04 王子様の噂(4)~令嬢たちの噂話
「そういえばわたくし、先日父に連れられて王都に行ってきましたの」
「まあ王都に!うらやましいですわ」
王都に行ったのはナタリアで、率直に感想を漏らしたのはイオアンナだ。島国のイリーニ封では王都に行くのも一苦労のため、令嬢たちの食い付きも良い。特にイオアンナの領地は北端にあって、少し沖に出ると海が凍ってしまっている。本土までの船が出ていないため、一度南下して別の領から船に乗るしかない。
そこからどんなものを買ったのか、何が流行っていたのか、などの令嬢らしい話題が続く。……そういえば、デイアネイラにもそういう話題をするんですよ、と言われて練習した気がする。すっかり忘れていた。
私が密かに反省している間にも話題は変わっていく。
「ちょうど王都の親戚の家で宴があって、来年から下院にも入学するからと許しを頂いて初めて参加させていただきましたの」
「まあ、冬籠りの宴ですわね」
「いえ、そこまでしっかりしたものでは無いんですのよ。本当に内輪の宴だったのです」
でも楽しかった、だとか衣装はどうした、だとかまた話題が変わっていく。
そこで、宴で出た噂の話になった。
通常、王都の噂話がイリーニ封まで流れてくるには時間がかかる。最新の噂話を仕入れてきているともいえるナタリアの話に、みんな興味津々だ。
「まあ、そんなことが!あそこのご長男は良い噂が多いと思っておりましたのに……」
「まだ気が早いですわよ、まだわかりませんわ」
「でもあそこの次男の方は……」
「いえ、でもお姉様に伺ったら……」
令嬢たちの噂が尽きることは無いらしい。
残念ながらあまり興味を持てない私は、とりあえずニコニコしながら相槌を打つ。
……だって実際に見てみないと、ねえ……?
どんなに噂が良くても、噂なんてある程度操作できるのは自分自身で立証済みだ。
それでもみんなが楽しそうなので、私も雰囲気に合わせておく。
「そういえば……」
そこまで言ってから言ってもいいのか逡巡したのか、ナタリアが途中で言葉を止めて口に手を当てる。だがそれが返って全員の気を引く形になり、みんながナタリアを見た。
「なんですの?気になりますわ」
「そうですわ、教えてくださいませ」
困ったように眉を下げたが、令嬢たちの圧に押されてナタリアが口を開く。
「いえ、良い噂なんですのよ。今年七歳になられた王子様のお話しですの」
どうやら良い噂は言わずに、自分だけのものにしておこうと思っていただけらしい。
「まあ王子様の!?詳しいお話しをお伺いしたいわ」
「王子様のお話しはなかなか耳にしたことがございませんわ」
みんな大興奮で食い付く。そうか、王子様との結婚は確かにこの世界では勝ち組かもしれない。
「その、王子様がとても美しい、という……」
「そうなんですの!?」
ナタリアの言葉に被せるようにメリーナが反応する。そんなにイケメン大事か……。
でも七歳だよ?とは思わないのかな?
「あらまあ……そういえば七歳ということは、王族のお披露目式がございますものね」
「ええ、それでお話しにあがるようになったようですわ」
「それで、えっと、どういう感じですの?御髪のお色ですとか」
どうやら皆さんも年齢のことを忘れたわけではなかったらしい。
七歳も許容範囲か……とか思っていたが、よく考えたら私も今七歳だった。今年で八歳だけど。
年齢だけ考えたら一番近いの私か……!
「御髪は夜空を映したかのような黒で……光が当たると青く輝くそうですわ」
「まあ素敵!」
「いえでも黒髪は……わたくしはもう少し明るい御髪も素敵だと思いますの」
「ええ、もちろん金髪も素敵でしてよ!でも黒髪も素敵ではありませんか」
誰も金髪だなんて言っていないのに、なぜか金髪に特定される。脳内でツッコミが止まらない。
まさかお兄様?お兄様のこと言ってる??
「ま、まあつやつや輝く黒髪も素敵じゃないとは言いませんけれどね!」
「そ……それで、お顔はいかがですの?」
「そうですわ、それも大事です……何かお話しは聞いていて?」
何事もないかのように笑って話を聞いているが、王子様もお子様だと思うと興味が持てないし、お兄様をそれとなく引き合いに出されるのもなんだか釈然としない。いえ、お兄様以外の誰かかもしれないけれど。コンスタンティンとか。
「優しさが滲み出るような焦げ茶色の瞳で、お肌は白く、頬はほんのり桃色、唇は小さくぷっくりしていると伺っております……」
ナタリアが頬を赤らめつつ、小さな声で予想以上に詳細な表現が出てきた。誰かから聞いた表現をそのまま口にしたのだろう。
それを聞いて、令嬢たちが目の色を変える。
……今年七歳と今年十歳だと、三歳差か。
そう考えると、ここにいる令嬢たちにとっては、あり得ない話ではないのかもしれない。
そんな事を思いながら話を聞いていると、なぜかいきなり矛先を向けられた。年が近いから警戒されているのだろうか。
「アリアナ様はいかがお思いですの?」
「そういえば、王子様のお話しになってから、あまりお話しされていませんね……」
「……いえ、わたくしにはまだよくわからなくて」
コテリ、と首を傾げて幼いアピールをしておく。今までこれが通じなかったことはない。
「まあ!それはよろしくないですわ、アリアナ様」
「そうですわ。令嬢たるもの、常に考えておくべきです」
が、令嬢たちには通じなかったようだ。興味がないことに対して怒られてしまった。興味津々でも不快に思われるだろうに。理不尽。
困ったように眉を下げたまま、とりあえず笑ってみる。
「ええと……皆様にいろいろ教えていただきたいですわ。わたくし、皆様が初めてのお友達ですの」
「……ええ!お教えしましょう!」
しまった、間違えた。やる気満々になってしまった。
非難されるよりはいいけれど、噂話よりも実物を見たい私には、あまり歓迎できない流れだ。しかし、ここで断るのも角が立つ。
……ライバルになるかもしれない私に教えてくれると言っているのだから、そんなに熱心にはならないかもしれない。
とりあえず笑顔でお礼を言っておこう、と結論付け、実行に移す。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたしますね」
「お任せくださいませ!」
うーん……やっぱりやる気満々な気がする。
でももう気にしてもしょうがないし、実物を見た後なら、私もみんなの恋バナに興味を持てるかもしれない。
うん、問題ないな、と一人で納得していると、最初に王子様の話を振ったナタリアが、どこか悲しそうな顔をして言った。
「それに……わたくしは子爵家の二女ですから。わたくしには縁がないお話しも、アリアナ様にはより良い縁のきっかけとなるかもしれませんわ」
……なるほど、身分差!
「確かに……わたくしも伯爵家の三女ですから。王子様などは高嶺の花ですわね……」
今度はイオアンナがそのクールな外見をしょんぼりさせる。往々にして、下の子どもになるにつれて教育費が縮小されていってしまうのだ。
でもそんなことを私に言われても、反応に困ってしまう。
「その点、アリアナ様はうらやましいですわ……なんの障害もないじゃありませんの」
まあ……肝心の私が興味を持っていないという、最大の障害がありますけどね?
「そんな……、わたくしにはまだ早いお話しですし……」
「でも、その気になればすぐですわ」
そんな風に話を振られても、良い返しができない。デイアネイラからも何か言われていたような気がするが、咄嗟には出てこなかった。
そんな私を助けてくれたのは、またしてもメリーナだった。
「お二人とも考え過ぎですよ。王子様もアリアナ様もまだ七歳ですもの。王子様がどなたをお選びくださるのかは、神様しか知らないことですわ」
「わたくしもそう思いますわ。わたくしは器量があまり良くありませんけれど、皆様と素敵な王子様のお話しをしているだけで楽しいんですの。まだお小さいアリアナ様に縁を強要することはないんじゃなくて?」
メリーナを援護するようにヘレナが続ける。でもナタリアもイオアンナも、そこまで強くは言っていないと思ったんだけど……、なんだか流れがよくわからないから、当事者だけど傍観させてもらうことにする。
「ヘレナ様、言い過ぎですわ。ナタリア様もイオアンナ様も、押し付けてなんかいませんわよ」
「あら、ガラテア様はそうお感じになったのかもしれませんけれど、わたくしには違うように感じられたのです」
「ヘレナ様、お気に障ったなら言い方が悪かったわ。アリアナ様に強要しようだなんて思っていませんの」
「そうですわ。メリーナ様の仰ったように、選ぶのは神様と王子様です」
ちょっと羨ましい、と思って発言したナタリアやイオアンナの言葉が、ここまで広がってしまうとは……どの世界でも女子って怖い。あまりヘレナが責められるのもお茶会の雰囲気を壊してしまうし、なんとか穏便に……こう日本的になあなあに収めたい。
意識して笑顔を作り、険悪なムードが漂い始めた令嬢たちをぐるり、と見回す。視線を向けた先から、はっとしたようにこちらを見る。
「ヘレナ様、庇ってくださってありがとうございました。
ガラテア様、ご心配には及びませんわ。わたくしは、ナタリア様にもイオアンナ様にも、強要されたなんて思っていませんもの。
そしてお二人も、どうかお気になさらないでくださいませ。
それからメリーナ様が言う通り、わたくしも神様が決めることだと思っておりますの。未来はわかりませんわ。
……神様のお導きを待ちましょう。皆様がそれぞれ良い縁と巡り会えるよう、祈りましょう」
「……そうですわね、少し感情的になってしまっていたようですわ。お恥ずかしい」
「わたくしも……ちょっと言い過ぎてしまいましたわ……」
うん、なんか丸く収まりそうな雰囲気になったかも。信心深いと神様の威力がすごいね。
一度落ち着いてみんなで神様に祈りを捧げ、場を仕切りなおす。
「わたくし、また皆様の楽しいお話しが聞きたいですわ。ヘレナ様の首飾り、とても素敵ですわね。その宝石は、トノティーオテロシメイオ領で採れますの?」
言い過ぎたと少ししょんぼりしていたヘレナに声をかける。首飾りは恐らく真珠だ。ヘレナにとてもよく似合っている。
ヘレナは安心したように笑い、話に乗ってくれた。
「ええ、海で採れる宝石ですの。お父様が特別に、わたくしの肌と髪に合うように、と色を探してくださったのです」
「通りで……、とても映えていて、ヘレナ様にお似合いですわ」
先ほど衝突していたガラテアも、謝罪の意味を込めてか乗ってくれて一安心だ。
ナタリアとイオアンナにも一言ずつ、フォローを入れる。相変わらずメリーナの対人能力は素晴らしく、お茶会の空気が徐々に戻っていく。
そして私はこっそりと、王子様の話題は諸刃の剣、と心に刻んでおくことにする。