表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Crap Ur Handz  作者: 石丸優一
3/34

C.R.E.A.M

『Cream…クリーム、一番上等な部分』

「二人…だと!?」

 

「そうだ」

 

「仕事ったって、一体何を!」

 

コービーは驚きを隠せない。

 

が。

 

キッパリと断ったわけでもない。

 

 

キャンディは相変わらず鋭い目で彼を見ている。

 

「そんなこと、いちいち言わなくても分かるだろ?

俺の流す、ブツの仕入れに使うか…

もしくはニセ札自体を本物よりも少し安値で流してもイイ。

とにかく、俺はお前がつくるベンジャミンの精巧さを買ってるんだよ」

 

「マジかよ!そりゃ嬉しいけど、ビッグが頭数に入ってないじゃないか!

アイツもじきに帰ってくるんだぜ!」

 

「仲間だからビッグDも一緒に仕事をしたい、と?

つまり三人で?」

 

キャンディは、コービーの仕事を評価しているが、ビッグDにも何か高い能力があるのかが気になるようだ。

 

「もちろんさ!アイツは幼馴染みだからな。いつも一緒にやってきた仲だ!」

 

「そうか。それで、何ができるんだ?

彼も…ビッグDも、ニセ札をつくれるのか?」


「いや、つくれないぜ?アイツは図体がデカイだけの木偶の坊だからな!」

 

ひどい言い様だが、コービーも悪気があって言っているわけではない。

単に、口が悪いだけだ。

 

「それじゃあダメだな。役立たずと一緒に仕事なんかやれない」

 

キャンディが冷たく放つ。

 

「何でだよ!確かに大飯食らいだし、態度もデカイけど、アイツは力もあるし、度胸もあるぜ!」

 

「…体力や精神力が何になる?

俺は高い能力を持ってる人間にしか興味が沸かないな」

 

「でもよ…!」

 

だがそれ以上は、ビッグDを擁護する言葉が出てこない。

 

「決めろ」

 

「あん?」

 

「決めろと言ったんだよ。

別に無理矢理お前を連れていくわけでも無いんだぜ?

金が欲しくないのか?」

 

キャンディは瞬き一つしない。

 

「くっ…」

 

「ビッグDと、しみったれた仲良しごっこを続けて、ケチな人生を続けるのか。

それとも俺と組んでヤクやニセ札を流し、危険だが、成功すれば華やかな道を歩くのか。

選ぶのは、お前だ」


 

沈黙があった。

 

それがほんの一瞬だったのか、長い時間だったのかは分からない。

 

「クソ…!」

 

「…」

 

コービーが両手で頭をおさえる。

 

キャンディはただ黙っているだけだ。

 

「クソ…決めれねぇよ…!」

 

それを聞いたキャンディは「ふぅ」と息を吐いて、ドアに向かって歩き始めた。

 

一言も発しなかったが、彼の中では『コービーとは組めない』という結論が出たのだろう。

「金も仲間も大事」などという欲張りな考えはキャンディには通用しない。

 

コービーがキャンディの動きに気付いて呼び止める。

 

「あ!おい、待てよ!まだ決めてないだろ!」

 

「悩んでるようじゃ、話にならない」

 

振り向きもせずにキャンディが言った。

 

「もう少し待てよ!今、決めるからよ!」

 

「…」

 

ガチャリ。

 

扉が開く。

 

「あぁ!待て待て!分かった!…やるよ!」

 

「何?」

 

キャンディの動きが止まる。

 

「やるってんだよ!アンタと組んでやる!」

 

彼は、親友を見捨てる決断を下した。


そうと決まれば行動は早い。

 

キャンディは、手早くコービーに荷物をまとめさせる指示を出し、自らはタクシーを呼びに走る。

 

 

コービーは、ニセ札をつくるのに必要な画材や紙、少ししかない着替え、そしてスパムの缶詰を二つ、大きな紙袋に詰め込む。

 

 

親友に別れを告げる事はできない。

 

ビッグDがここへ戻る頃。

コービーはいないのだ。

 

彼は、コービーも後で捕まったのかと思うかもしれない。

 

だが、明らかに消えているコービーの持ち物に気付けば、『見捨てられた』と思うのにそれほど時間はかからないだろう。

 

「おい、用意ができたぞ」

 

いつの間にか、キャンディが側にいた。

 

タクシーは路地で待機しているらしい。

 

「悪く思うなよ。相棒」

 

そんな言葉を吐き捨て、扉のカギも閉めずにコービーは部屋を後にする。

 

「今日からお前の相棒は俺だ。そうだろ?」

 

キャンディが言った。

 

「そうだな!アイス・キャンディさんよ!」

 

「よろしく頼む。えーと…」

 

キャンディは、まだコービーの名前すら知らない。


「コービー」

 

「ありがとう。よろしく頼む、コービー」

 

荷物をトランクに投げ入れ、二人は黄色いタクシーの後部座席に座った。

 

キャンディが行き先を運転手に告げる。

 

「あいよ」と無愛想な返事をした運転手は、初老の白人の男だ。

 

彼は雪が降る時期だと言うのに、Tシャツと薄手のボタンシャツしか着ていない。

寒くないのだろうか。

 

「キャンディ!」

 

「どうした?」

 

何の前触れもなく、コービーがキャンディに呼び掛ける。

 

「アイス・キャンディってのは通り名だろ?本当の名前は何て言うんだ?」

 

「そんなこと、知ってどうする?」

 

キャンディは相変わらず態度が冷ややかだ。

 

「相棒だぜ!?名前くらいイイじゃねぇか!

何も、初体験の状況を事細かにきいてるわけじゃないんだぜ!」

 

「…ジェームズだ」

 

コービーはジョークを飛ばしたが、特に反応も見せず、キャンディが静かに答える。

 

 

嘘の名前を。


「そうか!分かった!」

 

特に疑う要素も無かったので、コービーはもちろんその言葉を信じる。

 

キャンディは、コービーと『組む』つもりというよりも、『利用する』という気持ちなのだ。

 

 

タクシーはゆっくりと走っている。

 

だがそれでも、キャンディの住むアパートにはすぐに到着した。

 

そんなに遠い距離ではないので、当然といえば当然だ。

 

「着いたよ、お客さん」

 

「…ほら、とっとけ」

 

キャンディはビッグDから受け取っていたニセ札を、何食わぬ顔で運転手に差し出した。

 

コービーはキャンディが出した金はニセ札だと感づき、緊張している。

 

「100ドル?イイのかい?」

 

たったこれだけの距離を走っただけで、とでも言いたそうな運転手の顔。

 

「あぁ、構わない」

 

二人はタクシーを降り、トランクからコービーの荷物を取り出した。

 

タクシーがゆっくりと走り去っていく。

 

「…騙せた!」

 

コービーがキャンディの方を見る。

 

「だろ?さすがは俺が見込んだ腕だな」


「ありがとよ!」

 

コービーは飛び跳ねて喜んでいる。

 

それを見たキャンディが首を傾げて言った。

 

「今まで何枚も使ってきたんじゃないのか?

まるで初めて使った様な反応だな」

 

「ん?あぁ!直接、俺の目の前で使ったのは初めてだぜ!」

 

「何?だいたいはビッグDが使ってたって事か?」

 

キャンディが自分の部屋へと向かって歩き始める。

 

コービーもそれに続いた。

 

「そうさ!俺は部屋にこもってる事が多いからな」

 

「なるほどな。それは都合がイイ」

 

今度はコービーが首を傾げる。

 

「都合?」

 

「そうだ。一人の方が何かと動きやすいからな。

お前はずっと作業を続けてくれればそれでイイんだ。お互いの仕事に干渉し合うのは良くない。

 

まず、しばらくは俺が外でブツを捌いて、仕入れにお前のつくる金を使う。大量にニセ札をつくれる様な技術が手に入れば、話は変わってくるがな」

 

「ふーん…アンタがそう言うならそれがイイんだろうよ」

 

おそらくキャンディの説明の意味がよく分かっていないコービー。

考えるのも面倒らしい。


 

部屋に着き、二人は中に入った。

 

「うぉぉ!…お?」

 

「どうした?」

 

「部屋に何にもねぇぇ!」

 

やけにテンションの高いコービーが叫ぶ。

 

キャンディの部屋がガランとし過ぎているのに驚いたのだ。

 

有名な売人の部屋ならもう少し豪華でもイイと思ったのかもしれない。

もっとも、それならば彼の家が古いアパートである時点で驚くべきなのだが。

 

「俺に必要な物はちゃんと揃ってるさ。

今日からこの部屋はお前の部屋でもあるんだぜ?

何か必要なら…例えばテーブルや椅子は確実だろうが、そういった物は揃えてもらって構わない」

 

「揃える?俺、金なんてそんなに持ってないぜ!」

 

「自分でつくればイイじゃないか」

 

キャンディが言った。

 

「そんな簡単に言うなよ!」

 

「何?簡単につくってもらわないと困るぜ。

そして、お前も自分でつくった金を自身で何度も使ってみるんだ。

 

そこから感じろ。

さらに、多くの人を騙す金のつくり方を。

一度アシを掴まれたら終わりだという事も、よく自覚するんだ」


紙幣の偽造は重罪。

 

楽観的なコービーやビッグDには、そういう意識は無い。

 

色んな人間を見てきたキャンディは、コービーの腕前を認めつつも『経験』が足りない事を指摘したわけだ。

 

「ただニセ札をつくってればイイんじゃ無かったのかよー」

 

口をとがらせて、コービーが抗議する。

 

「基本的にはな。でもさっきのタクシー運転手に金を出した時のお前の反応、あれはイイものじゃないだろ?

お前みたいな奴の場合は、ニセ札を使う時にまず、相手よりも自分自身を騙すんだ」

 

「どういう意味だよ?」

 

「ニセ札をニセ札だと思わない事だ。

使う瞬間には、本物のベンジャミンを出してると思い込め。…いや、むしろそんなことすら考えない方がイイのかもしれないな」

 

キャンディはベッドに座った。

ギィという音が出る。

 

「だから…さっき使ったのは、本物の金だ」

 

「何!?そうなのか!?」

 

コービーがキャンディの横にドスンと座る。

 

「話を聞いてたか?

そういう風に考えろって話だ」

 

「はぁ…?めんどくせぇなぁ!いちいち難しい奴だぜ」


キャンディが腕を組む。

 

「本当にバカだな。腕が泣いてるぜ。

まぁ、すぐには無理か…」

 

「何!?俺の事をバカにする奴は、いくらアンタでもタダじゃおかないぜ!」

 

コービーがキャンディの被っているフードの首辺りを掴む。

 

「とにかく、何度も自分のつくった金を使ってみろ。

そうすれば、俺の言ってる意味も分かってくる。

それから…触るな」

 

コービーの手がパシンと弾かれた。

 

フードがハラリとめくれ、キャンディの顔があらわになる。

 

「な…!!」

 

コービーは息を飲んだ。

 

「どうした、相棒…」

 

そう言ったキャンディの唇が右斜めにつり上がる。

 

 

彼は。

 

キャンディは異形な顔の持ち主だった。

 

顔の左側半分が、大きな火傷の痕のようにただれている。

 

左耳は原形が分からない。

左目は…白目をむいたまま、もはや光を映してはいなかった。

 

 

短く刈った頭を軽く撫で、キャンディはフードを被り直す。

 

「人に見せていて気持ちの良いものじゃないから、こうしていつも顔を隠してる。

お前も気持ち良くはないだろう?」

 

コービーはただ、カクンカクンと頷く事しかできなかった。


 

 

数日後。

 

「お前達、もう来るんじゃないぞ」

 

「ふん!言われなくても分かってら!」

 

ジョンが警察官に吠える。

 

ビッグDとジョンは、同日の、ほぼ同時刻に釈放されたのだ。

 

 

二人は並んで警察署から歩く。

 

「まだ見てやがる!くたばれ!」

 

ビッグDが振り向きながら悪態をつき、中指を立てている。

 

「それよりよ、ビッグ!名前の通り、大男だな!」

 

ジョンが言った。

 

彼等は牢の中で、すでに仲良くなっていたが、顔を合わせたのはつい先程なのだ。

 

「俺の方こそ、ジョンが白人だとは思わなかったな!

ノリがイイのは俺達黒人の特許だぜ」

 

ビッグDの言葉は軽いジョークだったが、ジョンは眉をひそめる。

 

「よう、ビッグ!俺は確かに肌は少し白いかもしれないが、お偉い白人さんとは違う!

プエルトリカンだぜ!」

 

言われてみれば、やや訛りがある英語。

 

ロサンゼルスにスペイン語圏のメキシコ人があふれている様に、ニューヨークにはプエルトリコからの移民が多数暮らしている。


ジョンは頭のてっぺん辺りだけ少し長めに髪を残して、他は刈り上げたヘアスタイル。

その頭に、毛玉だらけの黒いニット帽を被っている。

 

服装はくたびれた生地のカーキ色のズボン、無地のトレーナーの上に、くるぶしまであろうかという長いトレンチコートという、なんとも奇妙な格好だ。

 

適当に服を拾ったり、盗んでいたりしたらこんな感じに仕上がったのだろう。

 

「マジかよ!そりゃすまない!俺は黒人以外、全部同じに見えちまうんでな!」

 

「ははは!ひでぇ言い様だな、ビッグ!プエルトリカンをバカにするとぶっとばすぞ!」

 

「悪い悪い!」

 

バシン!とビッグDがジョンの背中を叩く。

 

ジョンは、背丈こそビッグDより低いが、体重はそこそこありそうな巨漢だ。

幅の広い彼の背中は、ビッグDの強めの一撃をものともしなかった。

 

「でもな、お前だけは特別さ、ニガー!

俺の相棒とも気が合うと思うぜ!

コービーって言ってな。チビでどうしようもないバカヤロウだが、面白い奴だぜ」


「相棒か!そりゃ楽しみだ!それに、キャンディ…だったか?ソイツも相当な人間らしいじゃないか!興奮するぜ!」

 

ジョンは、ビッグD達がキャンディからニセ札を使って麻薬を買い取り、それを高値で売りさばくという何ともバカバカしいビジネスの話はすでに聞いている。

 

キャンディがどんな人間であるのか、ビッグDの様々な脚色も手助けして、期待は大きく膨らんでいるわけだ。

 

「キャンディは切れ者だ。噂じゃあ顧客の数は、百とも千とも言われてる凄腕のハスラーだぜ!」

 

ビッグDがニカッと笑う。

 

ハスラーとは、麻薬などを生業にしている売人の事を指す言葉だ。

彼等は裏社会だけの存在だが、大きく成功した者は華やかな表舞台へと登場する事も少なくない。

 

 

その昔。

 

L.A.最悪の街、コンプトンでギャングのハスラーとして生きながら麻薬を売りさばき、その資金を元にレコード会社を設立。

 

今となっては超大物の、icecubeやDr.Dreに声を掛けてN.W.Aを結成したギャングスタラッパー『Eazy-E』。

彼の話はあまりにも有名だ。


他にもJay-Z、50centなど、Hip-Hop界を代表するような有名アーティスト達が、ハスラーとして生きていた事を公表している。

もっと例を挙げるならば、キリが無いくらいだ。

 

ビッグDが大きな夢を見る気持ちも分かる。

 

 

が。

 

それは叶わない。

 

 

「おっ!ついたぜ!ここだ!

道に迷わなくてよかった!」

 

無事にアパートに到着したビッグDが、胸をなで下ろして笑う。

 

「迷う?何でウチに帰るのに迷うんだよ?」

 

「あぁ。俺とコービーは、少し前に引っ越してきたばっかでな!

この辺の事はまだまだよく分からないのさ!そのせいで警察官から逃げる事も出来なかった!」

 

彼は自分の足が遅い事よりも、道を知らないせいで捕まったと思っている。

 

ガチャリ。

 

「あん?鍵が開いてらぁ」

 

「ははは!相棒は不用心な奴だな!」

 

二人は部屋へと入った。

 

 

「おーい!コービー!

てめぇ!この前は、よくも俺様を見捨てたな!

俺はこうして帰ってきてやったぜ!出てきやがれ!」


返事はない。

 

当然だが、ビッグDの求めるコービーはいないのだ。

 

「ん?なんだよ?

おーい!ニガー!どこだ!?」

 

「おい、相棒は留守かぁ?」

 

ジョンはくたびれた様子で、ソファに腰を下ろした。

 

しばらく彼の体重を支えて警察署から歩いてきた足は、疲労の限界を迎えていたのだろう。

 

「コービー!おい、コービー!どこだ!?」

 

ビッグDは叫びながらバスルームを覗いている。

 

ジョンは背伸びをしながら大きな欠伸をした。

 

「ふぁぁ…。おーい、ビッグ!」

 

「ん…?コービー!?コービーか!?」

 

ジョンの呼び掛けをコービーの返事と勘違いした彼が、慌ててバスルームから出てくる。

 

「お!?おい、ジョン!

コービーは!?確かにアイツの声が!」

 

「ビッグ。少しは落ちつ…」

 

「そっちかぁ!?」

 

バン!と玄関の扉を開けるビッグD。

 

「コォォービィィー!」

 

近所に響き渡る彼の叫び声。

 

すぐに周りから怒号や空き瓶が飛んできた事は言うまでもない。


 

 

「さて、いきなり騒ぎを起こすなんて、どういう風の吹き回しだ?」

 

腕を組んだ警察官の一人が、めんどくさそうにうなった。

 

「ふん!わざわざご苦労な事だぜ!」

 

ビッグDが返す。

 

その場にいる二人の警察官は、互いに目を合わせて、やれやれと首を振った。

 

先程、ビッグDやジョンを送り出したばかりだった彼等は、住民からの苦情の通報を受けてこのアパートへ駆けつけたのだ。

 

「…とにかく。私達はもう帰るが、もう少しよく考えて行動するんだな。

ただ騒いでいるだけでも、立派な罪なんだぞ」

 

ビッグDはそっぽを向いている。

 

「次はお咎め無しとはいかないぞ?

それでは」

 

警察官達が帰っていく。

 

 

「終わったかぁ?」

 

ソファに腰を下ろしたまま、微動だにしないジョンの声だ。

 

「あぁ!やっと帰ってくれたぜ!

一体誰が通報なんかしやがったんだ!」

 

乱暴に玄関のドアを閉めて、ビッグDはドスドスと憤った足音を立てながら部屋に戻ってくる。


「しかし…アイツは一体どこに行ったんだよ?」

 

ビッグDはまだコービーを見つける事を諦めきれないのか、窓の側に立ってチラチラと外を見ている。

 

警察官達のパトカーが走っていくのが見えた。

 

「捕まったんじゃないのか?」

 

「何!?マジかよ!?そりゃ大変だぜ、ジョン!」

 

「はぁ!?いや!知らねぇけど!」

 

ジョンの言葉を鵜呑みにしたビッグDが慌て始め、なぜかジョンも慌てる。

 

「知らねぇ!?何で!?」

 

「何でって!見たわけじゃねぇしよ!

そうなんじゃないかって話をしただけだろ!」

 

「何ー!?適当な事を言うなよ!アイツは警察に捕まってなんかいない!」

 

ビッグDはジョンの隣に座った。

 

二人の体重に、ソファは苦しそうだ。

 

「そういえばよ!ビッグ!

コービーはニセ札を作れるんだろ!?悪い奴等にさらわれた可能性もあるぜ!」

 

「何!?マジかよ!

てめぇ、何でそんな事を知ってるんだよ!」

 

「あぁ!めんどくせぇな、アンタ!」

 

しばらくこんな二人のやり取りが、延々と続いたのだった。


 

一時間程経った頃、ようやく二人に変化が起きる。

 

「ん?そういえば、コービーの仕事道具や服が無くなってるな」

 

ビッグDが、コービーの机を見ながらそう言った。

そして再び慌てて叫ぶ。

 

「やっぱりさらわれたんじゃないのか、ジョン!アイツの腕を誰かに買われてよ!」

 

「うーん…それならむしろ自分からついて行ったのかもしれないぜ?

だってよ!部屋もキレイなままだし、さらわれたんなら服なんか持ち出す暇は無いはずだ!」

 

ジョンは「どうだ、俺様の名推理は」とでもいうような口調だ。

 

「自分から消えただと!?裏切りじゃねぇか!

あのバカにそんな知恵は無いぜ!」

 

「だからこそさ!そういうバカな奴は騙され易いだろ!」

 

彼は鼻高々といった表情。

 

「バカ!?ジョン!俺の相棒はバカじゃねぇぞ!」

 

「今、自分で言ったんだろ!

とにかく、アンタの相棒は裏切ったんだ!間違いない!」

 

ビッグDは納得しないが、ジョンの導き出した答えは真実だ。


「クソ…!ふざけんなよ!アイツは…アイツは…!」

 

ビッグDの頭に血がのぼる。

 

「待て!もう騒いだりするなよ、ビッグ!?

警察沙汰はごめんだぜ!」

 

「ずっと一緒にバカやってきたんだぞ…!何も言わずに行っちまうなんて、そんな冷たい話があるかよ!」

 

何も残っていない、コービーの机がドンと叩かれる音。

 

「あきらめろ」

 

「…」

 

「相棒は、そういう人間だったって事さ」

 

ジョンは立ち上がった。

 

ビッグDは机に両手の拳をつけたまま動かない。

 

 

「そして…俺もな」

 

ビッグDの相棒がいない。

 

つまり…

 

アイス・キャンディとのニセ札での麻薬取引はできない。

さらには、それを売りさばいて大金を得る話など、夢のまた夢。

 

『ビッグDが牢で話してくれたデカイ商売の話は、何も実現できない』

 

それが、ジョンの下した決断。

 

 

カチャリと玄関のドアが静かに閉められて、部屋に静寂が訪れる。

 

「…」

 

彼は泣いた。


 

 

「34ドルです」

 

「あ、あぁ…えっと、これで」

 

「はい。100ドルからですね」

 

コービーの手の平には、一気に汗が噴き出した。

 

 

彼は今、ホームセンターで家具を購入している最中だ。

 

もちろんそれは机や椅子、画材など。

 

キャンディに言われた通り、必要な物を揃える為…

 

彼は初めて自らの手でニセ札を使った。

 

「はい。お釣です」

 

「あ、ありがとよ」

 

挙動が怪しいコービーに、店員のおばさんがニッコリ微笑む。

 

彼は釣り銭をポケットに押し込み、簡素な家具達(もちろん組み立て前なのでコンパクトな箱に入ってはいるが)を重たそうに右肩に担いだ。

 

「…」

 

そして辺りをキョロキョロと見渡しながら、自動ドアから店外へと出て行く。

 

「よく出来ました」

 

パチパチとわざとらしい拍手をしながら、フードを被った一人の男が彼を迎える。

 

彼の背後に見える道路脇には、一台の黄色いタクシーが停まっていた。


「キャンディ!俺、マジで…」

 

コービーがフードの男に近付く。

 

だがキャンディはそれ以上言葉を発する事はなく、親指をクイッとタクシーの方に向けた。

 

『まずは乗れ』という事だ。

 

コービーはタクシーまで歩き、重たい荷物をトランクに投げ入れた。

 

「それでよ!マジで俺はダメかと思ったぜ!終わっちまうかとよ!

だってよ!手にかく汗の量が半端じゃないんだ!これじゃ絶対にバレちまうってな!

そう思うと、さらに汗が噴き出してきやがるんだよな!

ニセ…むぐっ…」

 

車内に乗り込んだ瞬間にコービーがまくし立てるが、キャンディの左手によって彼の口はふさがれた。

 

タクシーが発進する。

 

「仕事の話は大声を出して簡単に人前で話すな。それがお前の言う『終わり』につながるんだぞ」

 

注意を受けたコービーは、うざったそうにキャンディの手を振りほどく。

 

「人前だ!?誰もいねぇだろうが」

 

「ドライバーは?」

 

キャンディがそう言うと、ハンドルを握るドライバーがルームミラーをチラリと横目で見た。

 

コービーが声を漏らす。

 

「あ…」

 

「…どこからでも火種は起きる。

俺以外は…信じるな」


「アンタ以外…」

 

コービーが繰り返す。

 

「信じるな、だ」

 

どんな時でも明るかったコービーも、さすがにうつむいてしまう。

 

 

いくら金になろうが、有名になろうが、人を信用できないままで日々の暮らしを送る。

 

果たしてそれが自分にどういう影響を与えるのか。

 

今まで親友と、のらりくらり自由に暮らしてきた自分に耐えられるのか。

 

生き抜く覚悟があるのか。

 

そんな疑問がいくつも浮かんできたのだ。

 

 

『どれだけ旨くても、冷たい世界』

 

 

まるで、店で売っているアイス・キャンディ。

 

甘いクリームは、いずれ溶けて形を崩す。

 

そしてその味に魅せられた者は、溶けると分かっていてもアイスを求める。

 

 

売人『アイス・キャンディ』。

 

誰が呼んだか知らないが、上等のクスリを流す彼こそが一番の麻薬であり、彼が蔑んでいるはずのどんな重度の麻薬中毒者にも勝る『冷たい世界』の中毒者である事は、キャンディ自身も気付いてはいない。


 

 

タクシーを降り、キャンディの家へと戻ってきた二人。

 

コービーは無言で木製の机を組み立て始めたが、キャンディはそれを手伝おうとはせず、ベッドに座った。

 

そのベッドには、ビッグDと睨みあった時に使った拳銃が隠してある。

 

手をベッドの下に入れる。

だが、彼のその手に握られていたのは、拳銃ではなく携帯電話だった。

 

当時のそれは大型で使い勝手が悪く、見た目もゴツゴツしていて格好悪い。

 

『携帯できない携帯電話』

 

一部の限られた人間だけが使う事を許された代物だ。

 

「…もしもし」

 

「?」

 

突然、喋り始めたキャンディの方に振り向くコービー。

 

「例の…」

「あぁー!!」

 

キャンディの声がコービーに妨害される。

 

「それ!子機とは違うだろ!携帯電話じゃねぇか?見せてくれよ!」

 

机の組み立て作業を中断した彼が、お構いなしにキャンディへ駆け寄る。

 

「…」

 

「なぁ!見せてく…れ、あら?」

 

キャンディは無言で立ち上がり、玄関から出て行ってしまった。


 

「すまないな。邪魔が入ってしまって」

 

「構わない」

 

外に出たキャンディの手が握る携帯電話。

その向こうから聞こえてきたのは、低いガラガラ声。

 

「それで、例の…」

 

「分かっている。わざわざ連絡をしてきた時点でな」

 

「そうか。それならイイんだが…どのくらいで仕上がる?」

 

キャンディはガラガラ声の男に、何かを要求しているようだ。

 

「『じきに』とだけ言っておこう。

そう焦るな、アイス・キャンディ。それよりも、お前自身が今からやる事の方が難しいはずだが」

 

「…ふん。俺が心配か?

随分と甘く見てくれているじゃないか」

 

その時、ガン!と玄関のドアが開いた。

 

コービーがキャンディの後を追ってきたのだ。

 

「おいおい!そんなに聞かれたくない話でもあるのかよ!

電話中に騒いだのは悪かったよ!」

 

そう言っていながら、今まさにその行動が電話の邪魔になっている事に気付かないコービー。

 

「今日はここまでだ」

 

最後にガラガラ声の男にそう告げて、キャンディは電話を切った。


「ようよう!」

 

「…」

 

「よう!ジェームズ!シカトかよ!」

 

部屋へ戻るキャンディの後ろを、コービーが左右に体を揺らしながらついてくる。

 

「…互いの仕事に干渉しないって言わなかったか?

俺が電話をしていたのは仕事の件だ」

 

「なんだよ!つまんねぇなぁ!」

 

キャンディはベッドに座ってその下に携帯電話を入れ、コービーは口をとがらせて机の組み立て作業に戻る。

 

「お前が一生懸命ニセ札をつくっている時、誰かに話し掛けられたらどう思う?」

 

「別にー」

 

ビッグDから『ピザを頼む』と気を散らされた話は、コービーの頭の中ではすでに消滅している。

 

「じゃあ、話し掛けられたせいで手元が狂って、一枚の紙とそれまで集中していた時間を無駄にされてしまったら…どうだ?」

 

「何!?ふざけんなよ!

俺の足を引っ張るな!って、ソイツのタマを蹴り上げてやるぜ!」

 

「だからお前は俺が仕事をしている時に邪魔をしてはいけないし、逆に俺もお前が金をつくっている時には邪魔をしない。

分かったか?」


コービーが舌打ちをする。

 

「本当に難しいよな!アンタの話はよ!

どういう頭のつくりしてんだよ」

 

「…」

 

机が完成し、椅子を立てる。

道具を机の上に広げ、コービーは真新しい特等席に腰を下ろした。

 

「うーん…しっくりこないな。前に使ってたやつがよかった」

 

「すぐに慣れるさ」

 

キャンディはそう言って立ち上がった。

 

「また外で女と電話か!」

 

「さっきの電話は仕事の件だと言っただろう。

今から行くのも仕事だ」

 

「ふーん、じゃあヤクを売りに行くのか?」

 

「そんなところだ」

 

そう言ったキャンディのスウェットの中には、麻薬など入っていない。

 

「やる事が無ければ、お前も自分の仕事をしろ」

 

バタン。

 

 

「ふん!言われなくてもやるさ!

俺は金持ちになるんだ!」

 

キャンディがいなくなった部屋で、コービーは一人叫んだ。

 

が。

 

集中する間も無く彼は手を止めた。

 

そして一つの疑問。

 

 

『もしやキャンディは、部屋にヤクを隠してるのだろうか』


 

 

しばらくコービーが一人で、心の葛藤をしながら悶々としている頃。

 

 

キャンディは路地裏を歩いていた。

 

「よう。あんちゃん。食い…がっ!!」

 

いつまでも声を掛けてくる物乞いのあごを力一杯に蹴り上げる。

 

舌を噛んでしまったら大事だが、そんなことは気にしない。

 

彼は。

 

アイス・キャンディは気が立っていた。

 

「なんであんなバカの面倒を…いちいち見てやらなきゃいけないんだよ」

 

もちろん周りには誰もいない。

 

いや。

 

そこらに転がる物乞い達の姿が、彼にとっては『誰かいる』という考えに結びつかないだけの話。

 

そしてキャンディがイラだっている理由は、もちろん、コービーの事だ。

 

 

「面倒な仕事だと思ってるな?」

 

後ろから聞こえてきた声。

 

「ふん…当たり前だろう。基本的に俺は一人が好きなんだよ。

いつからいた、RG?」

 

「お前が部屋を出たところから」

 

「わざわざ俺をこんなに歩かせて楽しいのか?」

 

コービーと共謀する事は、実はキャンディの意志では無かった。


「キャンディ、本当にお前は…どこまでもひねくれた言い方しか出来ない奴だな」

 

RGと呼ばれた男は、キャンディのすぐ後ろから、スッと姿を現した。

 

まるで忍者だ。

 

「後ろをこそこそついて回る奴に言われたくはない」

 

「おうおう。そうかよ」

 

RGはアジア系の人間だった。

ツンツンと逆立った短い黒髪、うっすらと生えた顎鬚。

 

グレーのスーツにネクタイをきちっと締めて、黒い革靴を履いている。

 

ブランド物のサングラスで隠された目は、彼が何を見つめているのかを他人に悟らせない。

 

 

リョウジ・ゴンドウ。

 

それが彼のフルネームだが、英語圏の人間には『リョウ』という発音が出来ない。

 

トウキョウが『トウキオウ』と言われるように、リョウジも『リオウジ』と呼ばれてしまう。

 

それで彼は自分のイニシャルである『RG』をニックネームとして使っているのだ。

 

彼はジャパニーズ・マフィア、『ヤクザ』と呼ばれる類の集団に属していた。

 

 

「とにかく外は冷える。茶でも飲もう。おごるぞ」

 

RGがキャンディを店に誘う。


「茶だと?緑茶じゃないだろうな?」

 

「紅茶でもコーヒーでもイイだろう。細かいんだよ、お前は」

 

RGがキャンディの背中をバシン!と叩く。

 

キャンディは当然、他人に触れられたせいで不機嫌な表情になったが、RGの誘いを断るような真似はしなかった。

 

「そんじゃ、行くか」

 

「あぁ」

 

 

店までは、近くに停めてあったRGのメルセデスで移動する。

 

買ったばかりらしく、白い外装も、黒革張りの内装も、汚れ一つ見当たらない。

 

「どうだ?アイツの腕は?」

 

「申し分ないな。だが、バカだ」

 

「ははは!特化した何かの才能を持ってる人間は、どこか抜けてるって言うじゃないか!

天才と変人は紙一重だってな!合ってるか?」

 

チラリと助手席のキャンディを見るRG。

 

「知らないな」

 

「冷たい奴め。しかし、お前からいきなり職人を仲間にしたって話を聞いた時には驚いた。

当ても無かっただろうに?」

 

「…運だ。俺には幸運の女神がついてる。

いつかその女神も食らってやるがな」


RGはキャンディからビリビリと伝わってくるものを見逃さない。

 

「女神を食らう、か。

神をも恐れぬって事か?」

 

「俺は誰にも屈伏するつもりは無いからな」

 

「は!末恐ろしい奴だな!

だが、お前にはその力が備わっているような気がする。

お前みたいな奴が、てっぺんを狙える人間だってな」

 

RGは、スーツの内ポケットから葉巻を取り出し、ブランド物のガスライターで火をつけた。

 

当然キャンディの方にも煙が回り、彼はあからさまに嫌な態度になる。

 

「おい、こんなに狭いところで煙草なんか吸うな」

 

「ん?あぁ悪い。少し我慢してくれ」

 

RGが四枚すべての窓を、運転席にある操作スイッチで少しずつ開ける。

 

「とにかく…

まずは新しい同居人と仲良くやってくれよな、アイス・キャンディ?」

 

「当然だ」

 

「…ほう。やけに素直だと、お前の場合は気色が悪いな?

さすがは仕事に定評のある男だ。まぁ上手く利用してやってくれ。俺もサポートする」

 

キャンディとRGは『売人と客』という単純な関係ではなさそうだ。


 

キャンディがRGに対して、「寒いからさっさと窓を閉めろ」と悪態をついた頃に、店に到着した。

 

道路脇に車を寄せて、二人は地面に足を下ろす。

 

「煙いだの寒いだの、文句ばっかりで面倒な奴だ。

おごってやるんだから少しは俺を立ててくれよ」

 

RGが顔をしかめながら、車のキーについているリモコンのボタンを押す。

 

ピッピッという音と共に車のハザードが数回点灯し、セキュリティシステムが働き始める。

 

誰かが車に近付こうものなら、警報器が作動するだろう。

 

「さて、入ろうか」

 

 

店は、和食の料理店だった。

 

一階建ての小さな店で、小さいながらも瓦の屋根や木製の外観が目をひく。

 

RGはただお茶をするだけではなく、食事も取るつもりらしい。

 

「いらっしゃいませ」

 

カラン、と扉についた鈴が鳴ると、店員が声を掛けてきた。

 

キャンディはキョロキョロと店内を見回す。

 

「…」

 

壁にかけられた、よく分からない掛け軸。

 

質素な壺や、花瓶。

 

店内も、わざとらしいくらいに『日本』だった。


『畳』という、い草を編み込んで作られた特殊な床。

 

奇妙な香りがするその床が一面に張られた客間へ、二人は通された。

 

「後ほど、またお伺いいたします」

 

女性の店員が一礼して去っていく。

 

 

大きな木製のテーブルが部屋の真ん中にある。

 

しかしその座席に椅子はなく、竹のような木で出来たクッションがあるだけ。

 

RGはそれに座って再び葉巻をふかしているが、キャンディは座り心地が気に入らないのか、一度腰を下ろしてすぐに立ち上がってしまった。

 

「なんだ?座らないのか、アイス・キャンディ?

注文は何にする?」

 

「…何でもイイ。それよりも、ここで紅茶やコーヒーが飲めるとは思わないが?」

 

キャンディは相変わらずひねくれている。

 

「まぁまぁ!細かい事は気にしない!

何か食えよ!何にする?」

 

「…生魚じゃなければ」

 

「は!それじゃ、煮魚でも頼んでおくぞ」

 

RGがペラペラとメニュー表をめくる。

 

 

「失礼します」

 

キャンディが、客間に置かれている日本刀と鎧兜をマジマジと見ていると、店員が注文を取りに戻ってきた。


 

 

「さて、どこだどこだ?カワイコちゃん」

 

コービー。

 

彼はキャンディが家から出てしばらくの間、脳内で善悪の葛藤を繰り広げていた。

 

が。

 

もちろん仕事がはかどるわけもなく、あっさりと元の楽観的な思考回路が再発。

 

『ちょっとぐらいイイだろ』

 

そういう結果を導き出したわけだ。

 

 

「ベッドか!…いや、銃があるだけだな」

 

コービーがキャンディの拳銃を手に取って、ポンと床に放り投げた。

 

彼が探している物は銃ではない。

 

「クローゼッ…あ、あった」

 

難なく見つかった在庫商品。

 

なぜか彼は残念そうな表情だ。

 

もう少し『宝探し』を楽しみたかったのだろうか。

 

「うっわぁ…やっぱすげぇよ、アイツ。

なんて量と種類だ。すぐにでもセレブの仲間入りが出来るぜ!ははは!」

 

袋分けされた麻薬達を、手当たり次第につまみ上げては床にばらまくコービー。

 

「それじゃ、まずはコイツから…」

 

彼は紙巻きにされたマリファナ…いわゆる『ジョイント』を口にくわえた。


 

 

「そんじゃ、場所も機材も順調って事だな?」

 

「機材は問題ない。細かな日取りまでは教えてくれなかったが」

 

「ふーん…大丈夫なんだろうか。

俺も、協力は惜しまないが」

 

再び料理屋。

 

RGが心配そうにうなる。

 

「ところで、RG」

 

「ん?」

 

「俺はお前が言う、場所の方が心配なんだが」

 

フードの奥にあるキャンディの隻眼が光る。

 

「バカヤロウ。場所は完璧だ!

お前に対して適当な対応したんじゃ、俺の立場が危ないだろうが」

 

「どこだ?」

 

「工場だ、工場!

名義は俺達の物で、製紙工場って事になってる。狭い土地だから、セキュリティはウチの人間に任せておけ」

 

RGはキャンディの次なる仕事の為に、広い場所を確保してくれているらしい。

 

「ほう?だが、俺はそこに入り浸るわけにはいかないんだ。

ヤクの方もある」

 

「無理にでも全部そっちに移せ。

さもないと、俺が引き継ぐだけになるぞ?それじゃ、お前がバカを見るだけだ、キャンディ」

 

RGは案外、損得だけで動く人間というわけでは無かった。


「お前の頭の中が理解できないな、RG?」

 

「俺は俺だ。俺なりのやり方ってもんがある。

人と人との繋がりってのは、俺の中で冷たくあってはならないんだよ」

 

「仲良しごっこか?」

 

キャンディの言葉に、RGはクックッと肩で笑う。

 

「いちいちすれた言い回しをするんだな。

仕事で自分だけが得になるような真似ばかりしたり、自分がやりたいようにしていたら…誰も協力なんてしてくれなくなる。

ただそれだけの事だろう?」

 

「まぁ、確かに」

 

「お前だって普段からやってるはずだ。

客に対しては金額に相応するサービスをするだろうが。

例えば、相手の指定した場所や時間。それから多少は金額を下げてやったりな」

 

RGがコツコツ、と人差し指でテーブルを叩く。

 

「あぁ」

 

「それが結局どうなる?

相手の要求に応える事で、自分にも跳ね返ってくる。協力してやらなければ、自分に金は転がり込んでこない。

つまりお前に頑張ってもらえれば、俺にも必ず見返りがある。

身構えずに、楽にやろうじゃないか、アイス・キャンディ」


 

キャンディが立ち上がり、RGもそれにならった。

 

 

会計を済ませ、二人は外に出る。

 

「家まで送ろう」

 

「…タクシーでイイ」

 

「バカヤロウ。お前を誘ったのは俺だぞ、アイス・キャンディ?」

 

それを聞いたキャンディは首を傾げる。

 

「は…?それはそうだが、ついてきたのは俺の意思だろう。

どうしてお前が気を遣う必要がある」

 

こういった、わずかな考え方の違いからも、RGの祖国の国柄が見て取れる。

 

「細かい事は気にするなって!

何度言わせりゃ済むんだ。普通は甘えるところだろう」

 

キャンディがRGの頭の中を読めないように、RGにもキャンディの考え方が分からないようだ。

 

 

車はすぐにコービーの待つアパートの前へと戻ってきた。

 

ドアからキャンディが降りる。

 

「キャンディ!」

 

運転席から叫ぶRG。

 

「機材が上がったらすぐに移動出来るようにしておけ。

それから…分かってるな?」

 

右手を軽く上げて、RGが走り去っていく。

 

「ふん…笑わせるな」

 

キャンディは不機嫌そうにつぶやいた。


カツ、カツ。

 

歩き出したキャンディの足音だけが辺りに響く。

 

「…」

 

扉の前で、鍵を取り出そうとした彼は、一瞬だけ固まった。

 

そして肩の力を抜いて「フッ」と自嘲的に笑う。

 

『鍵はかけていない』

 

もちろんそれは、コービーが中にいるからだ。

 

ガチャリ。

 

「…!」

 

扉を開いた瞬間、部屋に入るまでもなく彼は異変に気付く。

 

「この匂いは…っ!」

 

駆け足で部屋の中へと進むキャンディ。

 

「おい!何をやってるんだ!」

 

麻薬の入った小袋が、床一面に広がっている。

 

ほとんどは開封されていないようだが、ベッドの上で気持ち良さそうに笑っている当の本人は、『シロ』だとは言い様が無い。

 

「んー…?あぁー!おかえりなさーい…キャンディ…!」

 

ぼんやりとしているくせに力強い口調。

 

キャンディはコービーに肉薄し、自分の拳をコービーのニヤけた顔面に叩きつけた。

 

ゴッ…!

 

「…ぐぁ!…っ!…な、なに…!?」

 

さらにキャンディは、コービーに馬乗りになって何度も顔面にパンチを叩き込む。


「ご…っ…やめ…」

 

コービーが必死に両手で顔を覆って抵抗する。

 

だが、キャンディはその手ごとコービーの顔を殴り続けた。

 

 

数分後。

 

「…」

 

ついに何もしゃべらなくなったコービー。

 

顔は血だらけで歯がかけ、両手は顔から外れてだらりとベッドの上に投げ出されている。

 

おそらく指の骨が何本か折れているに違いない。

おかしな角度に曲がった指があるからだ。

 

「はぁ…はぁ…バカが!

とんでもないバカだ!お前は!」

 

キャンディはさらに罵声を浴びせて、コービーの顔面に肘を落とした。

 

「…」

 

「何とか言ったらどうだ!

俺がどうして怒ってるのかさえも、お前のクソみたいな脳みそじゃ分からないんだろうがな!」

 

普段は他人に不気味な印象しか与えないキャンディだが、今は誰が見ても分かるくらいに怒りを体現している。

 

「…ん?

…は!なんだ!意識を失ったのか!

くたばるなよ!」

 

彼は有り得ない程の怒りのせいで、相手の状態に気付く事すら遅れてしまっている。


 

一時間後。

 

ようやくコービーが目を覚ました。

 

もちろん顔や手の痛みのせいで。

 

「い…いでぇ…」

 

「起きたか」

 

キャンディの声。

 

しっかりとコービーの耳に入ってくる。

 

しかしコービーから彼の姿を確認する事は出来ない。

 

意識が朦朧としている事もあるが、何より身体の自由がきかないのが大きな理由だ。

 

「まったく…二度と俺の物には手を出すなよ」

 

「…ぐっ…」

 

キャンディはいつもの調子に戻っているが、コービーは彼に返事すら出来ない。

ひたすら痛がっているからだ。

 

 

床に散らばった麻薬の小袋を一つ一つ丁寧に拾い上げて、クローゼットの中へと商品別に戻すキャンディ。

 

「クソ…!いてぇ…キャンディ…!アンタ、あんまりだぜ…!おい、どこにいる!?」

 

「すぐそばに」

 

「…!!」

 

コービーの背筋が凍る。

 

「二度と…俺の邪魔はしないと誓え」

 

「…っ!くっ…!」

 

キャンディの吐息が彼の耳に触れた。


「分かったな?」

 

「アンタは…気が狂ってる…!

仲間に対してこんな…!いてぇ…」

 

コービーは今にも泣き出しそうな声だ。

 

「狂ってるのは麻薬なんかやる奴の方だろう?

さぁ、とにかく早く仕事にかかるんだ」

 

「…ふざけるな…手が痛くて…ペンなんか持て…な…ひっ!指が変な…!」

 

コービーが自分の指を見て驚く。

 

当然それまでは顔の痛みにばかり気を取られて、手から感じる痛みは少なかった。

だが変形した指を見た事で、彼には手の痛みが顔以上に激しく感じられた。

 

「そうか…そりゃそうだな。指が使えないんじゃ仕方ない」

 

「…!」

 

コービーの口からは、声にならない声。

 

突然キャンディがベッドの下から拳銃を引き抜いたからだ。

 

「や…め…!ジェームズ…!」

 

軽い気持ちでふかしたマリファナが、こういった形で跳ね返ってくる事など、彼には予想も出来なかった。

 

足はケガをしていない。

普通に考えれば動けるはずだ。

 

 

コービーは必死で立ち上がろうとする。

 

が。

 

動けない。

 

 

「足なら、お前が逃げない様に結んでやった」

 

 

キャンディの冷たい声。

 

 

そして…銃声。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ