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02 三歳と異世界(4)~お勉強の時間

 扱える魔力総量が多くないと、お兄様みたいに気軽にちょこちょことは使えないという。体内にある魔力量は生まれたときからある程度決まっていて、血筋によるところが大きいらしい。扱える魔力総量は気中にある魔力を自分の魔力の支配下に置くことで増やしていくそうで、これは練習あるのみだと言っていた。それでもお兄様やデイジーを見る限り、やはり体内の魔力が多い方が増やしやすいのだろう。

 魔力を操作する方法や魔力総量を伸ばす方法など詳しいところは教えてもらえなかったが、この間つかみかけた何かを思い出そうと体内にある魔力を探る。ただでさえあやふやな感覚だったのに、一度遠退いてしまったせいか戻すのが難しい。


 …………あ、あった。


 どれだけ魔力を探っていたのだろうか。魔力を見つけたので一区切りつけようと目を開けると、太陽が傾き始めていた。ほっとしたようにリリーが動き出し、もうすぐ夕食の準備ができることを伝えてくる。


「今日はお父様もお母様もいらっしゃるかしら」


 せっかく家族と食事をとれるようになったが、マテの日以外に両親がそろうことはない。そのマテの日だって、お父様はいらっしゃらないことが多い。食事の時間を遅くできないか聞いてみたこともあるが、まだ子どもだからダメなのだそうだ。


 ……今日もお父様いらっしゃらなかったわ。……忙しいのね。


 お母様とお兄様と食べる食事も美味しいけれど、やっぱり食事は家族みんなで食べたいと思ってしまう。しょんぼりしながら部屋に戻り、湯浴みを終える。

 タオルドライをしてもらいながらリリーの魔法について聞いてみたところ、リリーは土の神様のご加護があるそうだ。お嬢様やお部屋を汚してしまってはいけないから、と実践はしてもらえなかった。ちなみに火魔法はお父様が得意で少しだけ見せてもらえたが、土魔法はまだ見たことがない。そのうち見せてもらおうと心に決める。




 翌日以降も暇を見てはこっそり魔力を探る練習をする。そのまま何週間か練習していると、体内の魔力をすぐに見つけられるようになった。いつも心臓とは反対側、右胸の辺りにある。誰も教えてくれないから予想だが、最終的にはこれを指先から出すことで魔法が事象として発現するのだと思う。ということは、右胸から指先に魔力を動かさなくてはいけない。

 魔力を探ったあと、今度は意識してその塊を動かしてみた。うっかり指先から魔力を洩らして火が出たら大変なので、細心の注意を払って少しずつ少しずつ動かす。


 ……なかなか動かない。そもそもどういう仕組みなのかしら?やっぱり身体の造りからして地球とは違うのよね?


 右胸から全身に巡るようなイメージをしてみたが、特に感覚に変化はなかった。しかし何度か試すうち、ふと違和感を覚える。右胸以外にも魔力が存在している感じがしたのだ。試しに体内に血管のように魔力が通る管が巡っていることをイメージしてみると、その違和感は鮮明になった。改めて動かしてみなくても、魔力は指先に、腕に、足に、既にあった。

 魔力も血液みたいに、常に体内を循環しているのかもしれない。心臓の鼓動のように、右胸の魔力の塊を拍動させてみる。


「にゃー!」

「きゃっ」

「お嬢様!大丈夫ですか?」


 膝の上でくつろいでいたベラが、急に膝から飛び降りた。一気に部屋の端まで駆け、警戒するようにこちらを見つめている。

 デイジーが駆け付け、私にケガがないことを確認する。大丈夫であることを伝えると、いつも良い子なのにどうしたのでしょう、と戸惑う声が聞こえる。


 もしかして、魔力の流れを感じ取ったのかしら?動物はそういうものに敏感だったりして……?


 細くゆったりと流れていた全身の魔力がぐんっと増えて流れも速くなったような気はしたが、魔力はすぐに右胸に戻っていったのでそこまで危ないとは感じなかった。しかしベラの反応を見て、あとから肝を冷やす。

 地球でも、動物は人間よりも先に自然災害などを察知し、回避行動に移ると聞く。もしかしたらさっきの私の魔力の流し方は、危ないものだったのかもしれない。少なくとも、ベラが危険を感じるようなものだったのだ。

 もう右胸の魔力を押し出すようなことはしないとこっそり誓い、今日の練習は止めることにした。




「お嬢様、問題です。お嬢様は今、1シリーを持っているとします。ストベイスの値段は一粒5コッパ、オージュの値段は一つ3コッパ、アピロの値段は一つ2コッパです。オージュとアピロを同じ数だけ購入し、ストベイスはその倍の数を購入する時、最大でいくつ購入できるでしょうか?またおつりがある場合、それはいくらでしょうか?」


 魔力を動かそうとした日から何日か経った。最近は算数の難易度がかなりあがってきている。口頭で伝えられる問題の要旨をディプティックにメモし、更に計算式を書き込む。

 この国の貨幣は硬貨が三種類で、硬貨によって単位が異なる。銅貨がコッパ、銀貨がシリー、金貨がゴーディである。100コッパが1シリー、100シリーが1ゴーディなので、慣れれば計算は難しくない。平民に流通しているのは主に銅貨で、給与の支払いや大きなものを購入するときには銀貨が用いられるそうだ。金貨は貴族階級や商店同士の取引ぐらいでしか使われないのだとか。

 でもその常識だと、私に身近なのは銀貨と金貨になるのか。貴族すごいな。


「ストベイスを12粒、オージュを6つ、アピロを6ついただくわ。60コッパと18コッパと12コッパを足して90コッパだから、1シリーを出したらおつりは10コッパね!」


 正解です、とリリーがにっこり微笑む。今朝は不寝番からそのままリリーがついてくれている。

 そして私の教育はお父様が決めた通り、興味を持ったことを興味を持ったときに出来るところまでやらせてくれている。日本で高等教育を受けてきた私には、このレベルの数学ならドンとこいだ。歴史とかはあまり進んでいないのだけれど……まあ、ぼちぼち頑張ることにする。そして私は、どんな教科も教えられてしまうリリーとデイジーの有能さにびっくりしている。知らないことなんてないんじゃないだろうか。

ディプティックの表面をきれいに削りつつ、前世で毎年楽しみにしていたテレビ番組を思い出す。


「私もおつかいできるようになるかしら?」

「……残念ながら、お嬢様が硬貨を持つ機会は訪れないかと。基本的にわたくし共が支払いをしますので」


 は、はじめてのおつかいイベントがない、だと……!?


「あ、それでは、そうですね、お店屋さんごっこを致しましょう!お嬢様、わたくしがお店を開きますので、ね、お買い物にいらしてください!ほら、スタイラス一本50コッパです!どなたかいかがですか!??」


 リリーの同情がいたいです……。


 しょんぼりしながら、スタイラスを一本購入した。




 いつも通りの朝食後、いつも通りお勉強の準備を終えたデイジーに話しかける。


「デイジー、お父様に離れをいただけないかお願いしてみようと思うの」


 お勉強を始めて、約三ヶ月が経過した。もうすぐ本格的に寒くなる風の季に入る。


「離れですか……?今のお部屋に何か不備がございましたか?」

「みんなよくやってくれているわ。不満があるわけではないの。……孤児を保護する施設にできないかと思って」


 リリーから話を聞いているのだろう。すっ、と表情が引き締まった。

 お父様は欲しいと言えばやってみればいいと言ってくれそうな気もするが、ここでデイジーを説得できずに運営がうまくいくとは思えない。


「……基本的には修道院に収容されています。お嬢様の出る幕ではないかと」

「基本的に、なのよね。領で把握できない孤児もいると聞いたわ」

「そもそも領で把握できない者は領民ではございません。対応の必要性は極めて低いかと存じます」


 じっと見定めるように見つめるデイジーから目を逸らさず、思いを伝える。

 領の運営方針に異を唱えるつもりはないこと、内政に口を出すつもりではないこと、領民への人気取りのつもりもないし、お兄様に対して下剋上を狙っているわけでもないこと。

 ただ放置していては、ずっと心にしこりが残ってしまうだろうこと。


「ずっと心に引っ掛かっているのは嫌なの」

「お気持ちはわかりました。しかしお嬢様にそのつもりがなくとも、周りからは違う目で見られるかもしれません」

「私の意志ははっきりとしているし、お兄様にもお父様にも封主様にだって明言できるわ」


 そこに嘘はないが、口で何と言ってもあまり意味がないかもしれない、と思ってはいる。

 そんなことはデイジーも承知しているのだろう。少し迷うように視線を巡らせた後、難しい顔をして再度しっかり私と視線を合わせた。


「……もし旦那様から了承を得られたとしても、お嬢様が孤児を連れてきて離れで育てるのは、荷が重いのではありませんか?」


 そもそも孤児はどうやって連れてくるのか。ぱっと見で貧民か孤児かなんて見分けがつくものではない。五歳未満の子どもにどれだけの意思表示が可能なのか。それに貴族の言うことにどれだけ耳を貸すかなんてわからないし、孤児ではない子どもを押し付けられるかもしれない。

 連れてこれたとして、衣食住はどうするのか。政治と切り離すのであれば領庫を圧迫するようなことはあってはならない。人数にもよるがお嬢様の持つお金だけで運営できるとは思えない。

 教育はどの程度施すのか。孤児だって勝手に育つわけではない。世話をする人間が要る。教育する人間が要る。

 成長した後はどうするのか。全てを召し抱えられるわけではない。領主が後見人となれば、旦那様の隠し子と悪意のある噂を立てられたり無用な政争が起きたりするかもしれない。

 覚悟はあるのか。自信はあるのか。計画はあるのか。

 そもそも孤児が保護を望んでいない可能性だってある。


 どんなに実現が難しい理由を並べ立てられても、私の心は決まっている。


「私、その為に勉強を一層頑張ったのよ。いろいろ教えてもらって、たくさん考えたの」


 デイジーの挙げるデメリットに答えていくが、表情は和らがない。瞳に涙がたまり、デイジーの顔がどんどん霞んでいく。

 頬に溢れた涙を指でそっと擦り取られ、眉を寄せたデイジーが口を開いた。


「現在までに大きな問題は起きていませんし、もともと平民の5年生存率は高くありません。わたくし個人としては、現状では賛成いたしかねます」


 風の季を前に何とかして孤児の保護をしたかったが、立ちはだかる壁は、私には高かった。

少し短いですが。

ちなみにデイジーもお嬢様だいすきですよ

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