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Crap Ur Handz  作者: 石丸優一
17/34

Bow down

『Bow down…ひれ伏す』

 

ザァァ…

 

雨の降る音。

 

ザクッ。

 

ザクッ。

 

土をスコップで掘る音。

 

「『まったく…なんだってこんな無茶しやがったんだ』」

 

「『無茶なんて…』」

 

黒い雨ガッパを着てスコップを手にとっている男。

 

隣りには女が傘を持って立っていた。

 

この女。キャンディがピストルで吹き飛ばしたニセ警察官と一緒にいた女だ。

 

「『至近距離から…これだろう?』」

 

さらに女の隣には、例の男の死体が。

 

つまりカッパを着ている男が懸命に掘っているのは、『それ』を埋める為の穴だ。

 

キャンディに撃ち殺された男は、小規模である程度組織化されたギャング集団の一員だった。

 

「『でも、そんなに危ない奴にも見えなくて…

外国人だったみたいだよ』」

 

「『外国人?銃を持って観光か?バカな話だ!

もしそれが本当なら、ソイツはこの辺りに長く住んでいるんじゃないか?

警官を撃ったつもりは無いはずだ。確実に手の内がバレている』」


「『そうなの?慌てて逃げ去っていったように見えたけど。

それにしても許せない…!』」

 

「『いくら警官じゃないとしても、人を殺しといて、じっとその場にとどまるバカな奴がいるもんか。

もしこの辺りに長く住んでいないのであれば、かなり洞察力がある奴か勘が働く奴だな。

どんな見た目だった?』」

 

スコップを握っている手を止めて、男が問いかける。

 

「『見た目?暗いからもちろんハッキリと分かるわけじゃないけど、肌は黒かったね。

黒人かもしれないよ』」

 

「『肌が黒くて言葉が通じなかった…アメリカ人かもしれないな。

だが、それならば目立つ存在だ。必ず見つけ出して仕返ししてやらないと気が済まない。

お前もそう思うだろう?』」

 

「『当たり前だよ!』」

 

女は目を腫らしている。

 

 

ザクッ。

 

ザクッ。

 

「『…よっと』」

 

雨ガッパの男は、ニセ警察官の男の亡骸を持ち上げた。

 

そして掘った穴の中に、そっと下ろす。


「『あぁぁ…そんなぁ…!』」

 

また悲しみがこみ上げてきた女の口から、声が漏れた。

 

「『…』」

 

男がポンポン、と彼女の肩を叩いている。

 

 

ブォォ…

 

キキキッ。

 

ちょうど、一台のジープが彼等のところへ到着した。

 

おそらく仲間だ。

 

「『ロドリゲスは!?』」

 

二人の男と一人の女がどしゃ降りの雨も気にせずに降りてくる。

 

言葉を発したのは女だ。

 

彼等は全員、作業用の茶色いツナギを着ていた。

 

「『やられた。どこぞの外国人だそうだ』」

 

雨ガッパの男が首を横に振りながら応える。

 

「『そんなバカな!奴とやり合って勝てるわけないだろ!』」

 

「『落ち着け。やり合ってなんかいない。

至近距離から頭を狙って一撃。

完全に不意打ちだ』」

 

「『なんだと!』」

 

ツナギの女が声を張り上げ、後からきた三人全員は怒りをあらわにした。

 

「『とにかく、見つけ出して仕返しだ!そしてソイツから金もいただこう!』」

 

どうやら、雨ガッパを着ている男がリーダー格のようだ。


しかし大規模なギャングセットやファミリーとは違い、彼等は昔から悪ガキとして連れ添った気の知れた仲間数人で活動しているだけにすぎない。

 

地域全体を巻き込んでいるチェスタークリップ、自由でいて統率されているRG達と比べると、その辺りが違うわけだ。

 

メンバーも数人。

組織に決まった名前も持たず、仲間を募ったりするわけでもない。

 

 

アイス・キャンディから殺された『ロドリゲス』という男は、相棒の女と組んで警察官を装い金を奪う手口。

 

ジープでやってきた三人組は、ターゲットに車を横付けし、車体をぶつけたり発砲する『ドライブバイ』と呼ばれる方法で金を奪う連中だ。

 

最後に雨ガッパを着た男は彼等の動きを把握し、指示を出し、時には加勢する言わば『オールラウンダー』だ。

 

 

ザクッ。

 

ザクッ。

 

悪さをして暮らしてきた彼等は、教会に寄付をしてきちんとした墓地に埋葬する事が出来るような人間ではない。


土が徐々に穴の中へと放り込まれていく。

 

もちろん同時に、男の身体が土で隠れていった。

 

ザクッ。

 

ザクッ。

 

最後に、額を撃ち抜かれてグロテスクな形になった顔が土に埋もれる。

 

「『ロドリゲス…さよならだ。安らかに眠ってくれ』」

 

雨ガッパの男が別れの言葉を告げた。

 

「『うぅぅ…』」

 

相棒の女は泣き崩れている。

 

「『大丈夫。カタキはアタシ達みんなで取るから』」

 

「『俺達がついてる』」

 

「『その相手の奴をボコボコにしてやろうぜ。絶対にゆるさねぇぞ』」

 

後からやってきた三人組が女、男二人の順で口々に慰める言葉をかけた。

 

彼等自身も辛いだろうが、一番心に傷を受けている人間に気を遣っているのだ。

 

「『うぅ…ありがとう…』」

 

「『それで、もっとちゃんとした手掛かりは?

アタシ達が必ず突き止める為の』」

 

ハキハキした口調。

 

ジープの三人組の中では、彼女がリーダーシップを取っているらしい。


「『話してやれるか?』」

 

これは雨ガッパの男だ。

 

「『あぁ』」

 

めそめそと泣いていた女が、カクンカクンと二度頷いた。

 

手の甲で目をこすって、涙を拭っている。

 

「『外国人…黒人に見えた』」

 

「『見えた?』」

 

「『暗がりだったからね。いつものようにアタシは初め、遠くから周りを警戒してた。

それから、時間がいつもより長くなってたからロドリゲスの元に…』」

 

ここで一度、「ぐすっ」と鼻をすすった。

 

「『それはよくない。会話なんてしたらグルだってバレちまう』」

 

「『どうして?』」

 

「『どうしてって、アンタは警察官の制服を着てるわけじゃないだろ。

職務質問をしてるところなんかに割って入ったら、不自然だと思わないかい?』」

 

「『でも、人通りが無いわけじゃないし、グズグズしてたら本物のおまわりに捕まってしまうじゃないか』」

 

どちらが正しいとも言えない。

 

「『おい、そこまでだ。今はそんな話をしてる場合じゃないぞ』」


雨ガッパの男が間に入ると、二人の女は言い争いをピタリとやめた。

 

影響力を持ったリーダーなのだろう。

 

「『ごめん、つい責めてしまったよ。

それほどアタシも悔しくて悲しいのさ。なんで死んじまったんだ、ってさ』」

 

「『アタシの方こそ、いっぱいいっぱいで…ごめん。

出来る事なら死なせたくなんかなかったんだ』」

 

「『話を戻すぞ。みんなが分かりやすいように、ソイツの特徴を話すんだ』」

 

再び男が入る。

 

「『…とにかく黒人っぽく見えたんだけど、そんなに大柄では無かったよ。小さい身体をしてた。

ただ、外国人である事は間違いないね。スペイン語が通じなかったから』」

 

「『ふぅむ。車はどんなのだった?』」

 

ジープの男の一人が口を開く。

 

よく見ると、もう一人の男と同じ顔をしている。

彼等は双子だ。

 

「『古い車だった。何の車種だとかはよく分からないけど、クライスラーの車だったよ。

色も砂ぼこりでくすんでしまってたな。ブラウンとかグレーとか、そんな感じ』」


「『古いクライスラー…?あまりにもありふれていて難しいな。

もう少し絞れれば』」

 

「『もう少しって…んん…』」

 

女が唸る。

 

「『例えば、車のナンバーなんかは分かりやすいな。

覚えてるか?』」

 

これはジープの男だ。

 

どちらが言葉を発したのかはよく分からない。

 

「『いや…ごめん。

それ以上は教えてあげたくても教えられないよ。アタシは彼を助けようと必死だったからさ』」

 

もちろん、その時すでにロドリゲスが息を引き取っていたのは明らかだ。

 

だが、人間は気が動転すると、思いがけず意味不明な行動を取る事が多い。

 

 

例えば、アメリカのジョン・F・ケネディ大統領暗殺の時の話だ。

 

頭を撃ち抜かれて大統領が死亡した直後。

すぐ横にいた彼の夫人は、吹き飛んで飛び散った彼の脳を手でかき集め、穴の空いた頭の中にそれを戻したらしい。

もちろんそれで人が生き返るはずなどない。

 

嘘か本当か分からない話だが、愛する者の死は、人の理性を一瞬奪ってしまう事の良い例えだ。


どう考えても死んでいる。

助かるわけがない。

 

そういった考えが吹き飛び、必死に助けようと動く。

 

 

ザァァ…

 

「『おっと、雨がまた強くなってきたな。

アタシ達は一足先にジープで探索に向かうよ。

ソイツも、そろそろどこかのホテルにでもチェックインしたんじゃないか?』」

 

「『いや、どうだか?

何らかの理由でホテルの部屋を取れないから車で寝ていたんだろう』」

 

雨ガッパのフードを深く被って、男が返す。

 

「『フード…フードだ!』」

 

突然、ロドリゲスの相棒の女が叫んだ。

 

「『何だ?フード?』」

 

「『そうさ!顔は半分見えていたけど、フード付きの黒い服を着てたよ』」

 

正解だ。

 

アイス・キャンディは特殊マスクを脱ぎ捨てていた。

そして、あまり深く被っていたわけではないが、確かにフードを被っていた。

 

「『フードね。分かった、それも頭に入れておくよ。

行くぞ、アンタ達』」

 

ブロロ…

 

三人が離れて行った。


ザクッ。

 

ザクッ。

 

数分後。

 

「『ふぅ…これでよし』」

 

ようやく穴を完全に埋め終わり、雨ガッパのリーダーの男がつぶやいた。

 

強くなってきた雨のせいで土はグチャグチャだ。

 

だが逆に、柔らかくなっていたおかげで掘りやすくはなっていたが。

 

「『…十字架は?』」

 

「『こんな空き地だが、もちろん立ててあげないとな。適当な木材を拾って作ってやるくらいしかできないが』」

 

「『きっと喜ぶと思うよ』」

 

女はニコリと無理やりの笑顔を作った。

 

「『それよりもお前、ずぶ濡れだぞ。一度アジトに戻って着替えた方がイイ。

後は俺がやっておくから先に帰るんだ』」

 

彼等はアジトを持っているらしい。

話の流れからすると、歩いて行けるほどの近い距離だ。

 

「『いや、大丈夫だよ。アタシも手伝いたいんだ』」

 

「『バカな事を言うな。早く俺達もその外国人を探しに行かなくちゃならないだろう?

今の内に準備をしてもらった方が助かるんだが』」

 

「『…分かった』」


柔らかくなった土の上を、女が駆けていく。

 

 

ザクッ。

 

ザクッ。

 

カン、カン、カン。

 

木を打ちつける音だ。

 

こうして、ロドリゲスの墓が堂々と完成した。

 

「『また来るぜ』」

 

辺りには何もなく、限りなく目立つ。

 

市の人間や土地の所有者に見つかれば撤去されるかもしれないが、そこまでは誰も考えていなかった。

 

わざわざ墓を掘り起こして撤去するのも酷だが、知らない人間の死体が地面に埋まったままなのはさらに酷だろう。

 

 

男はスコップを担いで歩き始めた。

 

一時は地面に激しく叩きつけていた雨が、少しだけ弱まっている。

 

アジトには、ほんの4、5分で到着した。

 

アジトはビルとビルの間に、その壁を利用してプラスチック製の屋根や扉をつけただけの小屋。

 

簡素を通り越して貧相でしかない。

 

 

ガチャ。

 

「『あ…』」

 

「『終わったぞ。済んでないのか』」

 

女はまだ着替えておらず、全裸で部屋の中をうろついているところだった。


「『着替える服が無くて、さっき着ていた服を乾かして着ようと思ったんだ』」

 

確かに女の言葉通り、天井からはシャツとジーンズがハンガーにかけられてぶら下がっている。

 

「『あんまりジロジロ見ないでおくれよ』」

 

「『バカか。うぅむ、しかし困ったな。上着なら俺のを貸してやれるが、ズボンは俺も予備が無い』」

 

男は床に落ちていたクタクタのシャツを女に投げた。

 

着るものに困る程、貧しい生活のようだ。

 

となると、彼等の持ち物で最も価値がある『車』は、盗んだ物である可能性が高い。

 

「『ありがとう。やっぱりデニムはもう一度これを履くよ。ちょっと気持ち悪いけど、また外に出たら濡れちゃうだろうし』」

 

投げられたシャツに腕を通しながら女が応える。

 

「『分かった。じゃあ、すぐに出よう。この傘を貸してやる』」

 

男は雨ガッパを着ているので、傘が要らない。

 

「『どうも』」

 

ジーンズを直に履き、女は準備を整えた。


 

 

バタバタと、ルーフやボンネットに叩きつける耳障りな雨音。

 

ちっとも落ち着けやしない、とアイス・キャンディはステアリングを叩いた。

 

生ぬるい車内は不快な湿度。

 

旧型の車にエアコンの機能などついているはずも無く、かといって窓を開ければ雨水が容赦なく入ってくる。

 

高架下に車を停めれば良いのかもしれないが、先程のトラブルのせいで路上や空き地で身体を休める気にはならない。

 

立体駐車場を探す手もあるだろうが、ドル札しか持ち合わせていない彼には少々手間がかかり面倒だ。

 

とにかく銀行が営業をする時間になるまで暇をつぶしてしまうしかない。

 

大手の銀行ならば英語を話せる従業員もいるだろう。

 

「…」

 

彼は今、高層マンションの敷地内にある駐車場にいた。

 

雨音で仮眠が取れずにイラついているのは確かだが、他人の所有地である一角に車を停めているので、何かあればすぐに移動しなければならないという緊張状態である事も問題の一つだった。


さらには、アンジー達の事、先程のチンピラ達の報復、それに伴う警察の捜査…

 

神経質なキャンディの心が休まらない要因は他にもいくらでもあった。

 

 

ウーウー、と近くをサイレンの音が通り過ぎていく。

 

その度にびくりと身体を反応させ、すっかり彼の呼吸で曇ってしまった窓ガラスを手のひらでこする。

 

 

ピカリと人工的な光が車内に入ってくる。 

すると彼は耳を澄まして、激しい雨音の中から人の足音や車のエンジン音が近づいていないかを確認するのだ。

 

普通ならば不安に押しつぶされておかしくなってしまいそうな状況。

 

「光…ヘッドライトか?」

 

だが、アイス・キャンディは折れない。

 

「違う…チッ、またハズレか。うっとうしい場所だな」

 

投げ出す心持ちは微塵もなく、悪態をつくほどのイラつきしかないのだ。

 

もちろん決して良い精神状態ではない。

しかし、彼の頭の中には『状況をどう打破するか』という事しか無いのだ。


…だが、その努力が無駄になる状況はやってきてしまった。

それも、思いのほか早くだ。

 

「『…!』」

 

「『…!』」

 

突如聞こえてきた怒鳴り声。

 

雨音でかき消されて何を話しているのかは全く分からない。

 

もっとも、会話がしっかりと聞き取れたところで、キャンディにとってスペイン語はちんぷんかんぷんだが。

 

「誰だか分からないが、答えは一つだな…!」

 

キュルキュルとセルモーターが回り、ワイパーが雨を拭う。

 

窓ガラスが曇ったままでは視界は最悪だが、キャンディは車を駐車場から飛び出させた。

 

同時にヘッドライトを点灯させる。

 

「『…!!』」

 

光ったのは彼の車だけではない。

 

やはり、追っ手。

 

正体は分からなくても、該当者は多数だ。

 

曇ったリアガラスからぼんやりとしか窺えないが、間違いなく追跡されていた。

 

ただし、回転灯の光らしきものは確認出来ないので、今回の追跡者は警察という線だけは消えそうだ。


 

 

ザァァ…

 

「『まともに前が見えやしねぇ』」

 

ハンドルを握る男が悪態をついた。

 

「『何言ってやがる、これしきの雨で。

お前も外で土を掘る作業を手伝ってきちゃどうだ?』」

 

「『うるせー!じゃあ兄貴が運転しろよ!』」

 

運転手は双子の弟のようだ。

 

兄は鼻で笑いながら言う。

 

「『はぁ?俺にはもっと大事な仕事があんだよ』」

 

「『何だよ?』」

 

「『お前が疲れた時の運転』」

 

弟は、ワナワナと震えた。

そして一言。

 

「『…なるほどっ』」

 

バカだ。

 

見事に丸め込まれてしまっている。

 

「『さすが我が弟。理解力に優れている』」

 

「『うるせー!あんまり褒めると運転代わってやらねぇぞ』」

 

よく意味が分からない。

 

「『はいはい、運転手争奪戦はそのくらいにしときな』」

 

後ろから女の声。

 

もう一人の仲間だ。

 

「「『了解だ、レディ』」」

 

すると、双子の兄弟二人はキレイに声を合わせて返答した。


もちろん彼等が呼んだ「レディ」の名は実名ではない。

 

ニックネームは多くのギャング達の間では、一般の人間よりも特によく使われるものだ。

 

しかしキャンディを追っているこのギャング連中は、自分達をギャング集団として自覚しているわけでも無く、単に生きる術としてその道を選んだにすぎない。

 

さらには、自分達がやっている事は犯罪だという自覚もまったくない。

 

常識を知らないなどというレベルではなく、まったく教養が無い。

 

そして当然、望んでいたわけではない。

家庭の環境がそうさせた、などという甘ったれた話ですらない。

 

彼等には元々家庭と呼べるものなど無い。

 

そして何よりも先に、自分の名前が分からない者も多いのだ。

 

この「レディ」と呼ばれた女もそう。

 

雨ガッパを着た男も、双子の兄弟もそうだ。

 

物心ついた時には、路地を這いつくばって歩き、落ちている物を拾って食べる生活。

 

人を襲って金を奪うようになるのに、それほど時間はかからなかった。


彼等の中で唯一きちんとした名前を持っていたのはロドリゲス。

彼が最期の一人だ。

 

彼にだけは実の母親がいた。

 

近所の仲間内で結成された集団だが、親や家が分からないまま生活を送っていた人間の方が多いというわけだ。

 

「『しかし…ロドリゲスで何人目だい。アタシはもうこんな思いばかりしたくなんかないよ』」

 

レディがぼそりとつぶやいた。

 

「『数なんか数えた事ねぇが、半分くらいになっちまったんじゃないか』」

 

運転中の弟が応える。

 

彼等が仲間を失うのは、初めての事では無かった。

 

弟の『半分』という言葉から、元々は十人程度のギャング集団であった事が分かる。

 

やはりどこの国でも、路上では生ぬるい生き方は許されないのだ。

 

「『アントニオにベス、それから…』」

 

「『捕まってる奴も忘れるなよ』」

 

「『よしてくれ二人とも。わざわざ名前なんか引っ張り出さなくてもイイんだ』」

 

双子の会話を遮るレディ。

 

「「『了解だ、レディ』」」

 

二人は素直だ。


 

それからわずか数分後だった。

 

「『おい、何となく臭いぜ!』」

 

唐突に双子の兄が叫ぶ。

 

「『失礼じゃねぇか?シャワーなら三日前に公園で済ませたぞ。兄貴だって一緒にいただろう』」

 

すぐさま弟が言い返した。

 

「『違う!見えねぇのか!

あの古ぼけたクライスラーだよ!』」

 

「『はーん?』」

 

どしゃ降りであまり視界はよくない。

 

「『どうしたんだい、アンタ達?

何か見つけたのか?』」

 

レディがひょこっと、運転席と助手席の間から顔だけを出した。

 

打ちつける大雨のせいで、こうしないと彼女は前にいる二人の会話がキレイに聞き取れないのだ。

 

「『レディ、あれを見ろよ。ロドリゲスを殺した奴じゃないか?

おい、ちょっと車を停めろ』」

 

弟の右腕をトントンと人差し指で叩き、彼等はとある駐車場の中で停車する。

 

「『ライトを消すんだ。車内を照らしたら気づかれる』」

 

レディが指示を出した。

 

「『ちょっと二人で見てくるから。行くぞ、兄貴』」


「『なぁにを仕切ってやがる。行くぞ、弟よ』」

 

「『言い直す意味ねぇだろ!』」

 

ガチャガチャ!

 

ザァァと言う雨音が一瞬だけ強くなり、レディの頬をわずかに冷たく濡らした。

 

風も強く、少し横向に雨が降っているのだ。

 

二人が出て行くと、レディは窓に張りついてその様子を見つめる。

 

 

 

「『兄貴』」

 

「『…』」

 

「『おい!兄貴!』」

 

ガシリと肩を掴む。

 

「『あん?何だ!』」

 

「『返事くらいしろよな!』」

 

「『聞こえねぇんだよ!』」

 

車の中でも感じられたが、外に出るとやはり、かなりの勢いだ。

 

「『この車だ!見ろ!窓が真っ白!』」

 

兄が怒鳴りつけるように言った。

 

「『本当だ!中に女でも連れ込んでお楽しみ中かぁ?』」

 

「『何だと!もしそうならブッ殺してやるぜ!』」

 

ギャアギャアと喚く二人。

 

「『もしそうじゃなかったらどうする、兄貴!?』」

 

「『えーと、ブッ殺してやる!』」

 

「『同じ!?』」


意味不明なやり取りを続けながら、とうとう彼等は怪しい車の前までたどり着く。

 

「『よし!いっせーのでドアを蹴破るぜ、兄貴』」

 

「『いや、いちにのさん!で蹴破ろう!』」

 

「『同じだと思うがな!』」

 

その時。

 

なんと、その車のエンジンがかかった。

 

「『は?』」

 

「『げげっ!コイツ、気付いてやがるのか!どうしてだ!?』」

 

ドライバーに感づかれた事は、まさか自分たちに落ち度があるとはわかっていない。

 

 

ビュンと加速し、車は駐車場から出て行った。

 

「『あぶねぇ!周り見えてんのか、バカ!』」

 

はねられそうになった弟が腹を立てている。

 

「『いや、あんな真っ白な車内から見えてるわけねぇ。

何て奴だ!』」

 

「『とにかく…逃げられた!追えー!』」

 

「『よし、運転しろ!』」

 

 

ずぶ濡れの二人がジープの中に戻ってくる。

 

「『間違いなさそうだ!とんでもなく怪しい動きをする車!追わなくちゃ!』」

 

すぐにレディが興奮した様子で彼等に言った。


ブォォ!!

 

大排気量のエンジンが低い音で大きくうなった。

 

「『うぉぉぉぉ!』」

 

「『うぉぉぉっ!』」

 

双子の兄弟は口を揃えて叫んでいる。

 

急加速の衝撃に気合いを入れているのか、それともエンジンに呼応して叫んでいるだけなのかは分からない。

 

「『行けー!突っ込め!』」

 

レディは運転席と助手席の間から身を乗り出し、前方を指差した。

 

まるで帆船の進行方向を指示する船長だ。

 

日頃からこの位置が彼女の定位置なのだろう。

 

「『この感じ、たまらないな!』」

 

「『雨さえ降っていなければな』」

 

兄弟の会話。

 

車を追跡する事は、普段から彼等が行っているドライブバイの感覚に近いのだ。

 

ジープには、大きなヘコみなどは無いものの、キズが目立つ。

 

これは彼等がターゲットに横付けし、接触した時についたものだ。

 

「『ロックオンだぜ。兄貴、レディ、準備はいいか!』」

 

「『おう!』」

 

「『イイよ!』」

 

距離を詰めにかかる。


… 

 

 

「クソッ!ポンコツで逃げ切れるか…!」

 

アクセルをベタ踏みして、必死に逃げ切ろうとするキャンディ。

窓の視界は少し良くなった。

 

しかし、直線の道では少しずつ距離を縮められてしまう。

 

彼は右に左にと、ビルやマンションの間をぬうような道をわざと選んで走った。

 

「チィ…!一体誰なんだ…!」

 

ルームミラーをチラチラと覗きながら、キャンディは悪態をつく。

 

カーブを曲がる度、一時的には姿を消す追跡者も、次のカーブへとさしかかる頃には再びミラーへと写りこんでしまう。

 

直線に比べれば距離を縮めさせない為には効果的だが、グルグルと同じ場所ばかり回っているわけにはいかない。

 

さらには市街地である為、いつパトカーが鬼ごっこに加わってきてもおかしくない状態だ。

 

「…」

 

ついに、交通量が多い大通りに乗ってしまった。

 

まだ夜明け前ではあるが、さすがにスピードを出しての走行は人目が気になる。

 

パァァン!

 

「どけっ!」

 

クラクションを鳴らして、他の車両から道を開けてもらわなければならない。


だが、なかなか傲慢なドライバーも多く、大型の貨物トラックなどは道を空けようとしない。

 

パァァン!

 

「どけ!」

 

大雨の音と、トラックやトレーラーのけたたましい排気音で、ドライバーに聞こえていないのかもしれない。

 

キャンディはハンドルを右へ切り、路側に乗り上げながらそれらをパスしていった。

 

だが…

 

「やはりついてくるか」

 

後ろからはジープが容赦なくプレッシャーを与えてくる。

 

その時。

 

ドン!

 

「しまった!!」

 

大きな衝撃は、何も尻を突かれたわけではない。

 

フロントガラスに…人。

 

キャンディは人をはねたのだ。

 

だが。

 

「邪魔だ!」

 

キキィ!

 

彼はそう叫ぶと、視界を妨げている人間を振り落とした。

 

ガタンガタン!

 

そして、容赦なく踏みつけて行く。

 

暗くて確認は出来ないが,恐らく老婆。

 

なぜドシャ降りの中歩いていたのかは分からないが、運が悪かったとしか言いようがない。


 

 

「『ん…?わっ!!』」

 

バキバキッ!

 

「『どうした、弟よ?』」

 

「『アイツ、人を轢いたぞ!おかげで俺達もそれに乗り上げちまったじゃないか!』」

 

バキバキと響いたのは、車に踏まれて骨が折れる音だろうか。

 

「『嘘だろ!?何て奴だ…』」

 

双子の兄は両手で自分の肩を抱き、ブルブルと身体を震わせた。

 

身の毛もよだつ、とはこの事だ。

 

「『だがこれで、間違いなくアイツは殺人鬼だと断定できるな!』」

 

これはレディだ。

 

「『おぉ!確かに!』」

 

「『それなら構うことはねぇ!車が転ぶくらい、ドーンとぶつけちまってイイんじゃないか!?

アイツが悪い奴だったら、ロドリゲスを殺ったかどうかなんて後から考えればイイんだしよ!』」

 

「『確かに!てめぇは天才か、兄貴!』」

 

今まで以上に張り切ってアクセルに力を込める。

 

ターゲットのクライスラーは、相変わらず大通りをちょこまかと左右に動きながら逃走中だ。


 

しかしここで転機が訪れた。

 

アイス・キャンディの駆るクライスラーだけが上手くバスの横をすり抜け、後ろから追いかけてきていたジープはそれに阻まれてしまったのだ。

そのバスがろくに後方も確認せずに右折しようとしたのが原因だが、まさか路側から車がすり抜けてこようとは思わないだろう。

 

「『やべっ!兄貴!ポンコツを見失っちまうぜ!』」

 

「『まずいな、クソッ!どけよ、このバス!』」

 

人は思い通りにならない事があると、必ず誰かのせいにしようとする。

 

「『どこかに配車でもしてんのか?こんな時間に迷惑なこった!』」

 

レディが叫ぶ。

 

 

 

一方。

 

「ふ…上手くいったな…!

これでアイツらは、追いつけやしないだろう」

 

パッ、と一瞬だけ振り返り、追っ手がバスによって妨げられているのを確認する。

 

「逃げ切ったも同然だな」

 

キャンディは高々と勝利宣言をし、大通りから細道へと車を進入させた。


 

 

ブォォ!!

 

「『どうだ!?』」

 

「『もういねぇよ!せっかくここまで追いかけてきたのにどうしよう!』」

 

「『バカやろう!お前がのろのろしてるからだぜ!このグズが』」

 

バシン、と兄が弟の頭を叩いた。

 

「『何だよ!俺のせいだってんなら、てめぇが探してきやがれ!

偉そうに助手席で脚なんか組んでるんじゃねぇよ、ボケが!』」

 

「『…んだと!血がつながってるからって何も出来ねぇと思ったら大間違いだぞ?ぶっ飛ばすぞ!』」

 

「『おい、お前達!二人とも慌てるんじゃない!』」

 

つまらない兄弟喧嘩を始めてしまった二人にレディが言い放つ。

 

「「『了解だ、レディ』」」

 

すると、驚くほどおとなしくなる兄弟。

 

なぜこんなにリーダーシップが取れるのかというと、この兄弟、実は二人してこの『レディ』に好意を抱いていた。

 

どちらかがボーイフレンドとして付き合っているわけではない。

 

しかし、レディはその事実には気付いていない。


「『だいたいこういう時ってのは逃げ切るよりも隠れる方を選ぶもんさ。

デカイ通りをこのままブッ飛ばしていくよりも、道からそれて身を潜めていた方が目立たないからね』」

 

「『それは確実か、レディ?』」

 

「『間違いないのか?』」

 

彼女の推理はなかなかのものだが、双子はたずねた。

 

「『だったらこのまま、真っすぐ追いかけるかい?

そうしたいってんなら、アタシはこれ以上何も言わないよ』」

 

「『え?いや、俺はそんな事言ってないぜ!

コイツだろ!』」

 

「『俺もそんな事言ってないぜ!じゃあ、どこからわき道に入る?』」

 

この兄弟の性格は不思議なもので、惚れた女から意見を譲られようとすると物怖じしてしまうのだ。

 

普段から個人の意見をぶつけ合っているこの二人からは想像もつかない。

 

 

カチカチとウインカーを焚いて、彼等の車が大通りの本線から右へと逸れていく。

 

「『ん?え?おい!』」

 

「『何だ!』」

 

わき道へ入っておよそ一分。

 

弟が騒ぎ出す。


「『あの、普通に停まってるんだが…

驚いたな…』」

 

「『え…?』」

 

「『…』」

 

コメディ映画のようなシチュエーションに、三人は面食らってしまった。

 

…そう。

 

ロドリゲスを撃った犯人だと思われる怪しい車…

 

つまり、アイス・キャンディの車がひっそりとビルの陰に駐車されていたのだ。

 

「『なんだか…呆気ないな。笑いも出ねぇぞ』」

 

双子の兄が言う。

 

「『横につけよう。撃たれないように気をつけて』」

 

レディが指をさし、彼等はそれに近づいた。

 

「『奴は?居眠りでもしてるか?』」

 

「『いや、よく見えないな。

確か黒人だって話だったが…兄貴、見てきてくれないか?』」

 

「『あん?まぁ、いいだろう。

俺が戻るまで動くなよ』」

 

雨は一向にやむ気配がない。

 

兄はツナギの上部を脱いで腰で袖を結び、上半身が裸の状態で車を降りていった。

 

「『あ、アタシも行く』」

 

「『おい、マジかよ』」

 

それに続いてレディも拳銃を手に持ち、外へ出る。


 

 

ザァァ…!!

 

そっと近付く二つの影。

 

「『見える?』」

 

レディが耳打ちする。

 

「『いや…乗ってないぞ』」

 

ガチャガチャ!

 

「『鍵も締まってるみたいだな、レディ!

車を捨てて逃げたか?』」

 

「『だったらまだ、近い場所にいるはずだろ』」

 

カンカン!

 

レディが拳銃で窓ガラスを叩く。

 

もちろん、中からは何の反応も無い。

 

この時、アイス・キャンディは確実に『車内には』いなかった。

 

 

「…!来てやがる…」

 

同時刻。

 

息を潜める。

 

フード付きのスウェットはしっかりと雨を吸ってしまっていた。

 

…彼が全身を預けている地面から。

 

彼の独眼は四本の足を見つめていた。

 

追っ手は二人。

銃口はしっかりとそれを捉えている。

 

だが、撃たない。

 

しくじれば、単に自らが逃げ場を失うだけだ。

 

一人は男、一人は女。

 

しかし、それだけだからと判断する程、彼も引き金も軽くは無い。


 

体温が奪われていく。

 

「くっ…」

 

以前、ロサンゼルスから全米巡りへと起つ時。

 

追いかけてくる警官の目を逃れる為に、車の下へと潜り込んだ事を思い出す。

 

状況はそれと似ている。

 

…だが今回、相手は彼を「捕らえようとしている」わけではなく、おそらく「殺そうとしている」。

 

「…」

 

キャンディの持つ粗悪な拳銃が、この厳しい状況下で正常に作動する保証は無い。

 

スッ、と四本の足が消えてわずかにバシャバシャと駆けていく音が聞こえた。

 

「…」

 

だが、直後に飛び出してエンジンをかけるわけにはいかない。

 

…彼はそのままの状態で五分程やり過ごし、ゆっくりとほふくで顔を出した。

 

ガチャ!

 

彼の頬に、水とは違うひんやりとした金属の冷たさが感じられる。

 

「『ほら、言ったとおりだろ?』」

 

「『さすがレディ!本当に近くにいた!」

 

「…バカなっ!走っていったはず…」

 

「『本当に外国人だ!コイツはビンゴだぜ』」

 

追っ手が一枚上手だった。


ガッ!

 

「うっ…」

 

男によってキャンディは手を蹴られる。

当然、拳銃を手放させる為だ。

 

キャンディの銃は濡れた地面を滑り、水たまりの中で止まった。

ずぶ濡れどころでは無い。もはや水没だ。

 

「クソッ!」

 

「『英語だね?アメリカ人か』」

 

「『ようこそ、メキシコシティへ』」

 

「俺が何をしたってんだ、バカヤロウが」

 

そうは言いつつも、キャンディ本人が一番分かっている。

なぜ、彼等がしつこく追いかけてくるのかを。

 

「『コイツで間違いないだろう。殺ろう』」

 

男はキャンディのびしょびしょになった拳銃を拾い上げ、容赦なく引き金を弾いた。

 

カチカチッ!

 

「…」

 

「『…?』」

 

不幸中の幸いか。

 

男はなぜ銃が動かないのか理解出来ていないようだ。

 

キャンディはじっと地面に伏したままだが、鼓動は激しく動いている。

 

「『壊れてるんじゃない?』」

 

パァン!

 

言いながら続いてレディが発砲した。


容赦ない。

 

劇的なタイミングも、かしこまったキザなセリフも何もない。

 

「ごっ…!」

 

左肩を撃ち抜かれ、キャンディは悶絶した。

 

「『もう一発だよ!』」

 

パァン!

 

降りしきる雨と、下手な撃ち方のおかげで、この弾丸は外れた。

 

「『チッ…』」

 

レディが拳銃を下ろす。

どうやら弾切れ。

 

「…コイツら…」

 

だが、何も銃だけが人を殺す手段ではない。

 

キャンディは頭を回転させた。

 

チェスター・クリップに囲まれた時も、RG達に追いかけられた時も、切り抜けてきたのだから。

 

「うぉぉ…っ!!」

 

ガシッ!

 

キャンディは力を振り絞り、レディの脚にしがみついた。

 

「『うわっ!』」

 

ツナギ姿の彼女が倒れ込む。

 

「『何だと!』」

 

男が驚いて声を上げる。

 

「『大丈夫か!』」

 

さらにもう一つの声。

 

ジープの中で待機していた男がかけつけてきたのだ。

 

手負いの状態で一人対三人。

 

キャンディが勝てるわけも無い。


「がはっ…!」

 

一人の男から腹を蹴り上げられ、襟首を掴まれる。

これは双子の弟の方だ。

 

そしてそのまま車へと勢いよくぶつけられた。

 

ガシャァン!

 

キャンディが乗ってきた車の、助手席側の窓ガラスが粉々に砕け散った。

 

「『おらおらぁ!ロドリゲスの痛みはこんなもんじゃねぇぞ!』」

 

男はさらに顔面に頭突きを食らわせる。

 

キャンディは両手で顔を必死に守ろうとするが、間に合わない。

 

「ぶっ!」

 

口から血を吐き、鼻からもだらだらと血が流れ出てきた。

 

「『ん?なんだぁ、ありゃ?』」

 

露わになった車内に何かを見つけたのは兄だ。

 

「『どうした?』」

 

レディが返す。

 

「『いや、やたらと車の中に荷物が多いみたいだが』」

 

「『何?』」

 

弟も、掴んでいたキャンディを地面に放り投げて、割れたガラスから中をのぞき込んだ。

 

「ぅ…!」

 

キャンディがドキリとする。

 

たんまりと金を積んでいるのだから当然だ。

 

ガチャガチャ。

 

兄は手を伸ばして鍵を解除し、ドアを開けた。


「『アタッシュケース…?』」

 

銀色に鈍く輝く金属製の箱を一つ、彼は取り出して見せた。

 

「『何だ何だ?開けて見ろよ、兄貴。

まさか、開けた瞬間に爆弾がドカン!なんて事は無いだろうぜ』」

 

「『爆弾配達人ってか?コイツが運び屋ならわからねぇが、そういう感じでも無いからな』」

 

「『札束がたんまり入ってたりして!宝箱配達人かもしれないよ!』」

 

ガチャッ。

 

「や…めろ…」

 

しかしキャンディの声は届かない。

 

時すでに遅し。もう、兄の手によりケースは開いてしまった。

 

「『…』」

 

「『っ…!』」

 

三人の目が大きく開く。

 

バサバサ…

 

雨で濡れ始めたそれは、突然吹いた強風にまかれて宙に舞った。

 

帯のついていない素っ裸の100ドル札。

 

 

腹を空かしたハイエナに、これ以上のご馳走など存在しない…はずだった。

 

「『お、おい!どういう事だ!?』」

 

「『知らねえよ!何だ、コイツ!?』」

 

なぜか慌てふためく彼等の姿が、キャンディの目に映った。


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