03 聖女の魔法(7)~決意
そこから始まった説明は、お父様になんとかしてほしい、と思っていたものもあったし、私にはない視点のものもあった。ただ間違いなく怒涛の内政改革が始まり、きっと私も巻き込まれていくに違いない。寧ろ台風の目になってしまったのかもしれない。
いくつか前世の知識からあった方がいいかもと思う部分などを意見し、内政改革の話についてはひと段落する。とりあえず傷病人や老人、労使関係、農業はなんとかなりそうだ。
またお父様のお話しを聞いていて、充分に使えるほど魔法に習熟している平民などほとんどいないというのに、下手に魔法が使えるからか科学技術が発展していないのが気になった。魔術があるのだから、前世にあったものと似たようなものを作れるんじゃないだろうか。スプリンクラーとか。と思って前世知識でなんとかできないかとちょっと考えてみたけれど、開発過程や構造を知らなすぎて実現できそうにない。
……魔術で代用できないか、勉強しながら考えてみよう。
そっと心に決意する。
しかしここまで、芽吹きの儀を受けていない人に関する話は出ていない。とりあえず炊き出しの現場に行った時の話に戻し、様子を伝えていく。
「しかし、わたくしがいると緊張させてしまうようで……」
眉を下げてそう伝えると、それはそうだろう、と笑って返された。
「でも少しは領民とも話せたかい?」
「ええ。お陰様で」
「どんな話しをしたのかな?」
「基本的にはわたくしの方から、お身体に気を付けて頑張ってくださいね、というようなお声がけをしたのですが……。そういえば、小さい子どもに聖女様、って呼ばれてしまいました」
神様のお名前ばかり出してお話ししていたから、勘違いされてしまったのかもしれませんね、と笑い話のつもりでお父様にお話しする。
「そうか!」
「……?」
すると、なぜか満足気にお父様に返された。どういう意味だろう、と疑問符が浮かぶ。
してやったり、というような顔で笑うと、お父様は話を続けた。
「いやいや、無事に浸透しているようで安心したよ。一応部下から浸透しているとは聞いていたんだがね。……実はその噂は、私が流したんだ」
「!?」
「アリアナ、芽吹き式を受けていない孤児を引き取る意志は変わっていないね?」
「もちろんです」
寧ろそのお話しをしたくて、今日の面会を予約したのだ。
それでいい、と頷くと、お父様は笑顔を引っ込めて真面目な顔になった。
「貴族が動くときには、大義名分が必要なんだ」
「大義名分……」
「そうだ。例え善意しかなかったとしても、行動には明確な理由付けが必要なんだ。同情や思い付きで動いては、そこら中に反感の目をばら撒くことになってしまうのが貴族というものだよ。……アリアナは反意がないことを示そうとしていたけれど、それでも邪推されてしまうんだ。悲しい事にね」
「……」
お父様は悲しそうな顔をしてそう告げる。もしかしたら、お父様も私の後ろに誰かいるのかと疑ったのかもしれない。
「だから、聖女伝説を作った」
「私の行動に……理由をつけるために?」
「そう。彼女は聖女だから心優しくて、聖女だからそういう行動を取るんだ、と」
「……聖女……」
利益にもならないのに、可哀想だから、で動く貴族はいないのだろう。もしくは今まで動かなかった貴族たちに対する言い訳か。
背後に誰もいないことを調べたうえで、まだまだ子どもの私の行動に理由をつけるための苦肉の策だったのかもしれない。
でも、聖女って……。私には荷が重いんじゃないかな……!
「まだ領民の間にしか広まっていないけれど……、きっとこれから噂は広がるだろうね」
孤児を引き取るの、やめるかい?一転して軽い調子で聞かれる。
「……っやめません。引き取ります」
「……」
その名に相応しい人間になれるか一瞬恐怖したけれど、救える子どもを捨て置くぐらいなら……、聖女の名、背負ってやろうじゃない。
「お父様、お願いがあるのです。離れを、わたくしに譲っていただけませんか?」
「……いいだろう。ただし、ただの慈善事業で終わらせないように」
領主の顔をしたお父様と話し合いを続け、今後の方針を定めていく。概ねデイジーと相談して決めていた内容がそのまま通る。約束の時間の終わりを告げる鐘がなり、お父様の執務室から退出した。
ふと前世知識でいう聖女について考える。もしかしたら、箔付けもできるかもしれない。
二日ぶりに会うゼノヴィオスは、相変わらずの笑顔で遅刻して入室してきた。絶対反省していない。
「先生、今日はいろいろと伺いたいことがございますの」
「はい、なんでしょう?」
「人々の生活を便利にする魔術陣を書けるようになりたいのだけれど、教えていただけないかしら」
ゼノヴィオスは笑顔のまま、こてり、と顔を傾ける。もちろん決してかわいくない。
「……魔法と魔術は混同されがちですが、実のところ別物です。もちろんプリマ・マテリアを用いるという点では共通していますが……喋るのと作詞するのに別の才能が必要なように、似て非なるものなのです」
「……つまり?」
「お嬢様にはまだ早いかと。お話しが上手にできてから考えましょう」
「わかりましたわ。優秀な先生が言うなら間違いないのでしょう」
回りくどい言い方にイラっとしつつ、とりあえず魔術については置いておくことにする。おいおい勉強していくしかないだろう。
はあ、と大きくため息をつき、気持ちを切り替える。
「今日は練習場で魔法の練習をなさいますか?」
「ええ、お願いします」
「では参りましょう」
ゼノヴィオスはさっさと席を立つと、練習場へと向かう。そこに五歳児に対する配慮はない。
急いで追い付いてあげる必要もないだろうと、自分のペースで練習場まで向かっていると、途中で引き返してくるゼノヴィオスと会った。
「どうされましたか?お忘れ物でしょうか?」
「……まあ、そのようなものです。でももう見つかったから問題ないですよ。練習場に参りましょう」
「そういえば、先日の参考書ですが」
「……」
「わたくしもあの理論を支持致します。実際に魔法をいろいろ使ってみなければわからないですけれど、わたくしにとってもあれが真実であれば都合が良いんですの」
属性に左右されないということは、どんな魔法も使いこなすことが可能という事だ。一刻も早く自衛手段を手に入れたいし、治癒魔法も習得したいと考えている以上、都合が良い。
それにせっかく魔法が使える世界に生まれたんだもの。使えた方が絶対に楽しいし。
「そうですか。それでは練習を頑張らなくてはなりませんね」
「ええ。今日のわたくしは初日とは違いますのよ!参考書で読んだ知識を存分に活用して、魔法を使いこなしてみせますわ」
意味ありげな笑顔を浮かべるゼノヴィオスを見て、勝ち誇った笑みを浮かべる。
元から座学は割と得意だったのだ。理論が知識として頭に入っていて、前世の知識で物質のなんたるかを多少補完できる今の私に、できないはずがない。
「……お嬢様、的を狙うんですよ」
「っわかっていますわ!」
おかしい、おかしいわ。こんなはずではなかったのだけれど……。
とりあえずやってみましょうか、というゼノヴィオスの言に従って一通り試した結果。
私の手のひらから出現した水は、ぴゅっと小さな弧を描いて地面を濡らす。
地面に手を翳すと土がぐんぐん盛り上がって私を期待させるが、それはベラの形を模ったと思ったら首としっぽが崩れ落ちた。
風はどうかと思ったが、そよそよと心地よい風が吹いて終わる。
火ならば得意属性だしなんとかなるんじゃないかと自分でも否定した根拠をもとに試してみたが、手のひらの先で人魂のような火の塊が燃え続けるのみ。
思わず膝から崩れ落ちる。令嬢らしからぬ動きとは思うけれど、過信していた自分を消し去ってしまいたい。なんであんなこと言ってしまったんだろう。
「確かに初日からすれば見違えるようです、お嬢様」
「嫌味ですわね、それは嫌味ですのよね!?」
ゼノヴィオスにわざとらしく褒められるが、この光景を見てよくそんなことが言えると思う。
「とんでもございません。実技二日目にしてこれほどまでに魔法を操れる方は見たことございませんよ」
「……」
本当だろうか。胡散臭い。
ジト目で見てしまうが許してほしい。今はデイジーもいないしいいか。
何がだめなんだろう?
水の構成はうまくいっている。うまくいかないのは射出だ。射出するのに必要なのはなんだ……?勢い?結果を想像するよりも過程を細かく指定した方がうまくいくって言ってた……。あ、圧力とか?水鉄砲……いや寧ろ拳銃をイメージして、水の弾を圧縮した空気で押し出すような……。
「お嬢様、考え込んでいるところ申し訳ございませんが、助言させていただいても?」
「……お願いしますわ」
「まずは、魔素を支配下に置く練習から始めてはいかがでしょうか」
そ こ か ら か ー !
顎に手を当てて考え込んでいた姿勢のまま、凍り付く。そういえばそうだった。まったくと言っていいほど失念していた……。
「……貴重なご助言感謝いたします」
「では恐れ多くももう一つ。エイドスの調整をしていない魔質を、薄く広げるような感覚でやってみてください」
目を閉じ、全身から魔質を放出していく。余分な力が身体から抜けていく感覚がして、周囲に何かがあるのがわかる。
……ここからどうすればいいんだろう?
試しに、と魔質を更に細かく、細かく……目に見えないぐらいの粒子にするようなイメージをしてみる。
うーん……魔素を支配下に置けている気はしない。
支配下に置くにはどうする?魔質と同質化させるか……つなぎ合わせるか?
拡散させた粒子を、周りを巻き込むようにして一回り大きくしてみる。と、ぐん、と力が増えたのがわかった。
目を開き、水の弾を圧縮した空気で押し出すイメージをする。
パシュンッ
手のひらから飛び出した水の弾が、的に穴を開けた。
プロローグから初めての晩餐会辺りまでのリリー視点のお話しを活動報告にあげてみました。




