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04 王子様の噂(12)~封都の聖堂

 晩餐の時には、お兄様に聞かれて私の魔法の練習のお話しなんかをした。ただ勉強の進度は自分でもいまいちわかっていなくて、曖昧にしか答えられなかった。


「そうだ!お兄様、わたくし治癒魔法が得意なんですの。お兄様に治癒魔法を披露したいのですけれど、一緒に封都の聖堂へ行っていただけませんか?」


 今日の朝、お母様からもぎ取ったお兄様とのデート権を早速行使する。ついでに聖女伝説も広められる、一石二鳥な計画だ。

 お兄様は片眉をあげると、お母様を見た。


「……お母様はなんて?」

「お兄様と護衛とリリーとデイジーを付けるなら、と許可を頂いていますわ!」


 お母様は少し渋い顔をしながらも、頷いている。


「ええ、クセノフォンがついていてくれれば心配はないですからね」

「ね?お兄様、わたくしの成長を見てくださいませんか?」


 何を迷っているのかわからないけれど、お兄様はうーん、と唸った。

 私はじーっと視線を合わせ、上目遣いも忘れない。なんなら胸の前で手も組んでいる。それからあえて瞬きの回数を減らして、涙を瞳に湛える。


「……わかった。少しだけだぞ。領都に帰ってからでもいいことなんだから」

「ありがとうございます!」


 私の打算もお母様の打算と心配も理解したうえでなのだろう。それでも私は、お兄様と出かけられて嬉しく思う。




 翌日、お兄様は夜の宴に出るそうだが、午前中は時間がある。鍛錬したい、みたいなことも言っていたが、久し振りにあった妹のワガママを優先してくれた。聖堂はやはり封主館の裏側にあるようで、別宅からはやや距離がある。それでも馬車で行けば、そう時間はかからない。

 念のため先触れを出し、少し時間を置いてから聖堂へ向かう。

 出迎えてくれたのは、赤の差し色の入ったティオテリマだった。


「風の神ヒレモシモーナのお導きを嬉しく思います」


 お互いに挨拶を終えると、応接室のようなところへ通された。聖堂では常に寄付金を募っているから、寄付金を納めに来た貴族を通す場所なのかもしれない。

 私が出てもなめられてしまうからだろう、お兄様が前に出て対応してくれている。


「お忙しいところお時間を取らせてしまって申し訳ございません。妹は治癒魔法を得意としておりまして、差し支えなければ治癒師の方のお手伝いをさせていただけないでしょうか」


 上流貴族なのに礼儀を忘れないお兄様、すてき!


「水の神アニクセルキズモのご加護が強いお方なのですね。治癒師は常に不足しております。私としても歓迎いたします」


 ティオテリマは頭を深く下げ、歓迎してくれた。

 良かった良かった、とにこにこしていたら、お兄様が革袋をじゃら、と机に置いた。


「よろしければお納めください。土の神カーリフィノポロのご縁が今後も続きますよう」


 えっお金かかるの!?お手伝いするのに!??


 思わずお兄様の顔を見上げそうになり、それは不自然だと笑顔を取り繕ってそのままティオテリマを見る。ティオテリマはちらっとお兄様を見、私を見、またお兄様を見て、革袋に手を伸ばした。


「……恐れ入ります。これで救われる神の子もいることでしょう。命の神ゾーイアンプシィがあなた方とともにあありますように」


 あー、私の力量がありそうだったら辞退しようかな、でも子どもだし練習なのかなって感じなのかな。いいけどね!


 それではこちらに、とティオテリマに案内される。ラエルティオス領の聖堂には入院施設のようなものはなかったように思うけれど、イリーニ領にはあるのだろうか。

 通された先には、寝具がいくつか置かれていた。


「基本的には家に返すのですが、面倒を見てくれるものがいない者などを収容しております」


 なるほど、確かにそういう人もいるだろう。


「怪我の状態を確認してもよろしいでしょうか?」

「ええ、ではご案内します」


 どうやらこの部屋には病気の人はおらず、けが人だけが集められているようだ。つい昨日入院したという男性の元に案内されると、怪我の状態を説明される。


「馬車にぶつかり、車輪に右足を押しつぶされてしまったのです」


 そっと掛け布をはがすと、表皮だけなんとか治癒魔法で治したのだろう、足首からふくらはぎにかけて真っ直ぐ一本に陥没している足が現れた。


「それはお辛かったですわね……これでは歩くのが難しいのではなくて?」

「ええ……なので歩けるようになるまでは、収容することに」


 一度治癒魔法を施された傷を治したことは……あ、テオドラの傷を治していたわ。テオドラの傷は比較的浅いものだったけれど、この傷跡も治せるだろうか。


「あの……できるかわからないんですけれど、治癒魔法を施してみてもよろしいでしょうか?」

「は?いえ……構いませんけれど」


 ティオテリマは一瞬素が出たかのように疑わしい視線を向けたが、すぐに許可を出した。治って退院してくれるのなら、その分ティオテリマの負担も減るのだろう。患者にも声を掛け、やれるものならやってみてくれ、と許可をもらう。

 手を翳し、いつも通りプリマ・マテリアを支配下に置いていく。一度表皮を分解してもいいが、少し私の負担が大きい。細胞の分裂を内側から促して、陥没部分が治ってくれるのであれば、それがベストだ。

 支配下にあるプリマ・マテリアを患者の魔質に合わせていく。ここ数か月で、細胞の働きを活性化させるだけでも、患者の魔質に合わせた方が私の負担が少ないことがわかったのだ。患部を覆い、魔質に馴染ませ、損傷がある箇所まで浸透させていく。

 不純物は入っていないようだ。欠損した骨はプリマ・マテリアで補完する必要があるだろうが、他は細胞分裂を促せばできる気がする。

 ちら、と患者の顔を見て声をかける。


「……治癒魔法をかけている間、もしかしたら少し違和感があるかもしれませんが、我慢してくださいませ」

「は?違和感?」


 疑問符を浮かべているが、私だってよくわからない。なぜなら今まで、意識がほとんどない人にしか治癒魔法をかけたことがないからだ。今回起きている人に治癒魔法をかけるにあたって、強制的に細胞分裂を活性化させるってなんとなくくすぐったそう、と思って念のために声をかけたに過ぎない。

 集中して、骨を補完しながら細胞分裂を促していく。


「かゆ!かゆいかゆいかゆい!」

「小隊長!」


 患者が起き上がろうとするが、今日も護衛で付いてきている小隊長に声を掛けて抑えつけてもらう。

 そうか痒いのかー発見発見、と思いつつ治癒魔法を継続する。

 徐々にへこんでいた傷跡が盛り上がってきて、プリマ・マテリアの細胞分裂も受け付けなくなっていく。完全に受け付けなくなってプリマ・マテリアの支配を解除すると、傷跡はどこにあったのかわからないぐらいになっていた。


「……どうぞ、ご確認いただけますか?」


 患者は目を見開くと、そっと足を撫でた。足首を自分の意志でぐるりと回し、寝具から足をおろす。目に涙を溜めながら、そのまま立ち上がる。

 一歩、歩く。


「あ、歩ける……」


 きっと神経も切れていたのだろう。何度も足踏みをして感触を確かめ、何度も自分で足の指先を触る。大の大人が、ぼろぼろと涙をこぼしていく。床にぽたぽたと染みが出来ていく。


「もう、歩けないかと……」


 ぐい、っと涙をぬぐうが、次から次へと溢れてきてしまうようだ。


「……きっと今までのあなたの行いを、火の神カフトカルケリーが見守っていてくださったのです」


 なんだか見ていられなくなって、今まで頑張ってきたから報われたんだよ、と言って誤魔化す。自分で選んでやったこととはいえ、こんな奇跡みたいな扱いをされてしまうとなんだか照れくさいのだ。

 ちらり、とティオテリマを確認すると、口をパカッと開けて呆けていた。

 あれえ?と思ってお兄様を確認すると、こっちもだ。お兄様は、呆けた顔をしていてもかっこ良い。

 手を頬に当て、こてん、と傾げる。


「……次の患者様にご案内いただけますか?」


 大の大人が大泣きしているのだ。私にこれ以上できる事はないのだから、この場から立ち去りたい。

 油の差されていないブリキロボットのように、ぎぎぎ、と首をこちらに回し、引きつった笑顔でティオテリマが次の患者の元へと連れて行ってくれた。


「こちらの者が連れてこられたのは、一か月は前でしょうか。建設作業中の落石で、この通り……」


 と、片腹が辛うじて皮で覆われている身体を見せられる。

 生きているということは、胃や腸は無事だったということかしら?それともその辺は身体構造がきちんとわかっていて、治癒できたのかしら?


「食事はどうされていますの?」

「怪我を負ってからは……水か粥のようなものしか……」


 なるほど……。便通の有無を聞きたいけれど、なんだか令嬢として聞いてはダメな気がする。まあプリマ・マテリアを通してみればわかるか。


「わたくしで治せるかはわかりません。また、治癒魔法をかけている際は少しかゆみが出るようですが、我慢してくださいませ」


 そう宣言すると、同じように治癒魔法をかけていく。胃も腸も辛うじてつながっているけれど、その周りの筋肉がうまく治癒されていないようだった。プリマ・マテリアで補完しつつ、細胞分裂を促していく。

 一応、見た目は大丈夫そうだ。


「……しばらくしたら食欲も戻るとは思いますが、無理は禁物でございます。粥や消化に良い物を中心に、少しずつ量と種類を増やしていってくださいませ」


 信じられないものを見るような目を向けられつつ、三人目、四人目も治癒魔法をかけていく。今のところ、治癒魔法はきちんと効いているようだ。最初のうちは一々驚いていたティオテリマもお兄様も、なんだか諦めたように付いて回るようになった。

 最後の患者に治癒魔法をかけてから、あと三日ぐらいは滞在しているので、容体が急変したらラエルティオス公爵家の別宅に来るよう、ティオテリマに伝えておく。


「そういえば……わたくし、他の治癒師の方がどのように想像して魔法をかけているか知りたいんですの。もし差し支えなければ、今度来た時には治癒師の方ともお話ししたいですわ」


 最初の応接室にまた案内されたので、ティオテリマに言っておく。するととても微妙な顔をしたあと、おずおずと口を開いた。


「……私が治癒師も兼任しております。ですが、アリアナ様にご助言できるようなことはございませんので……」


 言われてみれば、ただのティオテリマにしては患者の説明が詳しかったかもしれない。先触れをもらって、待っていてくれたのか。


「……そうでいらっしゃいましたか。お一人ですの?」

「ええ、まあ」

「封都は人も多いから大変でしょう。滞在中であればお手伝いできることもあるかもしれませんわ、遠慮なく声をかけてくださいませ」


 領都で聖女ともてはやされる笑みを浮かべ、手伝いを申し出ておく。


「アリアナ、ここはラエルティオス領ではないんだよ。あまり無理を言うな」

「でもお兄様……。いえ、そうですわね……、ごめんなさい、無理を申しましたわ」


 お兄様にたしなめられ、謝っておく。確かに他領の聖堂と関わりすぎて、すわ内政干渉の前触れかと封主に疑われても困る。

 神様に祈らねば神の加護は強くならないと信じられているし、聖堂で芽吹きの儀も実りの儀も行われる。神の加護が強ければ魔法も強くなると思われている以上、その地を治める上流貴族と聖堂は密接な関係があるのだ。


「いえ……とんでもございません。何かありました際には、お助けいただけますと幸いでございます」


 ティオテリマに深く頭を下げられ、こちらも恐縮しながら帰途につく。

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