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02 三歳と異世界(3)~知りたいこと

「デイジー、今日は午後からおでかけしてもいいかしら?」

「かしこまりました。リリーに引き継いでおきます」


 午前中はデイジーが初日に持ってきてくれた本を読み進めながら単語の習得をする。やはり話すのと読むの、読むのと書くのは違うようで、なかなかに難航している。デイジーのように綺麗な文字が書けるようディプティックにスタイラスで書き込んでは消し、書き込んでは消し、目下練習中である。ペンとインクはまだもらえていない。


 ちなみに今日の午後は外出するが、別の日にはお母様とお茶をしたりお兄様と庭を探検したり、それからたまに日向ぼっこをしたりしている。

 自分で言うのもなんだが、貴族らしい優雅な一日を過ごしていると思う。



 昼食を食べ終えたら、家用の少し楽でシンプルなドレスからおでかけ用のドレスに着替える。誰に会うわけでもないけれど、気持ちの問題だ。エントランスで待っている馬車までデイジーと向かい、そこで待っていたリリーと馬車に乗った。

 同乗する護衛は一人で、他の護衛は外を守ってくれている。


 窓を少し開け、外を見ながら馬車に揺られる。何度かおでかけをしているが、今日は初めて領の南東へ行く。どうやら治安が良くないようで、南東の奥までは行かないようにと注意を受けてのおでかけだ。いつもより護衛の数はやや多いが、ダメだと言われない辺り、治安が良くないといってもそこまでではないのだろう。

 ちなみに領の西には河が流れていて、比較的大きな商店や屋敷が並んでいる。また灌漑を行っているのか、北西の川沿いには畑が多くあった。そして南西から南は港町として栄えていて、活気がある町が続いていた。


 リリーと他愛無い話をしながら、一軒辺りの家の大きさが小さくなっていく街並みを眺める。壁や地面も汚れが目立ち、街並みも雑然としてきたように感じる。並び立つ住居に、豪商の住宅街のような清潔感は感じられない。

 ちなみに港町はある程度の清潔感はあったが、魚臭かった……。でも魚のおかげだろう、野良猫もたくさんいて、ゴロゴロしているにゃんこはとっても目の保養になった。


「お嬢様、ここより先は舗装されていません。引き返してよろしいでしょうか?」


 御者台から声がかかる。

 御者台側についている窓のカーテンを開けて前方を確認すると、確かに2頭の馬の数十メートル先からは石畳がなく、土の道になっている。特に石畳の終わりが門のようになっているわけでもなく、突然に石畳が途切れ、踏み固められた土になっているのは奇妙な感じだ。石畳が終わる少し手前からは、家も石造りから木造になっている。


 途中で工事が終わってしまったのかしら?それともこれから工事?


 この先に進んでみたい気持ちはあるが、ここでわがままを言っては御者も護衛もリリーも困るだろう。もう少し自分が大きくなってからまた来ればいい。


「ええ。領民に気を付けて回ってくださいね」


 進行方向のカーテンを開けたまま、椅子に膝立ちをして、馬がゆっくりと方向転換していくのを見つめる。いつも横の窓から見ているから、馬のお尻が揺れるのを見るのは新鮮で面白い。

 動きに合わせてゆらゆらとなびく尻尾をながめていると、ふと暗い小路が斜めに通っているのが見えた。整備された道ではなく、家と家の隙間という感じだ。


「……?」


 何か、いる。太陽の光が家にさえぎられていてその小路は薄暗いが、目を凝らして見つめる。


 野良猫かしら……いや、猫にしては大きいわ……。野良犬……?


 窓をのぞき込みながら、隣に座るリリーに確認してみてもらう。


「あれは……、たぶん、孤児だと思います」

「コジ……、コジ……?」

「親のいない子どもです」


 ああ……、孤児ね。

 って、えっ?いくら孤児だからって、あんな小さい子どもが一人であんなところにいるなんて危ないわ!保護する施設とかはないのかしら?

 というか孤児ならばなおさら、悪い人に捕まってしまうかもしれないじゃない!


「……馬車を止めて!」

「お嬢様、いけません」


 思わず御者台に向かって叫んだが、馬車から降りようと伸ばした腕は、リリーと護衛に制止された。カーテンがさっと引かれ、外の様子が見えなくなる。

 流石に私だって人をほいほい拾おうなんて思っていない。港町に行った時は、鳥に突かれてケガをした子猫だったから保護しただけだ。


「……わかっているわ。港町にいた子猫とは違うし、拾うつもりはないの。……でも、子どもが一人であんなところにいたら危ないでしょう?もう少し人がたくさんいる所に行くように声をかけてくるだけよ」

「人の目があるからと言って安全になるわけではありません。……孤児を気に掛けるような人は滅多にいませんから」

「でも……、あんなところにいたら悪い人に捕まってしまうかもしれないわ」

「どこにいても、悪人が孤児を見つけたら良い事にはならないでしょう。それに孤児の利用価値は高くありませんから、わざわざ捕まえるような面倒なことはまずしません」


 衣食住の面倒を見るほうが大変ですと言われれば、確かにそうだ。

 それでも、あんなところにいたら謂れのない暴力を振るわれるかもしれない。人目につくところであれば……いや、結局人目のないところに連れていかれるだけか。今、移動するように声をかけても意味がない。


「人買いとかがいることは……?」

「……どこでそのようなことをお知りになったのです?……奴隷は禁止されております。もちろん他領であっても、です」

「……孤児を引き取ってくれる所はないの?」

「……領で把握できている孤児で、近隣にも引き取り手がいなければ、修道院で引き取ることはあります。ですが、この場所に一人でいるということは……おそらく領で把握できていない子どもかと」


 ……つまり、戸籍がない?


 というかこの世界でも領民の管理とかしていたのか。税制度とか法律とか領の自治に関する事はまだ教えてもらっていないから、戸籍をどのように管理しているかは知らない。でも、そこから零れてしまう人が少なからずいるということだろう。


「そのような孤児はたくさんいるのかしら?」

「今は戦争もないので、そう多くはいないはずです」


 だからこそ、零れた子どもを拾い上げるシステムもないのかもしれない。……前世を見ると、システムがあっても十分に機能するかどうかは疑問だけれど。


「……あの子が本当に孤児ならば、わたくしが引き取ります」

「なりません。そのようなことは続きません」

「ではあの子はどうなるの?」

「……孤児はあの子ども一人ではありません。下町の人間同士で助け合って生きていきます」


 本当に助け合えているのなら、あのような場所に一人でいるだろうか。

 私が疑問に思っていると、リリーの言葉を肯定するように護衛が言葉を続ける。


「今日まで生きてきているのです。普通の子どもは一人で何日も生きられません。誰かが施しをしているのでしょう」

「その誰かは、わたくしではだめなの?」


 リリーや護衛の返事を聞く前に、馬車の扉がノックされた。護衛がちらりとこちらに目配せをしてから、カーテンを少し開けて外を確認する。ノックしたのは外にいる護衛だったのだろう、細く窓が開けられた。どうやら街の端に馬車が止まっていることで、周囲の領民が集まってきてしまったようだ。何かあったのか住民が不安に思っている、何もないのであれば一度引き返すべきだろう、住民に道は開けてもらえそうか、などと会話しているのが聞こえる。

 目の前にいる小さな子ども一人救えないことが情けなくて、リリーにも護衛にもそんな力はないと言われたような気がして悲しくて、じっと自分のつま先を見つめた。ほとんど土の上を歩いたことがないとわかる、綺麗な靴だ。


「お嬢様、不安になった領民が集まってきています。本日はお屋敷にお戻りいただけませんか?」


 護衛が申し訳なさそうに聞いてくる。

 でも、選択肢なんてない。今の私に二人を説得する力はないのだから。


「……わかったわ」


 揺れるカーテンの隙間から先ほどの小路を探してみたが、既にそこに孤児はいなかった。




 今日の午後は日向ぼっこにしようと思う。デイジーに声をかけて日除けを出してもらい、テラスに置いてある椅子に腰かける。ヨーロッパの庭園のような庭を前に物思いに更ける。三歳児らしからぬ様子だとは思うが、うとうとしながら午前中に習ったことを思い返したり、魔法を使える自分を妄想したり、時折前世のことに思いを馳せたりしてのんびり一人で過ごしている。

 ふと、数日前に見かけた孤児のことを思い出す。実はあの日以降、おでかけする気になれずにいる。


 私にもっと力があったら、助けられたのかな……。

 力……、この世界の力っていうと、権力?知識?……魔法?


 初めて魔法を意識した日を思い返してみる。デイジーは、指先から何かが抜けていくと言っていた。確かに庭師の人たちも指先から魔法を出しているように見えた。


 でもなあんか違和感があるんだよね……。まあ指先から抜けていく何かが魔力だとは思うんだけど、なんだろう……、そう、庭師の人は、身体よりも広い範囲に魔法で水を撒いていた。身体から出すものが、身体よりも大きくなるものなのかしら?魔力を薄めて使っている、とか?でも薄めると、現象も弱まりそうよね。魔法の原理なんてわからないから、そんなことはないのかもしれないけれど。

 ……ちょっと、魔力出してみようかしら。

 んん……でも万が一、予想通り火の神様のご加護が強くて発火騒ぎとかなったら……、あ、そうだ、事象を発現させずに魔力の出し入れだけできないかな?


 指先から、何も変化させずに………………。


 うん、何も出ない!

 うーん……身体に魔力があるのはほぼ間違いないのだから、まずは体内を探ってみるべき……?血の巡りとか意識したことないけど、魔力は意識できるものなのかしら?

 どれどれ……、んん!?何かありそう!??


「お嬢様、先触れがありました。若様がいらっしゃるそうです」

「!……ええ、わかったわ、ありがとうデイジー」


 何か掴めそうな気がしたが、デイジーに声をかけられてその何かが霧散していくのがわかった。しかし魔法の練習をしようとしたなんてデイジーに言えるわけもないので、澄ました顔をしてお兄様の来訪を待つ。


「アリアナ」


 相変わらずの王子様フェイスだが、その目は何かを探すように室内に向けられる。


「ふふ、ベラは今は寝室でお昼寝をしていますわ」

「べ、別にベラと遊ぶ為に来たわけじゃないぞ!アリアナが勉強でわからないところあるんじゃないかなって、ちょっと見てやろうと思ったんだ」

「まあそうでしたの。ありがとうございます、お兄様」


 港町で拾った子猫のベラはケガの治りも順調で、特に人を怖がる様子もなく図太く我が家に馴染んでいる。そうと見せないようになんだかんだと別の理由を付けてはいるけれど、お兄様が会いに来る頻度はぐんと増えた。お兄様はベラに夢中だ。


「何かわからないところはないか?教えてやるぞ」

「そうですわね……、お兄様は魔法が使えるのですよね?」

「もちろんだ。僕は水の季生まれだからな、水魔法が得意だぞ」


 褒められるとすぐ得意気になる。前世の記憶があるせいだろう、年上のお兄様をとても可愛いと思ってしまう。


「魔法を使うってどんな感じですの?」

「楽しいぞ!何もないところから水が出てくるんだ。しかも、温かくしたり冷たくしたりも思いのままなんだ。土の季も続きの月に入って、少し冷える日も出てきただろう?手を洗う時とかに地味に重宝している」


 土の季の続きの月というと、日本で言う十月頃だ。確かに最近、少し肌寒い日がある。後ろに立つデイジーがこっそりと、水温を変えるのは風の神様のご加護と火の神様のご加護も必要で、結構難しいということを教えてくれる。

 魔法のことをいろいろ話しながらお兄様と穏やかにティータイムを過ごしていると、一人の使用人がデイジーに何かを耳打ちした。


「お嬢様、ベラが起きたようですよ。お連れしますか?」


 寝室から、元気いっぱいのベラが駆けてきた。突かれていたわき腹がまだ痛むのだろう、やや傾いてはいるが、駆けれるのだからだいぶ快復した。お兄様はベラを見て目を輝かせている。少しベラと遊んでもいいかと聞かれたので、もちろんOKを出す。お兄様は後ろにいる使用人から小さな毛糸の球を受け取ると、ベラの前に転がした。ベラは転がる毛玉を楽しそうに追いかけ、お兄様はベラをだらしない笑顔で見つめ、私はそんなお兄様を微笑ましく見守る。

 しばらくそうしていたが、デイジーとリリーが交代するタイミングでお兄様に声を掛ける。


「お兄様、魔法で作り出したお水ってとてもキレイなんでしょう?ベラの傷に少しだけかけてくださらない?」


 プラシーボ効果のようなものかもしれないが、魔法で作り出した水には癒しや浄めの効果があると言われている。


「わかった、冷えないようぬるめの湯をかけてやろう」


 使用人がベラを抱き上げ、テラスへと連れていく。ベラのふわふわの長い毛はそこだけ丁寧に剃ってあり、浅くなってきてはいるがまだ痛々しい傷がしっかりと見える。お兄様は丁寧にぬるま湯をかけ、風魔法で水気を乾かしてくれた。


「……そうだアリアナ、最近おでかけしてないんだって?」


 去り際に尋ねられる。なぜか気まずい思いがして、答えを濁してしまった。


「まあ、なんだ……何かあるなら、相談してくれ」

「ありがとうございます」


 私は、上手に笑えただろうか。

港町で拾ったのは、毛足の長いもふもふ子猫です。ベラと名づけられました。

いろいろなんとかしたいけれど、なんとかする方法がわからないアリアナ。お兄様にはお見通しです。

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