05 聖女と王子様(1)~八歳
ようやく第一章 最終話です!今回は15~20ページぐらいになると予想しています。
皆様のお陰で頑張れています、本当にありがとうございます。
引き続き誤字脱字、不自然な流れがあったら、ご教授いただけると助かります。
(見直しているのですが、いつも何かを見落とすのです…!)
初めての社交のあとは、お兄様とデート♪とか思っている暇もなかった。急なお誘いがひっきりなしだ。私はこう……お兄様がたまに出席する宴に一緒に招待してもらえたら、それで良かったのだけれど。どうやら、やりすぎたらしい。
公爵家ということで、封主以外からの急な招待はお断りしやすいのが幸いした。とりあえず、全て治癒を理由にお断りさせていただき、その名目を本当にするために聖堂へと日参する羽目になった。
聖堂には、どこで噂を聞きつけたのか、貴賤を問わず治癒をしてほしい人が集まってきた。もちろんティオテリマにも通常通り治癒してもらい、私はティオテリマには重い患者を中心に受け持ったけれど。初めての封都、最後二日間は、只管に治癒魔法に終始した。
下手に一部の宴にだけ出席してしまうよりは平和だろうけれど、お兄様が一緒とはいえちょっぴり疲れてしまう。
そして今日、ようやくラエルティオス領へと帰ってきた。
「アリアナ、封都でやらかしてくれたみたいだね?」
今日は私の八歳の誕生祝いのはずだが、祝いの言葉が終わったと思ったら、お父様に早々にそんな話題を出されてしまう。ただでさえ一日馬車旅で疲れているというのに、と思わず大きくため息をついてしまった。……お父様は気にもせず、ははは、と楽しそうに笑っているが、笑うところではないと思う。
「そのようなつもりはなかったのです……ただお兄様と一緒に社交に出てみたかっただけで」
「アリアナはやりすぎだよ……あの祈りはなんだい?」
封都にいる間は小言を言うのを我慢していたのか、ここぞとばかりにお兄様に問われる。
「あれは……。五歳のとき、下町で先生……ゼノヴィオスが、聖女の演出をしてくださいましたでしょう?お父様はご存知ですよね?」
ああ、と軽く頷かれ、先を続ける。
「あれぐらいなら今のわたくしにもできると思って……聖女らしくアルゴス様の話を切り上げるには、あれが一番だと思ったのです」
「一番……なんだい?」
「?」
穏やかな笑みを浮かべたお父様に問いかけられた質問の意味がわからず、首を傾げる。一番良い方法だと思ったのだけれど、それ以外に何かあるだろうか。
「アリアナは、一番簡単だと思ったんじゃないかい?」
「!」
お父様は特に責めるような目をしているわけではないけれど、ドキッとしてしまった。無意識だったけれど、確かにそうだ。一番楽にその場を凌げる方法だと思ったのだ。そして深く考えることなく、思いついて早々に実行してしまった。
「わたくしは……また考えがあまかったのですね」
はあ、と落ち込んでため息をついてしまった。でもお父様は、本当に気にしていないとでも言うように軽く首を振ると、お兄様へと視線を向けた。
「……まあ、私はいいんだけどね。聖女の噂自体は、アリアナが下院に入学する前にある程度流す予定だったから。
でも、本当はそのため……アリアナがうまく捌けない相手を捌くために、クセノフォンが付いていたはずなんだけれどね?」
「うっ……申し訳ございませんでした。……アリアナも、ごめん」
手にしていたカトラリーを机に置き、膝に手を置いて謝られる。お父様はそんなお兄様に一つ頷きを返し、私も急いでお兄様をフォローする。
「いえ!わたくしも……アルゴス様に跪かれたとき、お兄様に助けを求めようとしませんでしたもの」
「いや……私の自覚が足りなかったんだと思うよ。次からは気を付ける」
……次!
次もお兄様は一緒に行ってくれるらしい。良かった良かった、と顔が笑顔になっていく。
「……では、今回もたくさん助けていただきましたけれど、次はもっとお兄様を頼りにしていますね!」
お兄様にしょうがないな、とでも言うように笑われたけれど、私のご機嫌は急上昇だ。
「……あなた、小言はそれぐらいにしたら?せっかくの家族団欒ですよ」
「そうだな。じゃあ封都で楽しかった話を聞こうか」
お父様に話を振られて、お母様とお買い物に行った話や、使用人が買ってきてくれた封都で流行っているお菓子の話、馬車で観光した話などをした。一人でお散歩に行った話もしたけれど、なんとなく魔術具店の話はしないでおいた。
それからその流れで、お土産を買ってきたことを伝える。今は持ってきていなかったので、後でお部屋までお届けしますね、と言っておく。使用人経由になってしまうが、お父様もお母様も社交が忙しい時期だろうから、正餐で会えるのを待つよりは良いだろう。
帽子屋さんを出たところで会った不快な男ポリヴィオスについては、私から口にしなくても良いだろうと思って黙っておく。きっとお母様から耳に入るに違いない。
全員が食べ終わったところで、席を移動して食後の甘味をいただく。相変わらずお兄様は甘党らしい。ふふ、と微笑ましく見つつ、私はオージュのソースがかかったチーズケーキみたいなのを選ぶ。
飲み物と甘味が用意されている間に、お兄様の側近が何か指示を受けて持ってきた。
なんだろう、と思って見ていると、お父様、お母様、私と順に小さな包みを渡してくれた。
「お父様、お母様、命の神ゾーイアンプシィの導きを土の神カーリフィノポロとともに見守ってくださり、ありがとうございます」
「我が家が風の神ヒレモシモーナとともにあれるのは、クセノフォンのおかげだ」
「クセノフォンを、火の神カフトカルケリーが見守っていてくださったのでしょう」
「??」
んん?なんのイベントだろう?
今まで育ててくれてありがとう、穏やかに過ごせるのはお兄様のおかげ、お兄様の頑張りがあったからこそ、みたいな感じだと思うけれど……なんで今?成人はまだだよね?
しかも、私も何か貰ってしまった。いや私だけなくても寂しいし、お兄様からの贈り物は嬉しいのだけれど。戸惑っていると、お兄様が私の方に向き直った。
疑問に満ちた私の顔を見て、神様比喩がいまいち通じていないと思ったのか、にっこり笑うと普通に話してくれた。
「アリアナといるといつも楽しいよ、ありがとう。また今度ベラと遊ばせてね」
「いえ!わたくしの方こそお兄様と過ごせる時間がとても楽しいですわ。いつでもベラと遊びに来てくださいませ」
ところでこれ、なんですの?
とは聞いてはいけない雰囲気だ。なんか感謝に満ちた穏やかな空気が漂っている。
「開けてもいいかしら?」
「もちろんです、お母様。お父様も。ぜひ開けてみてください」
お兄様からの許可を得て、それぞれ包みを開けていく。
「おや……素晴らしい細工のものだね。ありがとう。……似合うかい?」
「ええ、とても。お父様に似合うと直感したのですが、間違っていなかったようで安心しました」
お父様の包みから出てきたのは、カフスボタンだ。こちらで何と言うのかは知らないけれど、お父様の瞳の色に合わせたような紺色の石が中央に嵌められていて、デザインはシックな感じだ。よく見ると、嵌められた宝石の周りの部分には細かい彫刻がされており、精巧な作りであることがわかる。
「まあ!とても素敵……。あなた、つけてくださらない?」
「もちろん。……似合っているよ」
「お母様にお似合いで良かったです。女性の装飾品を買うのは、少し緊張したのですよ」
照れくさそうに笑うお兄様に対し、お母様が本当に嬉しそうに笑う。お母様の髪には、包みから出されたばかりの髪飾りが輝いている。お母様の薄い金髪に映える濃い色味の髪飾りは、お母様が顔を動かす度、光の加減で黒にも紺にも茶にも見えた。
流れに合わせて、私も包みを開く。
「……とっても綺麗!お兄様、ありがとうございます」
中に入っていたのは、ペンダントだった。金属で立体的に網目状の雫型が模られ、その中には私の瞳の色と同じ、紺とも青とも言える色味の石が入っている。綺麗にカッティングされた石は、光を反射してとても綺麗にきらきらと輝く。
「つけてあげようか?」
「ええ!お願いします、お兄様」
そっと箱からペンダントを取り出し、お兄様に預ける。くるりと体の向きを変え、下ろしている髪を手で持ち上げてお兄様に項をさらす。後ろからお兄様の手が回りこみ、ペンダントを首に通す。後ろでカチン、と金具の留まる音がした。
お兄様に声を掛けられ、体の向きを直してペンダントトップを手に取る。ほう、と嬉しいため息が出る。
「そんなに喜んでもらえたなら、良かった。とてもよく似合っているよ」
「はい……っ大切にしますね!ありがとうございます」
タイミングを見計らったかのように飲み物と甘味が出され、お兄様の下院のお話しを聞きながら、ゆっくりと食べる。
ああ、最高の誕生祝いだなあと思いながら、久し振りに家族全員がそろった楽しい晩餐会を過ごした。
部屋に戻って、お兄様から贈り物をもらったことをリリーに伝える。リリーが軽く頷いて、その意味を教えてくれた。
「若様は下院を卒業されましたでしょう?慣例として、下院を卒業した記念に家族に贈り物をするのです」
「ああ!ゼニファーフィボーノ侯爵夫人とガラテア様が、下院を卒業されたお姉様にもらったという装飾具を、お茶会で身に着けていらっしゃいましたわ」
「特に義務ではないのですけれど、髪色や瞳の色に合わせた装飾品を贈ることが多いのですよ。お嬢様も瞳に合わせた素敵な首飾りでしょう?」
なるほど、それでお父様もお母様も、瞳の色に合わせたものだったのか。
「この首飾り、一生大事にいたしますわ」
手の平できゅっと握りしめてそういうと、リリーにくすっと笑われてしまった。
それにしても前世では、お祝いをする方が贈り物をしたものだけれど、今世では祝われる方が贈り物をするようだ。
「……ねえリリー、お兄様にお礼の品をお贈りしたいわ」
「お土産ではだめなんでしょうか?」
「だって、あれはお土産だもの。……お礼の品というよりは……お兄様の卒業をお祝いしたいのです」
そういうと、うーん、とリリーは困ったように唸ってしまった。
「今までそういった風習は聞かなかったものですから……。でも購入されたものだと、若様も気を使ってしまわれるかもしれませんね。お嬢様が自分でご用意できるものがよろしいんじゃないでしょうか?」
「自分で用意できるもの……花束とか……刺繍した小物とかかしら……。ちょっと考えてみるわ」
ええ、と頷くと、リリーは私を浴場へと送り出した。お土産を家族に渡すよう伝えておいたので、きっと私がお風呂に入っている間に手配してくれるだろう。
お風呂から出たらリリーにお土産を渡して……デイジーやカリオペたちには、明日渡そう、と心に決める。
お兄様への贈り物……何がいいかしら?