、しんじゃうなんてムカつく」


「ムカつく、から?」


あっけらかんと言い放つ夜の真っ直ぐな瞳からは微塵も嘘の気配が見受けられない。そんな稚拙な理由で…まあ子どもか。ううん、随分と身勝手でわがままだ


「みんな好きなことできるんだもん。ズルい」


その思いは分かる。羨望にも似た嫉妬は誰しもが見知らぬ誰かへと持っているものだろう。少なくとも私はそうだ


だからここへ来た人皆へ夜なりのわがままをぶつけ呪いをかけるのだという

自分から死ぬことができない呪いを

今まで失敗したことがないんだよ、と誇らしげに胸を張る彼女は噂通り本当に神の使いなのかもしれない。どうやって人の生死をしっているのやら


「あなたにも呪いをかけてあげる」


″生きて″


たった三文字。されど三文字


屋上に来たときからずっと当たっていた風よりも強く私に衝撃を与えた。どうして胸に刺さるのだろう。どうして涙が溢れてくるのだろう

思えば死にたいと口癖のように繰り返す私に人は「死ぬな」と否定の言葉しかかけてこなかった

だからこそ余計に生を望む言葉に心が揺さぶられた


「酷い…言葉を言うんだね」


かろうじて絞り出した言葉は夜に届くことはなく夜空へ消えていった











後日、夜と出会った廃墟ビルが取り壊される事が決定したとニュースで見た。元々管理人は人が出入りしていたことは知っていたけど実害がなかったから放っておいたらしい

けど、動画の再生数を稼ごうとそのビルで火薬を使った撮影をしたグループが居たとの通報を受け撤去に踏み切ったのだそう


壊すに当たって一台の携帯が警察に忘れ物として届けられたそうだが、持ち主は現れなかったと一緒に報道されていた


軽くなった体を伸ばし夜が明けた外へ一歩踏み出す

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