01 プロローグ~足元には気を付けましょう
初投稿です。よろしくお願いします。
しんしんと雪が降っている。東京では珍しく昨日から降り続いていて、踏み固められた道の上にもどんどん雪が積もっていく。
そんな中、スキップしそうな勢いでご機嫌に歩く女の子がひとり。身長は、すれ違うスーツの男性の胸元辺りまでしかない。もこもこに着ぶくれしていて服装はわからないが、ダッフルコートと長靴の隙間からは黒タイツの足が見えている。子どもっぽいとも言える顔を弛ませ、本屋のビニール袋を大事そうに抱えている。
駅ビルから出てきたその少女は若草色のジャンプ傘を広げると、柄を肩に凭せ掛けて雪の降るペデストリアンデッキへと飛び出した。いつもより人通りの少ないそこには、うわの空で歩く少女とぶつかる人もいない。
「しっんかっん♪しっんかっん~♪うぉっと!危ない危ない……よし、新刊おっけー!」
慣れない雪道のせいか長靴のせいか、それともパンパンになっている明らかに重そうな学生カバンのせいか。時たま平地で足を滑らせては、新刊が入っているのであろうビニール袋を抱きしめなおす。
「今日は何しようかな~。新刊読んだら取り敢えず感想語りして~……ふふ!昨日のゲームの続きしてもいいな」
そんな独り言を言いながら広い降り階段を降り始めた、その時。
パキッ
ガンッ
ずざざざざあああああ
どしんっ
突如若草色の傘が傾き、少女は頭から階段を滑り落ちていった。
**********
あれ……、ここどこだろう……。
真っ暗で……でも暖かくて、気持ちいいなあ……。
うん……もうちょっと……ここに……。
ううん……?
まだ……暗い……、寝すぎちゃった……?
一回出てみようか……あ、あれ!?動けない!??
えってかここ狭い!
なんで!?なんで!??
すぐ柔らかい何かにぶつかっちゃうんだけど!
ここどこ!?
お母さああああん!
うん、無理。出られない。なぜか意識もずっと保っていられないし。
気が付くたびに何度か試してみたけど、穴が開く様子なし!ていうかそもそも目が開かない。私どうしちゃったんだっけかあ……。
あ、そうそう。新刊買ったんだよね。2年待ってようやく出た新刊!で、昂る気持ちを必死に抑えつけて平静を装って家に帰ろうとしてて……、あ、あー!思い出した!
階段降りようとしたら急にクラってきて目の前真っ暗になっちゃったんだ!雪降ってたし、もしかしたらそのまま足滑らせて階段落っこちたのかな……?馬鹿だなあ、わたし……。
んん?
てことは、ここは病院……?集中治療室とか……?それだったら身体が不自由で目が開かないのもしょうがない、のかなあ……うう……誰かドラマCDでも流してくれないかな。そしたら目が覚める気がする。
うーん……どれぐらい集中治療室居ればいいんだろう……。
最初より身体は動かしやすくなった気もするんだけど……目はまだ開かないし。
あーあ、なんで階段から落ちちゃったかなー。やっぱ前日ゲーム止められなくて徹夜したのがいけなかった?そのままギリギリまでゲームしてたせいで朝ご飯も食べ損ねたし。あれ?もしかして週末まともにご飯食べなかったかも……。引きこもってたせいかお腹すかなくて、土曜日も日曜日もゼリー飲料しか飲んでないし……!月曜日のお昼は……ああ、そうだ眠すぎて購買に行かずにずっと寝てたんだった!
あー!こんなことならちゃんと食生活も気をつけておけば良かった!そうすればクラって来なかったかもしれないのにぃ……せっかく買った新刊がまだ読めないなんて……はあ。。。
あれー?
なんかここ狭くなってきた気がする……。
快適さは変わらないんだけど……、少し動くのにも窮屈だなあ……。
……えいっ。
……えいっえいっ。
……えいっえいっえいっ!
って、あ―――――!穴開いちゃったああああ!!?な、なんか身体の周りにあった温かいのが出ていく!
えっ、てか苦しくなってきた!ちょ、早く私も!私も外に出して―――!
し、死ぬかと思った……。。。
**********
さて、そんなこんなで3年が経った。私は今週で三歳になる。
この世に生まれた直後は、何が何だかわからなかった。
心地良い場所で揺ら揺ら寝ていたのに、ちょっとした悪戯で崩壊したと思ったら狭い所に押し込められて、やっと解放されたと思ったら眩しくて苦しくて……、いやもうほんとに死ぬかと思った。思わず泣いたよね、おぎゃーって。
しかも生まれてしばらくは、周りがぼやけていて見えなくて。言葉も日本語じゃなくて何を言っているのかわからないし。多分脳みそも身体機能も未熟だったんだろうけど、何もかもが思うようにできなかった。
一歳を過ぎて少しずつ言葉を覚えて、自分で動き始めて、やっと周囲を観察できるようになった。
私がいる部屋は石造りで、床には毛足の長いカーペットが敷かれている。もうふっかふかだ。赤ん坊が転んでも大して痛くないし、ヒールを履いたお母様の足音も聞こえない。きっと他の部屋や廊下も同じだろう。私がクラッてきて倒れたって大丈夫に違いない。壁には幾何学模様を組み合わせたような柄のタペストリーがかけられ、窓には部分的にステンドグラスが嵌め込まれている。窓から見える庭は広大で、シンメトリーに整備されている。布団ではなくベッドで寝起きしていて、家族のほかに使用人がいる。冬には多少雪が降り、夏は蒸し暑い。日本の四季に似ていると思うけど、日本でよく見た空調家電とかは何故かない。
で、色々と観察した結果。とりあえずここは日本じゃない。
とはいえ胎児の時から前世の記憶がある以上、転生したことは間違いないと思う。ただ部屋も家具も服装も記憶よりかなり古風な箇所があるし、同年代に生まれ変わったってことはまずない。あるとすれば過去にタイムスリップか、地球以外のどこか違う場所……いわゆる異世界に転生か、前世の文明が崩壊して新しく文明が築かれているか、辺りだろうか。まあ、今の私に確認する術はない。
でもそんなことはどうでもいいのだ。
だってどの転生先であったとしても、読みかけの小説の続きが!
買ったばかりの新刊が!!
やりかけのゲームが!!!
もう手の届かないところに行ってしまったというのは、変えようがない事実でしょう!!?
漸く脳みそが成長してきたのか、はっきりそれを理解できた二歳頃には大泣きした。世話係のリリーには申し訳なかったと思っている。
転生してしまったからにはしょうがない。生憎と神様に会った記憶はないので、転生特典とかはないと思われる。恐らく神様のうっかりで魂の記憶を消し忘れたんだろう。とりあえず前世の記憶を整理して、今世は前世よりも素晴らしい人生にできるように頑張ろうと思う。
ふむ。
前世の反省点……、食生活かな。
ああでも本をただせば二次元に全振りしてたせいか。何せ趣味以外の記憶が曖昧なぐらいだ。うん、今度は二次元全振りは控えよう……二次元が存在するかわからないけども。はあ。
あ……、そういえば初恋もまだだったな。三次元捨てすぎてた……?……いやいや、あの年齢で死ぬって分かってたらもう少し実生活にも気を配ったよ、私だって。うん。だけどほら、あの時は大人になれると思ってたし、大人になったら勝手に彼氏できて、適齢期になったら自然と結婚できると思ってたんだもん!
はっ……。
もしかしたら、この転生は、そんな私への神様からの思し召しかもしれない……!何歳まで生きられるかわからないし、なんか雰囲気的にサブカル存在する可能性低そうだし!
これは神様の思し召しに従って、前世の分まで三次元を充実させちゃうしかないでしょう!!
よし、自分磨きしよう!!!
そんなわけで二歳から始めた自分磨き。
先ずはテーブルマナーから始めた。何せ食事を一人できちんと食べられるようになるまで、家族と一緒には食べられないのだ。でも当時は指は短いし握力はないしで、スプーンさえうまく持てなかった。あーんしてもらったり、やむを得ず手掴みしてしまったり……なんたる恥。前掛けを何枚もダメにしつつ、必死に練習した。
なぜそこまで家族と一緒に食べたかったのかというと、単純に家族と過ごす時間を増やしたかったのだ。
一歳の頃は会う回数が少なすぎて、両親の記憶が朧気だ。偶に会うこのとんでもない美男美女は誰だろう?と、ずっと思っていた。周囲の人間関係がなんとなく理解できて、周りにいるのは使用人で恐らく自分は令嬢であること、美男美女よりは頻繁に遊びに来る美少年にも使用人が同じように対応していることからその少年が兄であること、それから兄がお父様、お母様、と呼ぶのを聞いて、使用人に聞く寝物語からその意味を読み取って、漸くそれを理解したのである。
絶対に乳幼児教育に良くない環境だと思う。
だって間違えて乳母のことお母様って呼ぶところだったよ……なんか距離を感じてたし、お母様に嫌われてるのかなって不安になってたのに……いやまあ別に良いんだけどさ。使用人とお嬢様だったら当然の距離感だよね、うん。
まあ兎に角、私は家族でご飯を食べるために頑張ったのだ。使用人との会話は定型通りになりがちで、いまいち物足りない。お母様から聞くお伽話や、お父様の冒険譚、お兄様の探検ごっこのお話しの方がよっぽど面白いし、ここがどんなところなのか想像することができた。
あとは自分磨きの一環として、身だしなみにも気を付けた。
もちろんお嬢様だから、使用人によって見苦しくないように整えられてはいる。でも例えば湯浴みひとつとっても、ブラシがちょっと痛くて髪が傷みそうだから丁寧に通してほしいだとか、石鹸はもっと泡立ててから洗って欲しいだとか、ドライヤーがないのは仕方ないにしてもタオルドライは髪を梳かしながら優しくしてほしいだとか、そういう些細なところから気を付けた。
服装だって、動きやすさと可愛さの両立は必須でしょう?それからお兄様が外に連れ出してくれる時には、鍔の広い帽子を用意してもらうようにした。とはいえ馬車から下りることはほとんどなかったけれど。
……ワガママ言い過ぎたかもしれない、という自覚はある。前世の記憶に引っ張られて私も必死だったのだ。リリーは本当にたくさん頑張ってくれたと思う。