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Crap Ur Handz  作者: 石丸優一
14/34

Foe Tha Love of $

『$…ドル、金』

「…あぁ。分かった。それじゃ、次に話すのは直接会ってからだな。

とりあえず、奴等はどうするつもりだ?」

 

「言っただろう。それは個人的な事だ。

…とにかく、仕事に支障は無さそうだな」

 

「無論だ。もしそうならば、さっさと消している」

 

スタンリーが電話でRGの事についてキャンディと話している。

 

「一筋縄ではいかないぞ。

少なくとも、俺が知る中では最もズル賢い人間。いくら優秀なお前達でも、仕事を抱えたままで遊ぶには荷が重すぎる」

 

「俺達をなめるんじゃねぇよ。一筋縄ではいかないのはお互い様だぜ。

ただし、相当な事が無い限りは奴等の事など問題視出来ないがな」

 

「おい、スタンリー。そろそろだぞ」

 

ロブスターが横から言った。

 

「分かった。じゃあまたな、アイス・キャンディ」

 

「しっかりな。サンディエゴで待ってるぞ」

 

その返事をすべて聞き終わる前に、スタンリーは通話を終了させていた。

 

ガチャ!バタン!


 

「やぁ、こんにちは。君達が仕事を引き継いでくれる人間かね?」

 

警備会社の人間の一人が馴々しくも話し掛けてきた。

 

「そうだ」

 

スタンリーが応える。

 

もちろん、ロブスター達の見た目からしてそんなわけは無い。

 

「そうか。では、運び出すまでにもう少しかかるから待っていてくれ」

 

何も警備員がバカなわけでは無い。

 

これは、すべて仕組まれている。

つまり、彼等はアンジーの言う『協力者』であるという事だ。

 

「順調順調」

 

ロブスターがニコニコと可愛らしく笑っている。

 

「驚いたな。本当にイイ仕事をしやがる」

 

スタンリーの言葉はキャンディとアンジーの二人に向けられたものだ。

 

「金は道筋を立ててやれば、流れ込んでくるんだよ。

汗水垂らしてせっせと働く奴等ってのは、気が狂ったか、道を知らないかのどちらかだ」

 

「そうだな。車はどちらを使うんだ?」

 

似合わない理論を発しているロブスターの言葉を流して、スタンリーが言った。


「出来るだけ、俺達が乗ってきた車に積みたい。

どうしても乗せられねぇって分は、コイツを借りるしかないだろうな」

 

「分かった。真直ぐサンディエゴへ?」

 

「もちろんだ。デカいヤマはロサンゼルス。

こんなはした金、トンズラこくにもバカバカしい」

 

「それは言い過ぎだろう」

 

銀行の支店、一軒分の金庫の金をはした金扱い。

ロブスターが大人になっている未来が末恐ろしい。

 

「スタンリー。アイツらは、最後までついてくる気だろうか?」

 

「変なアジア系の奴か?振り切れなけりゃ、キャンディと鉢合わせだな」

 

「目的が分からないんだよ。

奴等が実はキャンディの顧客で、取り引きがしたいのか、殺したいのか。それとも、キャンディと一杯ひっかけたいだけなのか」

 

もちろん最後の言葉は冗談だ。

 

 

次々と金が運び出されて、警備会社の車に積まれている。

 

だが、銀行の目の前でロブスター達の車に積み替えるわけにもいかないだろう。


 

 

三十分程度の時間。

 

作業は終盤を迎えていた。

 

「もう少しみたいだ」

 

「予定通りとは言えないな。もっと早く出発できると思っていたが」

 

スタンリーは少しそわそわしている。

 

「ほら、終わりだ」

 

警備員達が十三名。

裏口から出て来た。

 

一人が扉の鍵をかけている。

 

「防犯カメラがあるな」

 

「こけおどしだよ、あんなもんは。

何が写ってるのかなんて分かりゃしない。それに、キャンディ達はそっちにも手を回してるはずだ」

 

確かに当時の防犯カメラの画質の悪さはなかなかのものだ。

もはや笑うしかない。

 

 

少しざわついていた同志達も、作業の終了に気付いて静まった。

 

「お待たせ」

 

扉の鍵を締めていた警備員がやってきた。

 

「では、預かりたい」

 

スタンリーが言う。

 

「どうぞ」

 

ガチャガチャと、ワゴン車の鍵を差し出した。

 

「いや。実は、出来る限り俺達の車に積み替えたくてな。

お前等の車は極力借りたくない」

 

「なんだ、それは?

予定変更のようだな」

 

「場所を変えよう」


スタンリーはすぐに車へと乗り込み、それを発進させた。

 

警備員達はやれやれと首を振ったが、サンフランシスコ班の車に続いて移動していく。

 

さらに、それを見たカワノもまた、尾行を再開した。

 

 

 

「何をしてるんだ?ちょこまかと動き回って」

 

フォレストは不機嫌だ。

 

「手荒な真似は一切無かったが、金を盗むのは間違いないな」

 

「警備会社や銀行側の人間を買収したってのか?

アシはすぐにつく」

 

「知らねぇよ、そんなことは。

それで双方が納得してるんだろうよ」

 

RGはトントン、と紙箱を叩きながらタバコを一本取り出した。

 

「『立体駐車場に入ります。

中まで尾行しても大丈夫ですか?』」

 


カワノが振り返る。

 

確かに現金輸送車が、車体から天井までギリギリの立体駐車場へと入っていく。

 

中まで追いかけると、逆にこちらも逃げ場を失う。

 

「『行け。俺達が気にくわないならスタンドあたりでとっくに仕掛けてきてる』」

 

「『分かりました』」


グルグルと駐車場内を回りながら、一階、二階と階数を上がっていく。

 

壁も床も、ただただ灰色のコンクリート。

まったくもって面白みの無い建物だ。

一定の間隔をおいて設置されている、矢印を掲げた誘導灯に、蛾や羽虫が何匹もくっついていた。

 

 

キャキャキャ、とタイヤがコンクリートにこすれる音が駐車場内に響いている。

 

RG達のBMWだけでは無い。

ロブスター達や警備会社の車のものも聞こえる。

 

一体どこまで上っていくのか、しばらく同じ光景、同じハンドル操作を繰り返すカワノ。

 

車線の真ん中にある白線だけをジッと見つめていた彼の肩に、手の触れる感触が走った。

 

「『おい、止まれ』」

 

「『はい』」

 

RGの手だ。

 

後ろを振り向く事もなく、カワノは従順に対応した。

 

「『タイヤの音が鳴り止んだ。おそらくこの上の階で奴等は停車してる』」

 

「『なるほど』」

 

「『そこに車を停めろ』」

 

RGは乗用車が数台止まっているスペースを指示した。

確かにそこなら目立たない。


 

「『降りる。お前等はここに』

おい、フォレストさんよ。様子を見に行くぞ。ついて来い」

 

「分かった」

 

フォレストが先に助手席から降りる。

 

すぐに、ゆっくりとドアを開けるナカムラ。

後部座席の真ん中に座っているRGを車から降ろす為だ。

 

「『お気をつけて』」

 

深々と頭を下げて、彼はRGを送り出した。

 

 

本来ならば車が走る駐車場内の坂道を、歩いて進む二人。

 

フォレストもRGも、完全に足音を殺している。

捜査に手慣れたフォレストも、以前キャンディの前に背後から忍者の様に現れたRGも、忍び足はお手の物だ。

 

「…」

 

フォレストが無言のまま、指差す。

 

話し声が聞こえる。

 

RGがスロープを上がり、柱の陰から頭だけを出して状況を確認した。

 

「早く積み替えろ!ある程度、サツは問題無いとは聞いてるが、急いだ方がイイ!

おい、手が空いてる奴も加勢しろ!」

 

スタンリーが怒号を響かせている。

 

金の積み替えがスピーディに行われていた。


「…奴等は何をしてるんだ?積み替えるくらいなら、なぜ始めからここで落ち合わない?」

 

これは物陰にいるフォレストだ。

 

「理由なんかどうでもイイんだよ。

俺はあの金には用など無い。アイツ等の好きにさせておこうじゃないか」

 

「アイス・キャンディに直結している事件だとイイがな」

 

この意見は見事に的中だ。

 

「遠く離れたカリフォルニアで、キャンディの名前を出して話してたんだ。

間違いなくアイツも噛んでるはずだがな」

 

「新しい偽名や通り名を使うくらいの知恵は無かったのかね」

 

金の積み替え作業のおかげで、色んな音が響いているので、もはや二人は声を潜めたりせず普通に会話している。

 

もちろん身体を隠してはいたが。

 

 

「よーし!終わりだ!これ以上は積み込めない!」

 

スタンリーだ。

 

みんなが手を止めた。

 

「バカか、スタン!まだキレイに輸送車一台分の金があまってるぞ!

どうにかしないと無駄だぜ!」

 

ジャックが抗議している。


ここで、ロブスターがツカツカとスタンリーに歩み寄った。

 

スタンリーが屈み、ロブスターと向き合う。

 

ロブスターが何やら耳打ちしているようだ。

 

「…なるほど」

 

彼が返事をするとロブスターはスッと離れ、そのまま自分が乗ってきた車の助手席に乗り込んだ。

 

 

今度は、言伝を受け取っているスタンリーが警備員の一人に近付く。

 

銀行の扉の鍵を締めていた男だ。

おそらく彼が班長だろう。

 

「一台、拝借するぜ」

 

「車をか?構わない。何なら全部持って行ってもらってよかったんだがな。

残りを処分するのが面倒で仕方ない。

引き継ぎはそういう予定だったが、変更されてしまっては困るな」

 

「…」

 

ガチャ!

 

「はっ!?」

 

突然スタンリーが短銃身のサブマシンガンをベルトの背面から二丁取り出すものだから、その場にいた人間すべてが度肝を抜かれた。

 

パパパパァン!

 

パパパパァン!!

 

響き渡る銃声。


「な、何をしてるんだ!!」

 

「おぉ、スタンリー!やっちまえ!」

 

「やめろぉ!!」

 

サンフランシスコ班と警備員達。

両方から声が上がっている。

 

しかし、銃弾は人に当たる事なく、すべて警備会社の車へと命中した。

 

パパパパァン!

 

パパパパァン!

 

もちろん、金が残っている輸送車だけは無傷だ。

 

「おい!やめろ!」

 

「ははは!やれやれ!」

 

つまり、突然彼が始めたのは廃棄車の『処分』だ。

 

 

ボウッ!!

 

一台の車から火の手が上がった。

 

「ヤバイ!爆発するぞ!スタンリー!」

 

「うわっ!こりゃマズい」

 

カチッ、カチッ。

 

「…」

 

弾ぎれになった銃を投げ捨てるスタンリー。

 

「何のつもりだ、アンタ!」

 

「たった今、お前から処分が面倒だって注文があったんでな」

 

「ふざけるな!」

 

幸いにも車から上がっていた火は、すぐにフッと消えた。

 

「よし、行くぞ!てめぇら!」

 

動かなくなった車と警備員達を残し、ロブスター達が出発する。


 

「あっはっは!」

 

助手席ではロブスターが腹を抱えて笑い転げている。

 

「そんなにおかしいか?」

 

「当たり前だ!見たかよ?警備員達ときたら、笑わせてくれるぜ!」

 

スタンリーは頭を掻いた。

 

「実は、楽しむ為だけにあんなことをさせやがったのか?」

 

「いや、もちろんそんなつもりは無いんだけどな。

ぷっ…半分…ケツが見えたままハイハイして逃げ惑ってる奴が一人いたんだよ!あはははは!!

アイツはコメディアンになるべきだ!」

 

「チッ…キャンディが描いた絵に支障が出ても知らないからな」

 

キャキャキャ!

 

タイヤを激しく鳴らしながら、彼らは立体駐車場を飛び出した。

 

「キャンディやアンジーって女が、アイツらをいくらで買ったのかは知らないが、タレ込むかもしれないぞ」

 

「言ってろ、スタンリー。お前は何も分かっちゃいねぇよ」

 

 

一行はそのまま、真直ぐサンディエゴへ向かう。

帰り道は行き道以上の長旅だ。


 

 

数分前。

 


パパパパァン!

 

パパパパァン!!

 

「…な!」

 

「シッ…!声を出すな…!」

 

突然の銃声に驚いたRGの口を、フォレストの大きな手がふさいだ。

 

「クッ…何をしやがる?

気安く触るんじゃねぇ」

 

ひそひそとした声で悪態をつきながら、RGはフォレストの手を押し退けた。

 

「アシを奪って逃げる気か…?何か、もめたのかもしれん」

 

「奴等の事情なんてどうでもイイ。おい!アイツら、動くかもしれないぞ…!」

 

「マズい。火も上がってる!早く車に戻ろう…!

おそらく奴等は、一気に駐車場内から飛び出していくぞ」

 

バタバタと足音を響かせて、二人は戻っていく。

 

「はぁ、はぁ!急げ、フォレスト!」

 

スロープを全速力で駆け下りて、車のドアに手をかけた。

 

その時。

 

ブォォ!

 

キキィ!!

 

ブォォ…!

 

いくつものエンジン音とタイヤの音が、彼等のすぐ後ろを通過して行った。


ガチャ!バタン!

 

ガチャ!バタン!

 

「『カワノ!』」

 

「『はい!追います!』」

 

慌てて車に飛び込んできた二人。

 

RGなど、ナカムラが席を下りてドアを開ける前に飛び込んできたので、先程とは座る位置が逆になっている。

 

もちろんそんなことを気にしている暇などない。

 

 

RGの声で、カワノはアクセルを踏み込んだ。

 

命令や指示ではなく、単に名前を呼ばれただけだが、目の前を走り抜けて行った車達を見れば、やるべき事の察しはつく。

 

 

「『左だ!見失うなよ!』」

 

「『はい!』」

 

まるで日本の走り屋の様にタイヤを滑らせながら、BMWは追跡を開始した。

 

 

「ここまでやったんだ。そろそろアイス・キャンディの尻尾を掴めるかもしれんな」

 

「俺もそう思う。仕事は終わったみたいだ。後は親玉の元へ戻るだけだろう。

奴等は俺達がキャンディに会いたがってる事を知ってる。今からが、最も慎重になるべきだ」


 

彼等はロブスター達がどこへ向かうのかを知らない。

 

行き道でもハイウェイを使わなかったが、帰り道でもそれは変わらない。

 

ロブスター達の側から考てみると、ハイウェイとは違って一般道ならば障害物があり、追跡の手を免れる事は比較的容易だ。

 

だが裏を返せば、追いかけられている事に気付き辛い。

 

逆にRG達の側から考えるならば、ハイウェイは隠れる場所が無くバレバレ。

 

一般道は気付かれ難いが、目標を見失いやすい。

 

 

「『リョウジさん。

確か、ロサンゼルスの北辺りでアイツ等と出会いましたよね?』」

 

久々に口を開いたのはクサナギだ。

 

「『そうだ。おそらくそこまでは戻るはず。

それから先は予測不能だな。

俺達に気付いているならば、引き離しにかかるだろう』」

 

「『攻撃…ということも有り得るかもしれませんね。

そうなれば多勢に無勢です』」

 

ナカムラが言った。

 

「『ははは。さすがにやり合うのは避けたいがな』」


「『しかし…このデカは、勇敢にも戦おうとするかもしれませんね』」

 

クサナギが示しているのはフォレストの事だ。

 

「『そんなことはどっちでもイイ。結局コイツは、あまり役に立たなかったからな』」

 

「『果たしてそうでしょうか?』」

 

ナカムラだ。

 

「『何が…だ?車代を出す金ヅル役には最適かもしれないか?

それなら大いに役に立ったと言い直そう』」

 

プッ、とカワノが吹き出している。

 

フォレストは腕を組んだままだ。

 

「『それもあります。ですが、奴等が堂々と金を盗むところを彼は見ている。

それでも手出しはしませんでした。刑事と言う肩書きを捨ててまでキャンディを追っています。

…厳密に言えば、カタキは我々なのですが』」

 

「『ほう?』」

 

「『ですから…彼が本気で動くのは、キャンディを目の前にした時。

それまでは木偶だとしても、キャンディの捕縛には最大限尽力してくれるはずです』」

 

冷静に聞こえるが、ヒドイ物言いだ。


 

 

「聞いたか、ニガー?」

 

「何をー?」

 

ドープマンの手でジャラジャラと牌が混ぜられる。

 

レモンの家。

 

車を道路脇に出し、ドープマン、ダグ、リッキー、レモンの四人はガレージの中でテーブルを囲んでいる。

 

テーブルの上にはドミノと呼ばれるゲームが置いてあった。

しばしばドミノ倒しに使われるものだが、彼等は本来のルールで楽しんでいた。

 

「知らねぇのかよ、ドープ。コンプトンブラッズだよ!」

 

リッキーが声を張り上げる。

 

「コンプトンブラッズ?ファンキーのとこ?

何かあったの?」

 

牌を混ぜる手を止め、缶コーラをグイッと一口。

 

「呑気な奴だな。すげぇ騒ぎだったらしいぞ。

派手にドンパチやったみたいだ」

 

リッキーに代わってダグが言った。

 

「え!そうなの?荒いなぁ」

 

「それだけかよ!緊張感持てよ!」

 

「あはは。あんまり目立つと叩かれるよ」


緊張感が無いのはここにいる全員だ。

 

サンフランシスコやサンディエゴで同志達が戦っている中、自分達はゲームに興じているのだから。

 

「で、今度はどことやり合ったんだ?」

 

レモンが自然と会話に入ってくる。

 

「どこどこぉ?」

 

ドープマンも乗ってきた。

 

「…警察だとよ」

 

ダグがつまらなそうに首を振りながら言い放つ。

 

「ええぇぇ!?何やってんだよ、それ!」

 

「え?誰だって?」

 

ドープマンは驚いたが、レモンはなぜか聞き取れていないようだ。

 

「まったく、バカだって話は聞いてたが…ついにやりやがった。

アイツ等には関わらない方が良さそうだぜ!

まぁ、ドープが言うことも一理あるわけだ」

 

リッキーがタバコをふかした。

 

「おーい、誰なんだってば?」

 

レモンは隣りにいるドープマンの身体を人差し指でつついている。

 

「あー…ハゲレモンがうっとおしいよぉ」

 

「なっ!?うっとおしい!?何の話だ!?」

 

今回は自分への文句にさえ気付いていない。


「結局、捕まったの?」

 

「知らねぇ。でも、俺達にさえ簡単に流れてきてる情報だぜ?

賢いお巡りさん達は、とっくに見越してるさ」

 

リッキーは話題を持ち掛けてきた割りには、まったく興味が無さそうに牌を手に取り始めた。

続いてダグも五枚の牌を掴む。

 

ゲームは続行だ。

 

「おい、お前等!無視するなって!

誰と誰がやり合ったって!?そして、なにがうっとおしいのか教えろよ、ドープマン!」

 

「めんどくさ…」

 

「レモン!早くしろよ!」

 

ダグとリッキーが返す。

 

「えっ!?ごめ…おい!また酸っぱいあだ名で呼びやがって!」

 

謝りかけながらも、さすがに気付いたレモン。

 

だが、きちんと言われた通り牌を取る辺り、可愛げがある。

 

「さーて、仕事の前にひと稼ぎさせてもらうかぁ」

 

「バーカ!それはこっちの台詞だっての!」

 

ドープマンとリッキーが冗談を飛ばし合う。

 

その時。

 

ピリリ…ピリリ…

 

ドープマンの携帯電話が鳴った。


「もしもーし」

 

間延びした声で電話に出るドープマン。

他の三人は動きをピタリと止め、注目する。

 

「あぁ、なんだ。アンタかぁ」

 

「キャンディか?」

 

横からダグがきいてきた。

 

ドープマンがうなずく。

 

 

「そうなんだ。そりゃよかったなぁ」

 

こうして彼が話している相手はもちろんアイス・キャンディだ。

 

「分かった分かった。気をつけてね。

またあとでー」


プツッ。ツー…ツー…

 

どこかの子供が、軽い遊びの約束でもこなすかの様な電話の切り方だ。

 

「何て言ってた?」

 

これはレモンだ。

 

「サンフランシスコ班は成功したらしいよ!みんな無事でサンディエゴに向かってるみたい。

サンディエゴ班もそろそろ到着だってさ」

 

おぉ!とみんなが沸く。

 

「それから、ロサンゼルス班にもゴーサインだよ。アイツらを集めなきゃ」

 

「マジかよ!?まずそれを言えっての!」

 

リッキーがバン!と牌を置いた。


 

 

アンジーは控えているが、事実上ロサンゼルス班の動きは一切をドープマンに任せられている形だ。

 

レモンの家の前には、チェスター・クリップの面々がズラリと集合していた。

 

「いよいよか!大都会ロサンゼルスに向かうんだな!」

 

「アイス・キャンディって奴はいけ好かないが、派手に稼がせてもらおうじゃねぇか!」

 

「もし上手くいったら、アイツを認めてやるよ」

 

それぞれが思い思いの言葉を口にしている。

 

集まったのは合計で五十人程度。

少し増えているように感じる。

 

「ドープ!久し振りだな」

 

「よう、ドープマン!」

 

ドープマンがガレージの中からひょっこりと現れると、メンバー達がハンドサインを出しながら挨拶をしてきた。

 

ドープマンと拳をぶつけ合ったり、握手をしたり、少し屈んでハグをしている人間もいる。

やはり彼は人気者だ。

 

「コホン…!えーと、みんなー!よく集まってくれたね!」

 

ドープマンがスピーチを始めた。

 

「急な話だけどさ、今から仕事なんだよ!

この間言ってたデカイ仕事さ!」

 

そんなことは知ってるぜ、とヤジが飛ぶ。


みんなのモチベーションはかなり高いようだ。

 

「ドープ」

 

「ん?」

 

ここでダグが耳打ちする。

 

「このまますぐに向かうのか?真っ青だぜ」

 

ダグが言う『真っ青』とは、何も顔色の事を言っているわけでは無い。

 

「ウチが何か怪しい動きをしてるのがバレバレだって言いたいんだろ?」

 

ドープマンがニコリと笑って言った。

 

「あぁ」

 

「そんなことはどっちにしろ、ナンバープレート調べたら分かるよ。

目立っちゃうかもしれないけど、それはどこのセットが出てっても一緒だと思うなぁ」

 

「そうか。お前がそう考えてるんなら、俺は何にも言う事は無いぜ」

 

二人が話しているのは、派手なカラーギャング達の服装の事だ。

 

こんなに大人数の屈強な若者達が青い服を着て大都会をウロウロしていたら、嫌でも目立つ。

 

それでもドープマンはこのまま行くと言っているのだ。

 

「夕方、閉店後が仕事だよ。それじゃあみんな、行こうか!」

 

全員から『C』のハンドサインが高々と上がった。


 

 

カリフォルニア州、サンディエゴ、国境付近。

 

「これは…噂には聞いていましたが、なかなかの迫力ですね」

 

ケーニッヒが声を掛ける。

 

「そうだな。ここまでヒドイとは」

 

アイス・キャンディは、国境線を示す鉄柵からメキシコの大地を見つめていた。

 

彼がヒドイと言ったのは、壁や柵にそってズラリと並べられている棺桶、立てられている十字架。

国境を越えようともがいて殺されてしまった人々のものだ。

 

様々な供え物やメッセージがあって華やかだが、見ていて気持ちが良いものでは無い。

 

「ロサンゼルス班の仕事が終わり次第、俺達も行動に移すぞ」

 

「分かりました。そう長くはかからないでしょう」

 

「ふん。さほど興味は無いが、さすがに上手くいく。

こんなに面白い事件、メディアが放っておきはしない。

すぐに全米に広まるだろうな」

 

スウェットのフードが風になびいている。

 

「キャンディ。貴方は不思議な人だ。

何が本心で、何が偽りなのですか?」

 

「…」


いつものように、深々とフードを被りなおすキャンディ。

 

「貴方は、誰にも何も見せてはくれないのですね?

…ま、私も似たような者ですが」

 

確かに、ケーニッヒの凛とした顔立ちは偽りだ。

初めて出会った時の老人の姿からは想像もつかない。

 

「それでは、準備を始めますか」

 

「あぁ。せっかく一緒に来たんだ。

お前には最大限の仕事をしてもらわないとな」

 

 

 

キャンディ率いるサンディエゴ班は、ケーニッヒの持ち込んだマスクによって別人へと変貌を遂げた。

 

ケーニッヒは中年のラテン系の男の顔。

キャンディは人種こそ黒人のままだが、火傷のようにただれた顔では無くなり、目がギョロリとした男の顔。

 

他のメンバー達にも特殊マスクを被せた。

 

車には偽装ナンバープレート。

身分証も巧妙に出来た偽物をわざわざ作っている。

 

 

「能力さえ揃えば、頭数は必要無い」

 

銀行の近くに車を寄せ、キャンディの口から出た言葉だ。

 

「鳥肌が立ちましたよ。

サンフランシスコ班とロサンゼルス班は…

 

 

『必ず殺される』だなんて」



 

 

「ん…?」

 

サンフランシスコ班。

 

サンディエゴへ向かって先頭を走るスタンリーが何かを発見する。

 

「どうした?」

 

助手席にうずくまって仮眠を取っていたロブスターが顔を上げる。

 

「何か…前に変な車がいるんだ。

あれはなんだ?」

 

彼等が走る前に、黒塗りのSUVの群れ。

 

「…確かに妙だな。迂回するか?」

 

「そうだな…

んっ!?」

 

キキィ!!

 

その群れが急ブレーキを踏みながら車体を横に向け、停止し始める。

明らかにロブスター達を塞き止める為の動きだ。

 

「クソ!何者だ!?わけが分からねぇ!」

 

スタンリーはブレーキを力一杯踏みながら、ハンドルを左に切った。

もちろんUターンをする為だが、後続の同志達の車が混乱を始めたのは言うまでも無い。

 

「なんだなんだ!!邪魔されてるのか!?

ふざけやがって、マザーファッカーがぁ!」

 

ロブスターが怒号を上げている。

 

ガシャン!

 

ガシャン!

 

当然、車が勢いよく衝突する。


ピピィー!

 

誰かの車のクラクションが鳴る。

 

「逃げるぞ!ベルトを締めろ!」

 

「チィ…!」

 

接触を免れているスタンリー達は逆走を始めた。

 

後続車も謎の阻害者に気付いてそれに続こうとする。

しかし何台かはもつれ合って身動きが取れない。

 

 

ダダダダ!!

 

バァン!バァン!

 

轟音。

銃声だ。

 

ビクリと反応したスタンリーがルームミラーをのぞき込んで後方を確認する。

 

「撃ってきやがった!金目当てか!」

 

「そんなわけねぇ!なぜ情報が流れるんだ、スタンリー!?警備会社側の人間だとでも言うのかよ!」

 

不測の事態に、さすがのロブスターも取り乱している。

 

パァン!パァン!

 

サンフランシスコ班も、手持ちの心許無い拳銃で応戦。

 

だが、頑丈なSUVの壁を打ち崩す事は出来なかった。

自分達が逃げる隙を作る為の牽制のようなものだ。

 

ダダダダ!!

 

ダダダダ!!

 

同志達がケガを負っているのかは分からないが、一台、また一台と動きが止まっていく。


「…!」

 

道を塞き止めていたSUV達の内の三台が動き出した。

動かずに残っている車もいる。

 

「追ってくるぞ…!」

 

いくら踏み込んだところで、アクセルはすでに全開だ。

 

BMWが一台、一本道をこちらに向かって走ってきているのをパスする。

 

もちろんそれはRG達の車だ。

 

ダダダダ!

 

バァン!バァン!

 

パスしたBMWには目もくれない追跡者。

ひたすらロブスター達、サンフランシスコ班をつけ狙っているようだ。

 

「あのアジアンの連れだ!間違いない!」

 

確かにそれなら合点だ。

しかし、このスタンリーの読みははずれている

 

「あのビーマーはアジアンか?

余計な事を…キャンディに繋がねぇ腹癒せか!」

 

ダダダダ!

 

ダダダダ!!

 

車内に激しい衝撃が走る。

 

被弾したのだ。

 

 

バァン!!

 

 

二人の目の前は真っ暗になった。


 

 

ほぼ同時刻。

 

ロサンゼルス、コンプトン市。

 

「ちょっと待てよー!」

 

女の声で出発を妨げられる。

 

「げ!やっべぇ…」

 

「アンジー!」

 

リッキーとドープマンが驚いて言った。

 

「いつからいたんだ?」

 

「最初からだよ」

 

ダグの質問に、アンジーはツンとした表情で返す。

 

「最初から?気配を消すなんて、気持ちの悪い事するんじゃねぇよ!」

 

「アタシを出し抜こうったってそうはいかないぜー!そっちの方がタチの悪い話だ、リッキー。

ちょっと携帯電話を預けたらこのザマだからな」

 

「ごめんね。アンジーの事…わ、忘れてた」

 

ドープマンの目は泳いでいる。

 

完ぺきに嘘だ。

 

「ま、お前達の考えそうな事だよ。

どう見たってB.O.AのL.A.支店は他の二つよりも単価がデカイ。

キャンディは人数の点でチェスタークリップを指名したんだろうけど、しっかりとアタシがお咎め役として補佐するからな。しっかりやろうぜ」


しかしこのアンジーの意見は半分だけ間違っている。

 

ドープマン達は、キャンディに対して裏切りを働こうと思っているわけではない。

ただ単に、アンジーを抜いた『チェスタークリップ』として自分達だけで自由に仕事を終わらせたいと思っていただけなのだ。

 

「それじゃあ…アンジーは、俺と一緒にレモンのタクシーに乗るかい?」

 

ドープマンが仕方なくアンジーに同乗を誘った。

 

「あははは!それじゃあ、お邪魔しようかね」

 

甲高い笑い声を響かせながら、アンジーはレモンの車の助手席へ。

 

ドープマンは後部座席に乗り込み、ダグが車椅子だけをその横に放り込んでくれた。

 

レモンはもちろん運転手で、リッキーやダグは別のメンバーの車に乗る。

 

キュルル…

 

ブォォ…!

 

次々と複数の車のエンジンがかかった。

 

大抵はポンコツのジャンクジャンカーだが、中にはキレイに磨かれたローライダーもある。

 

さすがはギャングだ。

やんちゃな香りがプンプン漂っている。


だが、彼等はまだとんだ誤算に気付いていない。

 

実用性のまったく無い乗用車やクーペばかりなのだ。

 

これでは車に大量の現金を積む事など不可能。

サンフランシスコ班と同じ手口で金を盗む気ならば、ほとんどの現金輸送車を頂戴する必要があるだろう。

 

つまり、大行列での移動となる。

 

 

「ふんふーん。ふんふーん」

 

「何の歌ぁ?」

 

レモンの鼻歌に反応したのは後ろに座るドープマンだ。

 

アンジーは手帳を開いて、何やらメモを書き込んでいる。

 

「ふーん。ふふん、ふーん。」

 

「ねぇねぇ、レモン。何の歌ぁ?」

 

「ん?よう、ドープ。

一緒に歌おうぜ」

 

やはり彼とまともな会話は成立たない。

 

「ふーん。ふんふーん」

 

「…ふ、ふーん」

 

「違う!『ふんふーん』だ!

あと、誰か俺が嫌いなフルーツの名を呼んだか!?」

 

時間差でツッコんできた。

 

「お前、うるさい」

 

だが、アンジーの冷ややかな声が横から入ってくる。


「ふーん…ふーん…」

 

レモンはショボンとした反応を見せ、つぶやくように鼻歌を歌い始めた。

 

ドープマンはどう真似をして良いのか分からず口をパクパクさせているが、声は一切出ていない。

 

「あのさぁ」

 

「ふん…?」

 

「お前、運転技術がすごいらしいじゃん。

後ろにいるドープから、なんとなくはきいてるぜー」

 

アンジーはクリスティーナと面識があるだけで、ドープマンと関わりは深くない。

もちろん、アンジーは彼の事細かな情報を握ってはいるのだが。

 

「おう!俺様のドラテクはL.A.で一番だぜ!

さすがにアンタの耳にも入っちまったみたいだな」

 

「そりゃ楽しみだね」

 

図に乗るレモン。

 

「なんだなんだ。激しいカーチェイスがこの先に待っていると言うのか!

任せてくれ。後ろの奴等が脱落していこうとも、必ずや俺だけは境地を脱して見せるからよ!」

 

レモンの独壇場はクライマックスだ。

 

「ん」

 

アンジーの返事。


「ていうか、みんな無事じゃないとダメだよぉ。

リッキー達やみんなを置いて逃げるなんて」

 

ドープマンが後ろから注意してきた。

 

「悪いけど、奴等が俺について来れなきゃそこまでだぜ!

ストリートで生き残るのは一番早い奴だけだ!」

 

以前行われた公道レースの話だろう。

だが、形は違えどチェスタークリップというギャングもストリートを生き抜いてきた悪童達だ。

 

「もう!ピストル一丁握れないくせに、ステアリング握ると強気なんだから!

帰ったらホットレモンティー飲ませてやるからね!」

 

ドープマンはカンカンだが、果たしてそんな事がレモンにとってのおしおきに…

 

「ひぃぃ!いやだぁぁ!」

 

なった。

 

 

 

数十分後。

 

「はい。到着。で、俺は何をすればイイわけだ?」

 

「アンジー?手筈は?」

 

レモンとドープマンが同時にアンジーに言った。

 

時刻はPM6:00。

 

帰宅ラッシュと重なってか、中心部はすごい車の量だ。


「ちょっと待ってな」

 

ガチャ。

 

アンジーが助手席から出て行く。

 

バタン!

 

「はぁー…楽チン楽チン」

 

ドープマンはどこに隠していたのか、バージニアコーラの缶を取り出して蓋を開けた。

 

アンジーは後続の車一台一台に声を掛けて回っている。

 

大都会ではあまりにも場違いなクリップスのメンバー達が地に足をつける。

 

「みんな降りてきたぜ、ドープ。俺達は待機でイイのかよ?」

 

「ま、車椅子だし」

 

「なるほど。それもそうだな」

 

なぜかレモンが納得している。

彼は車椅子では無いのだが。

 

おそらく、アンジーが個人的に『レモンは運転意外の作業に使えない』と判断したのだろう。

 

 

近くを走っていく車や、通行人の視線が一気に集まっている。

 

サンフランシスコ班と同様、大きな銀行の前の道には二十台近い現金輸送車。

 

さらに、待ちくたびれた様子の警備員達が輸送車の前でタバコをふかしたり雑談をしていた。


 

 

「待たせたな」

 

ギャングスタ達を引き連れたアンジーが警備員達に言った。

 

「まったくだ!呑気な奴!

あん、女か?」

 

ヒスパニックの若い警備員だ。顔は笑っているが、おそらく立腹している。

 

「女じゃいけねぇのか?」

 

ゾクッ。

 

突き刺さるような鋭い声と視線。完全に威嚇している。

キャンディや顧客には絶対に見せない顔だ。

 

それを見た警備員達は、ゴクリと唾を飲んだ。

 

「そ、そんなわけでは無いがな。それで、金はどうするんだ?」

 

「バカが。受け取りに来てる人間に『どうするんだ』はねぇだろうよ。

さっさともらって帰るだけだぜ」

 

「車ごとか?」

 

「当たり前だ。見ての通り、ギャング共の車はどれも使い物にならない」

 

アンジーが肩をすくめる。

 

「まさか、クリップスが取り引き相手だとはな」

 

「お前達みたいな末端にまでいちいち情報は落とさねぇよ。

おーい、みんな!一人ずつ車に乗っちゃってくれー!」

 

クルリと振り返って同志達に呼び掛けるアンジーは、可愛い笑顔だった。


 

 

ブロロロ…

 

ブォォ…

 

黒い煙を吐きながら、彼女達が颯爽と帰っていく。

現金輸送車は残さず奪って行った。

 

あまりの呆気なさに、警備員達は口をぽかんと開いてそれを見ている。

 

 

「嵐のようにやってきて、去っていったな…」

 

ヒスパニックの若い警備員。

 

「あぁ。こんな事はギャング達が単体で出来るもんじゃない」

 

ポン、と彼の肩を叩いてそう言ったのは、班長である老年の男。

 

でっぷりとしていて恰幅がイイ爺さんだ。

 

「あの女が親玉かな?ギャングには見えなかったし、指示を出してた」

 

「いや、あれは違うだろう。

まだ後ろに控えている奴がいるに違いない」

 

班長は腹をさすった。

 

「どうして分かる、爺さん?」

 

「班長だ。しかし、腹が減った。

明日の言い訳を考える前に、メシでもどうだ?どうせ無職になっちまうんだから、最後の晩餐だ」

 

なるほど。

彼等の買収額は分からないが、職を投げ捨てるのは間違いないようだ。

 

「分かったよ。みんな、晩メシに行くってよ!」

 

「あいよ」

「ういっす」

 

パラパラと返事が上がった。


 

 

いざ。キャンディの待つカリフォルニア最南端の地、サンディエゴへ。

 

 

「ふんふーん、ふーん」

 

「ふんふーん、ふーん」

 

「おぉ!エクセレントだ、ドープ!」

 

レモンのタクシーの車内。

 

再び鼻歌レッスンが始まっていたが、ドープマンのレベルは格段に上がっている。

 

「またかよ…」

 

悪態をついているのはアンジーだ。

 

「ふんふーん」

 

「ふんふーん」

 

「そうそう!エクスタシーだぜ、ドープ!」

 

ちょっと発言がおかしい。

 

「次!ふーん…らららー」

 

「ふーん…らら…え!?ららら!?」

 

「違う!」

 

「鼻歌で『ららら』なんか使わないよぉ!」

 

 

ガシャァン!!

 

「あん?」

 

後ろで大きな衝撃音。

 

「げっ!なんてこった!輸送車が一台吹き飛んでるぞ!?」

 

ミラーを見たレモンは、度肝を抜かれている。

 

ドープマンとアンジーも後ろを振り返った。

 

炎上しながら、あの大きな輸送車が宙を舞っている。

 

信じられない光景だ。


「金がぁぁ!」

 

「そこじゃないだろ!…仲間が!!

死んじゃいないだろうね!?」

 

ハラハラと舞い上がっているであろうドル札を気にしているのはレモン。

仲間を気にしているのはドープマンだ。

 

「レモン!車を停めてよ!」

 

「いや、ダメだ!どうやら追っ手らしいぜー!」

 

「あん!?どっちだよ!」

 

ドープマンとアンジーの意見が割れて、レモンはどうしてイイのか分からない。

 

「いきなり車ごと吹き飛ばされてるんだぞ!

姿は見えないが、無茶苦茶な奴だぜー!」

 

確かに長く並んだ列の先頭を走っているアンジー達からは何も見えない。

 

「戦うんだよ!仲間の命は金じゃ買えない!」

 

「見上げた美徳だけど、アタシは巻き添え食らうのはごめんだ!

止めたきゃ車椅子でも掴んで飛び降りな!お前に何が出来るって言うんだい」

 

「俺はどうしたらイイんだ!?」

 

車内は大混乱。

 

レモンがブレーキとアクセルを交互に踏むせいでガコガコと車体が前後に揺れる。


ドォン!

 

ガシャァン!!

 

今度は衝撃音だけではなく、ハッキリと爆発音まで聞こえた。

 

つまり、もう一台…やられたのだ。

 

「…!!」

 

「またか!やっぱりついて来てやがる!」

 

ビクリとドープマンが後ろを見て、アンジーが叫んでいる。

 

「チッ!お、俺はくたばりたくねぇぞ」

 

「レモン!?」

 

レモンの心は決まったらしい。

 

もう、決してブレーキは踏まない。

 

二台目の現金輸送車は、宙を舞いはしなかったものの、横転して火花を散らしながら動かなくなった。

 

 

謎の追跡者。

 

サンフランシスコ班を襲った連中と手口は若干違うが、間違いなく狙われている。

 

「どこから情報が…堂々とやりすぎたのか…?

いや、それならば銀行前で…」

 

何やら独り言を呟いているのはアンジーだ。

 

「金目当てなら車を吹き飛ばしたりしないよ!

タイヤを撃ち抜くか、ドライバーだけを狙うはずだ!」

 

ドープマンの意見は正しい。


「とにかく逃げるのが得策だ。キャンディに電話を…!」

 

ドォン!!

 

アンジーの台詞をかき消すかのように、再び爆発音。

 

「構うもんか!売られたケンカは買うまでだよ!」

 

「何すんだい!放しな!」

 

アンジーの手に戻っていた携帯電話だが、それをドープマンが奪い取った。

 

「キャンディに電話なんかしたら『出来るだけの金を持ち帰れ』って言われちゃうだろ!」

 

「それの何がいけないんだよ!

このドライバーだって、立ち向かう気は無いんだぜー!?」

 

「レモン!車を停めて!」

 

「やなこった!」

 

レモンが拒否する。

 

『レモン』というニックネームに返事をしてしまっていることも忘れてしまっているようだ。

生命の危機に瀕した時は、細かい事など気にしている暇など無いのは当然のことではあるが。

 

「見えた…はぁ!?一台だと!?」

 

小さく小さく、謎の追跡者の姿がミラーに写っている。

 

レモンが見たのはたった一台の乗用車だった。


 

 

サンフランシスコ郊外。

 

「『クッ…どうなってる、カワノ』」

 

「『何が何やら…俺にも分かりません』」

 

RG達は直接銃撃を受ける被害には合っていない。

 

しかし、そのまま同じ場所にいてもどうしようもなかった。

むしろ、確実に駆け付けて来る救急隊や警察に出くわすと面倒だ。

 

怪しげなSUVの群れは、すべての強盗達の車を走行不能に、或いは破壊すべく走り去っていった。

 

今頃は皆殺しだろうか。

こちらもロサンゼルスと同じく、潰していった車の現金には一切手を触れてはいない。

 

「…どうしたものかな?」

 

「南下だ。ひたすら南下しよう」

 

RGの問い掛けに、フォレストが返す。

 

「なぜだ?」

 

「単純に考えただけだ。

奴等は真直ぐ南へ下っていたからな」

 

「ロサンゼルスに戻るからだろう?」

 

「それもあるが、あれ程の大金だ。

どこへ流したいのか、想像がつかないか?」

 

「メキシコとの国境沿いか…!」


「早速向かおうか」

 

フォレストの考えは理解したものの、RGは納得出来ない。

 

「いや、当てずっぽうにも程が無いか?

無駄な動きだ」

 

「手掛かりはそれしかない。万が一、アイス・キャンディとやらがロサンゼルスに潜伏していたとしても、金を持て余したままで放置すると思うのか?

黒い金は、必ず姿を眩ます。そして白い金の顔をして戻って来るんだよ」

 

「なぜそれが最も危険な直接国外へ持ち出す方法だと捉える?」

 

ぷかりとRGの口からタバコの煙が上がった。

 

「それが、ソイツのやり方だからだ。

直接銀行の警備員から金を受け取る根回しをしていた連中だぞ?

奴等の手口はアナログだ」

 

「確かにそれは言える。

だが、結果は失敗だろう。それを知ってなお、国境に?」

 

「親玉がそれを知る術は無い。壊滅だからな。

失敗しても、ぼやぼやしてなどいられない。必ず、飛ぶ」

 

フォレストは不安定ながらも、自信があるようだ。

 

「ふん。お前の意見は信じられないが…他にやるべき事は、死体に話し掛けるくらいなものか。

『カワノ、南へ向かってくれ』」

 

決まりだ。


 

 

生ぬるく、気持ちの悪い風が吹いた。

 

タクシーの窓は開いていない。

何がそう感じさせたのか、レモンの手のひらはじわりと湿り、ステアリングを危うく握り損ねそうになった。

 

後ろから迫り来る死の恐怖。

車内で騒ぎ立つドープマンとアンジーの論争。

 

彼の…レモンの目付きが変わる。

 

「おい、お前ら」

 

「ん?あの車と戦う手立てが見つかったのかい?」

 

「いや。ぶっちぎるんだよな、ドライバー?」

 

二人が言った。

 

「どっちもだ!なんだか燃えてきた!

これこそ、カーチェイスの醍醐味だぜ!」

 

パトカーに追いかけられながら死線を掻い潜る公道レース。

彼はその時の興奮に似たものを感じ取ってしまったのだ。

 

つまり、覚醒した状態の『本気のレモン』。

 

キキィ!!

 

「…!」

 

横へと押しつけようとする、ものすごい力が三人の身体に襲いかかった。

一瞬で車体はクルリと旋回して、先程までとは逆向きになってバック進んでいた。

 

ブォン!!

 

すぐにグッ、と後ろへと身体を持っていかれる。

 

なんと、敵に向かって急加速しているのだ。


「な、何してんだよ!?」

 

さすがにアンジーの顔も引きつっている。

 

「レモン!車をぶつけるつもりなの!?」

 

後続して走っていた仲間達の車の横をスイスイとすり抜け、最後尾にいるセダンを目掛けて黄色いタウンカーが進んでいく。

 

 

完全にとらえた。

 

シルバーのアキュラ。

 

その後部座席の窓からは、細長い円筒形の物体が見えている。

 

そう。それこそが輸送車を一撃で吹き飛ばしてきた張本人だ。

 

「げっ!とんでもない代物だぜー!

何であんなもんをホイホイぶっ放してやがるんだ!」

 

「ランチャー…初めて見た」

 

アンジーは吠えているが、レモンはポツリと呟いただけ。

 

バシュ!

 

一瞬。

 

円筒形の物体から、弾頭が発射された。

 

なんと、彼等に向けて。

 

ギャン!

 

レモンはハンドルを左に軽く切り、僅かな車体の動きだけで無駄なくそれを躱した。

 

上手いなどというレベルでは無い。

進行方向から放たれたロケット弾を躱すなど、神業としか言い様が無かった。


さーっ、と鳥肌が立ったのはドープマンとアンジーだ。

 

ドォン!

 

どこか遠くから爆発音が聞こえる。

地面にでも着弾したのだろう。

 

「今…横をミサイルみたいな奴がっ!」

 

「すごーい、レモン!あぁー、びっくりした」

 

アンジーの驚愕声にも、ドープマンの称賛の声にも、レモンはまったく興味を示さない。

 

彼はさらにグッと車を加速させた。

 

クリップスのメンバー達は進行方向こそ変えてはいないが、逆走しているドープマン達にひどく驚いている。

 

「ぶつかるぜー!」

 

「ぶつけねぇのが俺のポリシーだ」

 

キャキャ!!

 

最後尾をこちらに向かって走る追跡者のアキュラ。

 

レモンはそれにぶつかる事なく横を抜け、もう一度ターンした。

 

つまり、追跡者の背後を取って走行し始めたのだ。

 

バシュ!

 

二度目の発射。

 

「ふんふーん」

 

クイッ。

 

レモンにとって同じ方向に向かって走っている車から発射されたロケットなど、先程のものに比べたら避ける事は造作も無い。


ドォン!

 

後方から爆発音。

 

「ははは!バカが!無駄だっての!」

 

レモンがはしゃいでいる。

 

「ドープ…確かにお前やキャンディが選んだドライバーなだけはあるよ…大したもんだぜ」

 

「だろ?レモンは最高のドライバーだよ」

 

「おい、一気に詰めるぜ!女ぁ、ランチャー持ってる奴をぶっとばしてやれよ!」

 

「アタシはシャロン・ストーンだよ!名前くらい覚えな、レモン!」

 

アンジーが適当な事を言っているが、彼女もレモンをスティーブと呼びはしない。

 

ブォォ!!

 

アキュラの真横へと迫るタクシー。

 

次の弾頭を装填するまでの僅かな隙を見逃さない。

 

横についた。

 

アキュラの車内には三人。

 

ドライバーの太った男と、後部座席に小柄な男達が二人。

 

目出し帽やバンダナを顔に巻いたりはしていない。

チャイニーズ系の顔立ちだ。

 

ウィィン。

 

アンジーが助手席の窓を開け、拳銃を向ける。

 

「こんばんはぁ」

 

パァン!パァン!パァン!


的確に頭を撃ち抜かれた後部座席の二人。

車内にビュッ、と鮮血が飛び散った。

 

「…!!」

 

ドライバーである太った男が、驚きと恐怖の表情を浮かべている。

 

キキィ!!

 

急ブレーキを踏み、勝手にフェードアウトしていった。

 

「よくやったな、シャロン!

よっしゃ、あとは新たな追っ手が来ないウチに逃げるぞ!」

 

「シャロン?あぁ、アタシか!」

 

「えー!?自分の名前くらい覚えとけよ!何年生きてんだ、お前!」

 

指摘するべき点が少しずれてはいるが、そこがレモンらしい。

 

「レモン、急いで先頭に戻ってみんなをサンディエゴまでエスコートしようよ。これ以上、仲間を失いたくないよ」

 

ドープマンが言った。

 

「よしきた」

 

 

長い車の列をすり抜けながら、今度は先頭へと戻っていく三人。

 

その途中…

 

ドォン!

 

爆発音。

 

「冗談だろう」

 

言葉を漏らしたのはレモン。

 

ルームミラーに見たのは、先程も見た『吹き飛ぶ輸送車』の姿だった。


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