Hello
『Hello…こんにちは』
「あーあー。こんなに散らかしちゃって」
下着姿の女が、銃を拾いあげる。
何ともおかしな光景。
「はぁ…連中、どこのマフィアかねぇ。思い当たる節が多すぎて困るわ」
酒でやけた声でつぶやき、ベッドに倒れ込んだ。
彼女はキャンディの逃亡に手を貸した武器商のブレンダだ。
カチャリ。
「…?」
冷たい金属音。
彼女はうつぶせの状態から、仰向けへとゆっくり転がった。
「あ…!!」
顔に向けられた銃口。
「ハロー」
先程の日本人の男の声。
…
記憶がフラッシュバックする。
「キャンディ…」
パァン!!パァン!!
赤いシーツに真っ赤な鮮血が飛び散った。
…
「『気持ちが悪いものだな』」
「『はい。初めて人が死ぬ瞬間をこんなに間近で見ました』」
ブレンダの亡骸を見下ろす二人。
引き金を弾いたのはオニクラだが、ニシノの手は小刻みに震えていた。
「『違う。死体がどうとかじゃねぇよ。
人を殺す瞬間ってのは、どうにも気持ちが悪いものだって事だ』」
「『なるほど…』」
「『だが、だからといって仲間達の恨みは消えない。
こんなもんじゃ済まされない』」
オニクラの言葉で、工場を爆破された時の恐怖がニシノの心の中によみがえってくる。
「『はい…彼女がその件に関わっていた事は確かです。
殺されても仕方ありません。しかし…真打ちでは無いでしょう』」
「『リョウジさんから聞いてないのか?
奴の始末だって、もはや時間の問題だ』」
「『真犯人ですか』」
ニシノが拳銃を胸ポケットにしまいながら言った。
「『あぁ。どうやらネバダかカリフォルニアにいるらしい。
それ以上に詳しい話までは分からないが』」
「『それは大変だ。ニューヨークから見たら一番遠いじゃないですか。
情報を辿りながら、そんなところまで追いかけて行かれたんですね』」
「『こっちに残っている人間を送りましょうかと進言したが、ご自分で始末したいと言い張られてな。
クサナギとカワノ、それから…ナカムラだったか。とにかく、ソイツらが一緒にいるみたいだ』」
ピリリ…ピリリ…
「『おっ…』」
オニクラが顔をしかめて、携帯電話を手にとった。
RGからだろうか。
ピッ。
「『はい、オニクラです』」
「『俺だ』」
「『あっ、お疲れ様です』」
やはりそのようだ。
噂をすれば何とやら、である。
電話ではあるが、ピシッと背筋を伸ばして固まっている。
「『どうだ。そっちは』」
「『えぇ、アイス・キャンディと繋がりがあった女を一人、始末しました』」
「『女?嫁か?』」
「『いえ、違います。奴が逃走する時に使った車…ソイツを準備する為に手を貸したようです』」
「『行き先は知っていたか?』」
鋭い声だ。
「『いえ、それが…話す前に弾いてしまいまして。
それに、英語なんか『ハロー』以外ほとんど分かりません』」
「『バカヤロウ。ニシノはいるんだろう?アイツなら少しくらい話せたはずだが』」
「『申し訳ありません』」
電話越しでも頭を下げる様子は、アメリカ人からみたらかなり奇妙だろう。
「『ニシノから何となくは聞いていたが、まさか女だったとはな。
何か、キャンディの行き先が細かく分かる様なものはあるか?』」
「『特に見当たりませんが…ある程度の察しはついているのでは?』」
「『ニューヨークナンバーのカローラだ。ちらほらと目撃情報が無いわけでは無い』」
カチリと音がした。
RGが葉巻をくわえ、クサナギあたりが火を点けたのだろう。
「『ふぅ…俺がいない間、ニューヨークの方は頼んだぞ』」
「『はい。お任せ下さい』」
「『ニセ札はお釈迦だが、まだまだ仕事はある。踏ん張ってくれ』」
「『はい。事務所は無事ですし、残った人間達で力を合わせて凌いで…』」
ピッ。
ツー。
「『…いきます。ご連絡ありがとうございました』」
途中で電話が切れた後も、オニクラはきちんと最後まで言葉を続け、頭を下げた。
これは並大抵の人間が出来る事ではない。
もちろんニシノも、電話が切られた事に感付いていた。
「『ニシノ』」
「『はい』」
「『見えなくとも、聞こえなくとも、気持ちってやつは伝わるものだと俺は思うんだよ』」
ニシノは何と応えてイイのか分からずに、しばらく部屋はシンとしてしまった。
「『…武器がたくさんある。
何か使えそうなものはいただいていこう』」
オニクラが言った。
一階のエントランスの真ん前にはバンが一台待機している。
「『あ、はい。そうですね。ここ最近、違法銃は飛ぶ様に売れています』」
金目になりそうな銃を盗むなど、どこぞの若いチンピラやギャングスタ達がやりそうなケチな行動だ。
しかし、現状、弱っている組を維持するには贅沢な仕事ばかりを選んではいられない。
「『カバンでも持って来ればよかったかな』」
確かに手で持てる量には限界がある。
「『取って来ますか?』」
「『いや、このキャリーバッグなんかどうだろう』」
ブレンダの私物であるキャスター付のアルミ製バッグがベッドの横にあった。
金具を外して中を開けると洋服や下着などがギッシリと詰まっていた。
「『旅行にでも行くつもりだったのかね』」
オニクラが容赦なくそれらを床へとぶちまけていく。
床に散らばった物の中には、財布や化粧品もあった。
どうやらどこかへ遠出するのは本当だったようだ。
「『今は…贅沢言ってられませんよね』」
ニシノが財布から現金やカードを引き抜いていると、ヒラリと一枚の航空券が床に落ちた。
「『…ケネディからLAX?』」
拾って読み上げる。
「『どうした?』」
「『航空券がありました。ケネディ国際空港から、ロサンゼルス国際空港行きの』」
「『アイス・キャンディ絡みか?』」
オニクラがチケットを覗き込む。
「『分かりません』」
…
確かにブレンダはキャンディの行き先など知らなかった。
ロサンゼルスへ行こうとしていたのは単なる偶然。
だが、偶然だろうが何だろうが、オニクラ達にはそんなことを知るよしも無い。
…
「『念の為、報告はしておかないとな?』」
「『はい』」
オニクラがゴツイ携帯電話を取り出す。
「『…もしもし、オニクラですが。
ん?クサナギか?あぁ、代わってくれ』」
…
「『俺だ。どうした』」
クサナギが電話を代わり、RGの声が聞こえた。
「『先程話したばかりなのに申し訳ありません』」
「『仏さんのとこで何か見つけたのか?』」
すぐに電話をかけなおした形なので、ご機嫌ななめになるかと思いきや、RGの言葉は淡々としている。
「『はい。カリフォルニア、ロサンゼルス国際空港行きの航空チケットです』」
「『ほう』」
「『この女がアイス・キャンディとコンタクトを取ろうとしていたのかは分かりません。
ですが、何かにおうんですよね』」
これは完全に思い過ごしだが、結果オーライだ。
「『カリフォルニアか…じきに入る。もしそこに定住しているのであれば、車は潰しているはずだ』」
つまり、RG達は車屋やスクラップ置き場を手当たり次第に訪ねて周るつもりだ。
一気にキャンディへの距離が縮まる。
「『お役に立たない情報かもしれませんが、そういう事でしたので』」
「『分かった。ご苦労だったな』」
労いの言葉と共に、通話は途絶えた。
…
…
カリフォルニア州ロサンゼルス、コンプトン市内のとあるゲットーエリア。
「彼等が…キャンディが集めてきた仲間達だね?」
アンジーの家に到着。
デトロイト上がりの連中と、チェスタークリップのメンバー達とが対面した。
この第一声はドープマンのものだ。
「ギャングスタ…さっきの奴等と同じセットか?」
続いてロブスターが発言する。
「そうだ」
キャンディのこの回答は、ドープマンとロブスター、二人の質問のどちらに対しても当てはまる。
「紹介しよう。ドープマン、このチビが『ロブスター』。
デトロイトの裏路地のスターとでも言おうか。ガキにしか見えないだろうが、なかなかのキレ者だ」
「へぇー。すごいすごい!面白そうだね」
「ロブスター。この車椅子に座ってる奴が『ドープマン』。
チェスタークリップを立ち上げた張本人だ。この辺で幅をきかせてる」
「…ヤバイ男?そうは見えないが、お互い様か」
ロブスターはドープマンを一瞥した。
見た目が『子供』にしか見えないロブスター。
中身が『子供』っぽいドープマン。
対照的な二人だが、ひとまず互いに牽制し合うような事態にはならなかったので一安心だ。
しかし…
「なんだぁ!?
かの有名な西海岸のカラーギャング『クリップス』の間じゃあ、車椅子に乗った奴が頭ぁ張れるってのか!
ぬるすぎる世界だな!」
叫んだのは日系のイシザキだ。
この、差別的な発言にダグとリッキーの顔色が怒りに満ちていく。
「…あん?」
「なんだ、このクソヤロウは!ブッ殺されてぇらしいな!」
…
「あはは!ざーんねん!俺はチェスタークリップのプレジでもリーダーでも何でもないからね!」
突如、ドープマンの笑い声が高らかに響いた。
バカにされて笑う事など、普通は考えられない。
みんなの視線が一点に集まった。
「俺がギャングのリーダーだったのは昔の話だからね。
じゃあ、ケンカが強い奴が一番?足が速い奴が一番?頭がイイ奴が一番?
そんなの決めらんないよー。チェスタークリップは、みんなで力を分かち合って暮らしてるんだから」
穏やかで、生ぬるい意見。
「はぁ?」
イシザキには理解不能らしい。
「だーかーら!俺達はいちいち頭だとかそんなことにはこだわって生きてないわけさ。分かんないかなー」
ドープマンが言い直す。
「じゃあお前達みたいな『ギャング』ってのは、友達みたいな仲良しごっこの集まりだって言うのか?」
「いちいち嫌味な言い方する人だなぁ。
俺達は家族なんだ。
おかしくて笑う時も、誰かが傷ついて泣く時も、悪さをする時も、誰かに命令されてやるわけじゃない。
…確かにチェスタークリップを作ったのは俺だけどさ。俺、今はもうギャングスタじゃないもん」
だが、それもこれもドープマンの人柄があってこそ成り立つ結果だ。
「ますます意味が分からねぇ。メンバーじゃないなら、ギャングを抜けたって事だろう。
辞めた奴がどうしてヘラヘラしたまんま、こうやってギャング連中を引き連れてやがる」
「…仕事を辞めたら、家族を辞めるのかい?
それがアンタら『組織』とウチみたいな『家族』との決定的な違いかもね」
「仕事として付き合う仲なのか、地域社会のコミュニティとして共に生活を送るかってところだろう?」
キャンディが助け船を出した。
「そんなことはどっちでもイイ。紹介は済んだのか」
これはロブスターだ。
「あー…そうだな。
おい、ドープマン。
悪く思わないでくれ。ちょっとしたカルチャーショックってやつだろう。
ところで、彼女とは面識が?」
キャンディはアンジーを指差した。
彼女はクリスティーナとは繋がりがあったが、ドープマンに引き合わせるのは初めてだ。
「…?多分、知らないよ」
「はじめましてー」
アンジーがニコリと笑う。
女優だ。
「はじめまして、アンジー。お会いできて嬉しいよ」
「アタシもさ。チェスタークリップが力になってくれるなんてねー」
ドープマンが伸ばした右手を、アンジーが握った。
「彼女は情報屋だ。今回の仕事では大いに力になってくれる」
「それはイイね。
アンジー、俺の横にいるのはダグとリッキー。大の仲良しなんだよ」
…
…
数日後。
再び、床に広げられた地図。
「…というわけだ。アンジーの働きに感謝しよう」
パチパチと、まばらな拍手が上がった。
「このくらい朝飯前だぜー。それで、ここから先はどうするんだい?」
「この間も言ったが、三つの班に分ける。
それぞれがサンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴを担当するわけだ」
キャンディの指示。
ついに、作戦開始の火蓋が切って落とされる。
「順番としては、北から始めていく。
サンフランシスコの班が仕事を終えて、南下を始めたところでロサンゼルスの班が仕事を開始。
無事、合流できたらサンディエゴを目指す…といった感じだな」
「失敗したら?」
これはジャックだ。
「失敗などしない」
「…」
「そして…最後にサンディエゴの班が仕事を終わらせたら、みんなでトンズラだ。
ジャックみたいな事を考える暇のある奴がいたら、スペイン語の勉強でもしておいたらどうだ?」
嫌味を吐いたキャンディに、笑い声が返る。
「ははは。じゃあ国境を越えるって事か」
「それは各々が考える事だ、ジャック。金の分配はサンディエゴで一括にして終わらせる。
…大丈夫か、スタン?」
「ん?あぁ」
スタンリーはなぜ『俺にふる』と思っただろう。
「だが、サンディエゴに集まる理由が見当たらない。
サンフランシスコやL.A.の班はそこで解散してもよさそうだが?」
ダグが言った。
「やる仕事は同じなのに、都市別で手に入る金が違う。
それを良しとするならば、俺は構わないが?」
みんなからは、どよめき。
「なるほど…」
「ロサンゼルス班に希望者が殺到しても困るだろう?
集まっている金も、それを保管している場所も、他の二都市とは比べ物にならないほどの数だ」
「じゃあ、アンタはどこに行くんだい?」
キャンディに注目が集まった。
「俺は、サンディエゴだ。みんなの状況を常に把握しておかないと、大変だからな」
納得の声が上がる中、突き刺さる一つの視線。
「…」
ケーニッヒだ。
「…」
フードの奥から彼の顔色をうかがう。
…読めない。
チェス盤に例えたこの仕事。
真相を知らずとも、キャンディの心の奥底に最も接近しているのはケーニッヒだ。
「…スタンリー、ロブスター」
「あん?」
「なんだ?」
「サンフランシスコを任せたい」
キャンディはひとまず、ケーニッヒから視線を外した。
「先発か。任せとけ」
ロブスターが了承する。
大まかな動きさえ伝えておけば、彼等ならば見事にやり遂げてくれるはずだ。
「アンジー。それからドープ」
「ロサンゼルスだね?」
アンジーが返事の変わりに質問を返した。
「その通りだ。ロサンゼルスでは少し、チェスター・クリップのメンバーの力を借りたい。
もちろんサンディエゴまでのエスコートも込みでな」
「もちろん俺は構わないよ。みんなにも伝えてみるよ」
ドープマンが言う。
ダグやリッキーもいるが、特に不満は漏らさない。
「それから…ケーニッヒ」
「はい」
突き刺さるような視線は消え、彼はにこやかな笑顔を『取り繕って』いた。
「お前は俺と共にサンディエゴへ来てもらいたい。
それでイイか?」
「ふふ、承知しました。
どこへだろうと行きますよ」
「決まりだ」
…
…
それからキャンディは、バズやイシザキ、他にもたくさんのデトロイトからやってきた連中をロサンゼルス以外の二都市に振り分けていった。
「…以上だ。
各都市間の連絡係として、ロブスター、アンジー、最後にケーニッヒにそれぞれこの携帯電話を渡しておこう」
「おう」
「ありがとよー」
「お預かりします」
指名された三人が電話機を受け取る。
…
「ドープ」
「ん?なーに、キャンディ?」
「この場にいないが、レモンをロサンゼルス班に加えたい。構わないか?」
「レモン…?あぁ!忘れてたよー!
俺は構わないけど。本人は…んー、構わないよ」
なぜか本人が決定権を持たない。
…
…
「アンジーだか何だか知らないが、あの女の情報、本当に信用できるのか?」
「さぁ」
「さぁ、って…」
ロブスターの返答に、スタンリーが頭を抱える。
彼等は数台の車で、サンフランシスコへと向かっているところだ。
「でも、元々はキャンディが持ってきた話だ。もしアンジーって女がきちんと仕事をしていなかったら、キャンディのせいだろ。
アイツはバカじゃねぇ。これだけの人数の悪党を集めてるんだ。ただ掻き回すような真似をしたらどうなるか、そんな事も予想できないと思うか?」
「いや、それは」
「だったらメソメソ泣き言みたいな事を今更言うんじゃねぇ、オリジナル・ギャングスタさんよ。
キャンディやアンジーへの信頼じゃない。俺はキャンディの性格と能力、仕事の内容を買ってるだけだ」
本当に可愛げの無い子供だ。
「まぁ…俺がどうこう言ったところで、お前が意見を変えるとも思えないがな。
ひとつ、アンジーのお手並み拝見といこうか」
スタンリーがハンドルを切る。
そして給油の為にガソリンスタンドへと入った。
…
ガチャ。
「スタンリー!いつまでちんたら走るつもりだ!」
後続して入ってきた車から、ジャックが降りて叫んでいる。
「なんだ、アイツ?
そんなにすぐ着くわけねぇだろ、パンクが!」
ケネディ国際空港での口ゲンカの続きみたいなものだ。
確かに、ロサンゼルスからサンフランシスコまでは結構な距離がある。
土地勘のない彼等にとっては果てしない道のりに感じるだろう。
「パンクはてめぇと、隣りに座ってるクソガキの方だぜ!」
「だったら好きにしろよ。お望み通り、お前は仕事から外してやるからよ」
給油ノズルを車の給油口に当てて、スタンリーが言った。
ガソリンの独特なにおいがする。
「そんなことは言ってないだろ!金は要る、でも遠いのは面倒だって話だ」
「ははは!やっぱりパンクはてめぇだぜ!
オシメでも代えてやろうか、ジャック?」
この場合、パンクは『ガキ』を表す。
ガソリンスタンドには他の客もいたが、二人はお構いなしに大声で口ゲンカを繰り広げる。
「ふざけんな!いつまでも俺がおとなしいと思うなよ!
今にお前の身体をバラバラに切り刻んで太平洋に捨ててやるからな、スタンリー!」
…
「いつまでやるんだか」
ロブスターがベースボールキャップを深く被って、助手席で転た寝を始める。
「てめぇは除名だ!アイス・キャンディにはしっかりと『ジャックは犬死にした』って伝えておいてやるからよ!」
ガチャリ、と給油ノズルを元の位置に戻すスタンリー。
いよいよジャックもズンズンと大股で彼の元へと進み始める。
「そんな権限はお前にはねぇよ!ふざけやがっ…ん?」
「なんだ?」
スタンリーに近付く、もう一つの影。
他の客だ。
しかし、騒ぎ立てていた彼等を咎めるというわけでも無さそうだ。
「お前…今、『アイス・キャンディ』と?そう言わなかったか?」
「あん?」
上等なビジネススーツ。
軽く、香水の香りがした。
…
…
「レモン!おい、レモン!」
リッキーの大きな声が響き渡る。
ダッダッダッダッ!
それに呼応して、駆け足で近付いてくる。
ガチャ!
「誰だ!また俺の名前を『L』が付くものに変えた奴は!」
絶対に自分の口からは「レモン」と言わない、レモン。
「まぁ、座れよ。
何やってたんだ?」
ダグが席を勧める。
…
ここはレモンの家だ。
ドープマン、リッキー、ダグ、そしてレモンがいた。
…
サンフランシスコ班はすでに出発し、明日にはサンディエゴ班が出発する。
ロサンゼルス班は移動に時間もかからないので、チェスタークリップの面々はこうして待機しているのだ。
「何って、客には茶を出すものだろ!
お湯を沸かしてたんだよ」
「茶?いらなーい。コーラがイイ」
ドープマンが天井を見つめて、車椅子を前後にキコキコと揺らしながら応えた。
「俺達はビールがイイ」
「はぁ?分かったよ、コーラでもビールでも沸かしてやるよ」
バタン!
「え!?沸かすの!?」
やりかねない。
「おい、ダグ。止めて来てくれよ」
「あん?なんでだよ?お前が行けよ、リッキー!」
「やなこった。おい、ドープ!
元はと言えばお前がコーラなんか頼むから、話がおかしくなったんじゃねぇか!」
「そうかな?」
ドープマンはまだ、退屈そうに天井を見つめたままだ。
「そうかな、じゃなくて早く…」
…
ガチャ。
「ほら、待たせたな!クソったれ共!」
「げっ」
レモンの手にはビール瓶とコーラの瓶が握られている。
しかも、よく見ると瓶の底に真っ黒に焦げていた。
「お前…直接、火に当ててねぇよな?」
リッキーがおそるおそる尋ねる。
「はぁ?何かを沸かすんだったら火だろうが!
もしかして、氷でもビールはあったまるのか?」
「え!?マジか!?ビールは氷で熱くなるのか!?」
リッキーもバカだった。
「あったかいコーラは…いらなーい。
全部、レモンが飲んでイイよ」
「なんでだよ!ってか、あちっ!…うわ!」
ガシャン!
瓶は床に落ちた。
…
…
再びサンフランシスコ班。
ガソリンスタンドで彼等に話し掛けてきたのは、アジア系の男。
そう。
アイス・キャンディを追うRGだ。
…
ロサンゼルス空港からキャンディの足取りが掴めず、わずかに北上したところで彼等と鉢合わせになった。
「誰だ…アンタ?」
スタンリーが応対する。
「キャンディの知り合いでな。彼の名前が聞こえたものだから気になったんだよ」
「…」
「それで、彼は今どこに?」
「さぁな」
明らかに怪しい質問。
どうしたらイイものか、スタンリーに一瞬の迷いが生じた。
「はは、分かりやすい。
アメリカ人はバカ正直だな」
「はぁ?」
「『嘘』だって、顔が言ってる。どこにいる?」
付け入ってきた。
侮れない男だ。
「チッ…だから知らねぇって」
「お前、なめんじゃねぇぞ」
「脅しになんか乗らねぇよ。
てめぇはキャンディと知り合いだと言ったが、どういう関係だ?」
互いに一歩も引かない。
「ふん。キャンディとはニューヨークで一緒に仕事をしていた仲だ。
お前が連絡先だけでも教えてくれれば、すぐに知り合いだって証明してやるよ」
もちろん証明するなどという言葉はデタラメだが、一緒に仕事をしていたのは事実だ。
「どうして連絡先を知らない?
仕事仲間なら、そのくらい分かるはずだ」
スタンリーも負けてはいない。
ロブスターと出会う前から、色んな悪党共と長く接してきた。
「奴はいつもコロコロと連絡先を変えちまう。今回だってそうだ。
突然『カリフォルニアへ行く』っていなくなってな。
それは構わないんだが、俺から彼に用事があっても、パタリと音信が途絶えてしまって困るわけだ。
だが、解消できそうだ。ありがとう」
よく口が回る。
「名前は何だ?」
「言ったところで、キャンディは知らないと思う。
電話をかけてみてくれないか?途中で代わってくれればそれでイイ」
「…」
スタンリーはチラリと、車内にいるロブスターの顔をみた。
彼がうなずく。
「悪いが、断る」
「…!」
そう。
ロブスターのうなずきは『繋いでやれ』ではなく『信用ならない』だったのだ。
「ウチのボスが『ダメ』だって言ってるんでな」
「ボスだと?」
RGはスタンリーを見て、近くにいるジャックを見た。
「この…ロックな兄ちゃん?」
ぼーっとしていたジャックの顔に光が差す。
「おうよ!よく分かったな!俺こそがこのチームをまとめて…」
「黙れ!ジャック!」
「あぁ!?」
スタンリーが一喝する。
さすがにサンフランシスコ班の他の連中もゾロゾロと集まり始めた。
長い時間見知らぬ男とスタンリー達が言い合っているからだ。
「どうした、スタン」
「誰だ、コイツは?」
「…ボスが誰だとか、そんな話はどうでもイイんだよ。
とにかく、お前には協力出来ない。さっさと消えな、マザーファッカー」
RGも、この数に囲まれてしまってはどうしようもない。
小さな舌打ちを残して、いつの間にか風のように消えてしまった。
「おぉ!あの男、忍者みたいな動きだな」
「なに興奮してやがる」
メンバー達が騒ぎ立てる中、スタンリーはすぐに大きな携帯電話に手をかけた。
「…俺だ。どうした、もうトラブルか?」
相手はもちろんキャンディだ。
「いや、まだ到着していない。途中で給油していたところだ」
「そうか。例の人間とは話がついてる。素早く行動に移れ。
それじゃあな」
「待て、アイス・キャンディ」
「なんだ?今、手が離せないから手短に頼む」
淡々とした声だ。
彼の後ろからガサゴソといった雑音が入ってくるので、サンディエゴ班も出発の準備をしているのだろう。
「お前を探しているという男に出会った」
「客か?わざわざこんなところまで」
キャンディは昔から探される事には慣れている。
ビッグDの時もそうだった。
「アジアンだ。身なりが綺麗だったから中国系じゃないかと思う」
「…!来たか…」
キャンディは瞬時にその男を特定できた。
「…まぁ、気をつけな」
「違う」
「ん?」
「…奴は日本人だ」
ギリギリという歯ぎしりがスタンリーの耳に届いた。
「ほう…何か恨みつらみがあるみたいだな。
あの男、表の人間じゃねぇだろ」
「あぁ。とにかく、よくも悪くも面白い情報だ。
奴に、俺の居場所は?」
「教えてやろうかと思ったが、ロブスターに止められた」
ロブスターが横で舌打ちする。
余計なことを言ってくれるな、という事だろう。
「そうか。だが、いずれは嗅ぎ付けてくるだろう」
「そりゃ大変だな」
他人事だ。
それを感じ取ってかどうかは分からないが、キャンディが返す。
「これは俺の個人的な問題だ。
お前らに世話をかける事でもない。
しっかりと仕事を頼むぞ」
「あぁ。次は協力者に接触後、追って連絡する」
「それじゃあな」
プツリと通話が切れた。
「…よし、みんな行くぞ!」
「うるせぇ、リーダー顔するな!行くぞ!みんな!」
「はは!てめぇに言われなくても行くっての!
途中でくたばるなよ、スタン!」
集まっていた連中が、ガヤガヤと騒ぎながらそれぞれの車に戻っていった。
…
…
黒塗りのBMW745。
「『どうぞ』」
ナカムラがドアを開け、助手席側の後部座席に通される。
運転席にはハンドルを両手で握るカワノ。助手席には腕組みをしたフォレスト。
そして、運転席側の後部座席にはクサナギが座っていた。
「『失礼します』」
RGがタバコをくわえると、すぐにその先端に火がともされた。
クサナギも仕事が段々と板に付いてきたようだ。
五人もの男が乗ると、さすがのフルサイズヨーロピアンセダンでも少し窮屈だ。
「長かったな」
「『カワノ。アイツらを少し尾行してくれ』」
「『はい』」
フォレストの言葉に返答をする前に、指示を出した。
カワノは理由も訊かずに実行する。
若さ故に、いちいち理由を求めてきて生意気なクサナギも可愛いが、しっかりと言う事をきくカワノもまた、RGは大変気に入っている。
「奴等、アイス・キャンディと繋がりがある」
「本当か?大きな前進じゃないか」
「どうやら奴は近くにいるぞ、フォレストさんよ。
この車代。お前のツケにしといてやるから、終わったらプレジデントの分と一緒に請求だ」
バッ!とフォレストが振り返る。
「何を言ってるんだ、お前!?」
「ん?」
フォレストは必死だが、RGはすました顔だ。
「お前が自分で車をカードで買ったんだろう!」
「仕事をやるには形からだ。
車がボロボロじゃあ、精が出ないからな」
「意味が分からん」
RGの自分勝手な美徳だ。
「デニムにジャケットで取り引きに向かう人間なんかいないだろう?
仕事はスーツにイカした車。そう決まってる」
「とにかく、このBMWの支払いは知らん。
ニッサンも、全額は無理だぞ。俺の車だって修理代がかかる」
「『リョウジさん』」
RGとフォレストがくだらない言い争いをしている途中だが、カワノが口を開いた。
「『どうした?』」
「『奴等、二手に別れました。
どちらを追いますか?』」
「『何だと?』」
確かに前方を走る数台の車が、右に曲がる車と直進する車に別れた。
「『…直進しろ。さっき俺と話していた奴の車を追いたい』」
つまり、それは『スタンリーを追いかける』ということを表す。
RGに言われた通り、カワノは車を直進させた。
前方を行く車。もちろん二手に別れているので、数は先程の半分。
スタンリーとロブスターが乗っているワゴンが先頭を走っている。
「なぜ、二手に別れたんだ?」
フォレストの疑問。
「分からない。アンタの方がプロ的な考えを出せるだろう?」
「うーむ…奴等もその道のプロなんだろう?
こちらの尾行に気付いていて陽動しているのか、あるいは二手に別れる必要性があるのか。
第一、奴等が何かをやろうとしているのかどうかも怪しい」
「そんな事は誰にだって分かる!もう少し面白い事を言ったらどうだ」
「『リ…リョウジさん!』」
再び、カワノが会話をさえぎる。
「『今度は何だ?』」
「『また、車の列が二手に別れます!』
「『あぁ?またか!先頭のワゴン車を追え!』」
「『分かりました』」
ついにターゲットが一台に絞られる。
…
「これは…やはり気付いていると考えるべきか、フォレスト?」
「距離もしっかり空けているし、間には車も走ってる。
難しいとは思うのだが…何とも言えん」
「『使えねぇデカだぜ』」
「?」
相手が理解出来ないのを良い事に、RGが暴言を吐く。
「『止まりました』」
「『何?よし、そこにコイツを停めろ』」
「『はい』」
カワノが車を路肩に寄せる。
もちろんスタンリーの車から見ると、かなり後ろだ。
…
しかし、車から降りる様子は無い。
しばらくすると、先程まで一緒に走っていた車が次々と集まってきた。
「なんだ?別れて何をやってた?」
「分からない。しかし、別れて何かをしていたにしても時間が短すぎるな。
念の為に尾行を警戒していた…その程度じゃないか?」
スタンドで唐突に話し掛けてきた『キャンディを知るアジア系の男』を警戒したのならば、結果としては失敗している。
「だが、集まってきたということは…やはりどこかへ向かおうとしているんじゃねぇか?
奴等は何かを企んでる」
「あぁ。それは間違いないと確信できた。
だが、勘違いするなよ。奴等が何をしでかそうとも、こちらは手を出せない。
あくまでも、アイス・キャンディに近付くのが目的だ。わざわざ途中で邪魔をする必要もない。
…おっと、奴等が動くぞ。頼むよ、カワノ」
「警察官だったとは思えない発言だな」
いちいち皮肉るのがRGらしい。
「仕方あるまい。先に逝った部下達の為だ。
その他の事になど、関わってはいられない」
「たとえ、アイツらが途中で殺しを行ったとしても…か?」
「それは…」
前方を見つめるフォレストの顔が曇った。
「ふん。勝手にやってくれ。
俺達は知らないからな」
「…」
「キャンディさえブチのめせばそれでイイ。
協力していたと思われるアバずれは殺した」
ブレンダの事だ。
「誰が?」
「向こうで待ってる可愛い奴等だ。
さぞ爽快な気分だったろうな」
RGがクックッ、と肩で笑う。
「…」
「こんにちは。報復はいかがでしょうか、ってな」
「まったく…とんでもない!」
「ほう。お前はアイス・キャンディを見つけても、何もしないってのか?」
「当たり前だ!まずは奴が本当に部下達を殺ったのかを確認する!
どうするかはその後だ!」
フォレストは憤慨した様子だ。
「もし、奴が犯人で、大人しく出頭するってんならそれで良し…か?」
「もちろんだ。犯人だという証拠が確実ならば、捕まえて警察に引き渡す。
それに抵抗しようものならば…仕方あるまい」
「ははは、そうなる事を望んでるよ」
もちろん、RGはキャンディを殺したい。
フォレストがキャンディを懸命に捕縛しようとしても、RGはキャンディに向けていとも簡単に引き金を弾くだろう。
…
「『何て言ってたんですか?』」
「『あん?このデカか?』」
「『はい』」
しばらく無言での追跡が続いていたが、クサナギがRGにたずねた。
あまりにも暇だったが、RGの隣りで眠りこけるわけにもいかなかったのだろう。
「『キャンディを捕まえるってよ』」
「『え?話が違いますね。ブッ殺すって意気込んでるんじゃないんですか?』」
「『さぁ、どうだったかな。色々あるんだろうよ。
だが、俺達には関係の無い事。キャンディを見つけたら問答無用だ』」
…
…
大きないびき。
すっかり夜もふけてきた。
いや、むしろもうすぐ朝焼けが始まる頃だ。
「呑気なものだな」
腕組みをして助手席に座っているフォレストが呟く。
いびきはRGのものだ。
彼は一睡もしていない。
もちろんドライバーのカワノも例外ではなく、ナカムラは短い時間仮眠を取っただけだ。
RGとクサナギの二人は、完全に熟睡していた。
「『カワノさん』」
「『ん?』」
ナカムラがカワノに話し掛ける。
「『奴等、あれから休憩もせずにこんなところまで…よく体力が続くなぁと思いまして』」
「『サンフランシスコ…だっけか?デカい橋があるな』」
「『ゴールデン・ゲート・ブリッジですね』」
そう。
スタンリー達を追いかけて、ついにRG達もサンフランシスコの市街地までやってきていた。
カワノの顔には疲労の表情が浮かんでいる。
「『運転、代わりましょうか?』」
「『大丈夫だ。俺は頭のキレるお前や、側近みたいによく可愛がられてるクサナギさんとは違うからな。
腕っ節と運転くらいしか能が無い』
「『そうですか…カワノさんは、この世界に入って長いのですか?』」
高いビルの陰に、橋が隠れて見えなくなる。
「『いや。まだ、アメリカにやってきて二年ほどだ』」
「『本国では何を?』」
「『辛い質問だな。何もやって無かったよ。
若い頃は四国中国、九州辺りでトレーラーを転がしてたが、夜な夜な酒を飲み歩くだけのダメ人間だった』」
なるほど。
それで長い距離の運転でも簡単にはへこたれない。
「『どうしてアメリカに?』」
「『どうしてだろうな。
よく分からんよ。何かが変わる気がしたんじゃないか?』」
「『はは、おかしな方だ』」
RGの部下達の中には、様々な経歴の持ち主がいる。
当然と言えば当然だ。
しかし、元々から筋金入りのヤクザ者だったという人間は少ない。
アメリカに渡り、路頭に迷っているような日本人がいれば、RG本人やクサナギを通じて、自然と彼の元へ集まってくるのだ。
…
「見ろ、お前ら」
フォレストが簡単な単語だけで話してくれている。
「『おっ。奴等、止まったぞ』」
「B.O.Aか…何をするつもりだ」
「『B.O.A?』」
バンク・オブ・アメリカ。
世界有数の銀行。
「『アイツら、強盗しようってのか?
チンピラがちょいと出先の郵便局襲うのとじゃ、レベルが違いすぎる』」
カワノが呟いた。
「『ゴンドウさん…!』」
「『ん…?』」
ナカムラが軽くRGの体を押して彼を目覚めさせる。
「『ターゲットが何やら怪しい動きをしています』」
「『そうか。ふぁぁ…
ん?おい!クサナギ!てめぇ、何で寝てやがる!』」
ゴツン!
「『はひっ…!?うおっ!リョウジさん!すいません!』」
理不尽なゲンコツを食らい、クサナギが慌てふためいた。
「『お客さんが何やらやってるってよ。お前はどう見る、クサナギ?』」
「『え?は、はぁ』」
もちろん答えれるはずもない。
RG自身が分かっていないのに、今起きたばかりの相手に無茶を言う。
「『ナカムラ、状況を説明して差し上げろ』」
「『はい』」
カワノが助け船を出す。
クサナギが安堵のため息をついたが、それに気付いたRGの鉄拳が再び彼の脳天を直撃した。
…
「『まず、ここはサンフランシスコです。
かなりの距離を北上してきました。
それで、ターゲットが大手の銀行のサンフランシスコ支店の前に停車。まさかこんなところまで来て、わざわざ強盗とは思えませんが…何をするわけでもなく、沈黙しています』」
「『そうか…何かを待っているんじゃないのか?』」
「『分かりません。
こちらに気付いているわけではなさそうですが』」
…
…
「チラチラとうっとおしい奴だ…」
ダッシュボードの上に両足を投げ出しているロブスター。
実は、彼とスタンリーだけは気付いていた。
少し距離を空けてはいるが、ずっと一台のBMWにつけられている事も。
それに乗っているのがRGだという事も。
「どうする、スタンリー?」
「好きにさせておくしかないだろう。多分、奴等は俺達が何をやろうとも、止めれはしない。
かなりの執着心があって、キャンディを探してるんだろうが、俺達の仕事を邪魔するほど野暮でも阿呆でもねぇだろ」
「アイス・キャンディと接触するのが面倒そうだな」
「個人的な問題だから面倒はかけないって言ってたぞ」
スタンリーが苦笑いを浮かべる。
「あはは!立派な事だ。勝手に共倒れしてくれりゃ、こんなに面白い話は無いんだけどな」
ロブスターも隣りで冗談を吐きながら笑っている。
キャンディにもしもの事があったら困るのは彼等自身に他ならない。
「そろそろ時間だ。裏手へ回るか」
…
…
「裏手へ移動するみたいだ。こんな時間に、なんとも怪しい事だな」
フォレストがスタンリー達を指さして言った。
最後尾が動くと、こちらも車を出す。
「『つけます、ゴンドウさん』」
「『おう。
…へーっくしょ!うぅ、寒い』」
突然、RGは身体に寒気を感じた。
「『カリフォルニアの夜もこんなに冷え込むんですね。イメージと全然違うなぁ』」
クサナギだ。
「『えぇ。サーフィンばかりやっているわけじゃ無さそうですよ。
このサンフランシスコを含めるベイエリアと呼ばれている地区…ここは夏でも寒いくらいです』」
ナカムラが会話に入った。
「『詳しいな』」
「『いえ、知人に教えてもらった事があるだけです。
実際にこうして訪れるのは初めてですから、本当に寒くて驚いていますよ』」
…
「おっと!こりゃぁ驚いたな!」
裏手に回ってすぐ、フォレストが驚愕した。
「なんだこりゃ。確かにとんでもない」
RGもそれに共感する。
それは、警備会社が現金の輸送に使うワゴン車。
もちろんそれくらいでは驚く理由にならない。
おかしいのは、その台数。
路肩を埋めつくしているそれは、市街地を走るにはあまりにも場違いだった。
「九…十…十一台か。金庫の中身を空っぽにでもするつもりかもしれない」
フォレストが現金輸送車の数を確認する。
「奴等、本気で金を運び出すのか!強盗だなんて適当な意見だったが、満更でもなさそうだ」
スタンリー達の車がワゴン車の後ろについている。
「なるほど…奴等は、警備会社の人間が何らかの理由で金を外へ運ぶという情報を得たわけだな。
車を取ってしまえば、一瞬にして大金持ちだ」
「いや、果たしてあれは本当に警備会社の車か?偽者の可能性だってある」
フォレストが導き出した答えに、RGが意見を言った。
「どういう意味だ?
わざわざカモフラージュの為だけにあの車を用意したとでも?
だったらはじめから、つまりロサンゼルスから車を乗り換えて来ていたはずだ」
「ではやはり、本物の現金輸送車を襲撃するのか?」
「分からない。
だがもし本気で金を奪うつもりならば、積み込みの作業をしている途中が最も都合が良い」
確かにそうだ。
長年現場で培ってきたフォレストの刑事としての勘が威力を発揮している。
…
ガチャ!バタン!
ロブスターやスタンリー達が車から一斉に降り始める。
「おっと、ついに動いたか…!」
金を運び出す為のワゴン車には、誰も乗車していない。
恐らく銀行内で作業をしているのだろう。
「なんだ、全員降りちまったぞ」
RGは不審に思った。
すぐにフォレストが叫ぶ。
「見ろ!警備員達が出て来る」
ジェラルミンケースや、革製の黒いバッグを抱えた男達が続々と外に姿を現した。
彼等は集まってきているスタンリー達を見ると、警戒するどころか近付いていった。
「…!?何をやってるんだ!」
「会話をしているみたいだな…」
フォレストにとって予想外の事態となった。