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Crap Ur Handz  作者: 石丸優一
19/34

93 Till Infinity

『Infinity…無限大』

 

 

空港内。

 

スペイン語と英語のアナウンスが響いている。

 

「どのくらいで戻るんだ?」

 

レモンは珍しく不安げな表情だ。

 

「そんなに帰りが心配ならアタシ一人で行くぜー?」

 

「えっ!?やだやだ!絶対俺は行くんだから!」

 

代わりにドープマンが返事をしている。

 

「心配なもんか!俺様を誰だと思ってんだ。月だろうが太陽だろうが行ってやるぜっ!」

 

「じゃあ太陽に行って死ねばイイ」

 

当日便が三席空いているか、アンジーはチケットを手配しにカウンターへと歩いて行った。

 

「ドープ。なんか俺、シャロンからボソッとヒドイ事言われた…」

 

「そうなの?それより飛行機だっ、空飛ぶ飛行機だっ。

機内食はコーラ付かなぁ!」

 

ドープマンは飛行機以外に興味を示さない。

 

 

「お待たせ。明日の便しか無いみたいだ。

まったく、キャンディも面倒な事してくれるぜー」

 

「えー?俺、すぐにでも飛びたいのに」

 

ドープマンはそう言って、キコキコと車椅子を前後に動かした。


「アタシだってそうさ。すぐにキャンディを追いかけたい。

でも今夜は空港内に泊まるしかなさそうだぜ」

 

アンジーがドープマンに諭す。

 

「えー!たまにはまともなベッドであったかくして寝たいぜ!

ずっと車中泊じゃねぇか。動かない時くらい宿で…」

 

レモンが騒ぎ始めた。

確かにずっと運転をしている彼や、障害者のドープマン、ケガをしているアンジーにとってはかなり過酷な長旅であっただろう。

 

「太陽に行けばポカポカしたままずっと寝てられるぜー。早く行ってこいよ」

 

「はい!?」

 

「永遠にゆっくり寝ててもらって構わないぜ」

 

アンジーがレモンをいじめている。

 

「ドープ…シャロンが俺につらく当たるんだ」

 

「うん、聞いてるよ」

 

確かに聞いてはいるが、彼の視線は窓から見える滑走路に釘付けだ。

次々と離着陸している飛行機がよほど気になるらしい。

 

「そういえばさ、レモン」

 

「スティーブだっ」

 

「シャロンて誰なの?」

 

やはりレモンに味方はいない。


「しかし、ここは快適だぜ。店員はみんな話せるし」

 

アンジーがベンチに腰を下ろす。

 

「本当にここに泊まるのかよ」

 

「言葉が通じるほうが便利じゃねぇか」

 

確かに空港内の店舗や空港自体ではたらいている従業員は、英語が堪能だ。

 

良い宿を取ったからといってそれは保証されはしない。

 

「うわぁー!こんなに近いと飛行機がデカイ!もっと小さいものかと思ってた」

 

ドープマンは変わらずはしゃぎっぱなしだ。

 

「可愛いアタシが寝てる間の警護は頼んだぜ、レモン」

 

「どうしてだよ!誰が黄色い守り神だ!」

 

「だって、もし変なおっさんに襲われでもしたら…そう思うと怖くて寝れないぜ」

 

クネクネと身体を揺らして、甘えているつもりだろうか。

 

確かにアンジーは美人だが、彼女を襲おうとする人間のその後の方が心配だ。

 

「俺だってちゃんと寝たいんだからな」

 

「だったら早くNASAに入社して太陽に突っ込めよ」

 

「えぇー!?何を言いだしたのお前!?」


 

カツカツ。

 

すぐそばをビジネススーツに身を包んだ若者が歩いていった。

 

「ほらー、アイツとか絶対アタシの事気にしてた」

 

「全然見向きもしてねーし。

しかも急いでるじゃねぇか」

 

太陽の話から、再びアンジーの身の危険の話題になっている。

 

「じゃあ、アイツらだ。見るからに悪そうな連中じゃないかー?」

 

アンジーが示したのは5人の男達。

 

固まって歩いている彼等もスーツを着てはいるが、何やら着こなし方にクセがある。

 

インナーのシャツは派手な原色で、ネクタイを締めていない者もいた。

 

さらにはビジネスバックやキャリーバック類を一切持っておらず、全員がサングラスを着用していて、アウトローな雰囲気がプンプンと漂っている。

 

「なんだアイツら。ファンキーな連中だな。

手ぶらでバカンスとは、リッチだぜ」

 

レモンが悪態をつく。

 

目が見えないので確認出来ないが、顔のつくりからして彼等の内の一人だけは白人のようだ。


残る4人はメキシカンかアジア系に見える。

 

「何で手ぶらだとリッチなんだよ?

キャンディもまさか堂々と銀行から金を移動してたなんてな」

 

やはりアンジーはアイス・キャンディの動きを事細かに洗い出していた。

 

だが、何もその金だけを追っているわけではない。

直接キャンディと会う事は絶対に必要だった。

 

 

「おい」

 

「ん?」

 

気づくと、先ほどの五人組の一人がアンジー達が座っているベンチの目の前に立っていた。

 

高そうなブランドスーツに革靴。

腕にはキラキラと宝石が輝くスイス製の腕時計。

その男からはほのかにタバコの香りがした。

 

「今、知人の名前が聞こえたような気がしてな」

 

スペイン語ではなく英語だ。

声をかけられた場所は違うが、サンフランシスコ班のガソリンスタンドでの彼等との出会いと酷似している。

 

「知人?」

 

「アイス・キャンディという」

 

「…!!」

 

RG。

 

彼もまた、ここまでやってきていた。


「キャンディ?キャンディと知り合いなのか!

俺達、アイツを探しててさ。今アイツは…もごっ!」

 

ベラベラと喋り始めたレモンの口をアンジーの小さな手が覆う。

 

「余計な事は言わなくてイイぜ」

 

「もご、もごっ…」

 

レモンは反省している。

ドープマンはというと、いなくなってしまった。

 

おそらく飛行機を見るために動き回っているのだ。好奇心旺盛なのは結構だが、勝手な行動は困る。

 

「話はまとまったか?可愛いお嬢さん」

 

「バッチリな。それで、お客さん。

キャンディとはどういう関係だ?」

 

だが、アンジーは気づいていた。

ヤクザ者だろう、と。

 

キャンディが以前、アンジーに彼の事を話していた事があったのだ。

 

レモンが余計な事を言わなければ知らぬ存ぜぬで通すところだが、こうなってしまった以上は極端に包み隠すとかえって不自然だ。

 

「友人だ」

 

「そんな穏やかなもんじゃねぇだろう。アタシらはアイツと友人だけどな!」


「ははは!!見た目で勝手に決めつけんじゃねぇよ。あのアイス・キャンディのツレなんざ、まともな奴がいるはずがねぇだろうが」

 

RGは高笑いをしながらタバコを取り出した。

 

カチカチッ。

 

横からクサナギとナカムラが彼を挟むように火を点けてくる。

 

RGはその内、クサナギの方の火にタバコを近付け、ジリジリと音を立てた。

 

ナカムラは一礼して下がり、クサナギはRGに見えないように小さくガッツポーズして後ろに控えているカワノにハイタッチしている。

 

なんともおかしな光景だ。

 

「ふぅ…」

 

「公共の場は禁煙だぜ」

 

周りを行き交う人々もチラチラと視線を送るが、誰も彼に注意など出来ない。

 

「しかし、お互いに奴を追いかけているのは間違いなさそうだな。

…そしてここまで嗅ぎつけた、と」

 

RGはアンジーの言葉など気にもとめずに続けた。

 

ピィー!

 

警備員らしき作業着の男が笛を吹きながら近づいてきたが、クサナギ達に睨みつけられておとなしくなった。


「よくわからないけど、似たようなもんだろうぜー。

どういう理由でキャンディを追いかけてるのか知らないが、穏やかには見えないな!」

 

「ははは。ズバズバと気持ちがイイくらいに言ってくれるな。

おもしれぇお嬢さんだ」

 

機嫌が良いのか、RGはよく笑っている。

 

「でも、先にキャンディをとっちめてやるのはアタシらの方さ」

 

「お前…なかなかの腕だな。なめてかかるわけにはいかねぇようだ」

 

スッ、とアンジーの身体が動き、残像だけが残った。

 

バシッ!

 

「…」

 

一瞬で、彼女はRGの背後へ。

 

拳を背中に当てるつもりだったが、それは後ろ手で防がれてしまった。

 

「どうした?」

 

当の本人達以外は、何が起こったのか分からずにまばたきをしている。

 

「腕を見抜いてくれる人間なんてなかなかいなくてな。つい嬉しくて。

ほんの挨拶がわりだぜー」

 

「そりゃ嬉しいね」

 

RGの強さも計り知れないものがある。

 

超人的なこの二人の能力がぶつかる時は、アクション映画顔負けのケンカになりそうだ。


とはいえ、何の理由もなしにそれがはじまるわけもない。

 

アンジーは再び素早く元の位置へと移動した。

 

「なかなかの動きだな。大したもんだ」

 

「てめぇこそ、よくアタシを止めたな。おしゃれなサングラスなんかしたまんまでさ」

 

「なんだ。欲しいなら最初から言えよ。くれてやるぜ」

 

RGがサングラスを外そうとする。

 

「いらねぇよ。それよりも聞かせてくれ。アイス・キャンディを追ってどうするつもりだ?」

 

「一緒に寿司でも食いに行くつもりだ」

 

「冗談もいらねぇ」

 

「ははは!隠す理由もねぇがな」

 

またRGが笑う。

 

一息ついて、すぐにこう返した。

 

「…殺しに行くんだよ」

 

空気が張りつめる。

 

「はっ!?殺すだと!?ふざけんな!」

 

レモンは声を上げて驚いた。

 

「そうか。そりゃ、やっぱりアタシらも急がないといけないぜー。

奴が死んじまったら会えなくなっちまうからね」

 

アンジーは冷静に言葉を発する。


「頑張りな。そっちはどうなんだ?奴にどうして会おうとしている?」

 

「教えねー」

 

「子供みたいな奴だな」

 

タバコを床に捨て、RGはそれを踏み消した。

 

「そうかい?若くて可愛らしいって言われてると取っておくぜー」

 

「では、また会おう」

 

「やなこった!」

 

中指を立てるアンジーを無視して、RGはクサナギ達の方へ戻った。

 

仲間内の白人の男と何やら話しながら歩いていく。

 

「あの二人が中心になっているようだね…」

 

「周りの奴らは下っ端か?」

 

レモンが質問する。

 

「そんなとこだろうな。

いてて…」

 

アンジーが自分の右手をさすった。

 

「どうした!ケガしちまったのか?いつ?」

 

「いや、ケガはしてねー。さっき、アイツがアタシの攻撃を防いだろう?

掴まれただけでこの痛みかよ。すげぇ奴だぜー」

 

「マジで?怪力か!」

 

「違うと思う。力を入れられたわけじゃなくて、軽く妙な方向にひねられてた感じだ」


彼女は苦い顔をしている。

 

RGは大した腕だと言って誉めてはいたが、パンチを止められてしまった事が悔しいのかもしれない。

 

「ところで、ドープマンは?」

 

「知らねぇ。いつの間にかいなくなっちまった。飛行機が見える場所を追い求めてるんだろ。

俺が探してきてやるからベンチに座ってな」

 

アンジーを気遣って、レモンが歩き出した。

 

「大丈夫だ。アタシも一緒に行くぜー。

どうせ迷子が二人に増えるだけだからな」

 

「なんだと、てめぇ!

じゃあ行くぞ!」

 

怒ったようなセリフだが、レモンは満面の笑みだ。

 

アンジーに心配されたのが少し嬉しかったらしい。

 

 

 

「うわぁ!カッコイイな!」

 

車椅子で空港内を縦横無尽に走りながら、ドープマンは声を上げた。

 

「おっ、店みっけ!」

 

パッと目についた売店にスルスルと入っていく。

 

狙いはもちろん。

 

「おばちゃーん!コーラねー!」

 

まるで近所のリカーストアで買い物するかの様な口調だ。


「『なんですか?』」

 

スペイン語での返答。

 

売店のカウンターには確かにおばちゃんがいたが、彼女には伝わっていない。

 

「なんだよ。英語が通じない人もいるんじゃないか」

 

狭い店内をドープマンは進む。

 

仕方がないので自分で冷蔵庫からコーラの缶を一つ取り出した。

 

「『ありがとうございます』」

 

「あ…」

 

「『…』」

 

「お金…持ってるのアンジーだけだ」

 

じっと見つめ合う二人。

 

「『あの…お代を』」

 

「…」

 

「『…』」

 

ドープマンはニコリと笑い、コーラをひざに乗せた。

 

「ごめんね」

 

ガタン!

 

「『あ…!こらっ!泥棒!!』」

 

なんと彼はそのままコーラを盗んでしまった。

 

後ろから店員が追ってくる。

 

「あはは!逃げろー!」

 

ドープマンはそれを楽しんでいる。

おそらく日常では見慣れてしまった状況のはずだが。

 

 

「あはは!」

 

「『泥棒ー…はぁはぁ』」

 

ドープマンのスタミナ勝ち。


だがすぐに…

 

ピピィー!

 

笛の音。

 

これは警備員だ。

 

「『こら!待ちなさい!』」

 

「あらら…やべっ…」

 

バタバタと、5人程度の数の警備員達がドープマンを追いかけてくる。

 

売店からの『泥棒!』という叫び声を聞きつけたのだろう。

 

コーラひとつに手厚い対応だ。

 

「『待たんか!』」

 

ドープマンは必死に車椅子をこいだ。

先ほどまでの余裕の表情とは大違いだ。

 

「くっそぉ!追いかけてこないでよぉ!誰か助けてー!」

 

コーラを返して謝れば早いのだろうが、それは彼の中では論外だ。

 

 

 

「おい」

 

「あぁ、見えてるぜー」

 

レモンとアンジーは、ドープマンを探す事を放棄した。

 

目の前から猛スピードで走ってくる車椅子の男に気づいたからだ。

 

クルリと背を向け、進行方向を揃えてから彼らは走り出した。

 

「うぉぉ!レモン!アンジー!ちょうどよかった!」

 

ドープマンが二人の横について話しかける。


「話しかけるなよ!トラブルだけ連れて来やがって!

俺はスティーブだし!」

 

「そんな事言わないでよー!何もしてないのに」

 

「だったら何で追いかけられてんだよ!」

 

これはレモンとドープマンだ。

 

アンジーはスッ、と人ゴミの中へと消えてしまった。

 

「おっ!?シャロンめ、一人だけ逃げやがった!」

 

自分も逃げ出したくせによく言えたものだ。

 

「ちょっと!レモン、急に止まるなよぉ!」

 

バン!!

 

わざわざドープマンの目の前で止まったレモンと接触事故になってしまった。

 

 

だがそのまま車椅子は進む。

 

「…」

 

「げげっ!」

 

どうしてそうなったのか、レモンはドープマンと向かい合わせで彼の上に馬乗りになっていた。

 

…しかも、走りつづける車椅子の座席で。

 

「恥ずかしい事しないでくれよ、レモン!気持ち悪いよぉ!」

 

「バカ!俺だってそうだぞ!?」

 

「腕を回すなってば!」

 

「だって、落ちちまうだろ!」

 

完全なるコメディだ。


「あー!暴れるなって!」

 

「暴れてない!くっついてる!」

 

それも気持ちが悪いが。

 

「それよりも、お前がしゃかりきにこいでるんだろ!」

 

「そうしなきゃ捕まっちゃうじゃん!」

 

「うおっ!ドープ!左だ、左!

おっさんにぶつかるぞ!」

 

「お前が邪魔で見えないんだよ!

左だねっ!?」

 

ギュン!

 

「バカ!曲げすぎだ!太ったババアのオケツにぶつかるぞ!?」

 

「えぇ!?太った尻!?それはやだ!!」

 

ギュン!

 

「よし、いいぞ!そのまま真っ直ぐだ!」

 

「了解!」

 

だが。

 

ガチャン。

 

「…はい?」

 

「ぶつかったじゃん」

 

車椅子は円筒形の柱にぶつかって、地味に停車した。

 

もちろん二人にケガはない。

 

「『もう逃がさないぞ!』」

 

「『そこまでだ!泥棒め!』」

 

柱を囲むように警備員達が迫ってきた。

 

おそらく彼等は、ドープマンが何を盗んだのか分かっていない。

 

「ドープ!囲まれちまったぞ!」

 

「嘘の指示を出すからだよ、レモン!」


「『取り押さえろ!』」

 

わっ、と屈強な体つきの警備員達が肉薄してきた。

 

暑苦しいことこの上ない。

 

「ぎゃあ!」

 

「いててっ!何しやがる!」

 

「『捕まえたぞ!観念しろ!』」

 

レモンは車椅子から引きずりおろされた。

 

そのまま、彼に対しては二人がかりで両手両足を押さえ込まれる。

 

「俺は関係ねぇぇ!ん、おい!!今オケツを触った奴は誰だ!」

 

「『大人しくしろ!コソ泥が!』」

 

「あ!また!誰かがずっと俺のオケツを優しく触ってやがる!」

 

レモンは変な体験をしながら事務室へと連行されていった。

 

ドープマンは車椅子を誰かに押されながらそれに追従していく。

 

「『余計な手間をかけさせてくれるなよ』」

 

「…」

 

「『安心しろ。盗んだものを出せばイイだけだからな』」

 

おそらく後ろから彼を押している警備員の言葉だろう。

 

ドープマンは反応しない。

 

 

プシュ!

 

奇跡的に炭酸が飛び出す事なく缶は開き、彼はようやくコーラにありついた。


 

 

キィィン…

 

わずかに機内に入ってくるジェットエンジンの音。

 

「失礼します、サー・ゴンドウ。

お飲み物は何になさいますか?」

 

「シャンパンだ。ソイツと乾杯させてくれ」

 

「かしこまりました」

 

ファーストクラス。

 

スチュワートが一礼して下がる。

 

RGとフォレストの二人だけは、豪華な客室で優雅に過ごしていた。

 

クサナギ達、残りの三人は一般向けのエコノミークラスだ。

 

「貴様だけでよかったろうに、どうして呼んでくれたんだ?」

 

「一人じゃ寂しいだろ。だからといってアイツらをここに乗せちまうのもな…

まぁ気にするな、フォレスト。全部タダだからよ」

 

カード会社のV.I.P.として受けられるこういったサービスはすべて無料だ。

 

酒を含めた飲食代はもちろん、運賃さえも取られない。

 

世の中は金を持つ程に無駄な金を使う必要がなく、貧乏人からは何に対しても金を吸い上げるシステムが構築されてしまっている。


RGはヒラヒラと自慢げにダイナーズ・クラブ社のブラックカードをチラつかせた。

 

「ふーむ…それほどまでに儲かってたとは驚きだな。

ヤクザ者もバカには出来ない」

 

「はは!チンピラみたいな連中ばっかり取り締まってるから偏見の固まりになっちまったんじゃねぇのか?」

 

RGがカードをエルメス製の財布にしまった。

 

「盗品も多いのかと」

 

「おい、刑事殿。誇り高きニッポン人を大陸のゴロツキと同じにするんじゃねぇよ。

美徳や見栄を大事にする、華やかで趣ある種族だぜ。

このカードや財布だってそうだ。自分の持ち物には何よりも気を使う。コピー品や盗品じゃ、他人は騙せても自分は騙せない。

使えりゃイイ、じゃねぇんだ。むしろ、物そのものよりも『ソイツを使う自分』に価値を感じる」

 

「ナルシストか?」

 

「ステータスだ。元々、国民の生活水準が全体的に高いし、教育も徹底してるからな。

誰もが成り上がる可能性を秘めている。『みんな一緒でみんな良い』って刷り込みから、それに気づいてねぇ奴も多いがな」


ここでRGはタバコをくわえ、カチリと火をつける。

 

青白い煙を吐きながらフォレストにも一服勧めたが、彼は断った。

 

「そろそろ場所くらいわきまえちゃどうだ?」

 

「余計な世話だ。

ところで、フォレスト。奴をとっつかまえて部下どものカタキに一矢報いた後は、どうするつもりなんだ?

のこのこと戻って復職できる程、お前に力は無いだろう」

 

「それこそ余計な世話だ。

なぜ俺の身の上を貴様が知る必要がある、ゴンドウ」

 

シャンパンが運ばれてきた。

スチュワートがシャンパングラスにそれを注ぐ。

 

「別にイイだろ、気にしたってよ。

お前、FBIみたいなマネしてるんだからそのままFBIに入れよ!ははは!」

 

笑いながらRGが冗談を言った。

 

「どうしてそうなる…

FBIは苦手なんだよ。警察官の視点で見ると、どうしてもな」

 

スチュワートがシャンパンのボトルを置いて下がる。

 

「アスティか。では、いただくとしようぜ」

 

「そうだな。乾杯」

 

チン、と甲高い音。


 

 

同時刻。同機内。

 

「『やっべぇ!』」

 

最年少のクサナギが騒ぎ出した。

 

「『どうしたんですか、クサナギのアニキ?』」

 

カワノがたずねる。

 

「『いや、ビールが頼みたいんだけどよ!』」

 

「『はい、それが何か?』」

 

「『バカが!だったら頼んでみろ!』」

 

「『え?』」

 

座席の前に挟んであるメニュー表を見ながら、クサナギがイライラしている。

 

カワノが覗くと、横文字でいっぱいの紙がそこにはあった。

商品の写真もついておらず、不親切だ。

基本的にはスペイン語表記だが、もちろん英語のふりがながついている。

 

「『どこかにあるはずでは…』」

 

文字の上で指を走らせながら一生懸命ビールを探すが、同じく英語がまったくダメなカワノも悪戦苦闘してしまう。

 

「『お二人とも、大丈夫ですか?ちょっと見せて下さい』」

 

通路側の席に座っていたナカムラが助け舟を出す。

彼は少しくらいなら英語の読み書きができる。


よくぞ申し出てくれた、と言わんばかりにクサナギの顔が輝く。

 

彼はアメリカでの普段の生活をどうやって送っていたのだろう。

 

「『ほら、頼んだぞ』」

 

カワノからメニュー表が回ってくる。

 

「『どれどれ…おや、確かにこれは大変だ』」

 

びっしりと並んだ文字列に、英語圏の人間でさえも嫌気がさしそうだ。

 

 

「何かお飲み物は?」

 

タイミングよく、カートを押すスチュワーデスが現れた。

 

「『カワノさんもビールですか?』」

 

「『いや、メシを頼む』」

 

「えーと…ビールを一杯、ブラックのコーヒーを一杯。

それから、何か食事はありますか?」

 

「軽食でしたら、チーズとハムのサンドイッチなどいかがでしょうか?」

 

「『カワノさん。サンドイッチでよろしいですか?』」

 

ナカムラは大忙しだ。

 

「『構わねーぜ。二つくれ』」

 

「ではそのサンドイッチを二人前、お願いします」

 

「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」


 

三十分後。

 

「『あーあ!俺だってファースト・クラスの席でゆったりと足をのばして優雅な旅がしたかったのに!

ヒドいぜ、リョウジさん!』」

 

「『クサナギさん!ちょっと声が…』」

 

「『うっせぇな!カワノ、てめぇも飲めよ』」

 

クサナギは飛行機の中だというのに酔っ払っていた。

 

久しぶりにRGの目が届かない場所にいるので、気持ちが大きくなってしまっているのだろう。

 

「『何言ってるんですか。

ゴンドウさんに知れたら、タダじゃ済みませんよ』」

 

「『かぁー!俺が飲めっていうのに』」

 

周りの乗客の目が若干冷たい。

あまりに騒がしいからだ。

 

「『クサナギさん。先程、添乗員と話してたんですが』」

 

これはナカムラだ。

 

「『なんだよ』」

 

「『ビールが無くなってしまったようですよ』」

 

もちろん真っ赤な嘘だ。

 

「『何っ!そりゃ参ったな…

別の酒は無いのか?』」

 

「『今、探しているところです』」

 

ナカムラの右手の人差し指がわざとらしくメニュー表のページを右往左往している。


「『ワインがあるにはありますが、季節限定のようですね』」

 

もっともらしい嘘だ。

 

「『マジかよ。種類はそれしか無いのか?』」

 

「『そのようですね。あきらめるしかなさそうです。

あちらに着くまで我慢しましょう』」

 

クサナギはため息をつきながら座席にうずくまった。

 

その隣でカワノが黙々と最後のサンドイッチをつまんでいる。

 

「『おやすみになられますか?ブランケットを借り…』」

 

「『いや、イイ』」

 

クサナギはぷかりとタバコを吸い始めた。

やはり普段からRGの近くにいると、似てくるのだろう。

 

しかし。

 

「お、お客様!当機内は全面禁煙となっておりますので!」

 

スチュワーデスが瞬時にすっ飛んできた。

 

やはり彼等が搭乗しているこちらのエコノミークラスでは、RG達のいるファースト・クラスほど融通がきくはずも無い。

 

「『クサナギさん。怒られてます。

火を消すようにお願いします、との事ですが』」

 

「『チッ…』」


 

 

「ふん!俺は知らねーっての!横にいるバカにきけよ」

 

レモンはパイプ椅子で足と腕を組んだままふんぞり返っていた。

 

確かに彼は冤罪だ。

 

ドープマンは未だコーラを旨そうに飲んでいる。

 

ここは空港内にある警備会社の事務所だ。

 

数人の男達から英語で取り調べをされているところだった。

 

ガチャ。

 

「『連れてきました』」

 

「あん?」

 

別の警備員が一人の女性を連れてきた。

 

「『あー!この男だよ!

人騒がせな…あっ!何、勝手に商品を飲んでるんだい!

早く代金を払っとくれ!ウチはそれで構わないんだからさ!』」

 

早口のスペイン語でまくし立てているが、レモンには何のことやら分からない。

彼女は売店のおばさんだ。

 

「おい、まさか…盗んだ物ってのはそのコーラか?」

 

一瞬中断された取り調べが再開されたが、警備員達はもはや呆れ顔だ。

 

「警察に引き渡さなければいけないと思っていたが…これでは気が失せてしまうな」

 

「ドープ!お前、コーラを万引きしたのかよ!」

 

もちろん初耳のレモン。


「ぬ、盗んでないよぅ」

 

「じゃあ、その手に持っているのは何なんだ?」

 

「缶」

 

「『缶』じゃねーよ!」

 

バシン、とレモンがドープマンの頭を叩いた。

 

「でも本当に盗んでなんかないんだってばー!ただ、喉が渇いただけなんだってー!」

 

「え?そうなのか?喉が?

おい、警備員ども!コイツは喉が渇いていただけのようだぜ!」

 

ドープマンの言い草も無茶苦茶だが、真に受けるレモンも悪い。

 

「何を言っているんだ、お前達は?

店員さんも支払いさえしてくれればそれで構わないと言ってくれている。早く払いなさい。

ジュース一本なんかで騒ぎを起こすんじゃない」

 

青年達を完全に小学生扱いだ。

 

「お金は、アンジーが持ってるから今はないよ」

 

「だったら俺が探してくる。

警備員さんよ、ツレが財布を持ってるんだ。コイツを人質として置いていくから俺だけ解放してくれ」

 

レモンが提案をする。

 

「それは面倒だな…では一人、ウチの者を同行させよう」


 

 

そのままレモンは事務所を出て、歩いていた。

 

「…」

 

チラッ。

 

「…」

 

チラッ。

 

「おい、何だ」

 

真後ろにぴったりとくっついて来ている警備員がレモンに声をかける。

坊主頭の若者だ。

 

「別に…」

 

「だったらチラチラと振り返るんじゃない!早く知り合いを探し出して金を支払わせろ」

 

「ふん!」

 

鼻を鳴らして、レモンは歩みを進める。

 

しかし、すぐに足を止めた。

 

チラッ。

 

「またか!お前、逃げようとでも思ってないか?」

 

「ぎくっ!あ、あの…港内放送で呼びかけてみちゃどうだ?」

 

「何?確かに悪くはないな」

 

「だ、だろう!?じゃあ早速頼むぜ!

俺達はこのまま探して歩きながら、放送で呼び出すんだ」

 

 

ポーン。

 

『アメリカ、カリフォルニアよりお越しのシャロン様。シャロン・ストーン様、お連れの方がお待ちです。

至急、警備事務所までお越しくださいませ』

 

やはりバカだ。

 

「おい、本当に彼女がお前のツレなのか?」

 

「は?そうだけど?」

 

空港内も放送の内容にざわつき始めている。


「おい、シャロン・ストーンだってよ?」

 

「シャロン・ストーンが来てるのか!なぜ呼び出しを受けてるんだ」

 

「警備事務所だって!行ってみない?」

 

「女優さんが来てるのー?」

 

放送自体は英語であったので、主に英語圏の客達が騒いでいるようだ。

 

「なんだなんだ?シャロンは有名人なのか?」

 

「知らないのか!俺だって名前くらいは聞いたことあるぜ?」

 

「へぇー。確かにアイツは美人だもんな。

女優もやってたのかぁ」

 

レモンは何も分かっていない。

 

「だがマズイ」

 

「何が?」

 

「ギャラリーみたいな連中が事務所前に押し寄せちまうだろう」

 

確かにこの警備員の青年の意見は当たっている。

 

「え?どうしてだ?」

 

「女優見たさにだよ!アンタ、シャロンと電話連絡くらい取れないのか?

彼女くらいのレベルの人間なら電話くらい持ち歩いてるだろ」

 

「あー…確かに持ってる。

でも番号が分からないな」

 

「使えねぇマネージャーさんだぜ!」


もちろん軽いジョークだが、冗談が冗談として通じないのがこの男。

レモンだ。

 

「俺はマネージャーなんかじゃねぇよ!

だから使えるも使えないもないぜ!」

 

「しかし、うかうかしてはいられないぜ。

彼女も人だかりが出来ると分かっていて、お前達を迎えに来れるはずもないからな」

 

「アイツはそんな細かい事は気にしねぇよ。

まず第一に、いちいち俺達を助けになんか来ねぇ!」

 

そこまで言って、レモンはハッと口を両手でおさえた。

 

「はぁー?助けに来ねぇだと?

だったら何でわざわざ放送までしたんだよ。ふざけやがって!」

 

「…べ、別に。

放送をお前が一人で頼みに行くと思ってたから、その隙に逃げようだなんて考えてなかったからな!」

 

ベラベラとよくしゃべる。

 

実際、放送を入れる時も、この警備員がレモンから目を離す事は無かったのだ。

 

「お前…本物のバカだな。

しかし、シャロンを見つけないとどうしようもない事に変わりはない。きりきり歩けよ」


 

 

ポーン。

 

『カリフォルニアよりお越しの、シャロン様。シャロン・ストーン様。

お連れの方がお待ちです。至急、警備事務所までお越しくださいませ』

 

ざわざわ…

 

「あーあ。また言ってるぜー。

アタシにどうしろってんだ、あのクソガキ共は」

 

荷物がはいったバッグをひょいと持ち上げて、アンジーは女子トイレから出てきた。

 

「こりゃ、レモンの仕業だね」

 

人気女優の名前で呼び出されている件だ。

警備事務所前にはおそらく人が集まってしまっている。

 

とはいえ、自分は女優ではない為、彼等を押しのけて事務所に入れるはずだ。

しかし、どんな理由でドープマン達が捕まっているのかが彼女には分からない。もしこちらに被害が出るような大きな理由ならば、わざわざ彼等を助けてやる必要も無いのだ。

 

 

ポーン。

 

『カリフォルニアよりお越しの、シャロン様。シャロン・ストーン様…』

 

「あぁ!耳障りだね!」

 

だが結局、彼女はそのまま明日のフライトを待つわけではなく、ドープマンが待つ事務所の方へと向かった。


徐々に近付くにつれ、好奇の目を輝かせている連中がちらほらと出てきた。

 

そして、事務所の前に到着する頃にはその数はおびただしい数になっていた。

 

「すまねぇ、ちょっと通してくれー」

 

アンジーは彼等を押しのけて進む。

 

「来た!シャロン…違うか」

 

一人の男がアンジーを見て言う。

 

「まだスターは来ないのか!」

 

「デマじゃねぇのかー?混乱が起きるの承知で呼び出しなんて」

 

「アタシは来ると思うね!そんな気がするんだ!」

 

集まった人々から様々な意見が飛び交っている。

そんな中でアンジーは扉に手をかけ、何食わぬ顔で事務所内へと入った。

 

 

「こんにちは、お嬢さん。何かお困りで?」

 

目の前に立っている警備員が対応する。

中は狭い詰め所になっていて、デスクが二つ。左手に別の部屋へと続く扉があった。

 

「えーと、車椅子に乗ったクソガキとハゲでバカなクソガキが来てないか?」

 

「あぁ!やっと来てくれたのか!

そっちの部屋で反省中だ。入るとイイ」


 

ガチャ。

 

ドアからまず、顔をのぞかせてみる。

 

「だーかーら!俺は喉が渇いてただけなの!

そろそろ解放してくれよ!」

 

「そうだそうだ!俺なんて、まるで関係ないぜ!」

 

ぎゃあぎゃあと、ドープマンとレモンが騒いでいた。

 

結局レモンも『シャロン・ストーン』を見つけ出せずに事務所内に戻されている。

 

「変な事を言うな!泥棒は泥棒だ!」

 

「うるさい!ハゲ!」

 

「ハゲちゃおらんだろう!」

 

ドープマンの言葉に警備員はカンカンだ。

 

「ハゲ!」

 

レモンが悪ノリ。

 

ガツン!

 

「ハゲはお前だろ、レモン!」

 

背後からアンジーがパイプ椅子に座っているレモンの頭に拳骨を落とした。

 

「って…!!俺のは坊主頭だよ!

そして、変な黄色いあだ名には反応しねぇよ」

 

「じゃあ、ハゲな」

 

レモンが振り返る。

 

「おぉ!シャロン!助けに来てくれたのか」

 

「なにお前まで捕まってんだよ。どんくさい奴だぜー」


「アンジー!!」

 

ドープマンは子供のように無邪気に笑いかけた。

 

真っ黒なロークで見えないが、きっとキラキラと目を輝かせているに違いない。

 

「よっ。面倒だが助けに来たぜー。

一体何をやらかしたんだ?」

 

「彼女が…シャロン・ストーン?

確かに美人だが、さすがに大女優ご本人では無いな」

 

これは取り調べをしていた警備員の一人だ。

 

「聞いてくれよ、シャロン!

ドープマンが喉が渇いてたらしいんだけど。コーラを飲んだら捕まっちまった!」

 

「万引きかよ。つまらねー事しやがって」

 

しかし、内心アンジーは胸をなで下ろした。

大したことではなくて良かった、と思ったのだ。

 

「金は?払ったのか?」

 

「そうそう。お金を払えばそれで許してくれるらしいんだけど」

 

「あー…そうだったな」

 

アンジーはあえてこの二人に現金を渡していない事を思い出す。

やたらと変な物を買ってしまうからだ。

特に国外など珍しいものだらけ。目的を忘れて不必要な物を買い占め兼ねない。


意味も無くキーホルダーやタペストリーなどが増えていくのは目に見えているのだ。

 

「ほら、迷惑をかけたな」

 

アンジーが警備員に金を渡す。

売店のおばちゃんはすでに店に戻っていたので、この場にはいなかった。

 

「…確かに預かった。では今から店に届けに行く。

釣り銭をもらってくるから待ってていただいてよろしいか?」

 

「いや、釣り銭なんていらないぜー。

たかが知れてる」

 

「え!?じゃあ俺にちょうだい!」

 

ドープマンが手を挙げた。

 

「俺も!俺も!」

 

「こら、お前達!もう行くぜー!」

 

二人にアンジーが言った。

 

「えー?お金もらって行こうよ!」

 

「俺も!俺も!」

 

レモンのセリフだけ変だ。

 

「ダメだ!お前達には金は1セントたりとも持たせない!」

 

「ひどいなあ。アンジーのサディスト!鬼!悪魔!」

 

「俺も!俺も!」

 

「うるせーぞ、ハゲ!」

 

文句を一切言っていないにも関わらず、レモンだけ怒られた。


「これは坊主頭だ、バカやろう!」

 

「うるさい、ハゲ!行くぞ!」

 

「ぷっ…ハゲ!」

 

ドープマンもアンジー側に寝返った。

 

バタン。

 

「『賑やかな連中だな…

だがこうもハゲ呼ばわりされては』」

 

対応していた警備員が独り言をつぶやく。

 

「『よもや、彼等は見破っていたのか…?うぅ…ハゲは罪なのか』」

 

フサッ、と彼の頭髪が右手で宙に持ち上げられる。

 

誰もいない事務所の一室。

プライドを傷つけられた一人の男の涙が静かにこぼれた。

 

 

 

辺りは夕闇に包まれ始める。

 

空港のロビー内ではあるが、わずかに寒いような気がした。

 

「コーラが飲みたい!」

 

「またか?カフェインばっかり取るから寝れなくなるぜー。しかも、胃に悪いから腹を下す」

 

「アンジー、たまに年寄りくさいね」

 

「年寄りで結構」

 

買ってもらえないと分かると、ドープマンはツンとしてしまった。

 

レモンは謎のげっぷを繰り返している。


「レモン。さっきから何してるの?」

 

ドープマンがレモンの異常に気付く。

 

「ん?いやぁ、何でもないぜ」

 

「ずっとげっぷしてるじゃん」

 

「し、してねーよ!」

 

なぜかレモンが焦り始める。

 

よく見ると、後ろ手に何かを隠している。

 

「…?」

 

不信に思ったアンジーが彼に近づいていく。

 

「なんだよ!来るな!」

 

「あ…!!」

 

レモンの手に握られていたのは、コーラの缶。

 

いつの間にか、盗んできたものに違いない。

 

「お前、この缶は何だ?」

 

「…水?」

 

叱られるのを恐れてか、なぜか疑問系の返答だ。

 

「たとえ水だろうと一緒だろうが、バカ!」

 

「…」

 

「どこでとって来たんだよ」

 

「多分、ドープが行ったところと同じ…」

 

また同じ事の繰り返しだ。

 

バシン!!

 

「本当にバカだな!さっさと支払いにいくぞ!」

 

アンジーがレモンの頭を力強く叩いた。

 

「すいませんでした…」


「どうしてこんなにバカばっかりなのかね」

 

ブツブツと文句を言いながらアンジーが歩いていく。

 

「まったくだよね。どうしてそんな事が出来るのか、不思議でたまらないよ」

 

「え!?ドープ!?」

 

毎回調子よく裏切るドープマンも面白い。

だが、毎回同じ手を食らって焦るレモンの方が傑作だ。

 

 

「どの店だ」

 

「あれだよ!」

 

ドープマンが指差す。

 

店内にぽつんと一人の女性店員。

 

「『いらっしゃいませ』」

 

「こんにちは。迷惑をかけたな」

 

言葉こそ通じはしないが、売店のおばちゃんはアンジーの次に店内にドープマンが入ってきたのを見て、すべてを理解した。

 

「『あー。さっきの。

警備員さんから確かに代金は受け取りましたよ。しっかりツバをつけてね』」

 

ここで、アンジーがレモンの手から空き缶を取り上げてカウンターに置いた。

 

「『いやいや。だから、お代はもういただいたから…ん、まさかこれは別の商品です?』」


「すまなかったなー」

 

「『本当にいいんだよ!さっき届けてもらった分でコーラ二本くらいの代金はありましたし。

ささ、可愛いお嬢さん。コイツはいただけないな』」

 

今持ってきた代金をもう一度アンジーの手に戻すおばちゃん。

物を盗まれた直後は鬼の形相だったが、今は穏やかだ。

 

それも納得できる。なぜならば、先ほどアンジーが警備員に手渡したのはベンジャミン…アメリカの100ドル札。コーラなど、百本近く買っても構わない額だったのだ。

 

 

ガタガタ。

 

「あ…?」

 

「『おや?』」

 

何やら嫌な物音がして、二人は注視する。

 

「急げ!女ってのは長話が好きだからよ!

その時、周りは10インチ先も見えないらしい!」

 

「本当に?レモン、すごいな」

 

「誰が柑橘系だ」

 

ドープマンとレモンが大量に飲み物とお菓子をシャツの内側に入れて隠しているところだった。

あくまでも本人達にとっては『こっそり』と。

 

だが、二人とも腹に商品を入れすぎて、臨月の妊婦のようになっている。


「おい」

 

ツカツカとアンジーが二人の元へと歩いてきた。

すぐ後ろには店員も控えている。

 

「あ…やっべ。おい、ドープ。お前のせいでバレてるぞ」

 

「へ?何がバレてるって?」

 

ドープマンはあくまでも素知らぬ顔を突き通そうとしている。

確かに車椅子に座っている彼の方が腹の出っ張りは目立っていない。

 

…だが、やはり不自然なものは不自然だ。

 

ゴツン!

 

「あいたたた!」

 

ガラガラ…

 

拳骨がドープマンの脳天を直撃し、腹からコーラやジュースの缶が音を立ててこぼれ落ちた。

 

「『あらあら。懲りない子達だねぇ。

お嬢さんも大変だ』」

 

にこやかに店員が缶を拾い上げる。

そして冷蔵の陳列棚へと片付けていった。

 

 

レモンはくるりと反転してどこかへ走ろうとする。

 

ガシッ。

 

「どこに逃げようってんだ?ちゃんと戻さないか!」

 

ドスッ。

 

ガシャアン!!

 

腹に回し蹴りが放たれ、窓ガラスめがけてレモンは吹き飛ばされた。


「『あぁぁ!!』」

 

さすがに店員が焦っている。

 

「ほら、てめぇらが余計な真似するから被害が拡大してるじゃねぇか!」

 

「えー…」

 

ドープマンが思わず言葉をこぼした。

 

原因は彼等にあったとしても、明らかにレモンをガラスに蹴り当てたのはアンジーに他ならない。

 

「『ちょっと、アンタ大丈夫かい!?』」

 

店員のおばちゃんがガラスに突っ込んだまま動かないレモンを引き起こす。

 

「おぉぉ…まさかガラスの方向に蹴り飛ばすとは。

さすがシャロンだぜ」

 

「『誰か!医者を呼んどくれ!』」

 

おばちゃんはてんやわんやだ。

 

 

「『どうしましたー!あん?また貴様らか!!』」

 

素早く駆けつけた警備員が叫ぶ。

 

「『なんだこりゃ、今度は器物損壊か!?

いよいよ警察沙汰だぞ!』」

 

「『警察!?やめておくれ!

営業が出来なくなるじゃないか!弁償してくれればそれで構わないよ!』」

 

大した商売人だ。

彼女は店の損傷よりも利益を選んだ。


ドン!

 

「これで足りるか?」

 

ベンジャミンが百枚の束が一つ。カウンターに置かれた。

明らかに払いすぎだ。

 

悪ガキ二人に小遣いを渡すのは拒否していたが、一番の浪費家は彼女に決定だろう。

100ドル札に肖像画が印刷されている政治家『ベンジャミン・フランクリン』も、ガラス一枚の為にこれだけ使われてしまってはさぞかし驚いているに違いない。

 

 

店員、警備員達の動きがピタリと止まった。

 

「『本物か?これにて一件落着だな』」

 

「『さすがに金持ちは違う。

連れの男二人は一体何なのか』」

 

「『ひゃー!こんなに!ガラスなんて、いくらでも割ってくださいな』」

 

それぞれが思い思いの言葉を吐いている。

 

「アンジー!払いすぎだよ!もっと節約しなきゃ」

 

「このくらいしないと騒ぎを見逃してくれないぜー。

明日、何食わぬ顔して飛行機に乗れなきゃアイス・キャンディの尻尾が掴めなくなる」

 

横暴だが、彼女が言っている事にも一理ある。


さすがにギャラリーも集まってきている。

 

「チッ…嫌でも目立っちまうぜー」

 

『一番はお前のせい』だとは誰も言えない。

 

「ねぇねぇ、警備員さん達」

 

ドープマンが首を上に向けて話す。

英語はもちろん彼等には通じる。

 

「なんだ?」

 

「頼みがあるんだけどさ」

 

プシュ。

 

コーラの缶の栓が開けられる。

まだ一つ隠し持っていたらしい。

アンジーが小さく「バカ」とつぶやいたのが聞こえた。

 

「…頼み?また妙な事を考えているんじゃないだろうな?」

 

「むしろまともだよ。

俺達三人を明日のフライトの時間まで、詰め所に置いてくれないかな?

彼女は目立ちたくないんだってさ」

 

「ホテルでも取ればよろしかろう」

 

警備員の返答に、レモンが喜んでいる。

彼はふかふかのベッドで寝たいのだ。

 

「そこを何とか…お願い!

信じてもらえるかは分かんないけど、実は貧乏旅行なんだよね」

 

警備員達は目を見合わせた。

札束を投げる貧乏などいないからだ。


「おかしな奴だ。それはお前自身のみに言えた事だろう。

そちらのキレイなお嬢さんはどう見ても貧乏なんかじゃない」

 

「いや、アタシからも頼むぜー。

コイツらをこれ以上野放しにして騒ぎを起こすのは面倒だからな」

 

「は?確かにそうかもしれないが…」

 

まさかのアンジーからの頼みに、警備員達は目を丸くした。

 

「ふん。だから最初からあったかいベッドがあるホテルを取れば良かったんだ。無駄にガラス代なんて払いやがって」

 

レモンが悪態をつく。

程度は大したことは無いようだが、ガラスに突っ込んだ時に顔に出来た無数の傷が痛々しい。

 

「原因は貴様らにある。特にドープマン!お前が発端だからな」

 

「…はぁい」

 

ドープマンはいじけてしまった。

何から何まで子供の様だ。

 

彼がギャングのセットを作ったリーダーだとは到底思えない。

 

「仕方ないな。フライトまで大人しく待てるなら置いてやってもイイが…」

 

ついに一人がそう言った。


 

 

「おらおら!もっと飲めよ!」

 

「バカ!もう充分だ!仕事に支障が及んでしまう」

 

レモンが缶ビールを警備員の一人に無理やり押しつけている。

 

場所は彼等の詰め所。

 

一夜をここで過ごす事になり、なぜか宴会へと発展した。

 

夜間に勤務している警備員達の間では、こうして酒を飲んでいるのだという。

 

何とも自由で…客の立場からすると心配な警備会社だ。

 

「うるせー!せっかくのタダ酒を拒否する理由なんかねーだろ!」

 

「タダじゃねぇよ!俺達が買い置きしてる酒だ!」

 

「はぁ?細かい事は気にするな!今日この時、金は使ってねぇからタダだ!」

 

「お前、頭悪すぎ!」

 

レモンが警備員から拳骨を頭に食らっている。

 

「いてっ!傷が!傷が開く!」

 

「うわ!血が出た!気持ち悪いんだよ、お前!」

 

ここでも彼は煙たがられた。

 

 

ドープマンは酒が飲めないのでコーラの缶を膝の上に乗せてはいるが、小さな寝息を立てて眠りこけてしまっている。


アンジーも酒は口にしていない。

代わりに出されたコーヒーをすすって、何やら書類のようなものに目を通していた。

 

「ソイツは?」

 

彼女の横には中年の警備員。彼は班長だ。

 

「説明してもわからねーと思うぜー」

 

「そうか。どこに向かうか知らないが、バカンスには見えないな?仕事か?」

 

「仕事…で良いんだろうな」

 

難しい質問に、アンジーは言葉を濁す。

 

「ほう?」

 

「アタシらは…」

 

バン!

 

突然の来客だ。

 

「『おい!お前達!』」

 

室内だというのに雨ガッパを被った妙な男。

その後ろには女が一人と男が二人。

 

メキシカンギャング共だ。やはり追いかけてきていた。

とうとう嗅ぎつけてきたのだ。

 

「『なんだ、貴様ら!』」

 

「『チンピラ共が!金無しが空港に何の用だ!』」

 

数人いた警備員達が警棒を腰から抜いて立ち上がった。

 

「『アタシらはそこにいるお客さん達に用があってね!』」

 

レディが言う。


「こんなところまで…」

 

アンジーがキッ、と彼らを睨みつける。

 

「お嬢さん、コイツらは?」

 

ヅラの班長が彼女に問いかけた。

 

「アタシらと同じ目的を持つ連中だぜー。だが、仲間では無い。

迷惑かけちまってすまねぇな。追い払ってくれ」

 

「わかった。

『…お前達、早く出ていけ。ここは貴様らのような奴らは立ち入り禁止だ』」

 

「『そう言うなよ、おっさん。ちょっとばかりそのねぇちゃん達と話がしたいだけだ』」

 

雨ガッパを着たリーダーの男が一歩前に出て言う。

 

班長は振り返った。

 

「話がしたいだけだと言っているが?」

 

「話す事は何も無い。お前達の負けだ、と伝えてくれ」

 

「『コホン…えー、お前達の負けだとよ』」

 

「『クソ!やはりそうか!奴は海外へ飛んだのか!』」

 

「『何!遅かったか!』」

 

メキシカンギャング達が興奮し始める。

 

「『何のことかはわからないが、とにかく帰った帰った!』」

 

「『待て!では一言だけ言わせろ!』」

 

リーダーの男は悔しそうにすがりついた。


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