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02 三歳と異世界(1)~初めての晩餐会

見直しはしていますが、誤字脱字がございましたらページ下部よりお知らせいただけると助かります。

「アリアナ!お誕生日おめでとう」

「ありがとうございます。お父様、お母様、お兄様」


 火の季の最後の素の日、私は家族に囲まれて三歳の誕生日を祝われていた。今世では厳密には誕生日という概念はなく、どの季節のどの月の第何週に生まれたか、で祝うようだ。

 私は火の季の終わりの月の第五週生まれだ。祝い事などは主にその週の素の日に行う。素の日はマテの日とも言い、五日に一回ある休息日である。お父様とお母様が顔を出してくれたのもマテの日だった。

 お忙しいお父様とお母様も一緒に待っていてくれたことに嬉しさを感じ、にっこりと笑みを湛える。


 お父様は、紳士然とした雰囲気を崩さない我が家の当主である。ダークブラウンの髪を緩く斜めに分け、やや短めのサイドから後ろにかけてはポマードか何かでしっかり固めている。まだ三十歳にはなっていないと思われるお父様は、青みがかった瞳を優しく細めている。

 お母様は薄い金髪を緩く巻き、腰までその艶やかな髪を伸ばしている。造り物めいた顔立ちに反してその茶色い瞳は常に優しく、私はお母様の瞳が大好きだ。年齢はよくわからないけど、お父様よりは若いと思う。

 お兄様は、五つ上の八歳だ。目鼻立ちはくっきりしていて、お父様にそっくりだ。ただ髪はお母様に似たようで、薄い金髪を緩く後ろでまとめている。成長したらとんでもない美形になるに違いない。すごく、王子様っぽいのだ。

 ちなみに私の髪はダークブラウンの直毛である。胸まで伸ばした髪をハーフアップにしてもらい、リリーに褒めたたえてもらいながら、ドレスと合わせたコーラルピンクのリボンで結んでもらった。家族の顔立ちを見るに、恐らく美人に育つのではないかと思っている。


 優雅にお淑やかに足を運び、小さい歩幅で頑張って椅子までたどり着く。リリーに椅子に座らせてもらうと、私の目はもう白いクロスの上にある料理たちに釘付けだ。誕生日だからというよりは四人分のカトラリーやグラスが並んでいるからかもしれないけれど、いつもの食事よりも豪勢に見える。

 長方形の長いテーブルに並ぶのは白パンとポトフ、温野菜のサラダ、白いとろみのありそうなソースがかけられたフリット。その横にあるワゴンには、ローストビーフらしき塊肉が置かれている。そしてその向こうには、要望があればすぐにでも切り分けられるよう、料理人が待機している。

 今日の主役は私。


 つまり、最初にローストビーフを口にするのは私!やっほう!早く覚えた挨拶をしなくては!


「今日も命の神ゾーイアンプシィのお導きに感謝を」

「命の神ゾーイアンプシィのお導きに感謝を」


 テーブルマナーは散々叩き込まれた。まずは親指を立てて鎖骨の間に当て、感謝の祈りを捧げる。日本でいういただきますのようなものだ。今日は主役の私が最初に祈りを捧げ、みんながそれに続いて祈る。普段はその場で一番身分の高い者が最初に唱えるらしい。

 ローストビーフが切り分けられ、配膳されていく。全員に行き渡ったことを確認し、続いて私の誕生神である火の神に祈りを捧げる。ざっくり解釈して、誕生日を祝ってくれてありがとう、お誕生日おめでとう、みたいな感じだと私は思っている。


「火の神カフトカルケリーの加護によりこの日を無事に迎えられたことに感謝を」

「火の神カフトカルケリーの加護によりこの日を共に迎えられたことに感謝を」


 今度は親指を除く四本の指を立て、肘を曲げて眉の辺りに掲げる。この時、肘から指先まで真っ直ぐになるようにするのが重要らしい。……いやこれ、すごく敬礼っぽいよね?なんて心の声はもちろん仕舞っておく。そのまま真面目な顔をして目を閉じ、一分ほど祈る。

 テーブルに座る全員が目を開けたら、私が一口食べることで食事がスタートする。


「アリアナ、最近頑張っているって聞くわ。お祈りの言葉も間違えず言えたわね」

「ありがとうございます、お母様。わたくし、お兄様がうらやましくて……。お母様達と早く一緒にご飯を食べられるようになりたくて、頑張ったのです」

「アリアナももう三歳だからな。明日は私と一緒に勉強するか?」

「わあ!お願いします、お兄様!」


 アリアナにはまだ早いだろう……と苦笑いするお父様の声に、思わず被せるように言ってしまった。勉強の意味わかってるのかと聞かれたので、わくわくしながらもちろんですと答えたら、お兄様の口元がひくっと引きつったように見えた。気のせいに違いない。


 お願いですから、早くわたくしに今世のことについて教えてくださいませ!


「アリアナは勉強したいのか?変わっているな……」

「お兄様は探検がお好きですものね。いつもお話しくださって嬉しいですわ。でもわたくし、いろいろなことをもっともっと、たくさん知りたいのです」

「ふむ……、アリアナは好奇心旺盛なんだね。危なくないことなら答えるよう、リリーに伝えておこう」

「ありがとうございます、お父様」


 乗り気になったお父様とは対照的に、お母様はまだ早いんじゃないかしらと不安げだ。お兄様は自分に勉強の話を振られたくないのか、素知らぬ顔でキレイに食べ進めている。王子様のような外見も相俟って、とんでもなく絵になる。


 私も見習って上手に食べなくては!


 三歳児の手には大きく感じる子ども用のカトラリーを必死に操り、サラダを口にする。既に冷めてしまっているが、柔らかくて食べやすい。酸味と甘みが程よいバランスの黄色いドレッシングにディップして食べると、野菜の甘さが引き立つ気がする。ローストビーフもとてもおいしい。玉ねぎを煮詰めたような甘みのあるソースがかかっていて、ふかふかのパンを食べる手が進む。

 お父様から食べ方を褒められたので、お兄様の真似をしているのです!とドヤ顔で言ってやった。


 お父様とお母様で私の教育方針についてこそこそ話していたが、どうやらやる気のある時にやる気のある部分を伸ばす方針にしてくれたようだ。勉強よりも外遊びの好きなお兄様を見ている分、お母様は早いうちから詰め込むことに抵抗があるらしい。やってみて早いようだったら別のことをしてみればいいじゃないか、とはお父様の談。まだ言葉もしっかり話せない女児に冒険譚を熱く語るだけのことはある。チャレンジ精神旺盛だ。


 お兄様の探検好きって、きっとお父様のせいだよね?



 全員が食事を食べ終わったら、丸テーブルとそこにセットされているソファーへと移動する。晩餐で一緒のテーブルについていたとはいえ、長方形の長いテーブルでは斜向かいに座るお父様と隣に座るお母様は遠いのだ。これから始まる食後のティータイムが、貴重な家族団欒の時間になる。

 ちなみに、デザートとドリンクを選べるらしい。この家、思っていた以上にお金持ちなのかもしれない。

 私は、やや酸味の強いイチゴみたいな味がするストベイスのケーキと、オレンジみたいな味がするオージュのジュースにした。ケーキはお母様とおそろい、ジュースはお兄様とおそろいだ。


 さて、ここで私には確認しなくてはならないことがある。明日からきっとリリーが色々と教えてくれるんだろうけれど、いくら三歳児が知りたいと言ってもどこまで深くやってくれるものなのか……。誰も私が理解できるとは思わないだろう。

 真剣に教えてもらうためには、やっぱりお父様とお母様に認めてもらわなければいけないと思う。まずはお兄様の勉強状況の確認からだろうか。


「お兄様、お勉強ってどんなことなさってるの?」

「アリアナにはまだ難しいと思うよ」


 甘みの強いアピロのケーキを頬張っていたお兄様が急いで飲み込むと、にっこりとほほ笑んで言った。


 いや、ここで引いてなるものか……!


「まあ、そうなのですか……。きっとわたくしが知らないことを、お兄様はたくさん知っていらっしゃるのね。すごいですわ。何かわたくしに教えてくださらない?」

「今は下院の予習をしているんだ。今日はこの国の成り立ちについて教えてもらったよ」


 ……かいんの予習……?かいんって何かしら……予習ってことは、科目名か学校名?


 私の頭にハテナが浮かんでいるのが分かったのか、お兄様は得意気に話をつづけた。


「ここがブーナケイミス王国イリーニ封ラエルティオス領っていうのは知っているだろう?」


 し、知らない!

 っていうか今なんて言った?全然聞き取れなかった……!!


 お兄様は既に私の顔を見ていない。ホウシュ様が建国時に上げた功績が……だとか、ホウシュ様が島であるイリーニホウを賜ったのは……だとか、王家と各ホウケの当時の関係性は……だとか、なんだかいろいろ語っている。


 ごめんなさい……、全然頭に入ってこない!!

 意味の分からない単語が多すぎて理解できないよ、お兄様……。


「だから私も封主様のお力になれるよう、ラエルティオス領を盛り立てていきたいんだ」

「……お、お兄様はたくさん考えていらっしゃって、とってもすごいのね!憧れてしまいますわ。……ただあの、やっぱりわたくしにはまだ難しかったみたいですの……。頑張って勉強いたしますので、またいつか教えてくださいませね」


 うん、まずはリリーに基本的なところから教えてもらおう。たかが八歳児の勉強内容だなんて甘く見てなんかなかったんだから。もしかしたら転生チートあるかもとか思ってなかったんだから……!


 結局お兄様の話は難しすぎて私にはさっぱりわからず、お父様とお母様は遊んでばかりだと思っていたお兄様がちゃんと勉強していたことに感動してめちゃくちゃ褒めていた。お兄様が天狗になってしまわないか心配だ。いやそれよりも、5年であんなに理解できるようになるかしら……逆に前世知識が邪魔しそうで怖いわ。

 絶賛練習中の令嬢スマイルを浮かべ、お兄様を持ち上げるに徹して初めての晩餐会は終了した。



「リリー、私もお兄様みたいにお勉強できるようになるかしら……」

「お嬢様でしたら、きっと」


 湯浴みを終え、寝台に腰かけてリリーに尋ねる。タオルドライが一番うまいのはリリーなので、この時間帯は基本的にリリーについてもらえるようにお願いしている。

 もちろん理由はそれだけじゃない。

 寝る時にリリーが側にいてくれると、安心して眠れるのだ。呆れたり、子どもだと思って投げやりに対応する使用人もいる中で、リリーは真面目に、丁寧に私のわがままに付き合ってくれた。不安定だった私と向き合ってきてくれたのだ。感謝してもしきれない。ちなみに見た目も包容力のある癒し系。


「リリーがそういうのなら、頑張らないとね」

「お嬢様に、風の神ヒレモシモーナと共に安らかな眠りが訪れますように」


 初めての晩餐会を恙無く終え、私はほっとして眠りについた。

アリアナは恙無く終えられたと思っていますが、

お父様とお母様はアリアナに子どもらしさがなさすぎてかなりびっくりしています……。

やはり報告を聞くのと目の当たりにするのは違うようです。

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