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Crap Ur Handz  作者: 石丸優一
24/34

24-7

『24-7…年中』

「ふふふ…ははは!」

 

何か響くものがあったのか、キャンディは大声を上げて笑い始めた。

 

なかなか見る事が出来ない彼の表情かもしれないが、特に誰かがそれに気を止めることはない。

 

痛みに顔を歪めて頭を垂らしているアンジーが、わずかにキャンディの顔を一瞥しただけ。

 

「何か、俺がおかしな事を言ったか?

もう一度訊こう。お前はゴンドウの工場を爆破した犯罪者なのか?」

 

フォレストにとっては凶悪犯相手の尋問など日常茶飯事。

顔色一つ変える事なく淡々と言葉を紡いでいく。

 

「くくく…ここは日本だぞ?ニューヨーク市警だと?

お門違いも甚だしい。貴様に応える返事なんて、持ち合わせちゃいないぞ」

 

「まぁ、間違っちゃいないな」

 

半ば関心したようにフォレストは頷いた。

 

「それに」

 

「それに?」

 

「お前の横にいる人間。どこまでソイツを理解している?

そんな極悪人とつるんでいる男を警官だと認識できる方がどうかしている。違うか?」

 

「噂以上だな。アイス・キャンディ」


フォレストは相変わらず無表情。

怒っているのか呆れているのか分からない。

 

「誉めているつもりか?皮肉にしか聞こえないが」

 

「正解だ。噂以上の偏屈ヤロウだな、アイス・キャンディ」

 

「そりゃどうも」

 

妙な会話だ。キャンディにとっては、悪く言われる方が自然に感じるのだろう。

 

「じゃあ、俺が警官だって事は置いておこう」

 

「そうしてくれ、悪徳警官さんよ」

 

「ゴンドウの友人てして訊こう。答えがどうあれ俺はお前を裁きはしない。

…お前が爆破を?」

 

「答えは『ノー』だ。そして、警察官は人を裁けない。裁判に持ち込めるだけだ」

 

わざわざどうでもイイ一言を添えるあたり、キャンディらしい。

 

ちなみに、自由そうに見えるFBIは容疑者を捕まえは出来ても起訴出来ないという弱点がある。

その辺りは警察の方が力があるのだ。

 

「『ノー』だと?ではなぜ我々から逃げている?」

 

「RGはビジネスにおいて俺をハメた。

いけ好かない。ただ、それだけだ」


フォレストにとって尋問がなれたもののように、キャンディにとっての嘘は十八番。

 

嘘をつき、人を欺く事が日常茶飯事となった彼の人生において、バカ正直に生きていく方が難しい。

もはや嘘発見機すらも簡単に騙してしまうのではないかと言う程に彼の口調は流暢で自然体だ。

 

「ビジネスで?」

 

「聞いていないのか?もっとも、自分のイメージが悪くなる事など言うはずもないか。

…ソイツは俺から技術を騙し取った。だからこうして東方見聞録の真似事をするハメになってる。

マフィアに捨てられちゃぁニューヨークはおろか、アメリカにすらいたくはないな」

 

「俺には少し難しい話だ」

 

フォレストが首を振る。

 

「簡単だ。爆破だと?わざわざ命の危険を買ってどうするんだ。

プロの連中を相手に、しがない麻薬売人だった俺が何をしようって?」

 

「恨みをぶつけたとしか考えられないだろうな」

 

「追いかけられて死ぬ事を目的に?

事実、俺はこうして見つかったぞ。それが予測出来なかったとでも言うつもりか」


矢継ぎ早に繰り出されるキャンディの言葉。

一応、的を得てはいる。

 

「では、誰がやったと思う?」

 

「そんなことは知らない。

お互いに命を売り、恨みを買う商売だからな。余所の心配などしてはいられない」

 

「ひどい言われようだな?何か異存は?」

 

フォレストがRGに話をふったが、彼はニヤニヤと不気味に笑っているだけだ。

 

すぐそばでは、ドープマンがアンジーをベッドにそっと寝かせている。

 

「珍しいこともあるものだ。黙っているなんて、らしくない奴だな」

 

フォレストはそう言ったが、キャンディはRGに対してそうは感じない。

 

「悪徳警官さんよ」

 

「フォレストだ。刑事のな」

 

「アンタ…やっぱり騙されてるみたいだな」

 

「何を?誰に?」

 

「まず先に、お客さんだ」

 

扉を指すキャンディ。

 

そこには黒服の男達がいた。

 

「あぁ、彼らか」

 

サエキから金を取り返し、帰ってきたナカムラ達。

部屋に連絡してもつながらないので様子を見に来たのだろう。

隣にあるこの部屋の扉は開け放たれていた。


「『お疲れ様です。無事、資金を奪還しました。口座へ入金済みです』」

 

ナカムラが頭を下げる。

 

「『扉が開いていたので覗いてしまいました!すいません!』」

 

クサナギの大声に、果たして謝罪の意が含まれているのかは分からない。

 

「『おう』」

 

「『まさか…アイス・キャンディ?』」

 

空返事をしたRGと、腕組みをしているフォレスト。

さらに、フードを深く被って座っている人物に気付いたクサナギは、ずかずかと部屋の中に入ってきた。

 

「なんだなんだ。人がいっぱいだ!」

 

いまいち状況が分からないドープマンはあたふたと車椅子で室内を走り回っている。

 

ナカムラとカワノも、クサナギに続いてRG達の近くへやってきた。

 

「『やりましたね』」

 

「『おめでとうございます!』」

 

「『でも、どうして殺らないんですか?』」

 

この遠慮を知らない質問はもちろん若手のクサナギが発した台詞だ。

 

「『フォレストの尋問に、コイツがどう切り返すのか見ものでな』」


確かに、キャンディがフォレストに対してどう切り返していくのかは見ものではある。

だが当初のRGの考えでは、キャンディを見つけ出した瞬間に殺すと断言していた。

 

いくらフォレストとキャンディのやり取りが面白そうだからといって、その程度の事でRGが踏みとどまるのは明らかに不自然。

クサナギの不躾な質問にも頷ける。

 

「『何の尋問です?』」

 

「『あ?そりゃ、爆破と警官殺しの話だろ』」

 

まだ、フォレストが失った部下たちの話題まではこぎ着けてはいないものの、そういった運びになるのは明らかだ。

 

「『だが質問が単刀直入すぎるな。凄腕のデカが聞いて呆れるぜ』」

 

いつもの事ではあるが、自分たち以外の人間には理解出来ないのをいいことに言いたい放題だ。

 

「『この車椅子の男と、横になっている女…どこかで見た気がします。

メキシコシティの空港だったような。彼等もアイス・キャンディにたどり着いていたのですね』」

 

これはナカムラだ。

あたふたするドープマンとは違い、状況を理解しようと考えを巡らせている。


「『あー!なんかいたな!』」

 

クサナギがドープマンを指差しながら言うものだから…

 

「なんだよう!誰だよ、お前!金髪アジアン!」

 

不安がっていたドープマンをさらに不安にさせてしまった。

彼が車椅子で急速なバック走行をしたせいで、ベッドに勢いよくぶつかっている。

 

ガチャン!

 

「うわぁん!アンジー、助けてよぅ!」

 

「ぐぅぐぅ…」

 

「えーっ!?寝てる!

えっと、あの、ハゲの人助けて…名前なんだっけ」

 

おそらくレモンの事だろう。

 

藁にもすがる思いだ。

 

「ウォッホン!何だか騒がしくなってしまったが…続けるぞ」

 

完全に場を乱されてしまったフォレストが仕切り直しにかかる。

 

RGはタバコに火をつけてキャンディの隣に腰を下ろした。

いつでも殺せる距離。

 

キャンディは一瞬身構えたが、RGを一瞥して舌打ちすると正面のフォレストに向き直った。

 

「俺は…諦めてないぞ…」

 

誰にも聞こえないくらいの声でつぶやいて。


 

 

「野生の勘ってやつか?俺は驚いてるぜ」

 

「はっはっはー!俺はしぶといんでな、ブラザー!」

 

タケシとレモン、そしてフミヤは、回転扉の前に仁王立ちしていた。

 

「『なんだ。リッチな建物だな?俺好みだぜ』」

 

貧相なシャツ姿のレモン、灰色のパーカー姿のタケシとは違い、フミヤだけは正装なのでこの場所と不釣り合いには感じられない。

普段からの派手な金遣いや遊び方が役に立った。

 

「『おそらくターゲットはここだ』」

 

「『どうやって見つけた?』」

 

「『ちょっとした知り合いに情報通がいてな。値は張るがやむを得ず世話になった』」

 

「『大変だねぇ。仕事への投資ってのは。頑張れよ、リーダーさん』」

 

「『だが、スティーブの鼻もバカには出来ないぜ。勘だとは思えないくらいドンピシャだ』」

 

棒付きキャンディを舌で転がしながらタケシが言う。

 

「『んなこた興味ねぇ。そのハゲはただの邪魔者だぜ』」

 

「『可哀相に』」

 

タケシは苦い顔をした。


「『別に利用価値は無いが、邪魔したりもしないはずだ』」

 

「『とっとと行こうや。他の奴らはどうすんだ?結局大人数いても烏合の衆だったな』」

 

フミヤは呆れたようにため息まじりに言った。

 

「『それは聞き捨てならないな。大事な仲間達だ。

例え俺達だけで金を手に入れたとしても、必死に動いてくれた彼等にだってきちんと分配するぞ。

特に、ケンゾウとジュンイチロウには感謝しないと。このネタがガセだって線は消えたんだからな』」

 

「『お人好しにも程がある…』」

 

「『人使いは荒いぞ?

ほら、フミヤ。仕事だ』」

 

しばらく玄関前に立っていれば放って置かれるはずもなく、ドアマンが三人の所へ歩いてきたのだ。

 

タケシがフミヤに『仕事』と言ったのは、ドアマンへの対応。

パッと見、ステータスを持っているのが彼だからだ。

 

「『いらっしゃいませ。当ホテルにご用でしょうか?』」

 

にこやかに話しかけられたのは、やはりフミヤ。

タケシが隣でクスクスと笑った。


「『あ?お、おう。もちろん用があって来たんだぜ』」

 

フミヤが少し焦ったように対応する。

 

ドアマンからは見えないようにタケシがフミヤのわき腹を肘で小突いた。

肘曰わく『もっとしっかりやれ、下手くそ』だ。

 

バカ正直で自分の考えに真っ直ぐなフミヤに、頭を回転させるのは不向きかもしれない。

だが、こうなってしまった以上は頑張ってもらう他ないのだ。

 

「『左様でございますか。三名様ですね。

ご予約はなさっておられますでしょうか?』」

 

「『い、いや。今日は泊まりじゃねぇんだ。

えーと、一階にラウンジなんかねぇかな?このあたりで今度、仕事の打ち合わせに使える場所を探してるんだが』」

 

「『あぁ、そのようなご用件でございましたか。

当ホテルの一階に喫茶店が一つとレストランが二つございます』」

 

ドアマンが頭を深々と下げた。

そして、左手を広げて回転扉を示す。

 

「『そうか。ちょっと見させてもらおうかな。入るぜ』」

 

「『どうぞ、ごゆっくり』」


 

ドアマンに見送られ、三人は堂々とホテルの中へと侵入した。

 

「『やれば出来るじゃないか!見直したぞ、フミヤ』」

 

「『ふん!当たり前だ!俺様は最強だからな』」

 

タケシのほめ言葉にも、それに真っ直ぐ応えたフミヤにも、一点の曇りもない。

 

冗談まじりにじゃれついたわけではなく、正真正銘、自分たちの気持ちをそのまま言っただけにすぎない。

 

アクタガワなどという存在を祭り上げて、仲間達をコントロールしている切れ者の二人だが、お互いの事は心から信頼し、許し合っているのだ。

 

「さてさて、俺は何をすればイイんだ?」

 

たどり着きはしたものの、いまいち主旨がわかっていないのはレモンだ。

 

「そうだな、ついてきてくれればそれでイイ。お前がいるだけで心強いよ、スティーブ」

 

「そうか?何でも言ってくれよな!」

 

対照的に、心にもない事を平然と言ってのけるタケシ。

だが、いつしか呼ばれなくなった本名を呼んでもらえるだけでレモンは上機嫌だ。


もちろん彼等はレストランや喫茶店には向かわず、真っ先にエレベーターへと歩いていった。

 

ガラス張りの回転扉の向こう側から見つめているドアマンの視線が痛いが、それはあえて誰も口には出さない。

 

「あれ、チェックインしないのか?勝手に客室のフロアに上がっても泊まれないぜ」

 

よくわかっていないレモンを除いては。

 

 

「いいんだよ。そもそも俺達は男を探しているだけだ。

ソイツへの用事を済ませたらすぐに帰るよ」

 

「ふーん。で、何の用だ?」

 

「前に言わなかったか?」

 

もちろん詳細などレモンには話してはいない。

 

「そうだっけ?で、ソイツはどのフロアにいるんだ?」

 

「さぁな。探してるんだぞ?

このホテルが怪しいのはわかってるが、部屋まで当てたら超能力者に違いないよ」

 

言いながら、タケシはエレベーターを呼ぶために上矢印のボタンを押した。

 

「『なんだって?』」

 

会話が気になったフミヤが訪ねるが、タケシは肩をすくめた。


ゴゥン…と低い音が聞こえると、エレベーターが一階に到着して扉が開いた。

 

フミヤ、レモン、タケシの順で、そのカゴに入る。

 

「『…』」

 

フロアの階数が示されたボタンを前にタケシが固まった。

行く先が決まらないままでは、当然の事だ。

 

「『あん?何してんだ?』」

 

その様子に気付いたフミヤ。

 

「『なんでもない』」

 

穏やかに笑顔で返しながら、タケシはボタンに手を伸ばす。

 

だが…

 

カチ。

 

タケシが押すよりも早く、背後から伸ばされた手によってそれは押された。

 

「ん?スティーブ?」

 

レモンが押したのは最上階のフロアのボタン。

 

「どうせ目指すならてっぺんがイイだろ!

ダメだったら一つずつ下がってくればいいわけだしな!」

 

確かに一理ある。効率も悪くはない。

 

「そうだな。シラミつぶしだ」

 

「それに」

 

「?」

 

「なんだか、ハズレてないような気がするんだよな」

 

ニッと笑ったレモンの歯は、お世辞にもキレイとは言えないほど黄ばんでいた。


 

残る灰狼のメンバー達は都内をくまなく探索している。

 

だが、携帯電話を常に持ち歩いているのはフミヤくらいなもので、外出している以上は連絡の取りようがないのだ。

 

ゴゥン。

 

ガコッ。

 

一分ほどで、エレベーターはフロアに到着した。

 

ドアが開いた途端、フミヤが降り立って背伸びをしている。待ちきれなかったのは誰の目からも明らか。

アクティブな彼にとってウェイトタイムは天敵だ。

 

「『最上階だな。部屋のチャイムを押して回るつもりか?』」

 

「待ってくれ」

 

歩き出そうとしたフミヤを呼び止めたのはレモン。

タケシも続いてフロアのマットを踏みしめた。

 

「『待てって言ってる』」

 

「『命令すんなと伝えとけよ』」

 

主導権を取られたフミヤはムッとした。

 

「えーと、こっちだな」

 

「どうしてそう思う?」

 

「は?ブラザー達、わからないのか?

とにかくこっちだ」

 

「『フミヤ、こっちだとよ』」

 

だが、それは元々フミヤが進んでいた方向と同じだった。


 

 

「あれもノー、これもノーか」

 

「…?当然だ。RGやアンタに追われる道理はない。

マフィアに言っても無駄かもしれないが、せめて警察だけでもな」

 

「ほう。認めてくれたのか、俺が警官だって事を」

 

「バカな奴だな…」

 

キャンディの言葉の途中でフォレストが立ち上がった。

そしてソファに腰をおろしているキャンディの背後に立ち、両肩に手を乗せてくる。

 

「…上手く俺を使え。一体何を考えているんだ、お前は」

 

ぼそりと、キャンディだけに聞こえるように耳打ちがされる。

 

すぐ隣にタバコをふかすRGが座っている為、キャンディにすらもほとんど聞き取れないほどの小さな小さな声で。

 

「…」

 

なんだ、コイツは。

 

まずそれがキャンディの頭を駆け巡った。

 

使う?

 

どう使う?

 

一体、この男はどういった結末を望んでいる?

 

ぐるぐると様々な憶測や可能性、そして逃げ道が頭の中に浮かんでは消えていく。


「俺に…」

 

「ん?」

 

「俺に触るな、悪徳警官。

俺は誰も信じない」

 

思考を巡らせながらも、キャンディは不愉快さに耐えれなくなってそう言った。

 

「そうか。では、もう一度聞くぞ。これが最後だ」

 

パッとキャンディの肩から手を離し、フォレストが席に戻る。

 

RGはにやけ顔のまま、プカプカと口から煙を吐き出して見事な輪っかを作っている。

 

ドープマンは何の事だと首を傾げ、アンジーは静かに眠っている。

 

クサナギやカワノ達は部屋の扉付近に突っ立ったまま、微動だにしない。

 

「お前が…ゴンドウの工場を爆破したんだな?」

 

「……!!」

 

キャンディの脳裏に電流が走る。

 

何度も何度も繰り返されてきたフォレストからの同じ質問。

それがキャンディに答えを与えていたのだ。

 

どうしてこんなに簡単な事に気付かなかったのかと自嘲したくなる気持ちが湧き上がる。

 

「チッ…あぁ、分かったよ。

俺が…爆弾魔だ」


空気が固まるその場。

 

アイス・キャンディの名前通り、彼の一言はその場を凍てつかせた。

 

 

キャンディが、自ら容疑を認めた。

RGの一派はもちろん、キャンディ本人すらも予想していなかった結果だ。

 

「ようよう。言わされた感が抜群だな、キャンディ?」

 

「…」

 

ようやく口を開いたRGを無視するキャンディ。

 

今はそれどころではない。フォレストの出方を窺う。

 

「人聞きの悪い事を言うなよ、ゴンドウ?

彼は自白した。ただ、それだけだ」

 

「ははは!してやったりって顔してやがる」

 

「とぼけるな。俺の眼は節穴じゃねぇ。

いらない余裕が凶と出たな?」

 

互いに穏やかだが、牽制し合っている。キャンディはそう感じた。

 

確かに彼等は仲間だが、何かが違う。

それをフォレストが崩したのだ。

 

「お見通しってか?俺には分かるぜ、フォレスト。

ウィルウッド捜査官に用だろ?」

 

「さすがだな」

 

「残念だ。だが、安心してくれ。

スマートにやる必要があるってのは、嘘じゃねぇ」


キャンディには理解出来ない内容だが、確実に彼の身に関わる話題。

それは理解出来た。

 

「では、ウィルウッド捜査官を?」

 

「あぁ」

 

ガン!

 

突如全開まで開け放たれる扉。

 

「ここだな!うぉっ!?」

 

何やら聞き覚えのある明るい声だ。

 

「げっ!レモン!」

 

まず声を上げたのはドープマン。

 

レモンの到着だ。

彼は見事にここまでこぎ着けた。

 

「『よっしゃ、見つけたぞ!

いただこうぜ!』」

 

「『お、おい。まずくないか?ヤクザみたいなのもいるが』」

 

フミヤとタケシがレモンの後ろに見える。

 

クサナギとナカムラがギロリと彼等を睨みつけた。

 

「『なんだ、てめぇらは。いまはガキの出る場じゃねぇぞ』」

 

重くのしかかるクサナギの言葉。

タケシ達よりも年下ではあるが、その凄みには貫禄すら感じられる。

 

「『なんだコイツら?リッチな外人の仲間か?』」

 

「『さぁ。状況がさっぱり分からないな』」

 

それは誰もが感じている。


「…なんだ、騒がしくなっちまった」

 

「とにかく早く呼んでくれ」

 

フォレストがRGに連絡を促す。

 

何気なくRGが発する言葉の一つ一つにヒントが散りばめられているが、フォレストもそこまでは気付かない。

 

だが、キャンディは違った。

 

「…」

 

無言のまま、すっくと立ち上がる。

 

「何してる?座ってろ。きついお灸をすえてやるんだからよ」

 

「嘘をつくな、RG」

 

「はあ?」

 

「何をもったいぶっているのかは知らないが、お前は俺を殺すつもりなのは分かる。そこの悪徳警官も含めてな」

 

立ち上がったキャンディの方へ近寄ろうとしたレモンやタケシ達が、クサナギ等によって取り押さえられている。

力自慢のフミヤはなかなかそう容易くはいきそうもないが。

 

「は、離せよ!ここは俺の部屋だぞ!」

 

「『なんだ、お前ら!俺を灰狼のフミヤと知ってのことか!ぶっ殺すぞ!』」

 

カチャ。

 

騒がしい連中を静まらせようとナカムラがどこからか銃を取り出し、フミヤに向けた。


「『くっ!なんだ、こんなもの!』」

 

「『フミヤ!よせ!あらがうな!』」

 

銃を見ても物怖じしないフミヤに必死で呼びかけるタケシ。だが彼もカワノに取り押さえられていて身動きは出来ない。

 

「『取り込み中だ。おとなしく…』」

 

「『おらぁ!!ナカムラぁ!!』」

 

ナカムラの言葉を遮るかのように響くRGの怒号。

 

「『どっからハジキなんて持ってきた!ガキ相手に道具なんて使ってんじゃねぇぞ!』」

 

「『はっ!申し訳ありません』」

 

驚いてすぐさま拳銃をしまうナカムラ。

RGから怒鳴られた経験の少ない彼は動揺している。

 

「『向こうと同じ感覚で仕事はできねぇぞ。何の為にウィルウッド捜査官にお越しいただいたのか分からねえのか』」

 

「『はい…』」

 

「『ほー。なんだ、グラサンのおっさん。アンタがボスか?

俺達の話を聞いてくれよ』」

 

「『フミヤ!』」

 

自由な状態になったフミヤがRGを挑発する。

 

「『図に乗るな、小僧。

お前みたいな威勢のイイ奴は嫌いじゃないが、今は仕事中だ』」


「『まぁ、そう言うなよ。ほんとに手間はとらせねぇ。

用事が済みゃ、すぐにおいとますっからよ』」

 

それでもフミヤは引き下がらない。

勇敢だが無謀だ。

 

「『なんだ?そこまで言うなら聞いてやる。

つまらねぇ事だったら許さないぜ。俺は気が短い』」

 

RGが承諾した。

 

「『その黒人。大金を隠してるらしい。それは知ってるよな?』」

 

「『さぁ、興味ねぇな』」

 

「『嘘つけ!じゃなきゃ、どうしてそんな奴を取り囲んでやがる!』」

 

「『それはお前には関係ない。とにかく金が目当てなんだな?』」

 

「『そういう事』」

 

にかっと笑うフミヤ、だが対照的にRGは無表情だ。

 

「『時間の無駄だったな』」

 

「『あ、あの!せめてその男と話させてくれないか』」

 

これはタケシだ。

カワノに押さえ込まれて、床を見つめたままの状態で叫んでいる。

 

「『ダメだ。これ以上…』」

 

ガン。

 

RGが言い終わる前に、物音がした。

また新たな客だ。


「!!」

 

「おっと、お早い到着で」

 

「ふん。これだけ騒がしければ誰だってアメリカから駆けつけれるぞ。扉くらい閉めんか」

 

先ほどから話題に出てきているウィルウッド捜査官。そこには彼がいた。

何やらいつも以上に浮かない様子のバーバラを従えている。まるでメキシコ原産のチワワ犬のようにぷるぷると震えているように見える。

恐らく彼女は何かに恐怖を感じている。

 

「『カワノ。扉を閉めろ』」

 

「『はい』」

 

RGが指示を出す。

 

比較的おとなしそうなタケシを取り押さえていたカワノが適任だと見なしたのだろう。

 

ナカムラはフミヤを捕まえてはいないが、背後にぴたりと張り付いている。

 

「どうして…ゴンドウ、どういう事だ?」

 

「今、本人が言っただろう。騒がしかったから来てくれたんじゃないか。

確かに俺はまだウィルウッド捜査官に連絡なんかしちゃいない」

 

「そう驚く事はなかろう。人捜しも我々FBIのれっきとした仕事だよ、フォレスト君」


次々と現れる敵。

 

キャンディにとっては今までに無いほどの絶体絶命。

 

だからといって隙をついて逃げる事など、到底出来そうもない。

 

「で、自首した俺にはどういった結末が待ってる?

アンタ、FBIか?」

 

「いかにも。FBIのウィルウッドだ。こちらはパートナーのバーバラ捜査官。

君が今回の事件の元凶だね、アイス・キャンディ…だったか?」

 

「…さぁな。人はそう呼ぶ」

 

「それでは困る。問おう。

本当の名前は何と言う?」

 

初対面のキャンディとウィルウッド捜査官。

曖昧な答え方をしたキャンディに質問が飛ぶ。

 

「…名はない。それが真実だ」

 

「出身は?」

 

「ニューヨーク」

 

「ニューヨークのどこだ?ハーレムか?」

 

「あぁ。おそらく」

 

まるで他人ごとだ。

 

「おそらく?分からないのか?」

 

「分からない。名前も無い。

だから答えようがないのさ」

 

キャンディが嘘をついている様子はない。

ウィルウッド、そしてフォレスト刑事もそう感じた。


「待てよ!なんだか俺の分からないとこで話が進んでやがるが!」

 

うつぶせの状態のままで声を振り絞ったレモンの背中の上には、クサナギがあぐらをかいて座っている。

 

「くっ!おもてぇな!早くこの石をどけろよ!」

 

どけようと思えばそれも可能だろうが、レモンは上になにが乗っているのかわかっていないようだ。

 

「ゴンドウ、コイツは誰だ?」

 

「そこで寝てる女のツレだった気がするが…そこの若い兄ちゃん達と仲良しみてぇだな」

 

たずねるフォレストにそういったRGは、空港でアンジー達と出会った時の事をわりと鮮明に覚えているのだろう。

 

「キャンディに名前が無いってのはどういう事だよ!キャンディはキャンディだろ!」

 

「それに、爆弾ってのは何?キャンディが爆弾魔?」

 

レモンの言葉にそう続けたのはドープマンだ。

 

「ここにいるジャパニーズのブラザー達が追っていたのもキャンディ、アンタらみたいなマフィアや、俺達、そして警察、FBI!一体なんなんだよ!」


「それは、俺に訊くよりも本人に訊いた方が確実じゃないのか?

もっとも、当の本人はお前が納得するような答えなんて持ち合わせてはいないだろうがな」

 

声を荒げるレモンに浴びせられる、RGの冷たい声。

今までに物語を動かしてきた人物達が、一同に会しているのだ。それぞれが思い思いの事を口に出したくなる気持ちは、誰もが理解出来ていた。

 

「キャンディ…!お前は一体、何者なんだ?」

 

「…」

 

「黙ってないで何とか言えよ!俺はお前の味方だ!」

 

「…俺にも分からない。俺は、誰だ?」

 

やはり、キャンディに答えは無い。

 

「くっ…!くははは!

本当に友達が多くてうらやましいぜ、キャンディ。俺と出会った頃は一人ぼっちだったお前に、仲間が出来るなんてな!」

 

「…」

 

ニューヨークにいた頃、長くキャンディと同じ時間を共有する人物など確かにいなかった。

 

彼は変わった。アメリカ横断をきっかけに。

 

本人ですら気づいていなかった。

氷は溶け、徐々にではあるが、人のぬくもりを取り戻している事に。


「絶対零度の通り名も飾りに成り下がったな、キャンディ?」

 

「名前に大きな意味などない。アイス・キャンディの名は、俺が作ったわけでもない」

 

「んなこたわかってるんだよ。

どうでもイイと思うと、とことん興味が薄いな?てめぇ、O型だろう」

 

何かがおかしい。

 

というより、明らかにRGの対応が不自然だ。

だが、その答えが出るまで下手には動けない。

 

そして、フォレストと名乗る警官とFBIのウィルウッド。

フォレストの考えには感づいたキャンディだが、ウィルウッドとの関係性が不確かだ。何よりも急に出てきたウィルウッドが分からない。

 

ドープマンとレモンはさしずめ自分を追うアンジーについてきたといったところ。

日本人の若者二人はよく分からないが、片方が灰色のパーカーを羽織っている事から、なんとなく想像がつく。

 

「キャンディ。お前、ニューヨークに女がいただろう?」

 

「…?」

 

身に覚えがない。

 

「わかってるぜ。お前の逃亡を手助けした女だ」


「…」

 

無言のまま、キャンディは一人の女を思い出す。

 

決して彼女とはRGが言うような間柄ではなかったが、確かに逃亡を手助けしてくれた。

 

ブレンダ。

 

よく酒に酔っては、キャンディに絡んできていた女だ。

 

RGの工場を襲撃するための武器の調達に始まり、宿を貸してくれたり、逃走用の車や、音楽が入ったカセットテープを準備してくれたのも彼女だった。

 

「わからねぇか?そう言うんなら俺はそれでもイイが…」

 

「いや、知らないな」

 

当然、わざわざ真実を話してやる義理は無い。キャンディはそう返した。

 

「ソイツ、死んだぞ」

 

「…」

 

「俺の部下に殺されてな」

 

「殺させた、の間違いだろ」

 

「ははは!違いない!

ま、そういう事だな」

 

「なぜそれを俺に伝える」

 

やはり、緻密に調べ上げられていた。

ブレンダが殺されたところで今のキャンディには関係のない事ではあるが、RGがキャンディとブレンダが恋人だと勘違いしているのならば、彼を失望させようとして伝えただけに過ぎない。


「おしゃべりはその辺でよろしいかな」

 

ウィルウッド捜査官のハキハキとした声が響く。

 

瞬間、彼が何やらRGに目配せをしたのをキャンディは見逃さない。

 

「…?」

 

「…」

 

RGはそれに対して小さく首を横に振る。

何かの合図である事は間違いない。

 

フォレスト刑事とRGには食い違いがあるようだが、ウィルウッドとRGは綿密につながっている事が予想できる。

 

となれば、答えは一つしかない。

 

「…」

 

「おい、悪徳警官」

 

「?」

 

敵陣の真っ只中。アイス・キャンディが、動く。

 

「俺を挙げるんじゃなかったのか?」

 

「そのつもりだ」

 

「だが、RGにそのつもりはない。言うまでもなくな」

 

「…」

 

黙り込むフォレスト。

 

「では、どうする?」

 

「単純な話だ。そこにいるウィルウッド捜査官は紛れもなくFBI職員だからな」

 

「そして、このボンクラにもそのつもりはない」

 

「何だと!?」

 

フォレストは耳を疑った。


そしてウィルウッドとの距離をつめ、至近距離で顔と顔を見合わせた。

 

「ウィルウッド捜査官、どういうおつもりか!」

 

「何を言っているのかね?私が来た意味がなくなってしまうではないか。

なぜその男の言うことを鵜呑みにする?」

 

「それは…」

 

事実、ウィルウッドはキャンディを殺すRGに立ち会うのみ。

捕縛してアメリカに連れて返る気など毛頭ない。殺しを正当化し、フォレストの意見をねじ曲げ、RG達を擁護し、すべてをなかった事にする。

それが彼の仕事だ。

 

「見て分からないのか?悪徳警官。

この男が本気で俺を捕まえに来たと?」

 

「アイス・キャンディ、とにかくお前は袋のネズミだ。バーバラ」

 

「はい」

 

名前を呼ばれたバーバラが、か細い返事をして手錠を取り出した。

 

「…」

 

「お手を…」

 

カチャ。

 

冷たい感覚が、キャンディの両手首にのしかかる。

 

だがキャンディは自分の手ではなく、しっかりとウィルウッドの眼を見ていた。


「何やってんだよ!勝手にキャンディを連れて行くなよー!」

 

「そうだ!ちゃんと説明しろよ!バーカ!」

 

キャンディが手錠をかけられる様子を見たドープマンとレモンが抗議する。

 

ウィルウッドはちらりとRGを見た。キャンディの考えが確信である何よりの証拠。

今回はキャンディだけでなく、フォレストもそれを見逃さず、しっかりとそれを確認した。

 

RGは動かない。何か言葉を発するわけでもなく、アイサインやジェスチャーを送るわけでもなく、黙っている。

 

「…お前達に伝える事は何もない」

 

ウィルウッドの言葉はそれだけだった。

 

 

 

「『おい、そこにいる兄ちゃん達』」

 

沈黙を打ち破ったのは意外や意外、RGだった。

日本語でタケシ達に話しかけ始めたのだ。

 

「『なんだ?』」

 

返答したのはフミヤ。

 

「『この、アイス・キャンディが大金を持ってる話。よく嗅ぎつけたな。

俺には関係のない事だから、お前達にやる』」


「『どういうこった?アンタがコイツのボスなのか?

なんだか知らねーが、秘密警察みたいな奴に捕まっちまってるぞ?』」

 

「『まぁ、コイツと俺達との関係なんてどうだっていいだろう?大事なのは金。違うか?』」

 

「『違いねぇな』」

 

「『ははは!久々に見る面白いガキだな。ウチに欲しいくらいだぜ』」

 

横柄な態度の青年など、一般的には煙たがられるだけだろうがRGは笑ってそれを許した。

日本人が持つ古来からの礼儀やしきたりなど、彼にとっては何の価値も無い。

 

「『冗談じゃねぇ。俺は自由が好きなんだよ。

アンタらみたいに上下関係だの義理だのってのに縛られた生き方が一番嫌いでな』」

 

「『言うじゃねぇか、ボウズ。俺も若い頃からそう思ってきた。だからアメリカに渡って、自由気ままに遊べるようにこういう生き方を選んだのさ』」

 

「『完全に矛盾してるようにしか聞こえないが?

上手い事言って人を騙すのがアンタらの手口だからな。とにかく、さっさと金くれや』」


慎重派のタケシは冷や冷やしながらフミヤとRGの会話を聞いていた。

 

 

理由は分からないが、普通ならば無礼きわまりないフミヤの態度が気に入られている。

相手も好意をもって金の受け渡しを望んでいるようなので、フミヤを止めようにも止めれないのだ。

 

とはいえ、果たして金は彼の持ち物なのだろうか。

いや、それは違う。黒人の男が持ち歩いていた大金は、このヤクザの金ではない。もしそうならば、奪還のために追いかけて来たはず。それをみすみす他人に譲渡するとは考えられない。

 

黒人が爆弾魔と言われていた以上、確実に報復の為にやってきたこの在米の日本男児達。

 

金を自分たちに渡すことでこの場を離れさせ、カタキを殺す。

それが狙い。

 

では、スティーブやこの女達は…?

 

金の流れはこちらに関係している可能性が高い。

では、彼等が追っていたのは人ではなく、金か?

 

衝突する前にさっさと金を手に入れてこの場を去る必要がある。

 

 

RGと同じくバイリンガルのタケシの思考は、英語しか話せないキャンディよりも有利に働く。


彼のよみ通りといったところだろうか。

FBIを名乗る怪しい男女ペアは、アイス・キャンディを捕縛したものの動く気配がない。

 

もっとも、RGとフミヤが会話している状態なのが大きな理由だが、それでも速やかに行動に移すのが普通なはず。

 

部下であるバーバラは当然、ウィルウッドからの指示を待っているのだろうが、当の本人が何も言わない。

 

すべては、タケシ達が消えた後に動き出す。

 

「『で、どこにあるんだ?その金はよ。

とんでもない額だってのは本当なんだろうな、おっさん?』」

 

「『んなこた俺が知るわけねぇだろう。』

おい、キャンディ」

 

「…」

 

「金はどこに隠した?俺には関係ない事だが、教えてくれよ」

 

「何の話だ。爆弾と関係あるのか」

 

やはり余計な事は一切言わない。

 

「しらばっくれてないでよ。BOAから流した金だろ。

こっちには警察もFBIもいるんだ。わざわざ隠したって、時間の無駄だぞ」

 

「…それだったら、自分たちで調べてみてはどうだ?」


「チッ。お前は最期までつれない奴だな。

それなら…」

 

「うぉー!」

 

RGの声を塞ぐ、突然の雄叫び。

もちろんキャンディではない。

 

「おぉぉ!!おりゃあぁ!」

 

レモンだ。

 

「『ぐぉっ!?何だいきなり!』」

 

彼を下敷きにして胡座をかいていたクサナギが転がり落ちる。

 

レモンが立ち上がったのだ。

 

「うぉぉ!どけっ!」

 

彼は一目散に扉の方へ走る。

逃げる気だ。

 

しかし、誰も追いかけはしない。

当然といえば当然。RGは部外者の早急な退室を望んでいるのだから。

 

 

「『なんだったんだ…?』」

 

クサナギが立ち上がって、スーツを手ではたきながら苦笑いしている。

 

「『大丈夫ですか、クサナギさん』」

 

「『アニキ、大丈夫ですか』」

 

ナカムラとカワノが声をかけると、クサナギは軽く右手を挙げて応じた。

 

だが、その直後。

 

「うぉぉぉ!!」

 

帰ってくる叫び声。

同時に一同の視線が扉に集まる。


「『なんか帰ってきたんですけど』」

 

ナカムラが嫌そうな声を出した。

 

「おらぁ!てめぇら、覚悟しやがれ!」

 

仁王立ちをして扉の前に再び現れたレモン。

その手には、鉄製の赤いタンクがかかえられていた。

 

「『ん!まずい!ゴンドウさん、奥へ!』」

 

クサナギがRGを守ろうと叫んでいる。

 

「くらえ!スティーブ's・ファンシー・レッド・ソルト・フレッシュ…えーと、スティーブファイヤー!!!」

 

パチッとなにかがはじける音がして、真っ白い粒子がレモンの手元から噴射された。

彼が持ってきたのは、消火器だったのだ。

 

廊下かどこからか、非常用の器具置き場からくすねてきたに違いない。

 

「な!消火器か!

ゲホ!ゲホ!…クソッ!」

 

消火剤をまともにくらったウィルウッドがせき込みながら悪態をもらす。

 

「ははは!どうだ!何も見えまい!」

 

レモンの高笑い。確かに部屋中真っ白だ。

だが。

 

「俺をなめると…う、ごほっ!がはっ!」

 

やはりそうなった。


「『げぇ!何すんだ、クソ黒人!』」

 

「スティーブ!俺とフミヤもいるんだぞ!何をするんだよ!」

 

灰狼の二人が怒りを募らせるが、どこにいるのかすら定かではない。

 

「こら、レモン!ひどいよ!」

 

「うわっ!?何だ、こりゃあ!

何も見えないぜー!」

 

「ははは!ゲホ!ゲホ!えっと…誰?」

 

声から推測してもドープマンと、目覚めたアンジーであるのは間違い無いが、レモンはよくわかっていない様子。

 

「『クソ…やってくれるじゃねぇか、あのハゲ』」

 

これはRGだ。サングラスをしているので、目に消火剤が入り込むのをいくらか軽減できている。

 

 

パシッ。

 

「…!」

 

キャンディの手を、誰かが掴んだ。

 

「こっちだ…キャンディ…!」

 

「…」

 

「…助かる」

 

レモンだ。

バカな行動ではあったが、キャンディを助けようとしてくれている。

 

素直にキャンディはレモンの手に引かれて移動を開始した。


 

最もキャンディに近かったはずのバーバラでさえ見えない状況。

一体どうしてレモンがこのような所までたどり着けたのかが不思議だ。

 

「…」

 

「…」

 

息を殺して歩くレモンとキャンディ。

その足取りはまっすぐに部屋の出口を目指している。

 

疑問は残るが、この状況では質問のしようがない。

 

「ゴンドウ!ゲホ!ゲホ!

いるか!」

 

「あぁ!いるぞ!」

 

フォレストとRGが声を掛け合っているのを聞き流しながら、キャンディ達二人は部屋から逃げ出す事に成功した。

 

 

 

「おい、フォレスト!

キャンディは!キャンディはいるのか!

キャンディ!…まぁ、返事なんかしねぇよな!てめぇは!」

 

「こっちは何も見えないぞ、ゴンドウ!」

 

「クソ…!ウィルウッドさん!アンタはどうだ!」

 

「ごほっ!こちらからも確認できないぞ」

 

時すでに遅し。

RGがキャンディの所在を確かめようとし始めた頃にはすでに彼はいなかった。


徐々に、靄がかかってい室内が明るみになる。

 

室温さえ考えなければ、辺りはまるで一面の銀世界だ。

 

そして、各々の姿を確認するなり落胆する者、こみ上げる笑いをこらえる者、怒りに身体を震わす者と様々だった。

 

「チィ…!キャンディとあのバカハゲがいねえ!」

 

「しまった!俺が捕まえてやる!」

 

いち早く状況を確認したRGと、勢いよく部屋を飛び出したフォレスト。

 

「『おい、クサナギ!何をぼーっとしてやがる!

さっさと行け!』」

 

「『ぷぷ…カワノの顔…はい!?どうされましたか、ゴンドウさん!』」

 

「『キャンディが逃げたってんだよ!ぐずぐずするんじゃねぇ!』」

 

「『え!本当だ!

行くぞ、ナカムラ!俺と来い!

カワノはゴンドウさんと一緒にいてくれ!』」

 

カワノに指を差して笑っていたクサナギだったが、喝をいれられてピリッとした。

 

「『はい、お供します』」

 

「『クサナギのアニキ、お気をつけて』」


二人の舎弟達からそれぞれ返答がある。

 

着ていたスーツの前ボタンを全開にして、クサナギとナカムラは飛び出していった。

 

 

「『ゴンドウさん、我々はどうしますか?』」

 

「『フォレストとクサナギ達に任せておけ。またしても…アイツには幸運の女神がついてやがるな。

なぜ、こうも上手くいかない。まるで手の平からひらりひらりと舞って掴めない羽毛のようだ』」

 

「『お気持ちお察しします…ですが、必ずや仕留めましょう。

奴がもってきた技術と、多くの我々の同志の命とでは、天秤が釣り合うはずもない。まったく、奴は俺達を舐めすぎです』」

 

珍しく饒舌なカワノ。RGの想いに呼応するかのように、しみじみと言葉を噛み締めている。

 

「『おい、アイツが逃げたって事は…金はお預けか?』」

 

フミヤは当然不機嫌だ。

 

「『そうだな。本人から聞き出すのが最も早い方法だったが、仕方ない。』

ウィルウッドさん、アンタ、キャンディの金の流れを洗い出せるか?」


突然妙な話題を投げかけられたウィルウッドは、真っ白い顔をゴシゴシと手で拭って首を振った。

 

「バカ言え。お題目を増やすつもりか、貴様。

わがままばかりに付き合ってはいられんぞ。また手数と時間がかかる上に、あっちからは睨みを利かされる。

出来ない事はないが、こちらにとって何のメリットも感じられないな」

 

「ここまで来て堅物を気取るのか?」

 

「黙れ。奴を取り逃がしてしまっては我々も仕事にならない。一度、退くぞ」

 

ウィルウッドは、バーバラと共に背中を向けた。

 

「そこを手伝おうって気にはならねぇのか?暇なんだろう?

連邦捜査官のバッジが泣いてるぜ」

 

「…」

 

ウィルウッドは無言で右手を挙げて応答し、そのまま消えてしまった。

 

「『なんだ。どうなった…うぉっ!』」

 

口を開いたフミヤの前を通り過ぎる人影。

一瞬の出来事を理解するのは難しいが、どうやらアンジーが走っていったらしい。

ベッドの上から彼女の姿が消えている。


「『クソ…アイツも懲りねぇな』」

 

自分の事はさておき、文句をたれるRG。

 

「『なんだなんだ?女が走っていったように見えたが』」

 

「『は…?』」

 

なんと、フミヤはアンジーの姿を僅かながら捉えていたらしい。

横にいるタケシは首を傾げるばかりだ。

 

「『驚いたな。ボウズ、今のが見えたのか?』」

 

「『あぁ。だがビビったぜ。あんなの人が動けるスピードじゃねぇぞ。

なんだ、アイツは?孫悟空か?』」

 

RGもフミヤの言葉を無視できず、すかさず訊いた。

 

「『人が…通った…?理解出来ない』」

 

「『本当に面白い!大した能力だ!』」

 

「あれ?アンジーがいないぞ!アンジー!キャンディと一緒に連れ去られたのか!?

こらー!レモン!」

 

ドープマンなど、今頃になって慌てている。

 

彼も追いかけたいのだろうが、車椅子で追いつけるはずもなく、他人ばかりを残して自分達の部屋を出るわけにはいかない。

 

これで部屋にはRG、カワノ、ドープマン、タケシ、フミヤの五人だけだ。


「『で、どうするつもりだ?追いかけるか?』」

 

内心は、さっさと行けと言いたいところだろう。

それでもRGはこの面白い青年に優しく問いかける。

 

「『そうだな…だが、アンタの部下みたいな連中がまたここへ連れてくるんじゃないのか?』」

 

「『アイツらがアイス・キャンディを捕まえられたらな』」

 

「『彼は一体何者です?どうしてみんなから追われている?』」

 

頭では分かっている。だがタケシは確認の意味でRGに訊いた。

 

「『なんだお前?このボウズのツレか?』」

 

「『えぇ、まぁ。その…アイス・キャンディとは、何者なのか教えてもらえませんか?』」

 

「『ほう、お前も面白そうだな。ウチのナカムラって奴にどことなく雰囲気が似ている』」

 

RGは何かを見定めているのか、じっとタケシの顔を見ている。

 

「『…』」

 

「『いいだろう。俺が知っている限りの話だ。

だが後になって、追いかけておけば良かったなんて後悔はしないようにな』」


「『もちろんです。ありがとう』」

 

タケシは瞬時にRGの言葉を理解した。

 

それほどまでに、アイス・キャンディという男を捕らえる価値が、少なくともRGの中にあるということ。

 

「『なんだ?そんなに時間がかかっちまうのか?』」

 

対してフミヤはこういった会話から何かを読み取る行為は非常に苦手だ。

二人で釣り合いが取れていると言えばそうなのかもしれない。

 

「『キャンディとの出会いはもともとNYCのハーレム、そこのスラム街だ。

俺は今のマフィア組織を旗揚げしたばかり。奴は裏路地では少しばかり名の通ったドラッグディーラーだった』」」

 

NYCとはニューヨークシティの略だ。

市は、ブロンクス、マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、スタテンアイランドの五つの区で別れている。

ハーレムとはマンハッタンにある、黒人やプエルトリコからの移民が多く住む地区。

町全体は観光向けの立派なものだが、一歩暗がりへと踏み込めば、そこには闇の世界が待っている。


「『ドラッグディーラー?ヤクの売人か?ロクな奴じゃねぇな!』」

 

「『お前が言うなよ…』」

 

小さなツッコミをフミヤに入れながら、早くもタケシはRGの話に夢中になっていた。

 

「『奴は売り場をブルックリンに鞍替えしたりもしたが、俺達の交流は続いた。

もちろんウチで流すヤクを買ったり、逆にアイス・キャンディに流したりな。ビジネス的な付きあいって奴だ。

奴は無愛想だが、真面目に仕事をこなしていて客からの信頼も厚かった。名指しで奴からヤクを買いたがる奴も出てくるくらいにな。

…そんな時、一つデカイ話をアイツに振ったんだ』」

 

「『どういった話を?』」

 

「『ニセ札さ』」

 

短く応えたRGに、タケシとフミヤは目を丸くした。

 

「『ニセ札…?』」

 

「『物足りなそうな顔だな。舐めちゃいけねぇぞ。

使用目的が限られてるヤクや銃よりは、はるかに市場が広いビジネスだぜ。設備と技術さえ整えちまえば、あっと言う間に大量生産も可能だ』」


思いのほか、はっきりと自分の悪事を話してのけたRG。

今までの彼には見られなかった行動だ。

 

それほどまでに彼がフミヤを気に入ったという気持ちの現れだろう。

幸い、フォレストやウィルウッドに日本語は通じない上、通じたところで彼等は今更RGをどうこうしようとも思わないだろう。

無論、彼等はここに居合わせてなどいないが。

 

カワノが口をあんぐりと開けているのは、先の理由に他ならない。

 

「『それで、俺は奴が知り合った腕利きのニセ札職人を回してもらった。バカな男だったがな。

それで、儲けをアイス・キャンディと分配する手はずだったんだが、急に奴がその割合に腹を立ててな。もめちまったのさ』」

 

さすがにこのあたりは上手い。事実上はRGがキャンディを騙した為に事件が起きた訳だが、自らに非があるような言い草はしない。

 

悪さをするのと筋を違えるのとは全くの別物。

悪役には悪役なりのルールがあり、それを踏み外したとなればただの卑怯者と思われても仕方ない。


「『よくある話だな…それから?』」

 

タケシは真剣な眼差しをRGへと向けた。

だが、なんとなく引っかかる気持ちはある。

 

彼らがもめたのはもちろん虚言には感じない。

 

だが、先の会話を理解出来ているタケシは思う。

 

『工場を爆破して死傷者を多数出した?』

 

RGが言ってのけたような簡単な話であれば、そこまでの凶行に走るであろうか。

否。激情家であるかどうかは判断できないが、少なくともあのアイス・キャンディという男は愚か者ではない。

 

「『その腹いせに奴は俺のニセ札工場をドカン!よ。信じられるか?』」

 

「『爆破したのか!?やっぱすげぇな、アメリカ人はよ!』」

 

フミヤが目を輝かせて興奮している。

 

「『あぁ。そこまでされて黙っちゃいられない。そこから俺達のアイス・キャンディ追跡劇が始まったわけだな。

奴を殺すまでは気を抜けない。一日中。一晩中。四六時中な』」


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