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Crap Ur Handz  作者: 石丸優一
15/34

Ghetto Star

『Ghetto…貧民居住区』

 

 

「サンフランシスコ班は壊滅状態…」

 

「ロサンゼルス班は今、交戦中だろうな」

 

「交戦中?どういう意味です?」

 

ケーニッヒがキャンディの顔を伺う。

 

「どういう意味か、だと?アイツ等はギャングだ。ケンカっぱやくて当然だろう」

 

「はぁ?」

 

「サンフランシスコ班が抵抗をしなかったとも考えられない。あの、ロブスター坊っちゃんだからな。

だが、ロサンゼルス班は掻き集めとは違う。元々、青いバンダナをぶら下げて仲良くやってた連中だ。

つまり、仲間が攻撃を受ければ必ずケンカになる。たとえアンジーが止めてもな」

 

確かにそれは当たっているが、レモンの働きがあってこそのケンカだとは、キャンディが知る由も無い。

 

ギャングメンバー達は車を分散させすぎているせいでまとまって戦う事も出来ていないのだから。

 

 

「いよいよ仕事ですね」

 

「すべてはチェス盤の上だ」

 

ついにキャンディ率いるサンディエゴ班が、銀行前に到着する。


完ぺきと言っても過言ではない変装を施した彼等。

 

さすがに自らが参加する仕事ともなると、アイス・キャンディにぬかりは無い。

 

 

「『来たか!アンタらが例の受け取り人だな?』」

 

スキンヘッドで髭面の男。

筋肉質で迫力がある。

 

「は…?エスパニョール?」

 

「そのようですね。ドイツ語なら分かるんですが」

 

キャンディは少し困惑した。

 

男が使ったのはスペイン語。

メキシコ国内の公用語だったのだ。

決して国境沿いの街では珍しくない。

 

「何と言っているのか分からないが、問題無いだろう。

えーと…コイツを、借りるぞ」

 

警備員達にジェスチャーで、輸送車を拝借したい意思を伝えるキャンディ。

 

だが。

 

「おいおい!英語くらい話せるぜ、セニョール!ジョークの通じねぇ奴だな」

 

「なんだ。最初からそうしてくれ」

 

この男。単にからかっていただけのようだ。

 

「へっ!どこの出か知らねぇが、人当たりは悪そうだな!」

 

「ご名答だ」


「コイツはどこへ運ぶんだ?メキシコか?」

 

今度はズケズケと仕事の内容に首を突っ込んできた。

 

「貴様…よほど死にたいらしいな。報酬は後から出るはずだが」

 

「あぁ!もちろん金はいただくぜ!

こちとら職をなげうってるんだからよ!いつ貰えるんだ?」

 

「すべてが終わった後だ。では、もう行くぞ」

 

少し話しすぎたか、と反省するキャンディ。

 

サンディエゴ班は自分達が乗ってきた車と輸送車を完全に乗り換える手筈のようだ。

つまり、乗用車をすべてここに捨てていく。

 

「待て!」


 

「なんだ?その車は全部、お前達にくれてやる」

 

輸送車の高い座席から、キャンディが警備員を見下ろしている。

 

「本当か?ありがたい!

…そうじゃなくて、金は誰から受け取ればイイ!」

 

「『協力者』」

 

キュキュ…

 

ブォン!

 

マフラーからディーゼルエンジン車特有の黒い排気ガスが吹き出した。

 

「ま…待てよ、セニョール!誰なんだ、ソイツは!」

 

車の窓が閉まり、それ以上の返答は無い。

 

ブォォ…

 

サンディエゴ班は次々と発車し、いなくなった。


 

 

人工的な黄色い光。白い光。

 

それは…

 

ゲートや柵を照らしているスポットライト。

国境沿いに並ぶ、沢山の車のヘッドライト。

 

ブォォ…

 

ブロロ…

 

ピピィー!

 

プァーン!

 

いくつものエンジン音と、時折聞こえるクラクション。

 

「まさか、ノープランでは無いでしょうね?」

 

「もちろんだ。一番気をつかった部分だぞ」

 

先頭の輸送車は、キャンディがハンドルを握っている。

 

助手席のケーニッヒは真剣なのだろうが、右手にはカナディアン・クラブの瓶を持っていた。

 

なぜ特殊な変装マスクの上から、こうも器用に酒が飲めるのか不思議だ。

慣れとは恐ろしい。

 

「しかし長い。しばらくはこのまま待たされる事になりそうですね」

 

「特に焦る必要は無い。

身分証も完ぺきだ」

 

「この、明らかに大金を載せた車はどう説明するんです?」

 

「問題無い。絶対に止められる事は無い」

 

キャンディは自信満々だ。


 

じわりじわりと動く車の列。

 

「向こうでは金をどう動かすのですか?」

 

「それはお前達には関係無いだろう?

盗んだ金から、きちんと報酬は払う。それだけだ」

 

「そうですか…出来ればアメリカ国内に戻りたいのですが」

 

ケーニッヒが「ふぅ」と酒臭い息を吐いた。

 

「それも自由だ。そこまでは面倒を見れないがな。

始めに言ったはずだが、仕事以外の事は知らない」

 

冷たく聞こえるかもしれないが、否定をしない辺り、他人に干渉しないキャンディらしい意見だ。

 

「はは、まぁ少しはバカンス感覚であちらにいますがね」

 

「俺もそのつもりだ。いずれは戻る」

 

「おっと。珍しいですね。

貴方がプライベートな話題を口外するだなんて、アイス・キャンディ?」

 

「チッ…まだか」

 

小馬鹿にされたように感じたのか、彼は舌打ちをして話を逸した。

 

「後ろの連中も、ほとんどはミシガンに戻ると思いますよ。貴方は…ニューヨークへ?」

 

「あぁ」


「好きなんですね」

 

「いや、大嫌いだ」

 

質問には応えてくれるが、やはり素っ気無い。

 

「何がしたいんです」

 

「お前に話す必要などない。

とにかく。ニューヨークには戻るが、目処も立てていなければ、帰る場所も無い」

 

「やはり、変わった人です」

 

「とうの昔に聞き飽きた台詞だ」

 

 

 

ゲート前。

 

僅かなものではあるが、キャンディにも緊張が走る。

 

いよいよ出国だ。

 

 

「アメリカと、しばしのお別れですね」

 

ガチャリと機械的な音がして、前に車を進める事が出来た。

 

何とも呆気ない。

 

サンディエゴ班の面々は車を停め、事務所の受付で入国の手続きをする。

 

それが済むといよいよ違う世界。

 

犯罪者である汚名を、彼等は特殊なマスクと共に捨て去る。

 

 

「短い付き合いだったが、世話になったな。

残念だが、ロサンゼルス班とサンフランシスコ班は、ここに辿りつけるのかどうか定かではない」

 

全員を集合させ、円の中心でキャンディが口を開く。


「どういう事だ」

 

「やはり…失敗か?」

 

「奴等の取り分も混ぜて分配するはずでは?」

 

当然、様々な声が上がり始めた。

 

「定かではない、と言っている。失敗したのかどうか、連絡がつかない状態だ」

 

もちろん真っ赤な嘘だ。

 

「彼等が運んでくるであろう金。特にロサンゼルス班の仕事は非常に大きなものだ。

俺自身も、完璧なカタチで仕事をしたかった。だが…来るか来ないか分からない金を、ここで待ち続けるわけにもいくまい」

 

うなだれて、首を左右に振るキャンディ。

 

まるで俳優の仕事だ。

 

「じゃあ、ここから分けるってのか」

 

「額が少なくなりはしないだろうな?」

 

誰かの不満そうな声。

 

「それは無い。人数が減っているからな」

 

「だが、金も減っているじゃないか」

 

「そうだそうだ」

 

「…そこは俺の取り分から出そう。

それなら問題あるまい?」

 

キャンディの口から出たとは思えない言葉だが、確実に誰も文句は言えなくなった。


 

 

パトカーのサイレン。

 

回転灯。

 

進まない車。

 

そして、異常な数の人だかり。

 

「おい、アンタ」

 

「んん?」

 

「何の騒ぎだ?」

 

ロサンゼルス市内。

 

窓を開けて、通行人に話し掛けているのはフォレストだ。

 

「知らないのかい?なんでも、銀行の金庫がそっくりそのまま空っぽになっちまったって話だよ」

 

ガリガリに痩せていて、貧相な白いワンピースを着ている老婆が応える。

 

「銀行の金が…どういう事だ?金庫破りか?」

 

「さぁ。銀行の周りは封鎖されててよくは見えないが、壁や窓を壊されたりしてる様子は無いようだね」

 

「なるほど。ありがとう」

 

ウィィン、と窓が閉まった。

 

「さて、どう見るんだ?お巡りさんよ?」

 

「手口が同じかどうかは分からないが、タイミングが良すぎるな」

 

「そりゃそうだ!だが、サンフランシスコの連中はここには来れない!」

 

RGは苛立っている。

 

「もちろん分かっている。別の奴等さ」


「『どうしてわざわざ街中なんか通ったんです?』」

 

横から会話に入ってきたのはクサナギだ。

 

そう長い時間が経ったわけではないが、彼はここ最近で幼さが消えて大人びてきている。

裏路地のチンピラが、裏社会の構成員へと成長した、とでも言えばイイだろうか。

 

どこか垢抜けなかった顔つきは鋭く洗練され、目もギラギラとしたものになっている。

 

「『それは私も気になるところですね』」

 

落ち着いた口調で話すのはナカムラだ。

 

多くは語らないが、常に物事の状況を気にしている。

 

「何だって?」

 

フォレストに日本語は通じない。

 

「国境を目指すなら、一般道よりもハイウェイを使うべきだったとさ!」

 

RGが通訳した。

 

「ふん。奴等はわざわざ一般道を選んだ。

それがなぜなのかは分からないが、だからこそこうした手掛かりに当たったんじゃないのか?」

 

「手掛かり!はっ!

何の手掛かりにもなってねぇよ!」

 

「果たしてそうかな?渋滞を迂回して、先へ進もう」


 

 

郊外へと伸びる一本の道。

 

遠目にだが、進行方向に回転灯。

 

おそらく救急車と消防車のものだ。

 

「『またか。今度は何の騒ぎだ』」

 

RGは口から青い煙を立ち上ぼらせながら悪態をついた。

 

「『事故みたいです』」

 

カワノが答えた。

 

「『結局、また渋滞か?』」

 

「『はい。警察官か救急隊か分かりませんが、男が片側の車線の車を交互に動かしています』」

 

「『…』」

 

「『しかし、そう長いわけでもなさそうです。交通量は大した事ありませんので』」

 

すぐにフォローするカワノ。

RGからの返事が無いので、機嫌を損ねたのではないかと心配したのだ。

 

「『リョウジさん』」

 

「『ん?』」

 

呼び掛けたのはクサナギだ。

 

「『もし、アイス・キャンディのヤロウがすでに国境を越えていたとしたら、メキシコまでも追いかけるおつもりですか?』」

 

彼の頭の中では、キャンディはRGやフォレストの予測通りの動きをしているのだろう。

寸分の疑いも無い。


「『あの、爆破事件の犯人は奴に間違いない。

だったら、アイス・キャンディに死んでもらうまでは俺の気は治まらないわけよ』」

 

「『そう言って下さると信じていました!』」

 

「『しばらくニューヨークから離れていませんでしたから、貴重な経験を積む機会になったと思います。

…もちろん、こんな形で実現するのは喜ばしい事とは言えませんが』」

 

クサナギは明るい表情だが、ナカムラの顔色は冷ややかだ。

 

「む…!おい、見ろ!」

 

突然、フォレストが騒ぎ立てて前を指差している。

 

「なんだ。日本語の会話に入れなくて寂しいのか?」

 

「冗談じゃない!見ろ!

ドライバーのミスター・カワノも驚いているだろう」

 

パッとRGがカワノの方を向く。

 

「『ぜ、前方の渋滞の理由が分かりました…』」

 

フォレストの発言から少し遅れたが、カワノも同じように指を差した。

 

「『…クッ!こりゃヒドい…!!サンフランシスコの時とは比べ物にならねぇぞ』」

 

ついに全員が目撃する。


 

それはもちろん、アンジーとドープマンが率いる無惨なロサンゼルス班の姿。

 

車が吹き飛び、黒焦げになっている様など、スクリーンやブラウン管でなければ出会えない。

 

「『事故…じゃないな。明らかに攻撃を受けてる。どうやらこれがサンフランシスコの怪しい連中のお仲間ですね』」

 

ナカムラが呟く。

 

「『金がもったいない!そのまま吹き飛ばしてますよ!札束がいくらか焼けてしまったでしょうね!』」

 

クサナギが何とも庶民的な意見を述べている。

 

「『ははは!金は「流れ」だ、クサナギ。

札束自体には本来、何の価値もない。いかに生み出し、手に入れ、それをどう吐き出すかが大事だ。

その辺り、アイス・キャンディも甘いな』」

 

「『古典的な銀行強盗が、ですか?』」

 

「『直接ただの紙切れを貯め込んで、何が楽しい?

次々と回して動かさなければ、水のように澱んで飲めなくなるだけだ。

貯蓄と資産は同じじゃねぇ。金集めはママゴト、金稼ぎがビジネスだ』」


考え方一つだが、確かに彼の持論にも一理ある。

 

ただし、それは『金を生み出す為の金』の考え方であり、キャンディのように『力へと変わる金』は必ずしもそうだとは言えない。

 

誰も知らない彼の目的の為には、分かりやすい『形』が必要だったのかもしれない。

 

例えば、貧しいギャングの連中を動かしたければ、小切手やデビッドカードは何の意味も成さない。

口座や保険を持たない貧民や悪人にはキャッシュが一番だ。

 

逆に地位や名誉の高い人間に、わざわざアタッシュケースを渡しに行くのはバカげた話だ。

裏金は、見えないから『裏金』と呼ばれる。

 

 

RGがタバコをくわえる。

 

カチッ。

 

「『どうぞ』」

 

「ふぅー…。

フォレスト、キャンディがここにいるとは考えられない」

 

「なぜだ?」

 

「奴は、待ち伏せや急襲に合うようなヘマはしない」

 

うぅむ、と唸るフォレスト。

 

「仲間を…いや、コイツらが仲間かどうかは分からないが。奴が絡んでいるとすれば、この結果すらも仕組まれたものだと?」


「可能性はある…。奴は冷酷だ。自分以外の存在は利用する対象でしかない」

 

「…何て奴だ」

 

RGは自分の事を完全に棚に上げている。

だが、そんなことはフォレストの知るところでは無い。

 

「だろう?特に俺達日本人は人と人との繋がりを非常に重要視する民族でな。『礼儀』と言う。

他人様にはイイ顔してろってのが昔から頭に叩き込まれてる。

利用したり裏切ったり…奴の考えは理解出来ないな」

 

「驚いたな。お前達みたいな悪人にもその心意気は根付いているのか?」

 

「もちろんだ。善、悪の問題じゃない。習慣なんだよ。

法は破っても、人は裏切らない」

 

嘘八百。

 

フォレストとの会話が英語だからよかったものの、クサナギやカワノの耳に母国語として入っては、思わず吹き出してしまうに違いない。

 

「当然、法は守るべきだがな。人を想う気持ちは全世界の人々に見習ってもらいたいものだ」

 

「『車が動きます』」

 

「『おう、目的地に変更は無しだ。国境を目指せ』」


 

 

「では、みんな。お別れだ。達者でな」

 

「いやっほーい!さぁ、この金どうしてくれようか」

 

「やったぜ!こんな額、稼いだ事がねぇ!じゃあな、みんな!」

 

思い思いの言葉を残しながら、一人、また一人と同志達がメキシコの闇夜に消えていく。

 

もちろん、誰一人としてアメリカにとんぼ返りする人間はいない。

 

 

「アイス・キャンディ!サンフランシスコ班には俺のダチがいるんだ。絶対に生きてるはずだ」

 

「そうか…俺もそう信じているよ」

 

同志の一人がキャンディに話し掛けてきた。

 

「どうにも連絡が取れないのか?」

 

「あぁ。ロサンゼルス班も同じだ。

もし、何も問題が無ければ国境を越える前に渋滞で一緒になっていたはずだ」

 

「…しばらく待つのか?」

 

「ほんの少しだけな。さっきも言ったが、あまりここに止どまるわけにもいかない」

 

キャンディは淡々と彼に言葉を返している。

 

ケーニッヒは横で黙ったままだ。


「そうか…安否を知る術は無さそうだな」

 

「そうだ」

 

「もし、アンタがしばらく待っている間にサンフランシスコの連中がここへ来たら、この番号に電話してくれ」

 

男は連絡先のメモをキャンディに渡した。

 

宿泊予定があるモーテルか何かの電話番号だろうか。

段取りが早い。

 

「分かった」

 

キャンディはそれを見ずに受け取り、右手の中でくしゃりと握り締めた。

 

「それじゃ、俺も行くよ。あとはアンタら二人だけだな」

 

最後の同志の男が去っていくと、とうとうキャンディとケーニッヒの二人だけになった。

 

「ふん」

 

キャンディがメモを丸めて投げ捨てる。

 

「あーあ、何であんな大事な約束を簡単に受けて簡単に破るんです?」

 

「別に、俺にとっては大事でも何でも無いからな」

 

天の邪鬼だ。

 

「そういうのは、へ理屈ですよ」

 

「どちらにせよ、サンフランシスコ班は全滅。ロブスターぼうやもオールドファッションなスタンリーも、みんな間違いなくあの世いきだ」


そう言いながら、キャンディはフードを深く被った。

 

「私も、もしロサンゼルスやサンフランシスコに回されていたとしたら」

 

「死んでいただろうな」

 

「わざわざ他の二か所の同志達を襲わせた理由は何なんです?」

 

キャンディはさらりと恐ろしい事を言ったが、ケーニッヒは気にしていない。

 

「二つの班の人間に金を分配するよりも、俺に多くの金が入るからだ」

 

「つまり、ソイツらへの報酬を差し引いても、アガリが大きいと。

回収もさせてるんですか?どこの殺し屋です?」

 

「殺し屋なんかじゃない。飢えたハイエナ共だ」

 

「…?」

 

喩えが分かり辛い。

 

「…偽善者さ。犯罪組織を忌み嫌い、消す事が奴等の道楽だ。

俺は奴等が自らをどう名乗っているのかも知らない」

 

「では…」

 

「あぁ。盗んだ金の回収などしていない。

俺に上がるのは、二つの集団が銀行強盗を起こす、という事をタレ込んだ情報料。

銀行の金では無く、同志達の命を売った金だ」


決してその整った顔には出さないが、ケーニッヒの頭には戦慄が走った。

 

キャンディが他人の命と金を天秤にかけたから、という理由だけでは無い。

そんな悪党など、星の数ほどいる。

 

 

ケーニッヒが戦慄を覚えた理由の一つはもちろん

『全員で金を手に入れてもよかったのに、同志達を消した事』。

 

そして…

 

『連立った仲間達を殺す為に、名前も知らない連中にネタを売って、ビジネスの相手として信用した事』だ。

 

 

 

「まだ行かないのか?」

 

「はい?お邪魔ですか?」

 

ケーニッヒが去る素振りを見せないので、キャンディが気にしている。

 

おそらく『奴等』が直接ここへやって来るのだろう。

だから彼は動かないのだ、とケーニッヒは分かっていた。

 

「しかし…皆さんは案外、素直でしたね。

おそらく分け前が一番多い貴方の金を奪いもしない」

 

「貴様…!そういうつもりか!」

 

「滅相もありません。

貴方が作り上げた仕事です。何の不服もありませんよ」


ケーニッヒはそう言うが、一度疑ってしまってはキャンディの心は晴れない。

 

にっこりと微笑んでいる彼の顔さえも、逆に怪しいと感じるだけだ。

 

「消されない内に早く失せろ、ケーニッヒ。

ここまで手伝ってもらった仲だ。今なら見逃してやる」


「誤解ですよ、アイス・キャンディ。そこまで傲慢ではありませんから」


両手を上げて無実を証明しようとするケーニッヒ。


その時。


「…お前、アイス・キャンディだな?」


二人の背後から何者かの声が聞こえた。


「来たか、偽善者」


キャンディが返す。


「ふん。謝礼を持ってきた」


わざわざ国境を越えた場所で受け渡しを行う辺り、よほど力のある組織なのかもしれない。


クルリと振り向き、ケーニッヒとキャンディはソイツと対面した。


「…?金は」


ストライプ柄の黒いスーツに身を包んだ、背丈がキャンディの1.5倍ほどはあろうかという長身のアジアンだ。


だが…報酬を届けに来たはずのその男は、なぜか手ぶらだった。


「ここには無い」


「何だと。早く寄越せ。何の為に情報をやったと思っている」


キャンディが苛立ち始める。


「我々の目的を知っているか?」


「はぁ?」


「カリフォルニアにはびこる悪人共の始末だ」


男は不可思議な事を話し始めた。


「だから俺はそれに協力してやったんじゃないか。

かなりの数のクズ共の始末が出来たはずだが、何か不服が?」


「いいや、もちろん感謝している」


「だったら早く金を持って来い!」


ついにキャンディは男を怒鳴りつけた。


「だが、我々を甘く見過ぎてはいないか?

始末した連中とお前に繋がりがある事は当然分かっているんだぞ?」


「な…!何を言い出すかと思えば!」


動揺したキャンディが半歩下がる。


「もう一度言おうか。我々の目的は『悪人共の始末』だ。

情報提供には感謝する。

だが自ら募った連中に片棒を担がせて、ソイツ等を売って金を手に入れ、一人で高飛びをしようってのか?」


「クッ…バカバカしい!作り話が得意なようだな!」


「バカバカしいのは貴様だ!アイス・キャンディ!

我々の事を『便利』だとでも思ったか!我々の正義は貴様の金儲けには利用されはしないぞ!」


男が吠える。


大地を揺るがすかのように重たい声だ。


カチャ。

 

軽い金属音。

 

男はスラックスのポケットに手を入れているが、そこにある何かがキャンディの方に向いているのは明らかだ。

 

「クソ!これではラチがあかない!

お前達の勘違いだ!俺は奴らとつるんでなどいない!」


絶体絶命の状況だが、キャンディは食い下がった。

 

ケーニッヒはまばたき一つせずに、その状況を見守っている。

 

なぜなら彼にとっても、キャンディが殺されてしまっては他人ごとだとは言えないからだ。

 

必ず、彼にも被害が及ぶ。

 

「では、あの現金輸送車は何だ?さらには、サンディエゴのB.O.Aからも金が消えている情報など、とうに届いているが」

 

「あれは俺が今まで自分で稼いだ金を運んでいただけだ!

お前に内訳まで公開しない」


車が仇となる。


「それに、サンディエゴの銀行の話など…」

 

「問答無用だ」

 

もはやキャンディの言い訳は意味を成さない。

 

「クソが!」

 

「貴様のような大悪党が一生懸命稼いだ汚らわしい金になど興味は無いが、死んでもらうぞ!」


パァン!

 

「ぐはっ…!」

 

大きな一発の銃声。

まったくもって場所を考えてなどいない。

 

だが、白目を剥いて倒れたのは大男の方だった。

 

 

 

ブォォ!

 

「あははは!なーにをしてやがるんだコイツは!」

 

「あの距離で当てたのか、シャロン!?」

 

聞き覚えのある声だ。

 

呆然としているキャンディとケーニッヒの目の前に一台のタクシーが現れた。

 

そう。

 

消されたはずのロサンゼルス班の連中だ。

とは言っても、たったの三人。

 

キキィ。

 

「レモン…?アンジーとドープマンか。なぜ生きてる」

 

「しかし、そのおかげで助かりましたね」

 

キャンディとケーニッヒが小声でささやき合う。


「いや…まずいぞ」

 

「なぜです?」

 

「この偽善者どもがきちんと仕事をこなしていないという事だろう。

それに…命は助かっても、計画はブチ壊しだ」

 

レモンが車を停め、アンジーが助手席から降りてきた。

 

冷ややかな目つき。

 

ドープマンやレモンは分からないが、彼女は確実に真実を見透かしている。

 

 

「キャンディ!」

「おーい、キャンディ!」

 

車内からおとぼけコンビの二人が手を振っている。

まるでムービースターの視線を欲しがる無垢な子供だ。

 

キャンディは彼等を軽く一瞥したが、すぐに近寄ってくるアンジーに視線を戻した。

 

「シャロンとは、また面白い通り名だな」

 

「…場所を変えるよ。とりあえず騒ぎが起きる前に輸送車にソイツを積みな」

 

「そうだな…」

 

幸い、周りの喧騒は大きい。

 

「あ、それから」

 

「ん?」

 

ケーニッヒが男の脚を、キャンディが胴体側を抱える。

 

「逃げるんじゃないよ。こっちのドライバーはアンタのいち押しだ」


声色には脅しが含まれている。

 

「クッ…!」

 

カツカツと靴音をたてながらアンジーが離れていった。

 

「一苦労ありそうですね」

 

ふわりと風が吹き、隣にいるケーニッヒからウィスキーのにおいが、アンジーの方からは微かに香水の香りが漂ってきた。

 

「女狐が…物騒な身体能力さえ無ければ」

 

確かにアンジーの異常なまでの強さには目を見張るものがある。

 

ガタン。

 

気味の悪い死体を輸送車の後部に無理やり押し込む。

 

 

キュキュ…ブォン!

 

キャンディがエンジンをかけた時、さっさと一足先に乗り込んでいたケーニッヒは助手席で再び酒をあおっていた。

 

「賢明ですね」

 

「おい、お前も付き合うのか?邪魔になるだけだ。失せろ」

 

わざわざケーニッヒがキャンディ達についてくる理由は無い。

 

「大丈夫ですよ。ゴタゴタに乗じて金を拝借するつもりなどありませんので。

結末に興味があるだけです。

それに、彼女から見れば私も貴方の共犯者だ」

 

彼は力なく笑った。


それもそうか、と納得したキャンディがレモン達の車に続いて発車させる。

 

「いくらか要求してくるんですかね?」

 

「全部だとも言いかねない。だが、おそらくドンパチにはならない」

 

「どうしてです?いや、確かに考えればそうかもしれませんね」

 

ふと、フードで見えないキャンディの横顔を見ながらケーニッヒは尋ねたが、なにやら納得出来たらしい。

 

空のボトルを窓から投げ捨て、足元へと手を伸ばし始めた。

 

「お前…さてはソイツがまだあるから乗り合わせたんだな」

 

キャンディが言っているのは、助手席の足元にまだいくつか転がっている酒瓶の事だ。

 

ケーニッヒはキュポッという軽快な音を立てながら蓋を開け、ワイルド・ターキーを一口あおる。

何とも贅沢だ。

 

「あはは。それも誤解ですよ。

仕事の分け前さえあれば、こんな安酒なんて好きなだけ飲めるんですから」

 

「俺にも一本よこせ」

 

「おや、珍しい」

 

ケーニッヒは楽しそうに再び足元から瓶を一つ取り上げた。


「蓋くらい開けちゃくれないのか」

 

受け取りながら文句を言うキャンディ。

 

ハンドルを握ったままでは、ボトルを開ける事が出来ないようだ。

 

ゴトッ。

 

ガチャン。

 

「おやおや、何をしてるんですか」

 

「チッ…」

 

せっかくの酒だったが、キャンディは手を滑らせて落としてしまった。

 

ハンドルに当たったその瓶は、派手に割れはしなかったものの、ヒビが入ってじわりと中身が漏れてきてしまっている。

 

しかもゴロゴロとペダルの辺りを左右に転がり、運転の邪魔だ。

 

キャンディはとっさにドアを開け、その瓶を外へと蹴り出した。

 

パリン、と小さな破裂音が聞こえてドアが閉まる。

 

「もう、差し上げませんからね」

 

「ふん、分かってる…ん?これは…」

 

フロアマットの上に、ゴムのような素材で出来た物体。

 

ケーニッヒ特製の変装マスクだ。

 

「あはは。アイス・キャンディ、貴方って人は」

 

フードの奥でギラリと輝いたキャンディの眼。

 

見えはしなくとも、ケーニッヒはそれを悟った。


「お前の分は?」

 

「ここにあります」

 

ケーニッヒのマスクは、彼の尻に敷かれていた。

 

二人は車内でマスクを脱ぎ捨て、そのままだったのだ。

まさかそれが役に立つとは。

 

「アンジーは俺達が変装して仕事に臨んだ事は知らない」

 

「そうでしょうね」

 

ケーニッヒはマスクをかぶり、座席の後ろからシャツを一枚取り出した。

厚手の生地で出来た、黒と赤のチェック柄のボタンシャツだ。

 

元々着ていた服を脱ぎ捨て、手早くそれに着替える。

 

あっと言う間に別人の完成だ。

 

しかし、キャンディはすぐに着替える事が出来ない。

 

運転を代わっても良いが、ほろ酔い気分のケーニッヒでは心許ない。

 

「では、やるか?手っ取り早く金を積み込めるトラックやバンが欲しい。

レモンが引き返してくる前にだ」

 

ちょっとした市街地。

民間や僅かな商店などが建ち並んでいるだけだが、おそらく最初で最後のチャンス。

 

「いきましょう。ここまで来たら腐れ縁です。

金の積みおろしも、マスク装着も手伝いますよ」


 

ギュン!と急ハンドルを切り、キャンディは輸送車を住宅の間の路地へと侵入させた。

 

その瞬間にチラリと見えたレモンのタクシーは、まだ直進していたので少しは時間を稼げそうだ。

 

「車…車…!」

 

キャンディが息を荒げる。

 

一刻を争う事態だ。

 

車を乗り換え、金を積みかえているところを見られては元も子もない。

 

「アイス・キャンディ!あれはどうでしょう!」

 

ケーニッヒも懸命にうつろな目を凝らして車を探してくれた。

 

彼が指差しているのは、錆くれたフォード製のミニトラック。

 

農家の物らしく、荷台にはワラのような枯れ草が積んであった。

確かにその下に現金を隠して走れそうだ。

 

「よし、でかしたぞ!あとは…」

 

珍しくねぎらいの言葉を発したキャンディが輸送車を真横につけ、運転席から飛び出していく。

 

ガチャ!

 

幸運にも、ドアは開いた。

 

不用心だが、助かった。

 

「キーは…!クソ、ささってない!

どこかに無いかっ!」

 

車内を手探りであさっていく。


 

チャリン。

 

「あった…!」

 

ベンチシートの真ん中。

 

三人乗りのこのミニトラックの、運転席と助手席の間の補助的な席の上に、キーは落ちていた。

 

ウワン、と小さな唸りを上げてミニトラックが目を覚ます。

 

キャンディの動きを見ていたケーニッヒは、素早く輸送車から飛び降りて荷台から荷台へと金が入ったケースを放り投げ始めた。

 

酒を飲んでいるとは信じがたい機敏さだ。

 

「よし、いけるぞ!ケーニッヒ、金はこの枯れ草で隠してしまおう」

 

キャンディもそれを手伝い始める。

 

「そろそろお仲間達が異変に気付いて引き返してくるでしょう」

 

「仲間?駒だと言ってるだろう。

それに、今はただの害虫でしかない」

 

口では酷い事を言いながらも、身体はしっかり動かしている。

 

「どのくらい積み替えるんです?」

 

「全部に決まってるだろう。奴等の手になど渡ってたまるか」

 

「了解しました。果たして全部載せれるのか、怪しいですがね」


時間にして、僅か二、三分。

 

現金輸送車はものの見事に空っぽになった。

 

「ケーニッヒ!少しだけ、輸送車を動かせるか?」

 

「はい、問題ありませんが。

どうするんですか?」

 

「そこに見えてる小屋の物陰まで!少しでも時間を稼がないと」

 

確かに農機具を入れる為の掘っ建て小屋がある。

 

ケーニッヒは目をこすりながら輸送車の運転席に座り、そこまで移動した。

 

ブゥン…

 

「よし、行こう!」

 

錆くれたミニトラックを近くに寄せて、キャンディがケーニッヒを手招きしている。

 

彼が誰かを助けようと手を差し伸べる姿など、そうそう見れるものではない。

 

だが、この行動も後の自分の身を案じてのものだ。

 

ケーニッヒを置き去りにしたところで、アンジー達と手を組まれても困る。

 

 

最後にケーニッヒは自分の取り分の金が入ったジェラルミンケースと、ウィスキーの瓶を一本手に持って輸送車から降りて来た。

 

バタン!

 

「お待たせいたしました」


「そんな要らないものまで」

 

キャンディは軽く悪態をついたが、すぐに車を発進させた。

 

 

「どちらへ?出来ればあまり遠くへ行きたくは無いのですが」

 

「アメリカに戻りたいからか?

俺はひたすら南下するつもりだが、しばらく走ったらお前だけを下ろそう」

 

「助かります。ようやく自由の身ですね」

 

「あぁ。さっきまで一緒に…んっ!?」

 

二人は小さな農道を走っていたが、突如キャンディが驚きの声を上げる。

 

真横にタクシーが併走していたのだ。

まったく気付かなかった。

 

…いつの間にか、追いつかれていた。

 

「これは…恐ろしいですね」

 

ケーニッヒの全身に鳥肌が立つ。

 

タクシーの車内からは、レモン、ドープマン、アンジーの三人が、舐めまわすようにキャンディ達の事を見つめている。

 

キャンディはアクセルを強くも踏まず、ブレーキも踏まず、あくまでも変わらないペースで車を走らせ続けた。

 

「早く…消えろ…」

 

彼の心の声が言葉となって出てくる。


「緊張の一瞬…ってのはこういう事ですね」

 

ケーニッヒは堂々と三人を睨み返しながら言った。

 

もちろん窓は閉まっているので、その声が彼等に聞こえる心配は無い。

 

 

「~!!~!!」

 

「ん?何か言ってるな」

 

真横にべったりと張りついたタクシーの助手席から、アンジーが顔を出して叫んでいる。

 

しかし、よく聞こえない。

聞こえたところで、応対するわけにもいかない。

 

なぜならば、キャンディとケーニッヒはスペイン語を話せないので英語で応えるしかないからだ。

流暢な英語を話してしまっては、逆にアンジー達に不信感を与える。

 

それに、何より『声』だ。

 

顔はいくら別人になっていようとも、声までは変えられない。

 

もっとも、デトロイトで見事に老人を演じきったケーニッヒは別格ではある。

だが、彼にも言語の壁は越えることが出来ない。

 

「~!!」

 

「鬼の形相ですね」

 

「チッ…」

 

窓を手動で僅かに開け、キャンディは耳を凝らした。


「そこの二人!車を止めろ!!」

 

「あぁ…やっぱりですか」

 

窓から入ってきたアンジーの声に、ケーニッヒがため息をついている。

 

「完全にバレてるな…」

 

キャンディは正面を見たままケーニッヒに言葉を返した。

 

しかし。

 

「ちょっと、ききたい事があるんだ!車を止めてくれ!!」

 

「…?」

 

「おや、どうやら最悪の状況では無いのでは?」

 

小さな希望の光。

 

『やり過ごす事が出来るかもしれない』という期待。

 

キャンディは、手動式の窓に手をかけた。

 

そして、僅かに開けていたそれを閉めた。

 

「はい?聞く耳持たず、ですか?」

 

「当たり前だ」

 

アンジーの方をチラリと見て、首を振る。

 

「あの女は嘘をついている。

言葉が通じるどうかも分からない人間に質問なんか無い。荷台が見たいだけだ。

だが、俺達の正体までは分かっていない。もし分かっているなら、ぶつけてでも止めようとするはずだ。

まだ、確信が無いんだろう」

 

アンジーの口車には乗せられない。


「私を完全に信用していただいたのが奇跡に思えて仕方ありません」

 

久しぶりに戻ってきたキャンディらしさ。

人に頼らず、人を信用せず、人に裏切られる前に自分から裏切る。

 

「何を勝手に思い上がってるんだか。

まぁ、好きに解釈してくれて悪いわけでも無いが」

 

「はは、自惚れでしたか。

しかし…あきらめませんね」

 

アンジー達の事だ。

 

レモンのタクシーは変わらず併走している。

 

「…銃はあるか?」

 

「はい。さすがに持って来ていないと不安ですからね」

 

「そうか」

 

ケーニッヒもキャンディも、国境を越えた時点で当たり前のように銃を持ち込んでいた。

 

それはアンジーも現金輸送車に載せたままの死体男も同じだが、当時の国境警備の手薄さが見てとれる。

 

「あの化け物みたいな女と正面からやりあって無事でいれるとは思えない。

やるならタクシーのタイヤだ」

 

「同感です…おや?タクシーがいませんよ!」

 

「何っ!?」

 

ガツン!

 

ミニトラックの車体が揺れた。


「うっ!?」

 

「おっと…!!これはまずい!」

 

車体が揺れたとはいえ、車同士がぶつかったような激しい衝撃では無い。

 

車重が一気に増した感覚がハンドルを握るキャンディに襲いかかる。

 

ミニトラックの荷台に一つの人影。

 

そう。

 

飛び乗られたのだ。

 

「何て奴だ!振り落とせるかっ!?」

 

「撃ちますか?」

 

ケーニッヒの手にはお気に入りのマシンピストル。

 

怪しげな黒光りを放っている。

 

「いや、何とか車を左右に振っ…うわっ!?」

 

ガシャン!!

 

再び衝撃。

 

今度は確実に車がぶつかった。

 

真左に黄色いタクシー。

レモンが体を張ってアンジーを守っているのだ。

 

荒々しい公道レース中でも決して車をぶつけない男が殻を破り、奮い立っている。

 

キャンディは右にハンドルを切るが、道からはみ出しはしない。

 

脇にずっと続く畑に突っ込んだら、身動きを奪われてしまう危険性がある。

 

 

パァン!パァン!


至近距離でので銃声。

 

「なっ…!」

 

キャンディはギクリとした。

 

小さなリアガラスに弾痕が二つ。

 

そしてガシャン、とそれは粉々に割れてしまった。

 

発砲は…内側からだ。

 

「すいません、お騒がせして」

 

「シッ…!」

 

謝罪したケーニッヒの口を、右手で制するキャンディ。

 

勝手に引き金を弾いたケーニッヒを責めたい気持ちもあるし、アンジーの行方が気になるが、英語で会話しているのを聞かれてはまずい。

 

「…」

 

「…」

 

ガタン!

 

「何すんだ、てめぇー!」

 

やはり、くたばりはしていない。

 

荷台に伏せて小さくなっていたアンジーが、怒りの声を上げた。

 

「クッ!」

 

パパパァン!パパァン!

 

焦ったケーニッヒが銃をオートに切り替えて連発で弾丸を発射する。

 

 

「うっ!」

 

奇跡か。

 

アンジーが肩を押さえて、荷台から吹き飛ぶ。

 

「当たった…!?」

 

ケーニッヒが驚きの声を上げる。


キキィ!

 

傷がついたレモンのタクシーが急制動した。

 

これは、アンジーが確実に落ちている事を表している。

 

「よし!やったな!…結果オーライだ」

 

キャンディのテンションが一瞬だけ上がったが、また元の淡々とした口調に戻った。

 

 

アンジーは荷台から落ち、ゴロゴロと地面を転がっていったのだろう。

 

「危機一髪ですね。あんなヒヤヒヤさせられるのはもうこりごりです。早くどこかで下ろしていただきたい」

 

「まだだ。レモンやアンジーから逃げてしまってからでないと、お前が奴らに捕まってベラベラと話してしまわないとも限らない」

 

「話しはしませんが、確かに彼女達に捕まるのはご免です。

弾、当てちゃいましたから」

 

ははは、とケーニッヒが軽く笑った。

 

「あの女のことだ。またすぐに追いついて来る。

怪我なんか、ものともせずにな」

 

お決まりの化け物扱いだ。

 

「では、またしばらくのお付き合いですかね。もしくは、また車を乗り換えてカモフラージュしましょうか」

 

「人を隠すには人が一番だ。メキシコシティを目指す」


目的地が決定した。

 

メキシコシティ…言うまでもなく、メキシコの首都だ。

 

キャンディは、さもケーニッヒを隠す為にメキシコシティに向かうかのような言い方をした。

だが実は、メキシコシティは元々決まっていた目的地だ。

 

「そこまで行くのはもちろん構いませんが…アイス・キャンディ、貴方の話では彼等は追いついてくるんですよね。

街中に到着する手前で追いつかれたらどうするんです?」

 

まだ、メキシコシティまでの距離はかなりある。

 

そこまで無事にたどり着けるとは考え辛い。

 

「身を隠すか、お前が言うように車を乗り換えてしまうか。

だが、このマスクを被った顔も割れてる。

だからといって素顔でウロウロするわけにもいかないか…」

 

「では、どこかに身を潜めて彼等をやり過ごす方が得策では?

そのためには、先にこのポンコツともお別れしなくちゃならないでしょうし」

 

「そうだな」

 

 

ウー!!

 

サイレン。

 

古いカプリスの屋根に、回転灯。

 

もう一波乱だ。


 

「警察か…!さすがにこちらの連中までは手が回せなかった」

 

キャンディが舌打ちをする。

 

「やはり、あちらではそこまで?」

 

「全てアンジーに任せてあった。

仲間であれば、使える女だ」

 

「しかも、イイ女ですからね」

 

ケーニッヒの口から「くっくっ」と含み笑いがこぼれている。

 

「何をバカな事を…」

 

「ふふ、冗談ですよ」

 

警察に止められているとは思えない会話内容だ。

 

…コンコン。

 

「『開けてください』」

 

パトカーから、警察官が一人。

茶色い制服を着ていて、まるで保安官だ。

 

「言葉も分からないし、国際免許もないぞ」

 

ガコガコと手動の窓を開けるキャンディ。

 

「あー…アメリカ人ですか?」

 

「あぁ」

 

下手くそだが、英語が多少は話せるようだ。

 

パトカーには一人で乗っていたらしい。

不用心だ。

 

「免許証と…あー…車両登録証は、ありますか?」

 

「オフィサー、なぜ俺達は止められたんだ?」


「なぜって…リアガラスが割れたまま、走っているからです。

それに、速度オーバーです」

 

にこやかな顔をしているが、メキシカンの警察官の眼は厳しい。

 

「そうか。しかし困ったな。

実は免許証が無いし、何よりも…この車は盗難車なんだ」

 

「…?」

 

あまりにも堂々と意外な事を言い出すものだから、警察官はぽかんとしてしまった。

 

ケーニッヒもキャンディの行動の意図がよめず、怪訝そうな顔をしている。

 

「だから、無免許だと言ってるだろう。

車は盗んだんだよ!」

 

「な…それはいけません!

車から降りなさい!」

 

警察官はギョッとして、腰のホルスターから拳銃を抜いた。

 

「ケーニッヒ」

 

「はい?」

 

「後ろの荷台から、ケースを一つ取ってきてくれないか」

 

「なるほど。承知しました」

 

ガチャ。

 

「ん?こら!何をしているんだ!」

 

車外のケーニッヒが注意される。

 

しかし彼はそれを無視してガサガサと荷台をあさり、金が入ったアルミケースを一つ手に持った。


ガチャン。

 

「どうぞ、お受け取りください」

 

地面に乱暴に投げられたケース。

 

思わず警察官は銃口をそれに向けた。

 

「ひっ…!爆弾!?」

 

「バカヤロウ。爆弾なんか渡すか」

 

キャンディが空いた窓から言った。

 

「こんな距離で爆破したら、私達も死んでしまいますよ」

 

ケーニッヒも苦笑いだ。

 

カチッ。

 

そのまま屈んで、ケースを開く。

 

「おぉ…!USドルだ!神よ!」

 

信仰心が強いのか、感激のあまり神の名を呼び始めた警察官。

 

「それをくれてやるから、大人しく俺達を見逃してはくれないか?

さらに、他の警察からの邪魔も入らないように裏で段取りが組めればありがたいんだが」

 

「これをもらってイイのですか。しかし…!私は一介の駐在員にしか過ぎず、そのような力など」

 

グラグラと揺れ動く彼の心。

 

安月給でつなぎ止められる正義など、薄っぺらいものだ。

 

「こ…これが、ニセ札である可能性もあります。

違いますか?」


「ふん。受け取りたくないような口振りだな、オフィサー?

確かに、何も『無理に』受け取って欲しいわけじゃないんだよ。

もしかしたらアンタが必要としているのでは、と思ってな。少し気をつかったのさ」

 

これだ。

 

アイス・キャンディの腕前が見て取れる。

 

あくまでも下手には出らず、相手にきっかけがあるかのように物事をすすめていく。

 

「そんな!私は一言も、そんなことは言っていない!」

 

「しかし、アンタが言うにはソイツがニセ札の可能性があるんだろう?

持って帰って調べてみればイイじゃないか。

何も警察官として恥ずかしい事をするわけではない。『持ち帰って』確認するだけだ」

 

上手い。

 

まるで人の深層心理を見抜く詐欺師だ。

 

「しかし…!第一、なぜこんな大金を運んでいるんだ。

普通では考えられない事です」

 

「そんなことはどうだってイイ。

大事なのは、アンタが真面目に仕事をするのかどうなのかという事だけだ」

 

キャンディの唇がニヤリとつり上がった。


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