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03 聖女の魔法(2)~初めての王都

 街の喧騒が聞こえてくる。ラエルティオスで寝起きしていたのとそう変わらない時間に目覚めたはずだが、王都は既に活気付いていた。使用人たちと朝の挨拶を交わし、久しぶりに一人きりで朝食を取る。移動中にほかの貴族階級の子どもと関わりがあるかと思っていたが、全然なくて肩透かしを食らった。きっと他の子たちも体調が万全ではなかったに違いない。けれどその分、リリーやデイジーといつもより近い距離で接することができたし、食事も旅路という事で一緒に取ることができた。ちなみに二人とも食べ方は文句のつけようがないぐらい奇麗だった。人に教えられるんだから当然か。

 今日は大聖堂で芽吹きの儀が執り行われる。領から持ってきた儀式服をきっちりと着込むが、二度目だからか息苦しさはない。他領の貴族はもちろん他封の貴族たちもいる以上気は抜けないが、領都の芽吹き式よりもすべきことは少ない。手順も確認してあるし、なんとかなるだろう。

 朝9時の鐘に間に合うよう屋敷を離れ、お城のほど近くにあるという大聖堂へ向かう。


「大きなお城ね」

「ええ。建国時に国一番の建築士や大工を集めて作ったそうですよ」


 昨日までも馬車に乗っていたが、やはり街中の舗装された道は良い。


「……大きなお城ね」

「ええ。外観はブーリケ建築ですが、内装はレック様式になっていて華やかと伺っております」


 広い道幅ですれ違う馬車はほとんどないが、たまに追い越し追い越されする馬車がある。目的地は同じなのだろう、片道だけ渋滞しているに違いない。


「……大きなお城ね」

「ええ。全部で1500部屋以上あるとか。使用人の数も千人を超えるんですって」


 窓からのぞく景色が一向に変化しない。綺麗に整えられた庭園とその奥にある横に長いお城が、馬車を追ってきているようだ。日本のイメージで言うなら城というより宮殿の方が近いだろうか。こんな宮殿で生活するだなんて想像がつかない……かと思ったけれど、実は今とそう変わらない……かもしれない。

 いつ変化があるかと窓の外を見ていると、景色が並木道に入って少ししたところで馬車が止まった。デイジーが宮殿とは反対側のカーテンを薄く開けると、聳え立つゴシック建築のような城が目に入る。


「ここからはお一人での移動となります。ゲスクル建築の建物が見えますか?あちらが大聖堂です」


 イリーニ邦は九つある扉のどこから入ればいいだとか、ラエルティオスはイリーニ邦内の前の方の席に座るようにだとか、儀式に際しての注意事項が続く。既に頭に刻み込まれているが確認のために一通り聞き、最後に了承を返して馬車を降りる。優雅さは忘れない。

 白地に赤の差し色で装飾された儀式服を身に纏った子どもたちが、続々と大聖堂へと向かっている。流れに逆らわず足を進めていると、ふと艶やかな黒髪が止まっているのが目に入る。儀式服の装飾や着方からして平民だろうその少年は、遠目からでもそれに似合わない上品な顔立ちをしているのがわかる。あんな子もいるんだな、と思いつつそのまま視線を外し、定められた扉から入って最前列に座る。領都での儀式みたいに、今回も不思議なことがおこるんだろうか?

 隣に座った少女と他愛ない話をしながら待っていると、ポーン、と何かが叩かれた音がし、大聖堂が静まり返った。


「アポルト・ティオテリマのご入場です」


 後方の真ん中にある扉が開き、白地に紫と金銀で装飾を施された服を着たティオテリマがしずしずと入ってきた。あまり振り返って見るのもよろしくないと、祭壇の前まで来てようやく目に入れる。ティオテリマの最高権力者であろう彼は、身分に似合わず年若いようだ。ともすれば衣装とも相まって儚くも見えてしまいそうな金髪を後ろでまとめ、長い前髪は半ばで分けて耳の前で垂らしている。


 ……エルフだ!いや存在しないんだけど!これで耳長かったら完璧にエルフだよ……!!


 前世の映画で見たような外見に、思わず内心で叫ぶ。

 期待を裏切らない美声で神話を語り、ありがたいお話をする。最後にしゃん、と錫杖のようなものを鳴らし、礼をすると彼は退出していった。

 あとは一人ずつ呼ばれた順に指定された個室に入り、終わったら馬車に戻るだけだ。早々に呼ばれた私は隣の少女と再会の約束をし、令嬢らしく個室へと足を運ぶ。

 個室の中は殺風景で、大人の身長ぐらいの高さにあるステンドグラスがはめられた窓と床に敷かれた緻密な柄の絨毯が目につく。白地に橙色の服を着たティオテリマに促され、絨毯の模様に合わせて跪く。ティオテリマが何かぶつぶつ言っているのが聞こえるが、判然としない。と、言葉が切れたタイミングで絨毯からずわっと何かがせりあがってきた。まるで身体をスキャンするかのように透過していき、頭頂まで来ると霧散していった。目を開けずとも、全てが感覚的に伝わってきた。儀式が終わったと直感する。


「今日はなるべく外出しないように」


 まだ身体が馴染んでいないだろうからと言われ、それだけで退出を促される。


 ……王都まで来た割にはあっけなかったな。


 領都での芽吹きの儀まではいかなくとも、もう少し幻想的な儀式なんじゃないかと思っていたが、大聖堂に集まっていた子どもたちの数を考えればしょうがないのなのかもしれない。でも、本当にこれで魔法が使えるようになったのだろうか。期待と不安が綯交ぜになった微妙な気持ちで馬車まで戻り、心なしかぽかぽかする身体に違和を感じながら別宅へと帰宅する。車中でリリーとデイジーに駄目で元々と魔法について聞いてみたが、領に帰ってからです、と案の定一蹴されてしまった。残念。

 別宅の自室の窓から見える街並みは昨日までのお祭り騒ぎは鳴りを潜め、日常生活に戻ってきたようである。といっても普段の王都がわからないため、前日比なのだけれど。それにしても身体がポカポカする。むしろ熱っぽいというか……まだ昼食も食べていないのに、なんだか眠い気もするし。


「お嬢様、体調が優れないのでしたら無理はせずお休みになってくださいませ」

「ありがとう……なんだか眠いの。まだ旅の疲れが残っているのかしら」


 デイジーの心配の声に逆らわず、読んでいた本を閉じてベッドで横になる。もうすぐお昼時なのだろう、窓の外からお肉が焼ける香ばしい匂いがする。それでも睡魔には勝てず、晩夏の生暖かい風を感じながら眠りについた。リリーとデイジーの心配する声が聞こえた気がしたが、もう意識は向けられなかった。




 三日後、ようやく熱がさがった私は衝撃の事実を知る。


「えっ……置いてかれた……!?」

「旦那様からのご指示があったのです。領主一族は儀式後に発熱が長引くことも多くあるから、もし儀式翌日に熱が下がっていなければ領民は先に帰すように、と」


 別に仲の良い子がいたわけじゃないからいいんだけど、それでもなんか教えてほしかったというか!というようなことを伝えたら、そしたら我慢するでしょう、と言われてしまった。


 ……否定できない。だってなんだか寂しいじゃない!帰りならお話しする機会も作れたかもしれないし!

 とはいえ、いないものはしょうがない。いっそ一人の王都を楽しんじゃうしかない!


 原因が儀式によるものと確定しているからか、念のためお休みになっていてくださいと怒られることもなく午後の外出を許してもらえた。もうお祭りは体験できないだろうけれど、普通に王都観光ならできるだろう。リリーもデイジーも王都には詳しくないとかで、別宅付きの使用人におすすめを教えてもらう。何か欲しいものがあるなら商人をお呼びしましょうかと言われたが、それでは領と変わらない。自分の目できちんと王都を見たいのですとかって笑顔でそれっぽく言って誤魔化した。が、結局領の紋章が付いた馬車であまり目立つことをするわけにもいかず、デイジーたちからも念を押され、別宅から王城の南側を通ってぐるっと一周するのみだった。もちろん馬車からは下りなかった。


 せっかく芽吹き式が終わって自由度があがると思ったのに……!領とは街の規模が違ったし見ていて面白くはあったけれど、なんだか釈然としないわ……!確かに馬車から見るだけでも十分はしゃいだような気もするけれど、もっとこう……ウィンドウショッピングみたいな!街中をお散歩みたいな!したかったのに!!


 とはいえ、確かに馬車から下りずとも楽しめたのは間違いない。領都の貴族は基本的に領主の館に住み込みで働いているので、貴族らしい家が多くはない。一方王都は、封主や領主の別宅もあれば王城勤めの貴族の家族が住む家も多くある。基本は白い外観だが、様々なモールディングが施された貴族の家々は華やかでさえあった。


 夕飯を食べ、明日に備えて早めに就寝する。また地獄の一週間が始まると思うと憂鬱だが、領地に帰らねば魔法も教えてもらえないのだから帰るしかない。現状ではほぼ人に投げっぱなしだけれど、下町での炊き出しの様子も気になるし。


「風の神ヒレモシモーナと水の神アニクセルキズモスが見守っていてくださいますように」


 翌朝、王都付きの使用人に見送られて出発する。少し令嬢スマイルがぎこちなくなってしまったようにも思うが、また船に乗ることを思えばやむを得ないと思う。

 船に乗るまではと、行きは見れなかった王都の平民が暮らす街並みや、お兄様がいずれ通うことになるであろうエリート校の上院、関所なんかを興味深く眺める。平民の暮らしもなんだか領より良さそうに見える。上院はお城と見紛うぐらい美しく荘厳だったし、関所も大きくて感動した。ラエルティオスでは街の出入り口にある関所ぐらいしか見たことがなかったから、領境にある大きい関所が余計に新鮮だった。


「デイジー……みず……」

「はい、お嬢様」


 船酔いで動けない中、辛うじてコップを受けとって口に運ぶ。染み渡る水が気持ちい。


「……行きにもやってくれたおまじない、またお願いできる?」


 かしこまりました、とにっこり微笑み、指先で何かを紡ぐ。


「風の神ヒレモシモーナの恵みが齎され、水の神アニクセルキズモスがいち早くいらっしゃいますように」


 少し身体が楽になった気がする。ありがとうとデイジーに返し、また身体を休める。


 おまじないの前後で何が違うのかしら?不思議よねえ……。でも神様の名前を唱えているということは、魔法の一種……?私の体内の魔力に何か影響を与えているのかしら?


 試しに、と体内の魔力のめぐりを意識してみると、ふっと身体が軽くなった。


 !あ、これならだいぶ楽だわ。もう少し慣れたら動けるかも。


「デイジー、風の神ヒレモシモーナと水の神アニクセルキズモスのご加護があったみたい」


 ベッドからふにゃっと笑って伝え、とりあえず今日は寝ることにする。




「今日から魔法の練習よ!」


 芽吹きの儀から戻った翌日、張り切って机に向かう。昨夜は疲れて帰ってきたところにお父様の熱烈な歓迎でめちゃくちゃ大変だったけれど、おかげできちんと魔法について教えてもらえると確約してもらえた。ちょうどお兄様が下院へと発ったところなので、お兄様の先生にそのまま担当してもらえるそうだ。


 そう……発熱で寝込んでいたために、お兄様にいってらっしゃいのご挨拶ができなかったのだ……!無念すぎる……!!はあ……お兄様の制服姿見たかったなあ……。


 お兄様の入学式にはお母様が出席されたそうで、お母様が戻るのは明日らしい。


「お嬢様、気合は素晴らしいのですが、まだ先生がいらっしゃっていません」

「まあなんてこと!先生はここに住まわれているのではないの?」


 コンコン、と軽快なノックの音がした。デイジーに目配せして来訪者を確認し、扉を開けてもらうと、優雅な仕草で一人の男性が入ってきた。


「風の神ヒレモシモーナのお導きを嬉しく思います。僭越ながら魔法を教えさせていただきます、ゼノヴィオスと申します」


 礼とともにさらりと前髪が落ちる。癖のない赤毛は後ろで結われ、長めの前髪が耳の前で揺れる。耳たぶには金色のピアスみたいなものがついていて、窓から入る朝日を反射して光った。白いシャツにモスグリーンのズボンはシンプルだがよく似合う。教師にしてはラフな服装な気がするが、魔法を教える先生はこういうものなのだろうか。


「わたくしも風の神ヒレモシモーナのお導きを嬉しく思います。お顔をあげてくださいませ、貴方はわたくしの師です。……ご教授のほどよろしくお願いいたします」


 にこりと笑った顔は、少しやんちゃな雰囲気が残っていた。年の頃は二十代半ばだろうか。お父様より少し下ぐらいな気がする。切れ長の瞳は深い緑色で、どこまでも吸い込まれそうなその瞳は、活発そうな容貌に反して深い知性を感じさせた。


「では、早速始めましょうか」


 座学から詰めるよりも実践を見てからの方がわかりやすいでしょう、と言って練習場に移り、先生に見本を見せてもらう。


「まずは、火」


 先生の指先にぽっと火が灯る。それが徐々に大きくなり、流れを作り、鳥を模った。尾だけ青みがかっており、とても幻想的だ。それから先生が何か指示を出すと、鳥が火を吹き練習場の的を燃やした。


「次は土」


 手のひらを翳すと地面の土が盛り上がり、今度は虎を模った。虎の分だけ土がへこむのかと思いきや地面はそのままで、その平らな地面を蹴って虎は的へと走っていき、的を切り裂いた。


「風」


 突如強い風が吹き、見えないまま的を砕いた。


「水」


 何もない空間に水の塊が現れ、徐々に大きくなっていく。尾の長い亀のような形になると、のっしのっしと的へ向かい、その尾を振りぬいて的を破壊した。


「……動物の形にするのは何か意味があるのですか?」


 確かに見世物としては面白いけれど、と思いつつ、お兄様もお父様も使用人も、そんなものは作っていなかったように思う。

 そんな反応が返ってくると思わなかった、と苦笑され、お嬢様が興味を持ちやすいかと思ったのです、と説明された。


「大事なのはそれぞれの本質です。組み合わせたり極めたりして応用もできます。……やってみますか?」

「っはい!」

すみません、遅くなりました。

なかなかアリアナが魔法を使ってくれません…。

次も魔法の練習の予定です。

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