03 聖女の魔法(3)~ファンタジーの世界
確実に適性があるのは火魔法だが、失敗すると危ないからと用意されたのは、コップに半分ほど入った水。
「この水を増やしてください」
「!?ど、どうやって!??」
「今からご説明しますね。魔法を使うには体内にある魔質を使いこなせなければなりません」
体内の魔質を感知し、指向性を持たせた上で魔穴から放出する。これが基本だという。
「まけつ……とはなんですの?」
「全身にくまなくあるとされている、体内の魔質を放出するための出入り口です」
「でも今まで見た魔法は、指先から出ていましたよ」
「指先が基本ですね。目でも見やすいですし、指で形を補正しやすいでしょう?実際に指で補正できる訳ではありませんが、想像しやすいので、指向性を持たせやすいのです」
なるほど、と頷く。体内の魔質は感知できそうですか?と問われたので、こちらも頷いておく。
「あ!あの……ずっと前に、体内の魔力……魔質?を動かそうとして、猫のベラに威嚇されたことがあったんですが……その、本当に大丈夫でしょうか?あの、先生を疑っているわけではなくてですね!ベラは普段大人しい子なので、えっと……」
「大丈夫ですよ、気にしていません。動物はそういうのに敏感ですからね。……でも、威嚇ですか……。ちなみにどうやって動かそうとされましたか?」
「右胸の辺りに魔質の塊がありますよね……?そこをこう、心臓みたいにどきどきさせてみようかと……」
「……それは、……死ななくて良かったですね、本当に。……魔穴が開く前、芽吹き式の前のお話しでしょう?正直芽吹き式を終えていたとしても、その方法で魔質を流そうとしたら破裂してしまう方もいらっしゃるんじゃないでしょうか」
「!?」
何そのスプラッター……え、破裂?
「よくて全身の魔穴という魔穴から流血でしょうか。それを考えたら魔穴を開く前でよかったのかもしれませんね」
いやいや、にこにこ笑っていますけど、そうだったんですか!?えっ先生!??
「も、もうしません……」
「それが良いでしょう。でもそこまで魔質を感知できているなら、魔質が全身に既に行き渡っていることもご存知なのでしょう?少しずつ、上から下に流すように、川の流れのように魔穴から放出するのです」
命の危機だったことにこっちはひやひやしているのに、先生は笑顔のまま平然と授業を続ける。そうされたら私だって引きずってもいられないし、先生の指示に従ってイメージしてみる。
「あ、なんか出そうです!」
「ええ、いい感じです。では、魔質に指向性を持たせてみましょう。どのような温度、どのような湿度にするのか、できる限り細かく想像してください」
温度?んー……既にコップに入っているのと同じぐらいがいいわよね。気温より少し冷たいぐらいかな?15度ぐらいかしら?湿度は水なんだから100%でしょう!
さあ、どうだ!?
ぐぐーっと力を入れていると、指先からチャポン、と雫が滴り落ちた。
あ、汗じゃないよね!?水だよね!??
「もう少し力を抜いていいですよ。魔質は流れるように放出してください」
そうだった、流し込まなくても、そこにあるんだった!流れを作ってあげるだけで良いんだった!!
指先からすーっと流れ出ていく感覚がする。と、指先からその分だけ水が流れ出てきた。
「で、できました!」
口に出した途端、集中力が切れたのか水も止まってしまった。
でも、何もないところから水が!私にも魔法が!使えてしまった!!
嬉しくて顔の筋肉が緩んでしまう。魔法の存在を知ってから、ずっとずっと使ってみたかった魔法。やっと、やっと最初の一歩を踏み出したのだ。嬉しくないはずがない。
「おめでとうございます。お嬢様はノエインに優れているのでしょうか」
「ありがとうございます!デイジー……、」
よくわからない単語が含まれているが、とても素敵な笑顔なので褒めてくれているんだと思う。ぱあああっと嬉しい気持ちが広がり、付き添ってくれているデイジーにも感動を共有しようと振り返ろうとした。
「でも、その前にお説教です」
「!?」
が、その感動は先生によって止められた。
どうして芽吹き式の前に魔法を使おうとしているのか、どうやって知ったのか、危険性は考えなかったのか、それはもう滾々と、出会った時から変わらない笑顔でお説教されてしまった。魔法の使用感とか想像でやったらそうなったんですと伝えたら、芽吹き式の前に魔法の知識を与えられない理由をちゃんと考えなさい、と……。
先生、五歳児に対してハードル高くありません!?寧ろ教えられない理由をきちんと説明しない方が悪いと思います!
「教えられてもいないことを想像だけでやってしまう子どもなんて見たことありません。普通は神に熱心に祈るようになるぐらいです」
そこは前世知識があったせいだろうな……とは、思っても言えない。
「上げて落とさなくてもよろしいじゃないですか……」
「魔法を使えるようになる前に叱って、魔法を怖がられても困りますから」
実践を忘れないうちに座学もしましょう、ということで、やや物足りない気はするが早々に部屋へと戻る。っていうかスプラッターは良かったんですか、先生。
「先ほどお嬢様が作ったものは、エネルゲイヤと言います」
「?水ではないの?」
「それも間違いではありませんが、魔質あるいは魔素を変質させて創造されたものは、全てエネルゲイヤなんです。例えば私がこうして作った火の鳥も、風の龍も、エネルゲイヤです」
龍だったんだ!無駄に凝ってたんだなあ……見えないのに、わかるわけがない。
「魔質……というのは先ほど伺いました。体内にあるんですよね。魔素というのは?」
「空気中に存在するプリマ・マテリアのことです。魔質はお嬢様のご認識の通り、体内に存在するプリマ・マテリアです。魔素は誰でも利用できるのですが、制御するのがかなり難しいのです。自身のプリマ・マテリアを呼び水にして制御をするのが一般的ですね」
プリマ・マテリアを変質させることでエネルゲイヤが創造される……。
「つまり、魔法はエネルゲイヤということかしら……?」
「魔法は過程です。プリマ・マテリアに対してエイドスの調整を行い、まあ途中でデュミナスが生成されることも多々ありますが、結果として生成されるものがエネルゲイヤです。魔法を使うというのは、この全ての過程のことを言います」
「!?ちょ、ちょっと待って……新しい単語が出てきたように思うんだけど……エイドス?デュミナス?って何かしら……?」
「エイドスとは、温度や湿度の調整を行うこと……物質に指向性を持たせることです。デュミナスは過程の産物ですね。氷を作る際に水を出してから冷やして凍らせる場合などは、水がデュミナスで氷がエネルゲイヤです」
先生は……口頭でこれだけ説明して、五歳児が理解できると本当に思っているのだろうか。え、試されてる?今日会ったばかりだよね?
先生の変わらない笑顔にイラっとして、板についてきたはずの令嬢スマイルが引きつってくる。
でもなんか、ここで根を上げたら負けな気がする……!
「なるほど……。エネルゲイヤが制御から外れたらどうなるのかしら?」
「そのまま存在します。先ほどお嬢様が作った水も、コップに溜めた分はその後も残っていましたよね?」
「ええ……でも先生の作った火の鳥や土の虎は、消えましたわ」
「エネルゲイヤを、支配下に置いたままにしておいたからです。もし支配から切り離していたら、火の鳥は燃えたまま消火されるまで飛びますし、土の虎も削られるまで駆けまわっていたでしょう」
何それっ怖!そんな怖いもの公爵家で出してたの!??
「支配下に長く置いておくのは練習が必要です。くれぐれもお試しにならないでくださいね」
「ええ」
もちろんです!言われたってやらないわ!
「そういえば……平民も生活の中で魔法を普通に使えるようですけど」
温度とか湿度とか、そんなに細かく考えてエイドスの調整をしているのだろうか?毎回?
というかそこまでしっかり教育する環境あったかな?
「先ほどお水を出していただいたとき、できる限り細かく想像してくださいとお伝えしましたが、実はなんとなくでも、結果をしっかりと想像できていればエネルゲイヤは作れるんです」
「!?」
「ただそれだと魔素を支配下に置くことはまずできませんし、貴族の場合はソフィアできなければ今後の学習過程でも問題が発生する可能性が高いため、難易度はやや高いのですが、最初からきちんとエイドスの調整を行ってエネルゲイヤを作ってもらったのです」
またさらっと新しい単語ぶち込んできたよ……!でも話の流れ的にソフィアっていうのはエイドスの調整をすること、かな?
「将来的にはわたくしのためになる、ということですね。先見の明がおありですのね」
「恐れ入ります」
ほんとこの先生いい性格してるわー……この笑顔、崩してあげたくなっちゃうね!
「魔法の適正……というのはどうなんでしょうか。今までのお話を聞く限り、誕生季と関わりがあるようには思えませんわ。大事なのはソフィアなんですよね?」
「諸説ありますが……私の見解では、神様と魔法は関係ありません」
「!?」
「いえ、これでは語弊がありますね。……確かに天地創造は、神様がプリマ・マテリアをソフィアしたエンテレケイアだと思っています。あ、エンテレケイアというのは完璧なエネルゲイヤ、エイドスの極致によって生成されたもののことです。そのエンテレケイアを創造できる程の神様のお力を分けていただいて、人々は魔法を行使できるようになっているのでしょう。ただ神様のご加護によって使える魔法に差が出るのかというと、そうではないと考えているのです」
「じゃあ……適性はないと?」
「ええ。皆様の思い込みです」
……全方位にケンカ売ってない?大丈夫?この先生大丈夫なのかな??
「あ、でも……だから先生はどれも遜色なく使えたのですね」
「ええ。魔法を使えるかどうかは、物事の本質や性質を見極められるかどうか、理解を深められるかどうかで決まるのです」
「……わたくしもどの属性も使えるようになりたいわ」
「がんばりましょう。ノエインに優れているお嬢様なら、きっとできますよ」
「……その、ノエインって何かしら?初めて聞くのだけど……」
「ああ……ソフィアに優れている……エイドスの調整が上手……うーん……エンテレケイアをより緻密に想像できる……まあ、そんなような方のことを、ノエインに優れているとか、ヌーが強いとかって言うのです」
「そうなんですか!ありがとうございます」
先生に忌憚なく褒めてもらったところで、初めての魔法の授業は終わった。先生が退出し、昼食を食べるために身だしなみを軽く整える。
「デイジー、私も魔法が使えたわ!しかも筋が良いって」
「ええ、見ておりました。素晴らしかったですわ。あとでリリーにもお伝えしましょう。でもお嬢様、魔法の授業中にお言葉が乱れておりましたよ」
「あら……ごめんなさい、興奮して気付かなかったわ」
「お気持ちはわかりますけれど、どんなときでも忘れてはなりませんよ」
「はあい」
怒られてしまった。