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Crap Ur Handz  作者: 石丸優一
5/34

Battle

『Battle…戦い』

数日前。

 

とある路上。

 

 

「そうですか…ご協力、感謝します!」

 

一人の男を呼び止めて質問してみたものの、特にこれといった情報は得られなかった。

 

ゆっくりと車が発進する。

 

「あぁー、またダメでしたね!でもあきらめませんよ!」

 

「…」

 

ルーキーの言葉を無視して、巡査長は腕を組んだまま押し黙っている。

 

「あれ?巡査長、具合でも悪くなられたんですか?」

 

「いや…」

 

「そうですか。それならイイのですが」

 

また新たな聞き込みをやろうと、ルーキーがパトカーのスピードをゆるめる。

 

「おい」

 

「…はい?やっぱり具合が悪いんですか?

腹ですね。便所、探します」

 

「違うと言ってるだろう。

さっきのフードの男…何か引っ掛かる」

 

ルーキーは目をパチクリさせた。

 

「どうしてです?」

 

「勘だ。バレない様に後をつけるぞ。車を停める場所を探すんだ」

 

「『勘』って…

了解しました、巡査長」

 

あきれたような声を上げたルーキーだったが、巡査長のひと睨みで行動は決定された。


道幅が少し広くなっている場所を見つけ出し、ルーキーがパトカーを駐車する。

 

「やると決めたら急ぎましょう」

 

「あぁ」

 

二人は勢いよくドアを閉めて、巡査長が目をつけた男が去っていった方向へと駆け始めた。

 

 

走り始めて数分経った時。

 

ようやくその瞬間がやってくる。

 

「…いた。おい、尾行するぞ」

 

巡査長が立ち止まってルーキーに声を掛けた。

 

尾行とは言っても制服が目立つ。

 

物陰に隠れて、つけていく他ない。

 

「…?何だかたくさん荷物を持ってますね」

 

「そうだな。買い物をしたんだろう」

 

家の陰に隠れて、男を盗み見ながら会話する。

 

 

男は辺りをキョロキョロと見回すわけでもなく、ただまっすぐに道を歩いていく。

 

ルーキーからみれば、巡査長にとって彼の何が引っ掛かるのかはまだ理解できていない。

 

「そのまま家に入っちゃったら、それ以上はどうしようもないですよね」

 

「それはそれで前進だろう。私の勘が鈍ったというだけの事だ」


 

「あれ?なんだか人がたくさんいますね。

…教会か」

 

「貧しい人達の列だな。

彼等と違って、私達には帰る家がある事だけでも感謝しなければならない」

 

「そうですね…」

 

男が教会の前を歩くと、そこに並んでいた人々はジロジロと彼を見た。

 

彼等には家がない。

つまり、ろくな物も食べていないだろう。

好きな物も着れないだろう。

 

男が手に持っているものが何であれ、彼等の目にはまるでそれが宝物であるかのように映っているに違いない。

 

しかし、フードを被った男はそんなことなどまるで気にしていないらしい。

 

彼等の方をチラリと一瞥しただけで、歩みは一定のスピードを保っている。

 

ピッピッ!

 

クラクション。

 

突然、真っ白いメルセデスがその男の近くで停車した。

 

「何だ?奴の知り合いか?」

 

巡査長がつぶやく。

 

メルセデスを運転している人間が、男に何か言っているようだが、二人には聞こえない。

 

「あ!乗り込みますよ!」

 

「しまった!これは予想外だ!」

 

車が走り始める。


「急いで車を回してくれ!私はこのまま走る!」

 

「はい!?そんな無茶な!」

 

「いいから急げ!」

 

巡査長が駆け出す。

 

「…分かりました!すぐに追いつきます!」

 

ルーキーもきびすを返して駆け出した。

 

 

「すいません!通してくれ」

 

巡査長が教会の前に並ぶ人々をかき分ける。

彼等のあまりの数に、進行を妨げられたのだ。

 

メルセデスの姿は見えないが、走っていった方向なら分かる。

 

「…」

 

教会に並んでいる人々の中でも、一際大きな男の前を通り過ぎ、彼は一心に走る。

 

 

「はぁ…はぁ…クソ…!」

 

「お待たせしましたー!!」

 

「来たか!」

 

パトカーがキッと停車し、巡査長はすぐに乗り込んだ。

 

「どちらへ!」

 

「私の勘では…おそらくそっちだ!」

 

「また勘ですかっ!」

 

そう言いながらも、ルーキーは巡査長の指し示す方向へとハンドルを切る。

 

「だが、私の勘でこうして動いた事で…あの男がますます怪しく感じてきた」

 

「そうですか?まだ俺には何も」

 

ルーキーは頭をかいた。


だが、その直後。

 

「…!あのメルセデス!」

 

ルーキーが叫び、彼自身が巡査長の勘の正しさを証明した。

 

「工場…?待て。もう出るみたいだ!車を目立たない所へ!」

 

小さな工場のような建物の敷地内に、先程の車が停まっているのを発見した二人。

 

しかし、車が動き出す様子なので一度通り過ぎ、慌てて別のビルの陰にパトカーを隠した。

 

 

メルセデスが彼等の目の前を走り抜ける。

 

どうやら気付かれてはいないようだ。

 

「…一人?フードの男が乗っていませんね」

 

「さっきの場所で降りたんだろう」

 

「えぇ、間違いないですね」

 

メルセデスには運転している男以外の人影は無かった。

 

ルーキーが車のギアをDに入れる。

 

「待て」

 

だがそれを巡査長が制止する。

 

「はい?」

 

「お前はここで待機していろ。車で入っていくと目立つからな。

私が見てくる」

 

「そんな!だったら俺が行きますから、巡査長が残って下さい!」

 

「バカ言え」

 

有無をいわさずに彼は助手席から出ていった。


 

 

通行人はほとんどいない。

 

巡査長は巡回のフリをし、歩いて工場の前を通過した。

 

「…」

 

一瞬ではあるが、パッと見た感じでは人がいるようには見えない。

 

もちろんフードの男の姿も確認出来なかった。

 

ソロリと敷地内に入る。

 

もちろんこれは警察官として褒められた行為ではない。

 

「『…でな、その女が』」

 

「…!」

 

巡査長が少し建物に近付いた時、どこからかヒソヒソ話が聞こえてきた。

 

もちろん彼は足を止めて聞き耳を立てる。

 

「『本当か!?今度…』」

 

「『シッ!静かにしろよ。キャンディが不機嫌になっちまうだろう』」

 

聞き慣れない言語だ。

 

敷地内で近くにあった簡易トイレの陰からそっと様子を伺う。

 

「…アジアン?韓国人か…?」

 

男が二人。

 

動きやすそうな薄手のスウェットを着ている。

少し寒そうだ。

 

あまりガラの良い連中には見えない。

 

だがチャイニーズ系のマフィアと比べると、そこまで小綺麗にも感じられなかった。


「さて…どうしたものか」

 

その二人が立っている場所からは、工場の入り口の鉄扉が近い。

 

巡査長は建物の裏へ回ってみる事にした。

 

 

だが、簡易トイレの陰から動きだそうとした瞬間。

 

「『もしもし』」

 

「…くそ!…こっちにも誰かいるのか…」

 

「『えぇ。任せて下さい、リョウジさん。しっかり守っておきますから』」

 

聞こえる声は一つ。

 

巡査長に内容は理解できないが、おそらく電話をしているのだろうと彼は思った。

 

「『はい?…分かりました。では、セキュリティの人数を少し増やしておきます。それではまた…』」

 

通話が終わったようだ。

 

ふぅ、と息を吐く音が聞こえた。

 

そして、足音が近付いてくる。

 

「…!」

 

隠れる場所がない。

 

このままでは見つかってしまう。

 

彼はとっさに、トイレの扉を開けてその中に入った。

 

 

息を殺して足音が遠ざかっていくのを待つ。

 

しかし。

 

足音は、トイレの前で止まった。


ガチャ。

 

「『あん?閉まってる』」

 

間一髪。

 

巡査長はドアに鍵をかけた。

 

「クソ…このままではマズいな…」

 

外にいる人間に聞こえないように小声で悪態をつく。

 

コンコン。

 

扉をノックする音。

 

「『おーい、誰か入ってるのかー?』」

 

巡査長の頭がフル回転する。

 

しかし、彼は韓国語など分からない。

 

もちろん、外にいる人間は韓国人ではないのだが。

 

「『おい、どうした?返事しろよ』」

 

「ハイ」

 

思わず口から出た『Hi』という挨拶。

 

もちろん彼が発したのは英語だが、それが日本語の『はい』…つまり『Yes』として通じた。

 

「『…?その声はヤガミか?

まぁいいや。俺はその辺りで立ち小便してくるからよ』」

 

足音がゆっくり遠ざかる。

 

巡査長自身はわけが分からないままだが、とにかく扉をそっと開けて顔を出した。

 

 

見える範囲には誰もいない。

 

「ひとまず退散だな…!」

 

彼は身をかがめながら敷地内から道路に走った。


 

 

「ふぁぁ…」

 

大きなあくびをしていたルーキー。

 

ガチャ…バン!

 

「うわ!巡査長!」

 

彼は勢いよく助手席へ乗り込んできた巡査長に驚いた。

 

「気を抜きすぎだ。始めの頃の勢いはどうした、馬鹿者」

 

「す、すいません!

…ところで、様子はどうでしたか?」

 

彼がまっすぐに巡査長を見つめる。

 

「さぁな。警備のような人間が配置されていて、中の様子までは見れなかった」

 

「警備?では、あの場所は何かのアジトかもしれませんね!

何だか一気にあのフードの男が怪しく感じてきましたよ」

 

「まだ分からないがな。

私の勘もまだまだ捨てたものではないという事だ。これからしばらくはこの辺りで張り込むぞ」

 

巡査長はポケットからガムを取り出して口に入れた。

 

「了解しました!俺みたいなひよっこ警官が張り込みなんて、滅多に経験できる事ではありませんよね!」

 

「そうだな。普通ならばできない。

では二、三日か、一週間か分からないが、家に帰るのはおあずけだ」

 

「はい!…ん?えぇー!?帰れないんですか!」


 

 

次の日。

 

「はぁ…今日はガールフレンドのバースデイだってのに」

 

だらしなく伸びた無精髭を撫でながら、ルーキーが愚痴をこぼした。

 

このしばらくの間で、確実に彼のモチベーションは下がってきている。

 

「何か言ったか?」

 

「あ、いえ!

メシ、何か買ってきましょうか!」

 

「…そうだな。何か頼む」

 

「分かりました!」

 

ルーキーが運転席から降りて、駆け足で去っていった。

 

 

彼等は夜に一度、警察署に戻ってシャワーを浴びた以外、この辺りから大きく離れていない。

 

工場も常に監視してはいるが、警備の人間が常にいるのだ。

完全に隙が無い。

 

 

 

動きがあった。

 

「…!あのメルセデスは!」

 

一台の白い車が、工場の敷地内に入ったのだ。

 

警備の人間達が走り寄ってきて、その車のドアを開けている。

 

そして、運転席から降りてきた男に対して、深々と頭を下げているのが見えた。

 

「もしかしたら、日本人…か?」

 

「お待たせしました!」

 

ちょうど、ハンバーガーを持ったルーキーが戻ってくる。


「見ろ。あのメルセデスが戻ってきた」

 

「本当だ!フードの男が移動するんですかね?」

 

「可能性はあるな。いつでも動けるようにしておけよ」

 

巡査長はルーキーが抱えている紙袋に手を伸ばして、チーズバーガーをつまみ上げた。

 

「うーん、いい匂いだ。

いただくぞ」

 

「どうぞ」

 

大口を開けてカブリとそれに食らいつく巡査長。

 

濃厚なチーズの味と、ジューシーな肉からあふれ出る肉汁、レタスのシャキシャキとした食感が彼の舌をうならせる。

 

「これは旨いな!寒くてもビールが欲しくなってくる」

 

「そうですね!この件が片付いたら、どこかへ飲みにいきましょう」

 

 

それからしばらく時間が経ったが、車が動く気配はない。

 

警備の人間達も、相変わらず工場の周りから動かない。

 

 

そして、日が高くなった時。

 

「ん?今度はトラックの到着か」

 

巡査長が言う。

 

「え!本当だ…一体何をする気なんでしょうね?」

 

そのトラックの運転席から、老いた男が出てきた。


その男は、よく見ると手に携帯電話を持っている。

 

誰かと通話しているらしい。

 

 

しばらくそのままの状態で入り口の前に立っていたが、やがて警備の人間が鉄扉を開けてその男を中へ通した。

 

「なんだか、怪し過ぎますね」

 

「大男を探すというところから、何ともすごい状況になってきたじゃないか」

 

「えぇ。しかし、このままここで張り込みを続けて、彼の情報に結び付くのでしょうか?」

 

確かにルーキーの疑問は的はずれではない。

 

「勘違いするな。私は現時点ではむしろ、大男よりも、あのフードの男が殺しを行なった可能性が高いと見ている」

 

「はぁ…確かに怪しい人間ではありますが」

 

「もし、大男とあのフードの男が繋がっているのならば話は別だ。

大男からも情報を得る必要がある。

しかし、目の前に最も疑わしい人間がいるのに、始め追っていた人間に戻って何の意味がある?

状況や情報は必ず変化していく。

この世で唯一変化しないものは『物事は常に変化する』という事実だけだ」

 

巡査長はピシャリと言い放った。


 

 

数分後。

 

「今度は何だ!」

 

ルーキーが興奮する。

 

次々と、突然現われた数台の車が、工場の敷地内に入って停車したのだ。

 

SUVが多いが、ピックアップトラック、スポーツクーペなど、車種は統率されていない。

 

警備の人間達が慌てふためいて、怒鳴り声を上げているのがよく分かった。

 

「『なんだてめぇら!』」

 

「『こらぁ!勝手に入ってくるんじゃねぇ!』」

 

直後。

 

鉄扉が開き、一人の男が出て来る。

 

始めにトラックを乗り入れた男だ。

何かケースのような物を持っている。

 

彼は自分が乗ってきたトラックは無視して、集まっている車の内の一台に乗り込んだ。

 

 

「フードの男もいるな」

 

「え!本当だ!ようやく姿を現したな!」

 

いつの間にか、工場の中から出て来たらしい。

 

 

数台の車がすべて走り去り、一台のトラックがポツンと取り残された。

 

警備の人間達がその周りに集まる。

 

何かを下ろすようだ。

それも、大きな物である事は間違いない。


 

すぐにまた、ゾロゾロと車の群が工場にやってきた。

 

すべて日本製の高級車だ。

 

「忙しい連中だな。また人がやってきたぞ」

 

「アジアン…ですね」

 

その車から次々と現われたのは、警備の人間達と同じような格好をした連中だ。

 

スーツを着ている者もいれば、スポーツ用のスウェットを着ている者もいる。

 

今からトラックから物を下ろす『加勢』というわけだろう。

 

 

 

トラックが鉄扉の近くへ移動した。

 

「『せーのっ!』」

 

男達が一斉にそれを持ち上げる。

 

「…?なんだあれは」

 

巡査長が口から言葉をもらした。

 

「うーん、皆目見当もつきませんね」

 

大きな長方形の箱。

 

普通車一台分はあろうかという大きな箱だ。

 

灰色のボディをしていて、何かの機械である事だけはなんとなく察しがついた。

 

 

「『おらぁ!もっと気合い入れろ!』」

 

「『おう!』」

 

男達が大きな声を出し合いながら、それを運んで行く。

 

しかし二人だけ、作業に加わっていない人間がいた。


一人はフードを被っている例の男。

 

もう一人はアジアンで、スーツを着た男。

 

彼はどうやら、立場が上のようだ。

 

時折、機械を運ぶ男達に指示を飛ばしているように見える。

 

「あー、中に入っちゃいますよ」

 

ルーキーの言うとおり、その場にいた全員がゆっくりと鉄扉から工場の中へと消えてしまった。

 

「よし。これはチャンスだぞ」

 

「はい。本当にやりますか?」

 

「当たり前だ」

 

今、警備の人間は誰一人として外にはいない。

工場の中をうかがうには最大のチャンスなのだ。

 

しかし、ルーキーの顔は曇った。

 

「なんだ、どうした?

あぁ…また留守番は嫌だって言うんだな。分かった、お前も一緒に来い」

 

「いいんですか!どうして俺の考えてる事が分かるんです」

 

パッと一瞬で彼の顔が明るい表情になる。

 

「勘だ、勘。ぐすぐずするな」

 

巡査長がドアを蹴り開けた。

 

「またそれですか!かなわない人だ!」

 

ルーキーも外へ出て、ホルスターに挿さっている拳銃を引き抜く。


 

二人は素早く敷地内へと走った。

 

そこからは、そろそろと建物へ近付く。

 

この時の彼等にとっては、自分の足音や呼吸する音、心臓の鼓動でさえも『普段聞くジェット機の爆音よりうるさい』と感じていたに違いない。

 

「…」

 

「…」

 

鉄扉。

 

それを挟んだ左右の壁に張り付いて、アイコンタクトで会話する二人。

 

もちろん扉は閉まっている。

 

少しだけ開けて中を見る、というのも危険な行為だ。

 

巡査長が親指をクイッと傾ける。

 

「私は裏へ回る」という意味だ。

 

窓などがあれば、表の鉄扉を開けて物音を立てるよりも、簡単に中を覗く事が出来る。

 

 

移動を開始した巡査長。

 

「…巡査長…」

 

ルーキーのささやき声。

 

「…!?お前…!どうしてついて来たんだ…!」

 

「はい…?」

 

「二人して裏へ回る事は無いだろう…!」

 

ささやき声での口論が展開される。

 

「…そんな!巡査長が『来い』って…!」

 

「…そんなことは言ってないぞ…!どうなっても知らないからな…」

 

ここでようやく、巡査長も拳銃を手にとる。


 

 

二人はグルリと工場を一周し、鉄扉まで戻ってきていた。

 

換気口以外、工場の内部へ繋がるのはここだけだったのだ。

 

「非常口も無いなんて…いつの建物だ…」

 

巡査長がぼやいた。

 

「巡査長…窓が一つだけあります…!」

 

上を見上げていたルーキーが、ささやき声で叫びながら指差す。

 

鉄扉の真上、地上からはかなりの高さがある位置に、小さな窓があった。

 

「む…確かに…しかし、あれは厳しいだろう…到達するまでの足場がない」

 

「そうですか…では鉄扉から?」

 

「危険だが、それしかないだろう…」

 

ヒソヒソと話す事で、喉がやられたのか、巡査長は一度大きな咳払いをした。

 

ルーキーがビクリと反応する。

 

「巡査長…!」

 

「…すまない。では、私が中を見てみよう。

…お前は車に戻るんだ」

 

「え…!?どうしてです…!」

 

興奮したルーキーの声が大きくなる。

 

「俺にやらせて下さい!」

 

「バカ者!やめておけ!」

 

扉に手をかけるルーキーと、それを止める巡査長の格闘が始まる。


 

 

「ズル賢いだと…どういうつもりだ!RGィ!」

 

キャンディが叫ぶ。

 

空気がビリビリと震えた。

 

「…これは面白い。冷たいアイスも煮えたぎるか」

 

「ふざけるな!」

 

「『おい』」

 

RGはキャンディから目線をそらし、クサナギをそばに呼んだ。

 

はい、と短く応えたクサナギがビジネスバッグを運んでくる。

 

グッチ製の高級カバンだ。

RGの私物らしい。

 

「キャンディ。俺達は口約束だけで、こんなデカイ仕事の協力を結んだわけでは無かったよな?」

 

「当たり前だ!さっさと書類を見せろ!」

 

「…ふん」

 

RGはカバンの中から、一枚の紙きれを取り出した。

 

「よく見ろ、キャンディ」

 

「何?」

 

キャンディはRGに近付いて、ヒラヒラと彼の手で揺れている紙を乱暴に取った。

 

「…生み出す金の六割は、如何なる理由があろうともこの契約書にサインした時点で与えるものとする…?

だから、俺が受け取れるんだろう!違うのか!」

 

文面の最後には、しっかりとキャンディのサイン(もちろん偽名)があった。


「よく考えろ。与える…だ、キャンディ。

受け取る、ではない。

お前は俺達に六割の金を与えるんだよ」

 

「俺を騙したのか…!」

 

「騙してなどいない。お前がきちんと書類の意味を理解できていなかっただけだ。

俺は、お前と仲良くやっていきたいんだぞ?

妙な揉め事はやめておこう。なぁ、アイス・キャンディ?」

 

RGがキャンディと肩を組む。

 

しかしキャンディは当然、素早くそれを振り払った。

 

「クソヤロウ!殺してやるからな!」

 

ついに、キャンディは歯をむき出しにして吠えた。

 

まわりの若い衆も、言葉こそ分からないが、RGとキャンディが口論をしているのは感じとれたようだ。

 

キャンディを囲むように並び、彼を睨みつけている。

 

「この状況で俺を殺すのか?

キレ者がきいて呆れるぜ」

 

「こんなクソみたいな契約書は破棄する」

 

ビリビリと大きな音を立てて、紙が真っ二つになった。

 

「ちなみに…書類を紛失、あるいは破棄した場合は、すべての金を受け取る権利を失う」

 

RGの口元が、ニヤリとつり上がる。


「誰がそんな戯言をきくか!

お前達は最初から俺を陥れるつもりだったんだろう!」

 

「キャンディ…落ち着け。

確かにこの仕事、提案したのは俺からだ。

だが、話にのったのは自分。あのバカを殺ったのも自分。

しまいには契約書まで破いてしまっては…もう取り返しなどつかない」

 

葉巻をくわえたRG。

 

すぐにクサナギが『失礼します』と火をつけた。

 

「つべこべ言わずに六割よこせ、RG。

俺がサインをしたのはそういう条件だ!」

 

「バカが。言葉の意味が分からないのか?

もはやお前にはこの件に介入してくる権利は無い。

消されないうちに消えろ、アイス・キャンディ」

 

「ふざけるな!ブッ殺して…」

 

ついにキャンディは袖から拳銃を引き抜く。

 

だが…

 

「…くっ!」

 

その十倍以上の数の銃口が、彼に向けられる結果となった。

 

まわりの若いチンピラ達だ。

 

「『リョウジさん!何だか分かりませんが、コイツは敵になったみたいですね。…殺りますか?』」

 

クサナギが言う。

 

 

その時。

 

ガシャアン!

 

大きな音が工場内に響いた。


「うわぁー!!」

 

拍子抜けするような高い声。

 

「バカヤロウ!だからやめろと言ったんだ!」

 

すぐに聞こえてきた怒鳴り声。

 

侵入者が二名。

 

大きな音は、鉄扉が勢いよく開いて壁に当たった音だ。

 

一人は地面に突っ伏す形で倒れ込み、一人はその後ろに立っている。

 

「…あん?何だ?邪魔が入ったようだな」

 

RGが不機嫌な声を出す。

 

二人の邪魔者が身にまとっているのは…警官の制服。

 

「『サツだ!』」

 

「『何!?本当だ!』」

 

みんなが騒ぎ出す。

 

「あわわ…!巡査長~…!」

 

「チッ…!さっさと立て、ボウズ!」

 

後ろに立っていた警官が、倒れている方を引き起こした。

 

「う…動くな!警察だ!」

 

 

シンとした工場内。

 

引き起こされた警官が、ガタガタと震える手で銃口が定まらず、あらぬ方に向けている。

 

もう一人は「やれやれ、どうしたものか」と首を横にふった。

 

 

「…で?お巡りさん、何の用かな?

勝手に入ってきて、わけの分からない事を言って、すいませんで済むはずは無いよなぁ?」

 

RGがイライラと言う。


「この工場で怪しい動きがあると、匿名のタレ込みがあってな」

 

もちろん、巡査長が放ったこの言葉は出任せにすぎない。

 

 

RGの眉がピクリと動いた。

 

「ほう」

 

「え!?そうだったんですか!どうりで巡査長の勘が…」

 

「黙れ!」

 

若い警官が巡査長に叱りつけられる。

 

「え…」

 

「いいからお前は黙ってろ!」

 

ペラペラと余計な事をしゃべられては、苦肉の策が水の泡だ。

 

「なんだ、嘘か?

本当の理由は何だ?」

 

当然、RGはぎこちない警察の態度に感づく。

 

キャンディ同様、彼も伊達に裏の世界を渡り歩いてきたわけではないのだ。

 

「全員を銃の所持で逮捕…なんてママゴトをやりにきたわけでは無いだろう?」

 

RGが笑う。

 

若い衆、そしてキャンディは堂々とお互いに向けて銃を構えているままだからだ。

 

もちろん若い警官も。

 

「…殺しを追ってる」

 

「は!殺しだ!?

見ての通り、血の気が多いバカヤロウ達だが、今のところみんなピンピンしてる。他を当たれ」

 

「この男だ」

 

巡査長は写真を取り出した。


「ふん」

 

RGは仕方なく、歩み寄ってそれを手にとった。

 

「どうだ?知ってるか?」

 

渡されたのはRGが見た事もない人物の写真。

 

「いや、知らない」

 

「そうか。では、他の者は知ってるか?

…ふむ、まずは全員、銃を捨ててくれないか」

 

ようやく武装解除を求めた巡査長。

状況が状況だけに、強引な手段が取れないようだ。

 

だが、誰一人として命令には応じない。

 

「そうか…まぁイイ。誰も動くなよ」

 

そう言って他の人間…まずはキャンディに近付こうとした彼の肩を、RGが掴む。

 

「待て。そこまでだ。

おとなしく質問にこたえてやったんだ。そろそろ消えな」

 

「お前達…一体何者だ?」

 

「令状は持ってきてるのか?

刑事でも無いだろうに、態度がデカイにも程があるぞ」

 

スーツの懐に手をいれるRG。

 

だが、銃ではなく葉巻を取り出した。

 

「カキン」と軽い音がして、火がともる。

 

「『リョウジさん、申し訳ありません!』」

 

クサナギが葉巻に火をつけられなかった事を詫びて叫んだが、彼は無視した。

 

 

大きく息を吐いて一服する。

 

「おい、おまわり…聞こえないのか?

早く帰らないと『帰れなく』なるぞ」


「…分かった。では、失礼するとしよう」

 

「え!巡査長!待って下さいよ!このまま帰るんですか!」

 

「あぁ、ついて来い」

 

ゆっくりと後退りし、巡査長は鉄扉から出ていく。

 

「そんなぁ!」

 

若い警官も、嫌々ながらそれに習って消えて行った。

 

 

 

サングラスを取り、扉を一瞥するRG。

 

すぐに若い衆の方を向くと、クサナギを含めた何人かが頷いた。

 

何かの合図だ。

 

彼等は素早く扉まで移動し、外へと駆け出して行った。

 

 

「『ママゴト』は終わったか…」

 

キャンディがRGを睨みつける。

 

「じきに」

 

「…?」

 

パァン!パァン!

 

パァン!

 

外から銃声が聞こえてくる。

 

「…!正気か、RG!

すぐに応援が駆けつけるぞ!」

 

「だろうな」

 

彼は余裕の表情だ。

 

「何を考えてる…!仕事が出来なくなるじゃないか!」

 

「余計な心配はするな、キャンディ。もはや口出しされる筋合いなど無い。

お前もああなりたくなければすぐに立ち去れ」


「クソ…!覚えてろよ!」

 

バッと走り出すキャンディ。

 

「元気でな」

 

RGからふざけた言葉をかけられた。

 

 

扉を出て、全速力で走る。

 

「絶対に、俺を生かして逃がすだなんて…はったりだ…」

 

キャンディはブツブツと言った。

 

 

敷地内。倒れている二人の警察官と、それを見下ろす数人のチンピラ達。

 

こんな事をして、一体RGはどういうつもりなのだろうか。

 

彼等はキャンディに気付いたが、特に動こうとする様子はない。

 

指を差したり、何か言ってはいるが、追いかけてくる事はしなかったのだ。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

教会の前。

 

かなりの距離を走ってきたキャンディ。

 

彼の予想とは反対に、無事に逃げ延びたのだ。

 

この日もそこには、寝床を求める貧困民達が集まっていた。

 

「…」

 

キャンディにはまだ若干の貯えがある。

 

だが、すぐにでも彼等の仲間入りを果たし、あの列に並ぶ事になるかもしれない。


 

路地裏に入り、ペプシコーラの空き缶を蹴り飛ばす。

 

誰が見ても、普段は彼が冷静な人間である事が分からないほど取り乱している。

 

だが。

 

「…」

 

アイス・キャンディ。

 

死ぬ思いで裏の世界を渡り歩いてきた彼は、まだ教会に並ぶ気など無い。

 

 

工場に忘れる事なく持ってきていたボストンバッグの中をかきまわし、携帯電話を取り出した。

 

彼のライフラインは繋がっている。

 

「…誰?」

 

電話が取られる。

 

女の声だ。

 

若干かすれている。

 

「俺だ」

 

「…!キャンディかい!」

 

パッと明るくなる電話の向こう。

 

「久しいな」

 

「本当だよ!アンタは、いつもこうやってアタシを焦らすんだからね!」

 

「何をしてた?会えるか?」

 

女はキャンディに気があるのか無いのか分からないような言葉を発したが、キャンディは淡々と話すだけだ。

 

「一人寂しく酒を飲んでたところさ…

今からかい?

…いつもの場所、一時間後」

 

女の声がかすれている理由は酒やけなのかもしれない。

 

「分かった」

 

キャンディは返事をしたが、電話はすでに切れていた。


 

 

「『ふふ…ははは!こうも上手くいくとは!』」

 

「『はぁ…結局どういう事だったんですか?』」

 

腕を組んで高笑いするRGと、それを見ているクサナギ。

 

「『アイツは…アイス・キャンディは、この件から一切の手を引く。

ちょっとした揉め事で仲違いしたのさ』」

 

「『ハメたんですか?

…!!』」

 

その言葉が終わる前に、ドスン!とクサナギの腹に鋭い衝撃が走り、彼は仰向けに勢いよく倒れた。

 

RGが彼に蹴りを放ったのだ。

 

他の若い連中がざわつく。

 

「『が…!はっ…!』」

 

「…」

 

RGが冷ややかな目でクサナギを見下ろす。

 

「『す、すいません!出過ぎた事を申しました!』」

 

クサナギはすぐに立ち上がって、深々と頭を下げた。

 

「『ふん…アイツが契約内容に不満を言っただけの事だ。

さらには契約書を破った。その時点で奴との縁は切れたんだよ』」

 

「『はぁ…』」

 

「『お前がきいておいて、なんだその抜けた返事は。

さて…あらためて仕事にかかるぞ。しっかり働けよ、てめぇら』」


 

みんな散り散りになり、ロール紙や床に散らばったニセ札のセッティングにかかる。

 

「明らかに金を生み出す工場だが…あの警官、よほどバカなのか、それとも慌てていたのか…」

 

ブツブツと一人つぶやくRG。

 

その時。

 

扉が開いて、数人のチンピラ達が工場内に入ってきた。

 

「『リョウジさん。警官の始末、終わりました』」

 

ストライプ柄の黒いダブルスーツを着た一人の男が報告する。

 

ガタイがよく、丸坊主でいかにも悪人といった感じだ。

 

「『そうか、ではお前と…お前。どこかに捨ててこい』」

 

その坊主の男を含めて、RGが適当に人間を選ぶ。

 

「『それと…近くにパトカーは無かったか?』」

 

彼の問いに、男達は顔を見合わせて『さぁ…』とこたえる。

 

「『分からないんだったらすぐに探してこい!』」

 

「『あ!はい!』」

「『すいません!』」


指名されている二人が同時にビクリと返事をし、一礼して走っていった。

 

わずかに残っている男達も、怒鳴られはしないかとビクついて固まっている。

 

「『…ん?お前らもだろう!バカ共が!』」

 


ドスッ!

 

結果、怒鳴れて、蹴られた。


 

低い機械音、カタカタと紙が流れて裁断されていく。

 

僅か一時間程で、それは山のように積み上げられていた。

 

「ふん…」

 

手に取り、パラパラとめくりながら香りを嗅ぐ。

 

本物のピン札のそれと、そう違わない真新しい香りに、RGは満足そうな顔をした。

 

「よし。さすがにピカイチだ。

これなら間違いない」

 

葉巻を取り出す。

 

しかしクサナギは少し離れた場所でみんなに指示を飛ばしている。

 

「『失礼します』」

 

すると、近くにいた一人の男がマッチを持って彼の横についた。

 

シュッ、と火をつける。

 

「『おう、すまないな。

お前…名前は?』」

 

「『ナカムラと言います。先月からお世話になっております』」

 

綺麗に手入れされた長い黒髪。

身長は高くないが、まっすぐと伸びた背筋。

顔立ちもハッキリしていて、なかなかイイ男だ。

 

どこか子供らしさが抜けないクサナギとは対照的に、スーツ姿も落ち着いていて、様になっている。

 

ヤクザやチンピラより『ビジネスマン』という言葉が似合う人物だ。

 

「『そうか。ナカムラ、元は何をしていた?』」

 

「『はい、銀行員でした』」

 

「『…!本当か!』」


言うまでも無いが、行員となれば金のプロ。

 

ニセ札をつくり続けていく上では、知識や経験から力となってくれるに違いない。

 

「『どうだ、ナカムラ?お前の目から見て、この金は?』」

 

「『…見事だとは思います』」

 

「『ほう。やはりそうか。

アイス・キャンディは利用価値のある人間だったと言えるな』」

 

ニヤリとRGが笑った。

 

「『ただし』」

 

ナカムラの言葉が彼の笑いを止める。

 

「『なんだ』」

 

「『これは『ニセ札』として流すべきでしょう。

本物として使うには少し不安が残ります』」

 

「『なぜだ?聞かせてくれ』」

 

「『はい』」

 

短く応えたナカムラが、出来上がっている札を数枚、手に取った。

 

「『…よく見て下さい』」

 

天井に下がっている照明に向けて、札を掲げる。

 

「『透かしが見えません』」

 

RGにもそれが確認出来た。

 

「『…あぁ』」

 

「『最近、100ドル札専用の検知器を置いている店が多いと聞きます。

それにこの金には、製造番号が一定のパターンしか無い。大量に『金』としてさばくのは難しいと思います』」

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