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04 王子様の噂(13)~聖女とお兄様

 その晩は予定通り一人で晩餐を摂り、次の日。

 早速ティオテリマから呼び出しがかかった。お兄様に付き添いをお願いすると、快く了承してくれたので、一緒に聖堂へと向かう。

 するとそこには、腕をすっぱり切られた少年がいた。辛うじてつながっていると言っていい状態だ。少年と言っても、お兄様より少し上ぐらいだろうか。領兵になったばかりなのかもしれない。ラエルティオス領とはデザインが違うが、それでもよく似た服を着ている。鎧はつけていないが、外されたのか元からつけていなかったのか。

 切り口の上でキツく締められ、圧迫止血されてはいるものの、ぽたりぽたりと血が滴っている。

 思わず駆け寄ろうとした私の腕は誰かに引かれ、手で視界を遮られる。


「アリアナが見るようなものじゃない!」


 お兄様だ。


「何を仰っていますの!?そんなことを言っている暇はございません!お兄様、お手を放してくださいませ!」

「だめだ!あんな……下院への入学もまだの貴族の娘が見るようなものでは」

「お兄様!」


 話にならない。でも私の力では振り切れず、ぐるりと身体をお兄様へと向き直る。正面からお兄様の目を見つめて、話す。


「わたくしは、恐れ多くも聖女と呼ばれることがございます。その最大の理由は、わたくしが他の治癒師では難しい傷を後遺症なく治せるからだと、自負しております。

 通常の治癒師では、彼の腕は戻らないでしょう。表皮を塞いで出血を止めるので精一杯です。たとえ腕をつなげたとしても、その腕が動くことはないでしょう。最悪、つないだ先から腐っていく可能性もございます。

 お兄様は、それをわかっていらっしゃいますか?

 わかっていて、わたくしに見捨てろとおっしゃっていますか?」


 お兄様からの返事はない。眉をひそめて、それでも私のことを心配しているのだと、目が訴えている。


 でも、お兄様。それでは領主としてやっていけませんわよ。


「……わたくしがラエルティオス領で、この程度の傷を見たことがないとお思いですか?」


 にこり、と意識して笑みを浮かべる。お兄様の目が見開かれる。

 それから、お兄様もお父様のように、家族であっても利用できるようになるべきでございます、とにらみつけるように言うと、ようやく私の腕を掴む力が緩んだ。その隙に手を振り払い、重傷者の元へと駆け寄る。

 ティオテリマの治癒師はちらりとお兄様に目をやったが、それどころではないと判断したのかすぐに患者へと意識を集中させた。


「怪我はこちらだけでしょうか?」

「はい……っ」

「水魔法は使えて?患部を……傷口の部分の洗浄をお願いします」


 すぐに傷口が洗われる。そのまま洗い続けるようお願いし、辛うじてつながっている腕の先を持ち上げて、傷口をぴったり合わせる。集中し、いつも通り治癒魔法をかけていく。綺麗な傷口だからか、比較的すぐに内部の治癒が終わる。最後に切れていた箇所をぐるっとなぞり、皮膚から傷跡も消す。


「……終わりました。恐らくこの傷であれば、後遺症も大丈夫かと思います」

「……っありがとうございました……」


 ティオテリマの治癒師に深く頭を下げられ、微笑みを返す。それから昨日治癒した患者に異変が無いことを確認し、ほっとしながら、念のためもうしばらくの様子見をお願いしておいた。二週間も見れば十分だろうか。

 振り返ってお兄様を見ると、気まずげな顔をしてこちらを見ていた。もちろん、お兄様が私の為を思って言ってくれたことは、わかっているのだ。


「お兄様、帰りましょう」

「……ああ」


 お兄様の気持ちをフォローするように、エスコートのために伸ばされた手をいつもより強くぎゅっと握って馬車まで急ぐ。馬車に乗り込むと、いまだ落ち込んでいる様子のお兄様に笑いかけた。


「お兄様はお優しいのですね……、止めてくださって嬉しかったですわ。ありがとうございます」


 お父様もお母様も私を心配する気持ちがあるとは分かっているけれど、お二人とも、結局は貴族としての立場を優先するのだ。なんの裏も狙いもなく、純粋に心配してくれたお兄様の気持ちを、今の私はとても嬉しく思う。




 その晩、宴から帰ってきたお母様に呼び出された。こんな夜に呼び出されたのは初めてだ。一階の比較的小さな応接間に入ると、お母様とお兄様が待っていた。お母様は困惑したようなけれど嬉しそうな、対してお兄様は少し嫌そうな顔をしている。


「あの……、どうされましたの?」


 お母様に近い方の椅子に腰かけると、恐る恐る質問する。


「アリアナ、……今日も聖堂へ行ったんですって?」


 お母様に問われ、ちら、とお兄様を見て、頷く。


「ええ。ケガの酷い方がいらっしゃって、お手伝いに行きましたけれど……それが何か?」

「今日の宴は、封主さまもいらっしゃっている宴だったのですけれど……明日の昼餐会に、急遽アリアナも呼びたいそうよ」


 ふふ、と笑いを押し込めるように笑って、お母様に言われる。


「?え、でもまだ……」


 そんな聖女と噂になるほどの人数は治していない、と手を頬に当てて首を傾げる。それに広まるなら民間からだろう。なぜ、封主様からそんな言葉が出てくるのか……。心当たりがあるとすれば、ティオテリマだろうか。

 そう予想したが、お兄様にその予想は覆される。


「アリアナが今日腕を治癒したのは、入隊したばかりの新兵だったんだが……それが封主様の側近のご子息だったようだ。いずれは次期封主様の側近に、と目されていた者だったようでね……封主様とそのご子息からも、直々にお礼を言いたいそうだ」


 はあ、と深く息をついてお兄様が説明してくれる。

 それを聞いて、それらの言葉を額面通りに受け取っていいのか、一瞬疑問に思う。本当にお礼を言いたいだけなのか、何か勘繰られているのか……でも探られて痛む腹などない。それにお母様は嬉しそうに笑っているのだ。悪い話ではないはず。

 ……とりあえず、行ってみればわかるか。


「お兄様もご一緒ですの?」

「ああ」


 お兄様はそれがいやなのだろうか。


「わたくしは構わないのですけれど……」


 寧ろお兄様と一緒に社交に出たくて、頑張ろうと思ったのだ。封主から声がかかるのであれば、他の貴族からも声がかかるようになるだろう。目標はクリアされる。


「アリアナが良いのなら、それでいい」


 むすっとして返され、困惑してお母様に顔を向ける。


「ふふ、クセノフォンは心配しているのですよ。封主様のご子息は三人いるのですけれど、みなアリアナと年が近いですからね」


 私がお兄様に変な虫がつかないか心配するように、お兄様も心配してくれているっていうこと……?

 ぱあーっと、表情が明るくなってしまう。


「お兄様!わたくしの心配してくださっているのですか?」


 ぐぐっと眉間にしわが寄り、嫌そうな顔がますます嫌そうな顔になる。そんな顔をしているお兄様はあまり見たことがないけれど、そんなに表情豊かにあらわされては、肯定しているようなものだ。


「わたくしはまだ七歳ですから、心配ございません!それよりも封主様にはご息女はいらっしゃらないのですか?わたくしはそちらの方が心配でございます……!」

「……封主様にご息女はいらっしゃらないよ。封主様の側近がどの程度参加されるかわからないが……アリアナ、明日は私から離れるんじゃないぞ」


 望むところでございます!とはさすがに返せないので、満面の笑みではい!と答えておいた。


「そんなわけでアリアナ、明日の昼餐は封主館に参ります。基本的にはわたくしかクセノフォンが共に行動しますから、心配はないと思いますけれど、念のためデイジーかリリーに流れを確認しておきなさい」


 お母様はそういうと、明日の朝は早くなるわ、と言って私に就寝の挨拶を促し、先に退出させた。お母様とお兄様は、もう少し何か話すのだろうか。ちょっと気になるけれど、促されるまま自室へ戻る。

 明日の大まかなタイムスケジュールを確認すると本当に朝が早かったので、私はお母様のアドバイスをありがたく受け取ってさっさと寝ることにした。




 早朝に起こされ、まだ眠い目をこする。風の季ならまだ太陽は出ていない時間だろう。いそいそと嬉しそうなリリーに準備を促され、寝間着から室内着に着替え、朝食を食べに向かう。

 食堂では、既にお母様が席について食べていた。朝の挨拶をして隣に座る。


「お母様、本日はどのような衣装がよろしいでしょうか?」


 聖女らしい衣装だと、装飾が足りないかもしれない。けれど聖女の噂を広めたいのであれば、それらしい格好の方が良いだろう。

 公爵令嬢か聖女か……どっちを優先すべきだろうか。


「そうね……。アリアナの持つ衣装はどれも聖女らしさを損なわないものだし、好きなものを選んで構わないと思うのだけれど。……華飾りは控えめな方が、清廉な感じがして良いかしら?」

「なるほど……ではリリーとも相談して……幅広の帯布のついた、少し生地が厚めの衣装にしようかしら。髪飾りは帽子などではなく簡素なものにして、薄手の羽織り物で陽の光を遮る方が聖女らしいでしょうか」

「素敵だと思うわ!わたくしも準備があるから、アリアナの衣装を選べないのが残念なのだけれど……」

「お母様の衣装はもう決まっていて?」


 自分の衣装が決まったところで、お母様の衣装に話を変える。ええ、と頷くと、どんな衣装を着るのか教えてくれた。昼間だから、衣装の裾は引きずらないぎりぎりの長さで、暑くても襟の詰まった露出の少ない衣装になるらしい。色味は私が一緒に行くということで、急遽白っぽいものにしてくれたという。


「きっととても注目されますわ」

「お母様、わたくし別に注目はされなくて良いんですのよ」


 私は自分の相手を探すのではなく、お兄様の相手を見極めるために行くのだ。


「あら、今からそんなことを言っていては、お嫁に行けなくなってしまいますわ」

「気が早いですわ、お母様ったら……」

「封主様のご子息のお話しは聞いていて?」


 そういえばお茶会でメリーナに聞いた気がする、と記憶を探る。


「確か……光の当たり具合によって色の変わる綺麗な茶色い髪と、優しそうな薄茶色の瞳……だと、メリーナ様が仰っていたと思いますけれど」

「それは次男ですわね。ふふふ、アリアナも興味がないとは言いつつ、ちゃんと覚えているんじゃないの」

「一応、ですわ。ご令嬢方に怒られてしまいますもの」


 やっぱり令嬢のお友達を作っておいて正解だったわ、と呟きながら、先に朝食を終えたお母様が、準備のために先に席を立つ。


「長男と三男については、馬車の中でお話ししましょうね」


 ……それ、お兄様の機嫌が悪くなりませんか?


 そっと心の中でぼやいてみたけれど、口には出さず曖昧に笑って返す。お母様の準備の邪魔をするわけにはいかない。

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