05 聖女と王子様(6)~王女殿下の治癒
気持ちよさそうにすやすや寝ているが、その顔には大きな痛々しい傷跡ががあった。頬からこめかみにかけて、赤く爛れたようになっている。治癒魔法をすぐに施されなかったのだろうか……。
王妃の顔が悲し気にゆがみ、王子殿下も眉が下がっている。
「……治癒魔法を施してみても、よろしいでしょうか?」
「ええ……」
王妃の了解を得て、王女殿下を連れてきた使用人にお願いをする。
「治癒魔法を施されている間、かゆみを感じることがあるようなのです。王女殿下が治癒の最中に傷跡を掻いてしまわないよう、抑えていていただけますか?」
使用人が了承したのを確認し、王女殿下の傷跡に手を翳す。いつも通り集中し、傷を治そうとして……なるほど、と納得した。プリマ・マテリアが、王女殿下に弾かれてしまうのだ。
翳していた手を一度おろし、考える。
王妃も王子殿下も、そわそわと心配そうな顔をしている。
「や、やはり無理なのかしら……。時が経つほど治りにくいと聞くけれど、芽吹きの儀まで待たなければ……」
そう。芽吹きの儀を終えていない王女殿下は、魔穴がまだ開いていない。芽吹きの儀を迎えていない人を治癒したことがなかったため、すっかり失念していた。
五歳といえば、自我が確立しているだろう。ただでさえ王女殿下という注目を集める立場なのに、そのお顔にこれだけ大きな傷跡があっては、彼女の心に何か影響を与えないとも限らない。
王妃の目に涙が溜まり始めるが、必死にこらえている。私のお母様だったら表情を取り繕うけれど、どうやら王妃は苦手なようだ。
「今、少し考えているのですけれど……試してみてもよろしいでしょうか?決して危険なことではございませんわ」
現状では、王女殿下の魔質に寄せる前に弾かれてしまう。でももし……王女殿下と同じ魔質にしてから治癒魔法をかければ?なんだかできそうな気がする。
試すことに同意をいただいて、簡単に魔質について説明した後、非礼を詫びながら王妃と王子殿下の魔質を確認させてもらえないかお願いする。翳すよりも触る方が感じやすいかもしれない、と言ったら、恐れ多くも手を握らせてくださるという。伸ばされた手の平にそっと手を乗せ、王妃の魔質に寄せていく。王妃の魔質を覚えたら、次は王子殿下だ。
親族なら魔質も似ているかもしれない、と予想したけれど、ドンピシャだったようだ。
王子殿下の魔質は、王妃の魔質と何かを混ぜたような感じだった。おそらくその何かは、王の魔質だろう。王妃の魔質と王の魔質の割合を少しずつ変えていけば、どこかで王女殿下の魔質と一致するにちがいない。
王妃と王子殿下にお礼を言い、再度王女殿下に手を翳す。
まずは王子殿下の魔質を傷口付近に生成し、そこから徐々に王妃の魔質をつぎ足していく。もしこれで合致しなければ、次は王子殿下の魔質から王妃の魔質を少しずつ抜いていけばいいだろう。
いつもより繊細で緊張する作業だが、集中してエイドスの調整を行っていく。
つう、と額を汗が流れたとき、一瞬だが王女殿下に魔質が引っ張られた感じがした。王妃の魔質を入れすぎたかもしれない。先ほどよりも微かな量だけ、少しずつ魔質を抜いていく。
あった。
ほっ、と息を吐くと、他のプリマ・マテリアも王女殿下の魔質に寄せていく。そして徐々に馴染んでいくプリマ・マテリアを通し、いつも通り治癒魔法を施していく。傷跡が薄くなり、下から新しい皮膚が出てくるように徐々に皮膚に艶が出てくる。ぽろぽろと傷跡が剥がれ、つるっとした赤子らしい肌が露わになってきた。治癒魔法を止め、翳していた手のひらを下げる。
横にいた王妃がそっと優しく手を伸ばして王女殿下の頬を撫ぜると、乾燥した皮膚のように傷跡が剥がれ、一撫でで全てが綺麗に滑り落ちた。
ぽたり、と絨毯に一粒の染みができた。びっくりして王妃の顔を見ると、必死に耐えているのだろうが、涙がこぼれていた。口がフルフル震えていて、言葉にならないようだ。
戸惑っていると、王子殿下から御礼を言われた。
「アリアナ嬢……本当にありがとうございます。妹とはいえ、まだ芽吹きの儀を迎えていない赤子です……。公に治癒師を募ることもできず、でも女の子の顔に傷跡を残したくないと、王も王妃も心を痛めていたのです」
作り物の人形のように艶やかな笑顔で、ほほ笑まれる。感動なのか興奮なのか、頬の赤みが増したように見える。
綺麗な子どもに微笑まれて、嬉しくないわけがない。私もにっこり微笑んで返す。
「……恐れ入ります。皆様方の祈りが、神様に届いたのでしょう」
王妃も我に返ったのか急いでお礼を言ってきて、それから王子殿下と先に王の元へ帰るように言った。王妃は少し落ち着いてから戻りたいのだろうと察し、退出の挨拶をして王子殿下と広い廊下を歩く。まだ七歳なのに、王子様らしくエスコートをしてくれるらしい。さっと出された手に軽く手を乗せ、並んで歩く。
「アリアナ嬢は、すごいですね。大人でも治せなかったのに……」
「……ありがとうございます。少しだけ……コツがあるのです。ただわたくしの師には、わたくし以外できない、と言われてしましました」
少しでも助けられる人が増えればと思って、領内の治癒師にコツを伝えてはいるのですが……、と苦笑いを返す。
「……独占しないだなんて……本当に、慈悲深い。本当に聖女様なのではないのですか?」
孤児たちも助けているのでしょう、と続けられて、返事に困る。孤児たちについては、まだ結果が伴ってはいない。現状では、私の自己満足の域を出ないのだ。下働きの仕事といっても、今まではいなくてもなんとかなっていた仕事である。
「慈悲深いなど……。孤児たちについては……わたくしの勝手で引き取ったのです。継続していくために、まだまだ火の神カフトカルケリーの見守りが必要ですわ」
それから、聖女様と呼んでいただけるのは嬉しいですけれど、本当に恐れ多いことです、と無難に返しておく。相手が王ではなく王子殿下だからか、先ほどよりもつい饒舌になってしまう。緊張が少し解れてきた頃、部屋に到着して会話が途切れた。ゆっくりと扉が開かれ、王子殿下にエスコートされたまま部屋へと入る。
エスコートのために少し前を歩く王子殿下を見て、思わず微笑む。私より五センチほど低い身長で頑張ってエスコートしてくれる姿が、なんだか可愛らしい。そういえば昼食の時もカトラリーを鳴らしてしまっていたし、頑張ってはいるけれどまだまだ追い付いていないんだな、となんだか親戚の子どもでも見ているかのような気分になる。
入室の挨拶と同席の許可を得て、席に着く。王妃の所在と治癒魔法の結果を尋ねられ、王子殿下が伝える。一瞬、王が嬉しそうに破顔したような気がしたが、すぐに引き締められた。丁重に御礼を言われ、両親ともども恐縮する。
少しして王妃が戻り、当たり障りのない話をし、それとなく退出の雰囲気になった。ようやく王都の別宅へ帰れると、挨拶をして腰を上げる。
「……ラエルティオス公爵」
「はい」
「王都の滞在はいつまでかね?」
挨拶の後に引き留められることなどそうそうない。にこやかに王に問われるが、そんなことを問われる理由がわからず、それとなく視線で探る。何も読めずに心の中で首を傾げていると、お父様が若干の間の後に素直に答える。
「……来週半ばまでを予定しております」
「そうか。機会があったらまた声を掛ける」
「はっ」
慇懃に頭を下げ、今度こそ退出をした。
別宅へと向かう帰りの馬車の中、公爵夫妻の仮面を外した両親の顔は、どことなく浮かない。反して私は、一仕事終えた気分だ。
「お父様、どうされましたの?」
「いや……最後の王からの質問が気になってね」
「あ、わたくしも気にはなったんですけれど……あれはどういう意味だったのでしょう」
お父様とお母様から視線をもらったが、わからなかったものはしょうがない。疑問符を浮かべて首を傾げる。
「……アリアナ、ラエルティオスの婚姻についてはご存知?」
「ええ。結婚するのであれば外の者……領外、できれば封外の者が望ましいのでしょう?」
昔は私も知らなかったけれど、今は知っている。他領と姻戚関係を結ぶことでラエルティオス領やイリーニ封に恩恵をもたらすとともに、ラエルティオス領内での下剋上や継承権争いを避けるためだと聞いた。ただお兄様にまだ婚約者がいないことから考えても、無理矢理に政略結婚を結ぶような家ではないと思っている。お父様とお母様の出会いも上院だと聞いているし、上院までは猶予のある話なのだろう。
あくまで可能性の話なのだけれど、と言いにくそうにお母様が口を開く。
「アリアナが王子の婚約者に挙げられる可能性があるわ」
……はい?
「……王子殿下もわたくしも、下院入学もまだなのですけれど……」
戸惑ったように質問する。最後に王に引き留められて質問されたぐらいで、そこまで勘繰れるものだろうか。
「聖女の噂が本当で……王子殿下がアリアナを好ましく思うようなら、そういう話もあり得る、と言われていたのだ。……アリアナが治癒魔法をかけに行っている間に」
お父様がなんとも言えない表情で私を見て言った。
お母様は、今頃は王子殿下に意思確認を行っているかもしれませんね、と溜息交じりに言う。
「それは……断れませんの?だってほら、聖女の噂って……恣意的に流したものですのよ?本当に神様のご加護を強く受けているとか、そういうものではなく」
「実績を挙げている以上、その言い訳は効かないだろう。第一、一領主が王に逆らえるわけもない」
「アリアナは王子殿下では嫌なのかしら?」
「……嫌だなんて、そんな恐れ多いことはございませんけれど……」
いくらここが家族しかいない密室空間であるとは言え、王国民が王子様を嫌だなんて言えるわけない。お母様の質問はちょっと意地悪だ。
「ラエルティオスとしては……断る理由などございませんわ。イリーニ封にもラエルティオス領にも、充分に恩恵をもたらしてくれる婚姻でしょう?」
「……はい」
やや顔をうつむけて、納得するしかない。今世こそ恋愛したいと思っていたけれど、やっぱり無理なのだろうか。恋愛以外が忙しくて、下院卒業か上院卒業までに見つけられればいいか、とのんびり構えてしまっていたのが仇になった。
……でも、入学までは出会いも大してないのに……、無理ゲーでしょ。
「アリアナ、まだ決まったわけじゃない。領都への帰還までに呼び出しがなければ、流れたと考えて問題ないと思うよ」
聖女の噂が本当だと感じたのならば、婚約するなら早い方が良いと考えているだろうからね、とお父様に慰めにもならない慰めをされた。
お父様は、下院入学前には他領にも噂を流す予定だったと言っていた。いくらなんでも王都まで噂が流れるのが早すぎたとは思っているかもしれないけれど、いつかこういう話も出てくると、予想できていたのではないだろうか。顔を取り繕うのが上手い両親を問い詰めたくなったけれど、答えが返ってくる気がしない。
「……そうですか。……別に思いを寄せる方がいるわけでもないので、良いのですけれど」
はあ、と諦めの混じったため息を吐く。




