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Crap Ur Handz  作者: 石丸優一
7/34

I'm Bad

『Bad…悪い、ひどいもの』

騒がしかった周りの人間達も、小一時間程で少し落ち着きを見せ始める。

 

これはフォレストにとって予想外ではあったが、都合がイイ事に違いは無い。

 

だが。

 

「『てめぇかぁぁぁぁ!』」

 

聞き慣れない言語での怒鳴り声が響き渡った。

 

それを皮きりに、口々に叫ぶ者が増えてまた騒がしくなっていく。

 

「…チッ。おい、お前達!ぼーっとしてないでガヤを黙らせろ!

見せ物じゃないんだぞ!」

 

すぐにフォレストは警官達に指示を飛ばした。

 

「はっ!」

「承知しました、刑事!」

 

 

「まったく…次から次に事件が起きると思えば、次は建物を爆破するような大馬鹿者が現われたか」

 

彼はギリギリと下唇を噛んで怒りの表情を浮かべた。

 

ここ最近の事件被害者といえば、黒人の若者に始まり、警察官、そしてこの工場。

しかも今回は死傷者の数が非常に多い。

 

日本人の名義で借りられていた物件だが、詳細は不明だ。

 

「ん、日本…?今の怒鳴り声は日本語じゃなかったか…?」

 

ピクリとフォレストの右眉が動く。


「おい!今さっき声を上げたのは誰か分かるか!」

 

辺りを見渡すフォレスト。

しかし、それらしき人物は確認出来ない。

 

本当におかしな言葉を発しているという事は、もちろん彼自身がよく分かっている。

 

周りには警官達も野次馬もたくさんいたが、誰も彼の問い掛けには応えない。

 

一番近くにいた制服警官など、首をかしげて苦笑いしている。

 

「刑事、『さっき』と言われましても、声を上げている人間など数えきれない程いますよ」

 

「く…っ!誰か、英語ではない言葉を…!」

 

 

バタン!

 

その時、一台のポンテアック製のクーペが現場にやってきた。

 

中からハットを被った男が出てくる。

 

高架下の現場でフォレストに状況説明をしていたあの男だ。

 

「遅れて申し訳ありません、刑事」

 

敬礼をしながら彼に歩み寄り、白い手袋を素早く両手にハメている。

 

「何かあったのか?」

 

「はい。警官殺害の事件の方を詳しく調べていたのですが…一つ、気になる情報を手に入れました。後ほどお話いたします」


 

 

「『リョウジさん!どちらへ!?

みんなを放っておくわけには…!』」

 

踵を返して駆け出したRGに、クサナギが叫ぶ。

爆発にやられてしまった組員を心配しているのだ。

 

「『アイス・キャンディだ!アイツがいやがったんだよ!ブッ殺してやる!』」

 

ナカムラは黙って彼の後ろについている。

 

「『え!本当ですか!

あのヤロウ…!許さねぇぞ!』」

 

野次馬を押し退けながら三人は走った。

 

 

「『クソ…!いない。

どこに消えた…』」

 

苛立つRG。

 

「『間違いなく、彼を見たんですか?』」

 

ナカムラが言った。

 

「『当たり前だ!わざわざ俺を見ながら笑ってやがったんだぞ!見間違えるか!』」

 

「『…失礼いたしました』」

 

放火魔、爆弾テロ犯…そういった多くの犯罪者達は、ほぼ100%の確率でその現場の様子を見る為に戻ってくる。

 

『あの笑み』はその瞬間だったのかもしれない。

 

「『だがまだ、遠くへは行っていないはずだ。

クサナギ!さっさとカワノと俺の車をここへ!』」

 

「『は、はい!すぐに!』」

 

クサナギの背中を見つめながら、彼はイライラと葉巻をくわえた。


「『失礼します』」

 

素早くそれに火をつけ、ライターをしまったナカムラ。

 

RGは葉巻の煙を大きく一口吸って、すぐに地面に落とした。

 

「『ふぅ…

クソ…!俺の大事な人間達を…キャンディ…!』」

 

「『ゴンドウさん、彼はたった一人でこんな大惨事を引き起こしたのでしょうか…』」

 

ナカムラは何かに納得がいかないようだ。

 

「『あぁ!?何だ?協力者か?』」

 

「『はい。分かりませんが。

誰かの手引きが見え隠れしませんか…?あ、お迎えが参りました。先にお車へどうぞ』」

 

キキィ…

 

ナカムラの言うとおり、渋滞と交通整理をしている警官の制止を無視して、RG達の前にカワノが車をつけてきた。

 

つまり、話をするよりも早くこの場を離れるのが好ましい状況だという事だ。

 

バタン!

 

「『よし、出せ』」

 

プレジデントがタイヤを鳴かせ、呆気にとられている警官達の間を今一度走り抜けた。

 

 

「『どちらへ?』」

 

「『西へ。奴はそっちの方角に消えたからな』」


 

 

タイヤが路面に激しく擦れて出る甲高い音。

 

すぐ側なので、フォレストにもそれは聞こえた。

 

「なんだ?渋滞に苛立って交通ルール無視か?」

 

「そのようですね」

 

ハットの男はそんな事にはまったく興味を示さない。

 

「待て!…見ろ。乗ってるのはアジアンだ。日本人かもしれない」

 

一瞬で、フォレストはフロントガラスから、車内を確認した。

側面や背面のガラスには濃い色のフィルムが貼られている。

 

「…?

と、おっしゃいますと?」

 

「この工場、借用の名義が日本人のものなんだよ。

彼等の持ち物かもしれないし、そうでなくとも彼等が事件と関係している可能性がある」

 

車は制止しようとする警官達を無視して、ぐんぐん遠ざかっていく。

 

「車を止めますか?…といっても、もはや手遅れですが」

 

「追う。現場は任せても大丈夫か、デイブ」

 

「はい。もちろんそれは構いません…しかし、正気ですか?」

 

そう言われると、フォレストは声を上げて笑った。

 

「ははは!動きたい時に自分で動くのが俺の主義だからな!」


そしてそのまま、車へと乗り込む。

 

「あ、あの…刑事」

 

「ん?まぁ、細かい事は気にするな!それじゃあな!あとは頼んだぞ」

 

クラクションを連打しながら、フォレストが警官達の間を通っていく。

 

「…それは、私の車なんですが」

 

ぽかんとしてしまったデイブ。

彼のポンテアックはすでに見えなくなっていた。

 

 

 

街中を抜けて、郊外へと続く一本道。

 

「くくく…はは!やった…!

やってやったぞ!」

 

ボロボロの車のハンドルを握って高笑いしているのはキャンディだ。

 

RGが彼へ向けて放った怒鳴り声。

それを思い出すだけでもおかしくなってくる。

 

 

彼は一度、NYを離れて身を隠し、ほとぼりが冷めた頃にまた戻る気でいた。

 

名が通るあの街は、アイス・キャンディにとって、もっとも暮らしやすい街なのだ。

 

その気になれば、何度でものし上がる自信が彼にはあった。

 

だがそれには、完全にRG達を壊滅させてしまう程の金と力が必要だ。


幸か不幸か、彼は他の町で顔が通る程の存在ではない。

 

暮らしぶりは良く見えなくとも、大きな金を生み出す力、動かす力が彼に備わっていたのは事実。

 

 

何もかも失った時に、何度でも立ち上がる力があってこそ、本当の意味での『大物』だと言える。

 

いかにこの世の中に『大物』の皮を被った『小物』が多い事か。

彼等はたった一度の成功を驕り、それを築き上げるまでに通った苦労話を皆に聞かせる。

 

しかし、一度成功から転落し、さらにそこからのし上がった人間達は、決してその結果だけを高く評価する事はない。

常に謙虚に自身や周りに目を配り、『通ってきた道』よりも『これから通る道』を見据える。

 

悪い結果を悔やまない。

 

次の一歩が踏める。

 

 

キャンディも、一度はRGの裏切りに憤り、半ばヤケクソになっていた。

 

だが彼は報復を果たし、次なる行動に目をギラつかせているのだ。

 

彼は元々孤独な生き方をしてきた人間。

 

他人に依存しないということは、裏を返せば他人から与えられた損害をものともしないということだ。


 

 

プルル…

 

プルル…

 

先程から、車内にずっと鳴り続いている呼び出し音。

 

彼はとうとう無視出来なくなった。

 

…カチャ。

 

「はい」

 

 

「もしもし…フォレスト君かね?」

 

「は?…えぇ、これは部下の車ですが、よく分かりましたな。どちら様で?」

 

フォレストは不信感を抱き、ハザードを焚きながら車を道路脇へ寄せた。

 

彼が電話を受けたのは携帯電話ではなく、車載の電話機。

 

当然デイブへの電話だろうと思って受話器を上げてみれば、自分あての電話だったのだ。

 

「ふふ、フォレスト君。私の声をお忘れかね?」

 

「…まさか、ウィルウッド捜査官ですかな?」

 

「ご名答」

 

ウィルウッドと呼ばれた電話の向こうの男。

 

ハキハキとしたトーンの高い声だ。

 

「…チッ」

 

小さく、舌打ちをしたフォレスト。

どうやらあまり良い仲でもないらしい。

 

「聞こえているよ、フォレスト君。相変わらず、失敬だな」

 

「そりゃどうも」


「用件はだいたい分かるかね?」

 

「さぁ。ちょっと今は取り込んでますので、また後日でよろしいですか」

 

早く電話を終わらせたいフォレスト。

 

とっくにアジアンを乗せた車は見失っているが、止まっているよりは動きたいのだ。

 

「用件は、その取り込み中の事件の話だ」

 

「は?」

 

「聞いたよ。また一人で突っ走ってるのか?」

 

ウィルウッドが何を言いたいのか、まったく分からない。

 

「今回の連続事件の話が、なぜそちらまで回っているんですかな?」

 

質問に質問で返すフォレスト。

 

「まぁ、そうだな。連続…か。君はすべての事件が繋がっているとでも言いたいのかね?」

 

「いや…まだ分かりません」

 

「今回の事件は、我々が引き継ぐ事が決定したのでな」

 

ガン!

 

「は…!?何をおっしゃる!我々が全力で捜査をしている所です!」

 

フォレストは飛び上がり、頭を天井にぶつけてしまった。

 

「仕方あるまい。これは決定事項だ。

これほどの重犯罪であるにもかかわらず、未だ犯人は野放し。すでに州をまたいでいる可能性が高い」

 

「しかし…!」

 

「分かったな。事件は我々、FBIが引き継ぐ」


ピシャリと言い放つウィルウッドと、唖然とするフォレスト。

 

捜査がFBIに引き継がれてしまっては、地元警察は主導権を失う。

 

「わ…私の部下が殺されたんです!ここで身を退くわけにはいきますまい!」

 

「気持ちは分かる。しかし私情で動いてもらっては困る」

 

「…く!FBIはまた我々の事件の捜査を横取りするおつもりか!」

 

これでフォレストがウィルウッドを毛嫌いしている理由が明らかになった。

どうやら以前にも、こういった経験があるらしい。

 

確かに犯罪者が複数の州をまたいで罪を犯した場合、地元警察だけでは対処しきれない状態になる。

そこで、より自由に国内外を行き来することができるFBIが投入されるわけだが、地元警察からしてみれば『FBIは捜査を横取りする迷惑なもの』だという認識しか持てない。

 

連携は取るが協力的にはなれない、というのがフォレストの正直な気持ちなのだ。

 

「聞き苦しいぞ、フォレスト君。手出しは無用だ。それでは」

 

「ちょっと…待ってくれ!」

 

電話は切れた。


ガチャン!

 

電話機を乱暴に叩きつける。

 

「なんなんだ!奴等が介入してくるなんて!」

 

憤慨し、連邦捜査局を『奴等』呼ばわりする。

 

 

「クソ…黙って退くわけにはいかないだろう…」

 

ハンドルにうつぶせになり、しばらく頭を抱えていたフォレストだったが、やがてハザードを消して車を発進させた。

 

 

 

暗い部屋。

 

ぼんやりとした常夜灯の淡いオレンジが、天井に見える。

 

その下で、黒い革張りのソファに座っている一人の男。

 

ジーンズに無地のTシャツというラフな格好をしている事から、ここは彼の部屋である事が分かる。

 

彼は誰かに電話をかけていた。

 

「…俺だ」

 

すぐに相手が出る。

訛りがある英語。

 

「ふん、私だが」

 

「大丈夫か?遅かったじゃないか」

 

車の中だろうか。

 

風が流れる音が聞こえる。

 

「今、終わったところだ。しくじるわけが無かろう」

 

「それは素晴らしい。上出来だ」

 

「あとは知らないからな。勝手にやってくれ」


クックッ、と電話の向こうからは含み笑い。

 

「なんだ?」

 

「いや。いざと言う時、頼るべきは…

とにかく『皮肉なものだ』と思ってな」

 

笑いながらの返事。

 

「意味が分からないが、とにかく動きは抑えてある。

これ以上は私でもどうにも出来ない。

妙な面倒を起こさないでくれ」

 

「それは無理な頼みだ。もちろん、派手な事はしないから安心してもらいたい。

仕掛けた相手は分かっているからな。

スマートに済ませる」

 

「それから」

 

男が切り出す。

 

電話の相手は、素早く返した。

 

「分かってる。少ないが、勘弁してくれ」

 

「…」

 

「あからさまに不満そうだな。実際に見たわけでもあるまい」

 

「過剰な期待はしないでおこう」

 

男が応えると、電話の相手は声を上げて笑い始めた。

 

「ははは!利口な返事だ!アンタ、面白い性格をしてるな!」

 

「…何?貴様!私をバカにしているのか!」

 

「褒めてるんだよ。俺達にとっては、そういう考え方を持った人間の方が馴染み深い」


互いが互いを探り合いながら、互いが互いを利用する。

 

いや、利用していると信じる事で、自分が優位な立場で物事が進んでいると思いたいだけなのかもしれない。

 

男は電話の相手の要求を手放しで飲むつもりはないし、電話の相手も男を信頼してなどいない。

 

この世の中のビジネスはすべて、持ちつ持たれつで均衡を保っているわけで、この二人の間柄はとりわけ間違っているわけでもない。

 

そう。これはビジネス。

 

何も悪くない。

 

「それでは…」

 

「あぁ、またな」

 

しかし。電話を切った男の手は、微かに震えていた。

 

 

 

「『よし。絶妙なタイミングだな…いざと言う時にはなかなか使える』」

 

プレジデントの後部座席。

 

満足そうに笑ったRG。

 

「『誰と話していらしたんですか?』」

 

ナカムラが間髪を入れずにたずねる。

 

「『ん?今はキャンディを探す事に集中しろ』」

 

「『はぁ…そうですね。申し訳ありません』」

 

RGの言葉は冷たいように聞こえたが、表情は穏やかなので特に怒っているわけでも無さそうだ。


「『キャンディは…歩いて現場から消え去ったんですか?』」

 

突然、カワノがルームミラー越しにRGにきいた。

 

「『分からない。笑いながらこっちを見ていたのだけは分かったが、いつの間にか人の群に消えていたからな…』」

 

「『では、何かに乗っていたわけでも無いという事ですね』」

 

「『そうだな。俺が奴を見た時はただ立っていただけだ。

その後で、どうやって移動したのか…』」

 

RGはそう言いながら車載の冷蔵庫から、ワインボトルを一本取り出した。

 

隣りに座っているナカムラが、オープナーを探してオタオタする。

 

しかし、RGは内ポケットからナイフを取り出し、それを使って自らの手でコルクを抜いた。

そしてそのままボトルを直接口に当ててラッパ飲みする。

 

そこまで高値のラベルでは無いが、決して安物のワインでは無いだろう。

 

「『だったら、移動していない可能性もありますね!』」

 

今度はクサナギがRGの方を振り返って言った。

ワインを羨ましそうに見つめる。


「『いや、必ず離れているはずだ。アイツもバカではない。

近くに身をひそめてビクビクしているより、遠くへ行って羽根を伸ばす方を選ぶだろう』」

 

「『…となると、車でしょうか?』」

 

「『おそらく』」

 

RGは、早くも空になったボトルを手で弄んでいる。

 

「『やはり協力者の線が色濃いですね…運転手だったり、あるいは武器を回した人間ですか』」

 

ナカムラがブツブツと話す。

 

「『万が一』」

 

RGがそう言うと、三人は耳を傾けた。

 

「『アイス・キャンディがすぐに見つからなかった場合は、その協力者とやらを探す。

ここまでやられて黙っているわけにはいかない。死ぬ気で奴への手掛かりを洗い出して、必ずあのクズを殺す』」

 

彼等が無言で頷き、RGは続ける。

 

「『警察には手をうってある。

だが、安心は出来ないからな。グズグズしてはいられないぞ。いいな?』」

 

「『はい!やってやりましょう!』」

「『奴はケンカを売る相手を間違えましたね…!』」

「『尽力いたします。何なりとお申し付け下さい』」

 

クサナギ、カワノ、ナカムラの順で返事があった。


 

 

再び車内に響く、電話が鳴る音。

 

先程と同じように長い時間放っておいたが、一向にやむ気配がない。

フォレストはまたしても受話器を上げた。

 

「今度は誰だ!」

 

「あ…パパ…お仕事中…?ごめんなさい…」

 

そっと、電話が切れる。

 

「あ…」

 

フォレストは焦った。

 

今の電話はおそらくデイブの娘だ。確か年は四つ。

 

つい最近、彼が「娘からの連絡が仕事中でもお構いなしですよ。携帯電話に車載の電話に…可愛いものです」と、珍しく自慢げに話してきたのだ。

 

 

幼い娘は、急に電話越しに怒鳴られて怖い思いをしただろう。

 

「しまった。後で謝っておかないとな」

 

受話器を戻す。

 

プルル…

 

「…!?」

 

その瞬間にまた鳴り響く。

 

当然、フォレストは娘がかけ直してきたのだと思い、すぐに出る。

 

「もしもし…さっきは…」

 

「刑事!」

 

気まずそうに謝罪をしようとしていた彼をハッとさせる声。

 

デイブ本人からだ。


「デイブか?今しがた…お前の娘から電話があったぞ」

 

「え!ケリーからですか?

…あ、いや。今はその話は置いておきましょう」

 

コホンと咳払いをするデイブ。

娘の話になると、仕事中でも気が散るのは確かなようだ。

 

「ふふ。今度、是非紹介してくれ。謝らなければならない。

ところでどうした?急用か?」

 

「謝る…?

あ、急用です。刑事、今どちらまで出られていますか?すぐに引き返していただきたい」

 

「なぜだ?今、俺はアジアンを追ってる」

 

フォレストはやはりイライラしている。

 

「はい。FBIから連絡がありました。我々は現場の処理だけに徹するようにとのお達しです」

 

「分かっている」

 

「はっ?直接ご連絡があったのですか?」

 

当然、デイブは困惑する。

 

「ウィルウッド捜査官からな」

 

「そうでしたか。では…」

 

「いや。俺は戻らないぞ。このまま捜索を続行する」

 

「なるほど…貴方ならそうおっしゃるだろうと思っていました。しかし、上からの命令を無視するわけにはいきませんよ」


「…」

 

しばらくの間、沈黙。

 

「刑事?」

 

「…あぁ、分かった。一度戻る。

今、現場か?」

 

「はい」

 

車はUターンした。

 

 

 

『ブォォ』というエンジン音と共に、ポンテアックが持ち主のいる場所へと姿を現した。

 

 

「すまなかったな」

 

「はい。お気になさらないで下さい」

 

フォレストがメーカーのロゴ入りのキーを彼に渡す。

 

「では早速ですが、現場の…」

 

「待て。まだ返すものがある」

 

「はい?」

 

ごそごそとズボンのポケットをあさる。

 

「コイツを」

 

「…!」

 

デイブの手に返却されたのは、メモ帳のような冊子、そしてずっしりと重い金属製の徽章。

 

つまり、警察手帳とバッジだ。

 

「フォレスト刑事!?一体何を!」

 

「これで命令違反にはならないだろう?」

 

ニヤリと笑うフォレスト。

 

「そんな、だからといって簡単にお辞めになるなど…!」

 

「身分に縛られて動けないのなら、俺はその殻を脱いで前に進むまでだ」

 

この男の行動は、すべての歯車を狂わせる。


 

ヒラヒラと手を振りながら去っていくフォレスト。

 

「本気で職を捨ててまで、犯人を追われるおつもりか…」

 

デイブが呆気にとられたまま呟いたこの言葉は、もちろん歩いているフォレストの背中には届かない。

 

「かなわないお人だ」

 

以前、フォレストの部下である誰かが同じ思いをよせていた事など、デイブは知る由も無い。

 

しかしそれは、デイブ自身がフォレストに心底惚れ込んだ瞬間となった。

 

「刑事!」

 

「なんだ。俺は刑事などでは無いがな」

 

駆け寄ったデイブに無愛想な返事をするフォレスト。

 

「お送りします…ご自宅にお車を取りに行かれるのですか?」

 

「愛車なら署だ」

 

「ではそちらまでお送りします」

 

「それは助かる」

 

デイブはすぐに車を回し、助手席にフォレストが腰を下ろした。

 

 

 

警察署。

 

「…では、お気をつけて」

 

「ありがとう」

 

愛車であるシルバーのグランドマーキーのドアを開ける。

 

「刑事」

 

「?」

 

「手帳とバッジは…お預かりしておきます。

長期休暇、楽しんできて下さいね」

 

デイブの目には涙が浮かんでいた。


 

 

ハンドルを握りしめて車を飛ばすフォレストは思い返す。

 

「お預かりしておきます」の言葉…

 

それは、上への報告を控えるという意味なのか。

 

本気で長期休暇などとふざけた言い訳を押し通し、フォレストの戻る場所を確保するつもりなのか。

 

しかし…

 

たとえデイブの行動により、フォレストが警察に復帰できようが、腹をくくった当の本人には何の意味も無い。

 

 

遠出に備えてガソリンを入れる為に、グランドマーキーはスタンドへと入っていった。

 

金を機械に投入して、給油を開始する。

 

 

隣で給油しているカップルが一組。

キャンピングカーが彼等の愛車だ。

 

すぐに彼等は出て行き、入れ替わる形で一台の車が入ってきた。

 

ボロボロのカローラ。

 

修理に修理を重ねて、ようやく走っているかのような車だ。

 

ボディは綺麗な輝きを放つシルバーだったのだろうが、埃まみれで鈍いグレーにしか見えない。

 

フォレストが車を出すのと同時に、一人の男がカローラから降りてきて、給油を始めた。

 

 

フォレストは、その男を知らない。


 

 

しばらく時間はさかのぼる。

 

「ここらでしばらく休むか」

 

ひたすら真直ぐ西を目指していたキャンディ。

 

RG達がどう動いているのか、何の手掛かりもない。

 

しかし、キャンディには『必ず追いかけてくる』という確信があった。

 

そこさえ凌げば…

そういう思いで車を飛ばしていたのだが、さすがに疲れには勝てない。

 

途中、数時間だけの休憩をと思い、適当に目に入ったモーテルに寄ったのだ。

 

 

モーテルは二部屋か一部屋くらいの小さな平屋が、いくつか敷地内にあるだけの簡単なつくりだ。

 

RG達の事は気掛かりだが、こちらの車種などは特定されていないはず。

堂々と駐車場に車を停め、掘っ立て小屋の様な質素な受付へと向かう。

 

「…」

 

「おい。一人だ」

 

受付には一人の老婆がいて、頬杖をついたままテレビを見ていた。

 

「…」

 

キャンディの呼び掛けにも応えず、無言で部屋の鍵を差し出す。

 

普通ならばムッとして文句を言うところかもしれないが、キャンディは特に気にした様子もなく、黙ってそれを受け取った。


ガチャリ。

 

部屋に入る。

 

ろくに掃除もされていないのか、少し埃っぽい感じがする汚い部屋だった。

 

そしてきっかり二時間。

 

くたびれたカビ臭いベッドに横になり、キャンディは目を覚ました。

 

 

「いくらだ」

 

「…」

 

相変わらず無愛想な老婆にキャンディがたずねると、彼女は黙ったままカウンターに張られている料金表をしわくちゃの手で指し示した。

 

 

モーテルの前を通る道を、日本製の黒塗りの高級車が走り抜けていった。

 

キャンディは金を支払っていて、道路に背を向けている。

 

「どうも」

 

「…」

 

礼を言ったのは、老婆ではなくキャンディの方だ。

 

そして彼は車に乗り込み、エンジンをかける。

 

キィー!と甲高い異音が出たが、エンジンは回り始めた。

 

 

道へ出ると、目の前をシルバーのアメリカンセダンが走っている。

 

 

 

キャンディを追うヤクザ者達、さらにそれを追う元警察官。

 

三巴の鬼ごっこだ。


 

キャンディの前を行く車がスタンドへと入って行く。

 

「ん?ガソリンが残り少ないな…」

 

彼は一度そこを通り過ぎたが、やはり戻って給油する事にした。

 

 

先程まで前を走っていた車が発進し、給油を終えたキャンディも車を出す。

 

その時…

 

キャンディが合流した車線の対抗車線に、日産の高級車が一台。

 

それは何かを模索しているかのように、ゆっくりと走っていた。

 

後部座席の窓が開いている。

 

 

目が…合う。

 

「…!!」

 

間違いない。

 

「チィ…!こんなところまで!RG!」

 

『アイス・キャンディ…!!』

 

彼の口元が動いて、そう叫んでいるのが何となく分かった。

 

キャキャキャ!

 

タイヤの鳴く凄まじい音がして、RGの車は突如Uターンをする。

 

「クソがぁ!!」

 

一気にアクセルを踏み込んで、キャンディは車を飛ばした。

 

「どけっ!」

 

クラクションを連打しながら、前を行くシルバーのグランドマーキーを追い越す。


この、キャンディがパスした車をRG達の日産車も続いて追い越した。

 

「クソ…!やはり簡単には振り切れないか!」

 

しかし。

 

「なんだ…?」

 

一度追い越したシルバーのセダンが、RG達の車と並走している。

 

キャンディは当然不審に思ったが、答えは出ない。

 

パァン!

 

「…!!」

 

RGの乗る車からけたたましい音と、激しい光が放たれた。

 

発砲。

 

しかし、それはキャンディに向けられたものではなく、並走している車に対してのものだった。

 

キャンディはますますわけが分からなくなったが、その車がRG達にとって邪魔な存在である事は間違いない。

 

 

ルームミラーでチラチラと後方を確認しながら、彼はさらに強くアクセルを踏み込んだ。

 

後ろで戦っている二台は、激しく車体をぶつけ合い始めた。

 

銃撃はRG側からの一方的なもので、もう一台の謎の車は発砲していない。

だが充分、足止めにはなっている。

 

 

パァン…!パァン…

 

銃声が少しずつ遠のいていった。


 

 

ガシャン!

 

激しく揺れ動く車体。

 

「『リョ…リョウジさん…!コイツ…!気味が悪いですよー!』」

 

助手席から発砲していたクサナギが叫んだ。

 

「『バカヤロウが!ビビッて勝手に撃ちやがって!

もう取り返しはつかねぇぞ!さっさと仕留めろ!』」

 

「『は、はい!すみません…!』」

 

パァン!

 

しかし、相手の絶妙なブレーキングやハンドルさばきで、運転席に弾が命中しない。

 

「『見た事無い奴…確実に警察だな。自家用車で無茶してるが、はみ出し者の刑事ってところか』」

 

RGはプカリと葉巻の煙を鼻から出した。

 

「『やり手のようですね。発砲に怯むどころか、勇ましく反撃してきていますから。

何らかの理由で私達をマークしていたら、発砲を受けた…してやったりというところでしょうね』」

 

ナカムラが言う。

 

 

カチ!カチ!

 

「『チィ…!詰まった!このオモチャめ!』」

 

クサナギが故障したトカレフを、うらめしそうにフロアマットに落とす。

 

カワノがダッシュボードを指差して、「『開けてみて下さい』」と言った。


「『分かった!』」

 

カワノの言うとおり、ダッシュボードを開けてみると、中にはリボルバーが一丁。

 

クサナギはすぐさまそれを手に取った。

 

「『助かる!借りるぞ!』」

 

これはRGの車であるが、カワノは自分の銃を勝手にダッシュボードの中に忍ばせていたようだ。

もちろん、その程度の事でRGは怒りはしないが。

 

パァン!

 

キィー!!

 

再びクサナギの攻撃が始まると、シルバーの車は急ブレーキをかける。

 

そして並走をやめて、真後ろにつけてきた。

 

クサナギが腕だけを窓から出して、後方に向けて発砲する。

 

パァン!

 

RGが振り返る。

 

しかし、車は平然とついてきている。

 

ドン!

 

後ろから車体をぶつけてきた。

 

パリン、とプレジデントのテールレンズが割れる音がした。

 

「『クソ!俺の車が!謎の警官め…ジョン・マクレーンにでもなったつもりか!』」

 

「『確かにまともな警官では無いですね。FBIでしょうか?』」

 

RGの悪態にナカムラが反応した。


「『FBIだと?あのヤロウ…』」

 

「『…?

ですが、まだ決まったわけではありません』」

 

RGが何やら意味深な言葉を発したのでナカムラは気になったが、聞き出すような真似はしなかった。

 

「『ぐっ!』」

 

カワノが呻き声を上げる。

 

しかし、特にカワノがケガを負うような事は無かったはずだ。

 

「『どうした?』」

 

RGが言った。

 

「『ブレーキが…』」

 

「『イカれたのか!?』」

 

クサナギが焦って叫ぶ。

 

「『い、いえ!

ペダルを踏んでブレーキを利かせても止まれないんです!』」

 

「『だから故障だろ!』」

 

クサナギがカワノの頭を叩いた。

 

「『ち…違います!後ろから押されてるんです!!』」

 

…!!

 

RGとクサナギ、ナカムラの三人は一斉に振り返った。

 

「『なんて奴だ…!』」

 

シルバーの車がピッタリとプレジデントの後ろに張り付いている。

 

「『ハンドルをきれ!』」

 

「『無理です、クサナギさん!このスピードではスピンします!』」

 

カワノはさらに強くブレーキを踏むが、車は止まらない。

 

それどころか、速度は少しずつ上がっていく。


 

 

クサナギの席の窓から入ってくる、ゴムの焼けるにおい。

 

そして車の後ろには白煙がもうもうと立ち上ぼっていた。

 

「『この煙で方向を見失ってくれたりは…しないな。クソが!』」

 

RGが叫んだ。

彼等を押している車は、しっかりと食らいついている。

 

「『リョ…リョウジさん…!前が…急カーブになってます!』」

 

ついに弾を切らしたクサナギが飛び上がって言った。

カワノはシフトノブを叩いてギアを変え、必死で車を止めようとしている。

 

RGも、そしてナカムラまでもが目を見開いた。

 

 

その時。

 

『フッ』と車が軽くなるのを、車内にいた全員が感じた。

 

ギギィー!!

 

もはや磨り減りすぎてバーストしたタイヤ。

ブレーキも焼きついているに違いない。

 

ホイールが直に路面と擦れて、何とも不快な音と火花が出る。

 

しかし…

 

車はゆっくりと止まった。

 

「『何だ?おい、カワノ!奴は!?』」

 

「『消えました!』」

 

「『アイツ…!俺達を行動不能にするのが狙いか!』」

 

バン!とドアを蹴ってRGは車から降りた。


辺りは、停止したRGの車のせいで混乱が始まった。

 

もっとも…発砲したり車をぶつけ合ったり、カーチェイスを繰り広げている時点で、多少なりとも周りにいた一般車は混乱していたのだが。

 

彼等の通ってきた道には、路肩に突っ込んだり接触事故を起こしている車がある事は間違いない。

 

 

「畜生が!出て来やがれ!…あん?」

 

先程まですぐ後ろにいたはずの、あの車が見当たらない。

 

「『リョウジさん!危ないですよ!車に戻って下さい!』」

 

クサナギが飛び出してきて、RGをかばう様に前に立ちはだかった。

 

「『動かない車の中のどこが安全なんだ?クソ!俺のプレジデントが…!すぐにメルセデスをこっちへ寄越すしかないな。

それよりも、アイツがいない』

おい!出て来い!」

 

日本語と英語を器用に使い分けながら、RGがしゃべる。

 

 

他にも停車している数台の車の群れ。

車から出ている者や、クラクションを叩いている者もいる。

 

スーッとシルバーのセダンがその合間をぬって後方からやってきた。

 

彼等の側で停車する。

 

「…」

 

「…!てめぇ!」


「…」

 

髭面のその男は一言もしゃべらない。

窓越しにRG達を見ているだけだ。

 

カワノとナカムラも車から出てきた。

 

「『チッ…不気味な奴だ。おい、どうやら向こうから動くつもりはないらしい。引きずり下ろせ』」

 

「『はい!』」

「『承知しました』」

 

RGがイライラと言い、カワノとナカムラが男に近寄った。

 

「『おい!こらぁ!なめてんのかてめぇ!』」

 

カワノがガツン!とドアを蹴って怒鳴る。

 

ナカムラは両手をスラックスのポケットに入れたまま、キッと男を睨みつけていた。

 

ドアが開く。

 

そして…

 

「何で発砲したんだ、貴様ぁ!」

 

男はクサナギを指差して、逆に彼等を怒鳴りつけた。

 

「『な…?なんだコイツ…イカレてやがる。

自分が誰と口をきいてるのか分かってるのか?』」

 

クサナギが困惑した。

 

「『おさえろ』」

 

RGは臆する事なく、二人に指示を出した。

 

カワノとナカムラが男の左右の腕を取る。

 

だが…

 

ドスン。

 

「『くっ…!』」

「『は…?』」

 

刹那。

二人は地面から空を仰いでいた。


「『何っ!?』」

 

クサナギが身構え、弾が切れている銃を男に向ける。

 

「…。お前、何者だ」

 

これはRGだ。

 

「お前達こそ、何者だ?いきなり撃ってくるとは、正気の沙汰ではないぞ」

 

そこまで言って、男は立ち上がろうとしていたカワノとナカムラのみぞおちに拳を叩き込んだ。

 

「『が…っ!』」

 

二人が、声にならない声を上げて悶絶する。

 

「ふん!出来損ないの部下が勝手に先走っただけの事だ」

 

RGはパン!とクサナギの頭を叩いた。

 

すぐに『申し訳ありません!』と、頭を下げている。

 

「それで…お前こそこっちの車がこんなになってるのは、どう責任を取ろうってんだ?」

 

RGがプレジデントを指差す。

 

「こっちはお前達に聞きたい事があって、車を止めてもらおうと思っただけだ。

いきなり撃ち殺そうとしてきた連中に、責任をどうと言われる筋合いなどないな!」

 

「聞きたい事だと?てめぇ、デカか?」

 

「とにかく、その動かないポンコツ車を路肩に寄せろ。

話はそれからだ」

 

「ポンコツにしたのはてめぇだろうが!」


 

 

「まいた…な」

 

一時間程経つと、キャンディは安堵の色を浮かべた。

 

車内。カーステレオに挿入されたカセットテープからは、『LL Cool J』が流れている。

 

キャンディの選曲ではない。

キャンディが出発する前にブレンダが「アンタ、シンとした車に乗って行くつもりかい?」と、テープを何本かプレゼントしてくれたのだ。

 

 

キャンディはヒップホップが好きだ。

 

頭の中で作られただけに過ぎない色恋の歌などではなく、そのアーティストが歩いてきた道をストレートにつづった『ギャングスタラップ』が特に好きだ。

 

 

はじめ、ある程度の距離と時間を置いてニューヨークに戻るつもりだったキャンディ。

 

しかし思いの他、RGの追跡は遠くまで及んだ。

 

「このガラクタで…行けるところまで行ってみるか…」

 

戻るという気持ちは捨てはしないが、距離と時間は伸ばす必要があると判断した。

 

 

西へ。

 

真直ぐ西へ。

 

大西洋を臨む街から、太平洋を臨む地へ。


 

 

「乗れ」

 

まともに動かなくなった車。

それをヤクザ者達の内の三人が道の横にどけると、フォレストが彼等に言った。

 

「あぁ?何を言ってるんだ、お前は!」

 

ヤクザ者達の中で唯一、きちんと英語を話せる男…つまりRGが応える。

フォレストから見ても、彼が高い位である事が分かった。

 

「乗れと言ってるんだ。時間がない」

 

「ふざけるな」

 

「直に警察や救急隊がやってくるだろう。

俺達が巻込んできた一般車を順々に追ってな」

 

「何…お前、警察じゃないのか?FBIか?」

 

RGが眉間にしわを寄せる。

 

「違う」

 

「だったら何だ!探偵ごっこのつもりか?」

 

「貴様らが警察の手に渡ってもらっては困る状況にあるだけだ。

どうする?」

 

クサナギが、パトカーだ!と道の向こうを指差している。

 

「チ…!」

 

RGはドアを開け、フォレストの車の後部座席に座った。

 

状況が読めない三人は目を丸くした。

 

「『リョウジさん!?』」


彼等は一斉にRGの元へ駆け寄り、クサナギは窓ガラスを数回叩いた。

 

「『何をしてらっしゃるんですか!おとなしく捕まるおつもりですか!』」

 

窓が開く。

 

「『バカヤロウ。お前達も早く乗れ』」

 

「『は…い?』」

 

「『さっさと乗るんだよ!』」

 

窓から伸びたRGの右手が、クサナギの襟首を掴んだ。

 

 

車が出発して間も無く、路肩に寄せてあるプレジデントにパトカーと救急車が群がっているのが見えた。

 

「…よかったな」

 

「『よかった』だと!車が台無しだぞ!」

 

フォレストの言葉にRGは激怒した。

 

状況を説明してもらえていない三人はどういうリアクションをしていいのか分からない。

 

「またか。撃たなければ穏便に話が出来た…それだけだ。

それに、俺の車だってボロボロだ」

 

「さっきから言ってる話ってのは何だ」

 

 

フォレストはそのまましばらく車を走らせ、建物などが無い郊外へ抜けた。

ひたすら真直ぐ、道路が地平線まで続いている。


車が止まった。

 

フォレストが振り返ってRGの顔をジッと見る。

 

「殺しを追ってるんだ」

 

「殺し?」

 

「そうだ」

 

「どうして俺達にそんなことをきく?

お門違いだろう」

 

RGがフン、と鼻を鳴らした。

 

「爆破された工場…あれはお前達の物だろう?

そして、それをやった人間を追いかけている途中…違うか?」

 

「貴様…やっぱり警察の回し者だろう!殺すぞ!」

 

「違う!俺は警察ではない!

もしそうなら、撃たれた時点で撃ち返すだろう!それにわざわざこうして警察の目から逃がしたりはしない!」

 

ついに懐から自らの銃を抜いたRGに、両手を広げてフォレストが抗議した。

 

車内の空気が一瞬にして緊張で重たくなる。

 

「本当に話が聞きたいだけだ!信じてくれ!」

 

「…」

 

「銃を退け…!」

 

銃口の向きは、フォレストの額。

 

「車は弁償しろよ。それなら口をきいてやる。

お前の欲しがる情報を、こっちが持っているとは限らないがな」

 

「何!?い、いや…分かった…」


「あれはこっちには売ってない車でな。

本国から取り寄せる必要がある。新車で、オプションも全部つける。

それから…船賃も払ってもらおうか」

 

しばらく不機嫌だったRGだが、ここで少し笑みがこぼれた。

 

「二人の警官が殺された事件だ」

 

RGの細かな要求を無視して、フォレストが勝手に切り出す。

 

「警官が二人?殺されたのか?」

 

RGは素知らぬ顔で応えた。

 

「何発も撃たれてな」

 

「誰にだ?」

 

「それを追ってるんだよ!」

 

フォレストが怒鳴る。

 

「ふん。それで、どうして俺達をつけてきたんだ」

 

「俺は爆破事件と、今言った警官の殺人事件が絡んでいると見た。

同一犯だとまでは言わないが、連続で起こった事もあるからな。

そこで、あの工場から勢いよく走って行ったお前達に目をつけた。工場は、お前達の物で間違いないな?」

 

「そうだ。確かにウチの組が借りていた物件だ。

さっきからきいてるが、お前は何者だ?ただ事件を追っているだけにしては、命懸けだな」


RGは銃口こそフォレストの顔からは外していたが、未だ銃をしまいはしない。

 

正体不明の人物に対しての警戒は、簡単には解けない。

 

 

フォレストはしばらくうつむいていたが、やがて小さくつぶやいた。

 

「確かにいつまでも隠しているわけにはいかないな…」

 

「あぁ」

 

「警察を…やっていた者だ」

 

RGはサングラスの奥で目をカッと見開いた。

 

「元警官か!?なるほど…それで元の同僚か、もしくは部下のカタキを探し回ってるというわけか!」

 

ようやくRGは、フォレストが血眼になっている理由に納得できる。

 

「鋭いな。殺された二人は、部下だった人間だ」

 

「しかし、どうして現役では無い?

貴様の行動や言動は現役の警官さながらだったぞ?」

 

「辞めてきたばかりだ。

この事件を追う為だけにな」

 

「何?なぜ辞める必要があった?」

 

RGの質問に、フォレストは答えるのを躊躇した。

 

「それは…」

 

「大方、捜査権がFBIに移ったんだろう。

なぁ、熱血警官さんよ?」

 

RGの口がニヤリとつり上がった。


「クッ…」

 

「まぁイイ。警察には警察のプライドってものがあるだろうからな。

職を投げてまで、追う価値のある事件…もしくはそれだけの思い入れがお仲間にあったって事だな」

 

「もう、こちらの話はこれくらいでイイだろう」

 

らしくない。

 

聞き込みをするつもりが、相手のペースに完全に飲み込まれている。

 

『この男は侮れない』

 

フォレストの脳裏にはしっかりとRGの危険性が焼き付いた。

 

咳払いをして、彼は続ける。

 

「お前達が追っている人間は、爆破事件の犯人だと思われるのか?」

 

ここで、ハッとRGが何かを思い出したように息を飲んだ。

 

「そうだ!貴様が邪魔に入ったから、奴を逃がしちまったじゃねぇか!」

 

「何?」

 

「俺達の前をかなりのスピードで走ってたコンパクトカーがいただろう!」

 

フォレストとの激しいカーチェイスのせいで必死だった彼は、アイス・キャンディを見失ってしまった事など、頭から飛んでしまっていたのだ。

 

「さっさと進まねぇと!

わざわざメルセデスを寄越してる暇なんかない!」


彼が運転席を蹴る。

 

「どうしてくれるんだ!この間抜けが!」

 

「まさか…」

 

もちろんフォレストはそんなことがあったとは知らなかった。

 

「自分で自分の首を絞めるようなものだ!

俺達はお前が邪魔に入った時、明らかにその車を追っていただろう。あと少しだったのに…!」

 

「そうだったのか…分かった。しばし協力しよう」

 

「はぁ?」

 

フォレストは慎重に提案した。

 

「つまり、お互いに追っている人物が一致しているんだろう?

しかし、お前達にはアシが無い。

だからこのまま鬼ごっこを再開しようって事だ」

 

「一緒にこの車で行動するという事か?」

 

「そうだ。何か問題あるか?」

 

RGはすぐに応えず、三人の部下達の顔を見た。

 

クサナギ…気を張っているが、明らかに疲弊している。

 

カワノ…まだ酔いも醒めていなかっただろうに、よくここまで運転してくれた。

 

ナカムラ…まだ自分との付き合いは浅いが、よくついてきてくれている。

 

 

「『みんな…しばらくコイツと一緒に、この車でキャンディを追跡する事にした』」

 

こうして奇妙なタッグが結成された。


 

「『どういう経緯なんですか?』」

 

クサナギが発した。

 

ナカムラは多少英語を理解出来るが、それでも三人の為にRGが説明をする。

 

「『コイツは元警官だ』」

 

フォレストを指差す。

 

三人は大きく驚く事は無かった。

 

「『俺達が関わった…二人の警官殺しの事件を私情で追ってるそうだ』」

 

問題ない。

 

せっかくの自白も、フォレストの耳には意味不明の言語として届いている。

 

「『つまり、コイツが追っているのは厳密に言うと俺達だ。

だが、奴は爆破事件の犯人であろうキャンディを追う俺達に目をつけた。

それで、ここからはキャンディを探す事に協力を申し出てくれたわけだ。少し危ない橋だが、車が無い俺達には好都合。

…利用してやろうと思う』」

 

頷く三人。

 

「『人探しに警官の洞察力は使えますからね』」

 

これはナカムラだ。

 

なかなか悪知恵を働かせる事が板に付いてきている。

 

「『だがコイツもバカでは無さそうだ。もし、真実を見出す事になれば、その時は…』」

 

フォレストをのぞいた全員が、RGの言葉の続きを理解した。


 

 

数日後。

 

「雨か」

 

ゆっくりと走る車。

 

パタパタとフロントガラスに軽く小雨が当たる音がする。

 

 

なんとキャンディは遠いニューヨークからロサンゼルスへと、大陸を完全に横断していた。

 

RGの追跡は謎の車によって阻害され、それ以降は特に問題は無かったようだ。

 

 

街に到着してすぐに彼が向かったのは、レストランでもホテルでもなく、だだっ広いスクラップ置き場だった。

 

砂地に鉄くずや車など、様々な物が山の様に積まれている。

 

キッ。

 

事務所らしき、小さな小屋の前に車を停める。

 

その小屋には窓が一つあり、中に一人の男がいるのが見えた。

作業着を着たヒゲ面の男だ。

頭はすっかり禿げ上がっている。

 

車から降り、キャンディは小屋へと走る。

 

それを見た男が窓を開けてくれたので、キャンディは声を掛けた。

 

「よう」

 

「やぁ、どういった用件だい」

 

「ここは、ただのゴミ置き場か?それとも引き取りや買い取りをしてくれるのか?」


男は低い笑い声を上げた。

 

「ははは!当たり前だろう!

単なるゴミ捨て場に見えたのなら面白い男だ!」

 

「そうか。じゃあ、このポンコツを買い取ってくれ」

 

キャンディがカローラを指差す。

 

「ほう…?はは!確かにポンコツだ!」

 

客の車に、冗談でもこんなことを言うこの男の方がよっぽど面白い。

 

「…」

 

「しかし、なぜ車屋に売らないんだ?

ポンコツだって、ウチでつぶしちまうよりはいくらか高くなるだろう」

 

「構わない。いくらになる?」

 

「わずかなもんだ。100ドルってところか」

 

男が顎のヒゲを撫でながら応える。

 

「分かった」

 

「では、ここに…サインだけもらおう」

 

座っていたデスクの引き出しから、男は何かの用紙を取り出した。

 

キャンディが窓の中に手を伸ばし、書類に偽名のサインをする。

 

ニューヨークのナンバープレートはここでは目立つ。

キャンディが車を車屋に売らずにスクラップにするのはそういった理由だ。


それに気付いた男が、少し怪訝な顔をした。

 

「アンタ、コイツでニューヨークから来たのかい」

 

「そうだ。ナンバープレートは適当に破棄しといてくれ」

 

書類を男に渡しながら、キャンディが言った。

 

サインに目を通す男。

 

「帰りは飛行機か?えーと…ミスター・サンダース?」

 

「いや。しばらくこちらの知り合いの家に転がり込むつもりだ」

 

「なるほど。それで車が必要なくなるわけか」

 

100ドル札を一枚、差し出す男。

 

もちろんキャンディの言葉は出任せだ。

彼に行くあてなど無い。

 

しかし、客であるキャンディの身の上をあつかましく訊いてくるこの男を納得させるには十分な言い訳だった。

 

「では、失礼」

 

「あぁ、待ちな!」

 

金を受け取り、バッグを抱えて歩き出そうとしたキャンディに掛けられる、男の低い声。

 

「アンタの知り合いの家ってのは遠いんじゃないのか?

ここらに民家は少ない。タクシーを呼んでやろう」

 

「…」

 

お節介というのか、はたまた世話焼きというのか。

 

人と人との接し方一つを取っても、土地柄がよく表れている。


「ははは!遠慮しなくてイイ!ほら、雨が降ってるじゃないか!

そのまま歩いて行ったら、ずぶ濡れだぞ」

 

キャンディの沈黙を遠慮だと見なしたらしい。

 

「けっこうだ。心配いらない」

 

「何?あぁ!金が無いんだな!それでは仕方がないな」

 

「そういう事にしておいてくれ」

 

勝手な解釈をした男にキャンディはそう言って、フードを深く被り直した。

 

「そこにある作業用のダンプでよければ送ってやろうか!」

 

「大丈夫だ!ほっといてくれ!」

 

なおも食い下がる男に、強く言い放つ。

 

「そうか。それじゃあ気をつけてな!」

 

「ふん…」

 

面白いもので、男は自分の親切な申し出を断られてムッとするわけでもなく、にこやかにキャンディに笑い掛けた。

そして軽く右手を上げて別れの挨拶に代え、すぐにデスク上の書類整理を始めたのだ。

ドライな性格らしい。

 

 

キャンディは再び歩き出した。

 

雲に覆われた空が、夜の闇で一層黒くなり始める。


気温はさほど寒く感じない。

 

雪が降りしきるニューヨークの寒さに比べれば、カリフォルニアで多少の雨に濡れる事など、キャンディにとってはどうという事は無かった。

 

とはいえ、雨に濡れる事よりも長距離を歩くのは確かに苦だ。

 

 

ガチャ。

 

「…?」

 

何かの音。

 

「おい、アンタ」

 

「…!!」

 

背中に何かヒンヤリする物が触れた。

 

相手は一人…ではないようだ。

 

「囲め!」

「金だ!金!金を奪うぞ!」

「逃がすなよ!」

 

複数の声が響いた。

 

キャンディはどこからともなく現れた数人の男達に、アッと言う間に囲まれてしまった。

 

「クッ!」

 

キャンディは仕方なく両手を上げる。

 

 

彼等は、青い服やバンダナなどを身に着けていた。

 

「チッ!ギャングか…」

 

「チェスター・クリップだ!あの世でも覚えときな、ニガー!」

 

舌打ちと共に出たキャンディの言葉に誰かが反応した。

 

このままでは殺される…

 

そう感じたキャンディは、脳内を掻き回して必死で言葉を探す。

 

「お前達…!莫大な金が欲しくないか!?」

 

ピタリと彼等の動きが止まった。


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