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03 聖女の魔法(4)~魔法とは

 昼食の席にいらっしゃったお父様に魔法が使えたことを報告し、存分に褒めてもらってから部屋に戻る。


「デイジー、炊き出しの様子を伺ってもよろしいかしら?」

「はい。今年の水の季から始めた炊き出しの有料化ですが、火の季の間も大きなトラブルなく進められています。領からの今年度分の予算は、昨年度と変わらず警邏隊の運営費がほとんどを占めることになるかと」


 有料化したと言っても、対価は手作りの工芸品でも労働力でも良い。そのせいだろう、まだまだ炊き出しは赤字。本当は警邏隊を軍事費としてほしいところだが、炊き出しによって生じた治安悪化を収めるために新設した部隊のため、強くは言えない。

 それに警邏隊は素人からの引き抜きで構成されているので、軍といえるほど強い権限は与えていない。下町を中心に見回りをし、ケンカの仲裁をしたり迷子を保護したり、日本で言うお巡りさんのような役目を請け負ってもらっている。ただし正式な逮捕権も懲罰権も持っておらず、一時的に保護をしても、なるべく早く領兵に引き渡す必要がある。領主家主導という威光もあって警邏隊に強く反発する人はほとんどいないらしいけれど、一応荒事に強い人員を確保してはいる。


 続いて、いわゆる領で把握できない孤児について聞く。兄妹が一組と女児が一人の合計三人、既に報告を受けた孤児たちだ。数も増えず、状態も変わっていないようだ。想像していたより孤児の数は少なかったが、少ない分には構わないだろう。

 兄妹の兄の方は見た目からして確実に芽吹き年齢を上回っているが、芽吹き式を受けた様子はないという。


「修道院は……やっぱり厳しいのよね?」

「ええ……一応声はかけさせていただきましたが、芽吹きの儀を受けていない子どもを預かるのは難しい、と……」


 修道院には修道院の事情がある。無理は言えない。


 芽吹き式を受けないまま大人になった者や病気や怪我、老いで働けなくなった者も、前回の報告から変わらない。芽吹き式を受けないまま大人になった者がゼロというのが気になるところではあるが、本人が隠しているのであれば無理に暴くものでもない。

 病気、怪我、老衰はお父様の管轄だと思うけれど、一応聞いておく。病院のような施設を作ってほしいところだけれど、そもそも治癒魔法が使える人が少ない以上難しいだろう。そして治癒魔法が存在するせいか、通常の医療はあまり発達していない。治癒魔法の使い手を増やすか、医療技術を伸ばすかしたいところだけれど……医療の知識なんて前世の一般人レベルだし、治癒魔法の使い手を増やす方が現実的だろうか。


 あとで治癒魔法についてお父様に相談!

 っと……、先に先生に相談した方が良いかしら?魔法の先生だし、何か知ってるかも。

 それから、なんとかして今年の風の季を前に孤児を保護したい。


「土の季の間が勝負ね」


 あと四週間ちょっと。お父様には三歳の時からお願いしているけれど、もう一度確認しなくては。あとは孤児への働きかけ。炊き出しの現場にもきちんと顔を出しに行く必要があるだろう。

 紙にやることをリストアップし、デイジーとリリーと共有しておく。




 長閑な朝、いつも通り目を覚まし、服を選んでジニアに着替えを手伝ってもらう。ジニアはやや地味好みなので、服は私が選ぶことにしている。昔から仕えてくれている彼女だが、三歳を過ぎた頃から仲良くなった使用人だ。


「昨夜のベラ様もとても可愛かったですよ。お嬢様が寝た後、暗い部屋の中を走り回って登ったり下りたり、元気いっぱいでしたの」

「そ、そう……」

「不寝番って役得ですわよね……ああもう、なんであんなに可愛らしいのかしら」

「……」

「明け方には疲れてしまわれたようで、ベラ様のお布団にくるんって!くるんって丸まって入ったのです」


 ベラがかわいいのがいけない。


 朝食を食べに食堂に向かうが、お父様の姿はない。お父様は夕食の席にも顔を出さなかったので、久しぶりに一人きりの食事が続いた。孤児関連のお話しは先生に相談してからにしようと思っているから構わないのだけれど、お忙しいのならお願いしてお時間を作ってもらわないといけないかもしれない。今日の夜にはお母様がお戻りになるはずだし、少し聞いてみようかしら。

 軽めの朝食を食べ、昨日に引き続き魔法の練習の準備をする。と言っても、動きやすい服装に着替えて後は先生を待つだけだけれど。


「~っ遅くないかしら……」

「いえ、まだ一応お約束の時間は……5分ぐらいしか過ぎていないですし」


 日向ぼっこをするベラを見つめたまま、心ここにあらずといった様子で返される。


 ほら、過ぎてるじゃない!5分でもなんでも、過ぎていたらそれは遅刻って言うのよ……!


 あーでも……あれだけの教育を受けているんだもの、家名は名乗られなかったけれど、先生も貴族よね?時間のルーズさもそこから来ていたり……いや、貴族こそ時間に厳しいわね。時間にルーズなのは先生の本質か。

 まあでもデイジーにも言葉遣いを注意されたし、今日はお嬢様として優雅に対応しなくては……。


 静かに気合を入れていたら、ノックの音がしてジニアによって扉が開かれる。昨日と変わらない笑顔のゼノヴィオスが、悪びれた様子もなく入室してきた。


「お嬢様、お待たせして申し訳ございません」

「とんでもございません。お忙しいところありがとうございます。準備はできておりますわ、今日はどのようなことを教えてくださるのかしら」

「恐れ入ります。今日は座学から入ろうと思っております。お嬢様はお勉強が得意なようですので、今日は参考書をお持ちしました」

「まあ!嬉しいですわ」


 昨日の専門用語の応酬はやっぱり異常だったわよね、と内心呟く。

 勉強机までやってくると角を挟んで私の隣に腰かけ、美しい装丁の本を置いた。表紙には何も書かれておらず、ゴテゴテとした装飾がついている。


「この本は、魔法書の中では異端とされる説を唱えています。もしお嬢様が受け入れられない内容であれば、遠慮なく仰ってくださいね。通常の魔法書も一応持って来ております」


 なぜ異端な方から読ませる……!

 昨日も思ったけれど、この方少しおかしいんじゃないかしら?お兄様は本当にこの方から魔法を教えてもらっていたの?あの純粋で心優しいお兄様が、こんなひねくれていそうな先生を持っていたなんて信じられないわ。


 令嬢スマイルを湛えて、なんでもないように返す。


「貴重なものをお持ちいただいたのですね、ありがとうございます。きっと先生が重視される理由があるのでしょう、読ませていただきますわ」

「ええ、ぜひ」


 まさかこれを読んで授業終わりじゃないわよね……いやでもまだ二日目だけれど、この人ならありえる……!なんか早々に別の本開いて読み始めてるし!

 目の前に置かれた参考書を開く前に、聞いておきたいことだけ聞いておこう。


「あの……少し質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

「はい。私にお答えできることであれば」

「治癒魔法について、何かご存知ありませんか?できれば覚えたいと思っているのですけれど……」


 使い手が少ないでしょう?と、問いかける。

 ゼノヴィオスは開いていた本を丁寧に閉じ、少し考えるように本の淵をなぞる。


「……知っていることはございますが、治癒魔法は簡単なものではございません。失敗すると取り返しのつかないことになる事もありますし……練習ができるものではないのです」

「先生は使えますの?」

「……少しだけですが」


 これ以上は今はお教えできません、参考書を読んでからまたお話ししましょうと、話を切り上げられてしまった。ゼノヴィオスの手は再び本をなぞり、丁寧にそれを開くと本当に集中して読み始めてしまった。

 諦めて私も渡された参考書を開く。難しい単語、聞いたことのない単語はとりあえずディプティックに書き出し、読み飛ばしつつも意味を想像して読み進めていく。


 その本は、この世界の魔法体系について考察している本だった。


 カチャ、と紅茶のカップが入れ替えられる音でふと我に返る。ゼノヴィオスはとっくに本を読み終えていたようで、頬杖をついてこちらを見ていた。


「……先生、この本……」

「これはあくまで一説なのですが、魔法には属性が存在しない、という考え方もあるのです」

「……」


 そう、昨日以上に全世界にケンカ売ってた。寧ろ神に?いや、信仰に?


「想像していることはなんとなくわかりますが、違いますよ?私も神は信じていますし、祈りを捧げています。ただ単純に事実として、論理的破綻の無いように魔法を理解しようとすると、神のご加護とするよりは余程信憑性が高いでしょう?」


 私たちが使う魔法と神様は別なのです、と平然とのたまう。


 もし本当にそうだとして、どうしてたかが五歳児にそんな重いところから教えるかな……!当たり障りのない一般論からでも良いと思うんだけどな……!


「……お父様、も、同じお考えで?」

「さあ、どうでしょう?あ、若様にはまだ早いと思ったので教えていませんよ」

「ではなぜわたくしに……」

「私にとっての真実は、ソレなのです。お嬢様は物事は突き詰めて考える性質でしょう?私が教えなくても、いずれ辿り着いていたかと」


 無駄を省いて差し上げたのですよ、と笑顔で言うが、果たして信じていいのだろうか。

 確かに神様のご加護と思うよりはよっぽど理解しやすいし、本の中に矛盾はない。得意属性だなんだというものもただの思い込みであって、そう信じていればそれがその人にとっての真実になるというだけのことなのだろう。


「じゃあ……治癒魔法というのは……」

「欠損部位の修復ということでいえば、プリマ・マテリアを変質させて人体の一部を生成する事ですね」


 指を顎に当て、殊更良い笑顔でゼノヴィオスが言う。

 治癒魔法は病気に効果が薄いと言われているが、それもこの説なら説明がつく。一時的に異常が生じている箇所を正常な状態に生成しなおすことはできるけれど、病原菌なんかを取り除いているわけではない。だからまたすぐ悪化してしまうということなのだろう。この世界に、病原菌やウィルスという考えはない。


「……信じられないわ。だって、ほら、芽吹き式では神様の祝福があったわ」

「神を信じていないわけではない、とお伝えしているでしょう……?まあでもそれは……、魔術陣、魔術具というものはご存知でしょうか?」

「……」


 ふる、と首を振る。まだ魔法については教わり始めて二日目だ。何を知っているわけもない。


「とても身近なものですよ。この家だと灯りも魔術具によるものですし、ほら、あの壁掛けも魔術陣が編まれた魔術具ですよ。それから、硝子装飾も。もちろん知らなければ、ただの綺麗で緻密な柄の入った飾りにすぎないのでしょうけれど」

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