02 三歳と異世界(2)~知らない世界
窓から差し込む陽射しで目が覚める。前世では不規則な生活を送っていたが、転生してからは早寝早起きが習慣付いている。
「土の神カーリフィノポロの恵みに感謝を」
世話係のデイジーと朝の挨拶を交わす。文化だからしょうがないとはいえ、おやすみもおはようも長くてまどろっこしい。
「ご朝食の準備はできております」
「そう。なら着替えて朝食にするわ」
昨日の晩餐会よりカジュアルなドレスを選び、デイジーに着せてもらう。デイジーは真面目でお堅いクールビューティーで、着付けが上手い。
「そういえばデイジー、リリーから聞いているかしら?今日から私もお勉強させていただけることになったの」
「ええ、伺っております。ご朝食が終わりましたら、お勉強を始めましょう」
口角があがってしまうが、抑えられそうにない。この世界のことをやっと知ることができるのだ。今までは質問しても、「魔法ですわ」だとか「神様にご加護を願ってみましょう」だとか、ひどい時には「そういうものなのです」だとか言って躱されてきた。みんな似たような返しをしてくるし、きっと日本で言う「パパ魔法使えるんだぞ!ほら、信号変わった!すごいだろー」とか「おまじないかけてあげる。いたいのいたいのとんでいけ~!ほら、もう痛くない」みたいな子供騙しの常套句なんだと思う。
それが遂に!きちんと学んで知ることができるのだ。元来知的好奇心は旺盛な方だと自覚している。ワクワクしてしまうのもしょうがないと思う。
デイジーに緩くハーフアップにしてもらい、最後に身だしなみを確認してもらう。今までは部屋食だったので、余計に気合が入ってしまう。令嬢らしくなっているとのお墨付きをもらってからダイニングルームまで歩みを進めていると、窓の外に男性の使用人達の姿が見えた。
こんな朝早くに、手ぶらで何やってるんだろう?
思わず見つめていると、不可思議な現象が起きた。奥にいる男性が手を掲げると、その先からシャワーのように水が出てきたのだ。
「!?デ、デイジー!あああああの方は何をやっていらっしゃるのかしら?」
「?庭の手入れですわ。お水を遣っております。……植物が育つには水が必要ですから。」
いやそれはわかってる、わかってるんだ……聞きたいのはそこじゃない……!!
混乱していると、手前にいたもう一人の男性が腕を広げ、手のひらを下から上に押し上げた。すると下からぶわっと風が吹き、落ちていた葉や枝が舞い上がった。片腕をぐるぐる回すと、舞い上がった枝葉が腕の動きに合わせてくるくると舞い踊る。そのまま少しずつ芝生の上まで誘導していくと、両腕を抱え込むように動かし、地面にふわりと着地させた。
「!!??デデデデイジー!今あの方、風を動かしませんでしたか……!?」
「?ええ、そうですわね。風の神 ヒレモシモーナのご加護がある方なのでしょう。もしかして風を操ってみたいのでしょうか……?おそらくお嬢様は火の神カフトカルケリーのご加護が強いと思われますので、少し相性が悪いかもしれませんが……もう少し成長されたら挑戦してみましょう」
「デ、デイジー!もしかしてわたくしは火をともすことができるのでしょうか……?」
「ええ、きっと。もちろん練習は必要ですが」
頭が真っ白になってしまって、処理が追い付かない。気が付いたら自室のソファーに座っていた。
おそらくダイニングルームまで無事たどり着き、朝食を食べたのだろうとは思う。先に座っていたお父様がなんだか喋っていたような気がするし。……話の内容、あとでデイジーに確認しなくてはいけないわね。
いえでもそれよりも今大事なことが……、そう、子供騙しの常套句だと思っていたあれやこれ。魔法も神様の加護も、現実だったみたい……!
何それファンタジー!!!
前世では妄想の産物だったというのに……、これは極めるしかないでしょう!所詮私、チートには期待しない。小さいうちからコツコツと!積み上げてやるさ努力と経験!!
ふと意識を周りに向けると、デイジーがこちらに向かってきていることに気が付いた。
「お嬢様、お勉強の準備ができました。あちらにご移動いただけますか?」
渡りに船とはこのことね!
ぐんぐん上がっていくテンションを内に秘め、優雅ににっこり令嬢スマイルを湛えてデイジーに応える。
今まで使う事のなかった勉強机につくと、デイジーはその横に立った。机上には数冊の本と黄白色の何か、銀色の細長い棒が用意してある。
うーん……本以外の用途がわからない。使用人たちは手ぶらだったけれど、もしかしたら初心者が魔法使うのに必要なのかしら……?
戸惑っているとデイジーが本を一冊広げた。お勉強を始めてくれるようだ。
「まずは文字の勉強から始めましょう」
……。
で す よ ね !
よくよく考えてみれば当然だ。文字が読めなければ魔導書的なものがあっても読めないし、もし魔法に呪文が必要だったら全て暗記しなくてはならなくなるし、魔法陣なんてものがあったとしても理解できないに違いない。
デイジーはいつも以上にはっきりとした口調で本を読みあげ、そして読んでいる箇所がわかるように指でなぞっていってくれた。
それは、この世界の神話だった。
一人の神が何もない星を賜った
神は大地に祝福を与えた
土の神 カーリフィノポロが舞い降りてきて、山や谷を創った
大地に風が吹いた
神は風に祝福を与えた
風の神 ヒレモシモーナが舞い降りてきて、空に模様を描いた
空から水が落ちてきた
神は水に祝福を与えた
水の神 アニクセルキズモスが舞い降りてきて、水が巡る道を整えた
雲が小さくなり陽が届いた
神は火に祝福を与えた
火の神 カフトカルケリーが舞い降りてきて、星に温もりをもたらした
星は変化を享受した
神は星に祝福を与え、魂を吹き込んだ
その神は命の神 ゾーイアンプシィだった
この世のすべては神々による神々のための奇跡の軌跡である
単語の意味を一つずつ確認しながら、創世神話を読み解いていく。
この神話がベースにあるのだとしたら、度々神様に祈る慣習も理解できる。そしてこれまでを思い返すと、魔法は神様の力によるものと考えられているのかもしれない。
「……ねえデイジー、魔法ってどうやって使うの?」
「……申し訳ないのですが、私からはお教えできないのです。五歳になったらご加護を確認できますので、それに合わせて使い方を学んでいくようになります」
「ご加護を確認……?」
「生まれてから五歳までの間に、神々からご加護を賜るのです。五歳の誕生季の終わりの月の最終週の素の日に芽吹きの儀を行い、命の神にご加護を教えていただきます。ご加護を賜っていると魔法が発現しやすくなりますので、ご加護を賜れるよう神々に祈るのですよ」
芽吹きの儀は王都の大聖堂で行われていて、一人ずつ個室で行うらしい。王国中から同じ誕生季の五歳児が集まってくるため、当日はお祭りの様相を呈しているという。
また誕生季の神様のご加護が強く出ることが多いため、私の魔法は火が発現すると予想されているそうだ。
「デイジーも魔法を使えるのでしょう?」
「ええ、少しだけですが……」
「見てみたいわ!使い方を教えてくれなくてもいいの、神様のお力でどんなことができるのか、少しだけ見せてくれないかしら?」
あまり得意ではないのですが、と言いつつもデイジーが手のひらを本に翳すと、窓も開いていないのにふわりと風が出てきて、ページがパラパラと優しく捲れていった。
「デイジーも風の神のご加護があるのね!すごいわ……。魔法を使うってどんな感じなの?」
「そうですね……、魔法を使うと指先から何かが抜けていく不思議な感覚があります」
使用人の家系だから扱える魔力も多くなく、魔法の知識もほとんどないから少しの風を出すぐらいしかできないとデイジーは言うが、私からしてみたら指先から風が出てくるだけでもすごいし、尊敬してしまう。ただ魔法を使いすぎるとクラッときてしまうようなので、使い過ぎは禁物だ。
クラッが危ないのは、身をもって知っている。
その日以降は、残念ながら魔法について触れることはほとんどなく、この世界の常識についてひたすら学んだ。
この国の名前はブーナケイミス王国で、王都を除くと7つの封地がある。それぞれの封地は建国時の立役者に与えられたそうだ。基本的には封ごとに統治されており、ある程度の自由裁量が認められているらしい。
私たちが住んでいるのは王国唯一の島で、イリーニ封という。そしてその封主様と血縁関係がある領地が島内には2つあり、その内の一つがお父様が領主を務めるラエルティオス公爵領である。要は領主様より封主様が偉くて、封主様より王様が偉いってことだと思う。
ラエルティオス領は四季がはっきりしており、また港も持っているため農業漁業が盛んらしい。
封都であるイリーニ領の北にある山から流れる河はラエルティオス領まで流れており、封都との関係も悪くないという。逆に河を挟んで西にあるもう一つの公爵領とは、立地が似ていることもあってライバル関係にあるとか。
私の誕生会のケーキやジュースに使われていたオージュやアピロといった果物は生産が安定していて、他領、他封にも多く輸出しているらしい。ただストベイスは生育が難しく、希少でお高いのだと言う。封主様や王様に献上するぐらいでしか、領外には出していないとのこと。
美味しかったなあストベイスのケーキ……!いつか量産して、もっと食べられるようにしたい。デイジーが持ってきてくれていた本に植物辞典のようなものがあったので、一通り勉強が終わったらじっくり読み進めてみようと思う。今はまだ単語も少ししか読めないし、草花の図絵を見て興味の湧いたページだけ一緒に読んでもらっている。
ちなみに四季は日本と似ているが呼称は春夏秋冬ではなく、水の季、火の季、土の季、風の季と称されていて、一年の始まりは日本の季節でいう秋、こちらの世界でいう土の季である。つまり土の季、風の季、水の季、火の季と季節が巡ると考えられているのだ。
そして各季節がそれぞれ、始りの月、続きの月、終りの月からなっている。ひと月は週五日が五週間で25日ある。閏月とかめんどくさい考え方がないのはいいが、季節毎に同じ名称の月があるので気を付けなくてはならない。
また曜日も季節と同じく、土の日から始まり風の日、水の日、火の日と続き、休息日である素の日がある。
一日は地球と同じく24時間だ。
そしてお兄様が言っていたカインが、下院だというのが分かった。封都にある学校で、十歳から三年間学ぶという。お兄様は八歳だから、2年も先取りしているのだ。
お貴族様だからなのか跡継ぎだからなのかわからないけれど、恐ろしい世界である。
また家族と食事ができるようになるのを一つの成長の目安としているらしく、お兄様と一緒でなくとも外に出られるようになった。初めて家から出るときはとんでもなく緊張したけれど、一回出てしまえばなんてことはない。
外って楽しい!
おでかけをするという、お洒落をする理由ができるのも良い。お洒落には慣れが必要だ。
ただ、家を外から見てびっくりした。とんでもなく、広かったのだ。もはや家というより宮殿という方が正しい気がする。
使用人用の隠し扉があることは知っていたし、使用人だけで歩くときは裏の通路を通っていることはなんとなく知っていたけれど、ここまで広い家だとは思わなかった。行ったことがないどころか見たことがない部屋の方が間違いなく多い。
魔法の存在に気が付いた主人公。でもまだおあずけ。
そして自分がお貴族様の一員だという自覚はまだうすいです。
お兄様は大変だなあと他人事のように思っています。
ちなみにお兄様とのおでかけでは、外を見る暇はありません。
目的地に着くまでずっとお話ししてます。